名家のウマ娘   作:くうきよめない

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空は無慈悲に私を笑う

 

 

 

「ん……」

 

 その日は、少しだけ目覚めの良い朝だった。

 

 空は、雲一つない快晴。天気晴れ、良バ場、絶好のレース日和。脚は軽く、今にでも走り出したい気分だ。

 そんな逸る気持ちを抑え、トレーナーさんに起床の連絡をする。

 

 今日はURAファイナルズ予戦の日。部門ごとに分かれているとは言っても、最強のウマ娘を決めるためのレースがこの日から始まるのだ。

 ここだけの話、緊張や不安は一つ二つではない。でも、それ以上に高揚感を感じてしまうのは、ウマ娘としての性だろうか。

 

 トレーナーさんにはなんてメッセージを送ろう。『おはようございます』? 『今日は必ず勝って見せます』? うーむ、普通すぎてなんだか面白くない。

 

「『愛してます』……だなんて」

 

 朝から自分は何をしているのだろうか。打ったはいいが、即刻正気に戻り首を横に振る。

 

 少し気分が昂りすぎた。こんなことをしている暇があったら、早く連絡を済ませて日課のランニングを……うん? 送信ボタンが……

 

「……えっ、もしかして送ってしまいましたの……?」

 

 は……はあああああああああああ!? 私のバカァァァァ!! こんな早朝から愛の告白だなんて頭がおかしいと思われても仕方がありませんわよ!? 

 ま、まだ間に合います! まだ既読は付いてません! 早く送信取り消しを……

 

『いいではありませんか。取り消さずこのままにして、抜け駆けという形でダイヤさんと一色さんにリードをつけてしまいましょう』

 

 こ、これは、私の心の中の悪魔……ッ! な、なんて魅力的……あ、いえ、悪どい提案を……っ! 

 

『お待ちなさい!』

 

 だが、こういう展開には対となる天使が出てくるのもお約束。お願いします、天使の私! 悪魔の私を止めてくださいまし! 

 

『どうせトレーナーさんも薄々勘付いていそうですし、ここはさらにもう一押ししてしまいましょう。例えば、「世界で最も貴方のことを愛してます」と念を押したり……』

 

 貴方は止める役ではないんですの!? というか、いくらなんでもそれはやりすぎですわよ!? 

 

『良いではありませんか。このままだと貴方、本気で好きだということを伝えよう伝えようとして、でもまた今度でいいやと先延ばしにした結果何も成し得ずに学園を卒業してしまいますわよ?』

 

 グサッ、

 

『その間にトレーナーさんが誰かと恋仲になる可能性も捨てきれませんわね。特に、貴方が懸念しているお二人なんてその筆頭ですわ』

 

 グサグサッ、

 

 今にもそんな効果音が聞こえてきそうになるほど、私の心は抉られ続けてしまう。どうして朝から満身創痍になっているのだろう。

 正論は時に人を傷つける。有史以来、正論が人を救った例は一度としてない(諸説ありますわ)。

 

 とはいえ、これ以上のメッセージを送ることは私の身が持たなくて……

 

『『じゃあ貴方はどうしたいんですの?』』

 

「………………このままにしておきましょうか」

 

 長い長い葛藤の末、心の中の天使と悪魔に唆されてメッセージを残すことに決める。

 きっと彼には軽く流されるのだろうが、よく考えたら今更のような気もしますし、そもそもこんなので彼女達にリードをつけられるとは思えない。

 

 気持ちの良い朝だと思ったのに、なんだか朝から疲れてしまった。

 このモヤモヤを落ち着けるためにも、一走りしてこよう。

 

 ジャージに着替えて学園を飛び出す。あくまでもランニング、後のレースに支障が無いよういつもよりゆっくりとアップを行う。

 

「……あら? なんでしょうか……?」

 

 正門を出てしばらくすると、何やらとある一帯がやたらと騒がしい。

 

 何があったのかと気になり近づくと、どうやら夜間に派手な交通事故が起こったようだ。大破した車に、KEEP OUTと書かれた黄色い規制テープ。

 それだけで何があったのかは火を見るより明らかだった。

 

『最近は交通事故も増えてるんだし、君の身に何かあったら心配なんだよ』

 

 不意にトレーナーさんの言葉を思い出してしまう。これを見てしまえば、彼があそこまで心配していたのも納得だ。

 

 そういえば、ダイヤさんがきさらぎ賞を勝った時もこのへんで事故になりかけたなんてこともあったっけ。あの時はトレーナーさんに随分と迷惑をかけた。

 

 事故現場は隠されているとは言え、路上でこんなにも目立っていたら視界に入れざるを得ない。

 しかし、野次ウマは数人いても、道行く人々は少し気にかけすぐに興味を失っていく。

 

 実際、私もそのうちの一人だ。

 

 可哀想に、と他人事で済ませ、興味を失い再び走り出す。すると、ポケットに入れていたスマホが震動した。

 こんな朝早くから一体誰が……

 

「はい、何の用で……」

 

『──────!』

 

 特に誰からということを確認するでもなく電話に応じると、そこから聞こえてきたのは焦った様子のダイヤさんの声。

 

「どこにいるかって……今は学園周りをランニング中ですが……」

 

『──!? ────!』

 

「な、なんですの、そんなに焦って。落ち着いてゆっくりと話してくださいまし」

 

『……じ、実は──』

 

 

 後から考えたら、この時のダイヤさんの気持ちはよく分かる。

 あんなことを聞かされたら、取り乱してしまうのも無理はない。

 

 

「…………え」

 

 

 内容を聞いた瞬間、理解が出来なかった。いや、理解するのを拒んだと言った方が正しいだろう。

 だが、眼前の光景が目に入る以上、彼女の言っていることは嫌でも信憑性が高くなってしまう。

 

 

 いや、まさか、そんなわけ、でも、もしかしたら。

 

 

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。

 

 

「トレーナー……さん……?」

 

 

 無意識に、最寄りの緊急病院へと体が動いた。

 よろよろとした歩きはやがて駆け足へと変わり、この後に控えているレースなんてどうでもいいと思えるほどに、できる限り全速力で走る。

 

 

 

 ***

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 病室は、沈黙が場を支配している。

 そこには、静かに眠るトレーナーさんと、そんな彼を見守ることしかできない私とダイヤさん。

 

 不運にも、トレーナーさんは交通事故に遭ってしまったらしい。それも、彼は被害者という過失の無い形で。

 

 事故の詳しい話を聞くと、トレーナーさんは暴走車に巻き込まれてしまったとのこと。制御が効かなくなった車に後方から追突され、その衝撃で対向車線にはみ出した。

 結果どうなったかは、『車は急には止まれない』という言葉だけで想像がつく。トレーナーさん以外の事故の当事者は……いや、これ以上は無粋か。

 

 早朝に目撃した現場は、十中八九その事故のものなのだろう。

 あれを見てしまえばひとたまりも無いと思うのも無理はない。

 

 トレーナーさんが事故によって亡くなったと言われる覚悟も心構えもできていなかったが、起こりうる可能性のあった未来に怯え、動悸が激しくなったのは事実だ。

 

 

 しかし、現実はそうはならなかった。彼はまだ生きている。

 

 それだけで、どれほど心が救われているか。

 

 

 そんなことを考えていると、ノックと同時に病室のドアが開かれる音がする。

 それではノックの意味ではないのではと思ったが、入ってきた人物を見てその行動が腑に落ちた。

 

「一色さん……!」

 

「マックちゃん、サトイモちゃん……せんぱいは……せんぱいはどうなったの!?」

 

「安心してくださいまし。ちゃんと息はあります」

 

「よ……かっ、たぁ……。そ、それで容態は……」

 

「今は眠ってますわ。ふふっ、意外と寝顔は可愛いんですの」

 

「っ……そう、なんだ」

 

 入ってきて早々、私の言葉を聞いた一色さんは膝から崩れ落ちる。

 そういえば、彼女が現役時代の時のトレーナーも交通事故で命を落としたとのこと。それを考えると、何の因果か、一色さんにとっては悪夢の再来とも言える。

 

「ほら、一色ちゃん。そこいたら他の人の邪魔になるから、へたり込んでないで移動して?」

 

「ま、待ってスカイ、ちょっと腰抜けちゃって……」

 

 地べたに座る一色さんに手を貸すのは、その担当ウマ娘であるセイウンスカイさん。

 本来彼女もURAファイナルズで忙しいはずなので、ここにいるのは少し意外だった。

 

「や、マックイーンさん、ダイヤちゃん。ひとまず、あの人が生きてるみたいで良かったよ」

 

「ええ、それはそうなんですが──」

 

「おっ、どうして私がここにいるかって顔だね、ダイヤちゃん? 別に大した理由は無いよ。この人には色々とお世話になったし、最初は私のトレーナーになってもらおうって思ってた人なだけだから」

 

「そうなんですね。スカイさんにも心配していただいてトレーナーさんは果報者……今なんと言いました?」

 

 一瞬何を言われたか分からなかった。なんだかとんでもないことを言われたような気がするんだが。

 そしてどうやら、そう思ったのは私とダイヤさんだけではないようだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってスカイ! せ、せんぱいがアンタのトレーナーにって……そんな話聞いてないんですけど! あと、その言い草じゃあわたしが妥協案みたいな聞こえるし!」

 

「言ってないもん。安心してよ、今は一色ちゃんで良かったって思ってるからさ〜」

 

「ふ、ふ〜ん、それならまあ別に……」

 

 ちょろい……。私だけでなく、スカイさんとダイヤさんも似たような顔をしているあたり同じことを考えているのだろう。

 

「それに、好きな釣り仲間がいなくなるのは嫌だしね……」

 

「ん? 何か言いまして?」

 

「いや、なんでもないです。それより、マックイーンさん達の方こそずっとここにいていいの……って、ううん、ここにいなくちゃいけないんですよね」

 

「それは……」

 

 結論から言うと、私達はURAファイナルズの予選を棄権した。

 トレーナーさんに命が別状がないと判断されたのは、私達の走る予定だったレースが完全に終わってからのこと。もし、彼が生きていると分かっていたのなら出場していたかもしれない。

 しかし、そうでない状況、トレーナーさんがこの後どうなるかも分からないのに、思い切って、何より彼の教え通り、楽しんで走ることなど到底できる気がしなかった。

 

 その選択について後悔は無い。負けたわけではないのだから、また次の機会に挑戦すれば良い。

 

 でも、

 

「皆さんの期待は、裏切っちゃいましたね……」

 

「ええ。それも、一番応えなくてはならない期待には何も報いることができないまま……」

 

 目の前で眠るトレーナーさんは相も変わらずすやすやと眠っている。

 もし彼がこんな話を聞いたら、バカだなぁ、と笑って許してくれるのだろうか。それとも、お説教が待っているのだろうか。

 

 今はただ、トレーナーさんが起きてくれるのを待つのみだ。

 

「にしても、かなり酷い事故だったってのによく生きてましたね。この人の生命力はゴキブリ並みかな?」

 

「確かにそうですわね……。医者には死んでいてもおかしくない、むしろなぜ死んでないのかと言われたくらいですし…………あっ」

 

 そこで私とダイヤさんは顔を合わせる。

 トレーナーさんは"やたら身体が頑丈"なのだ。その理由は、彼にはウマ娘の血が多少なりとも流れているから。去年の春、そんな話を彼の親戚であるちびっ子ウマ娘と共にされた気がする。道理で不自然なくらい怪我が少ないわけだ。

 とはいえ、例えウマ娘であったとしてもそれほどの事故で五体満足なのはどういう原理なのか……? 

 

「え、なになに? 二人だけで分かったような顔しないでくださいよ。セイちゃんにも教えてくれません?」

 

 困惑しているスカイさんに、トレーナーさんのことを細やかに話す。話終わった後、彼女の『だから……』だの『なるほど』だのといった発言が不穏だ。頼むからこれ以上ライバルは増えないでほしい。

 

 そう考えていたのはダイヤさんと一色さんも同じだったのか、トレーナーさんの下へペタペタと歩いていくスカイさんをよそに、私達三人は小声で話す。

 

「ねえ、スカイのやつ、なんか隠してるよね? あの子せんぱいとなんかあったの?」

 

「いえ、そう言った話は聞いたことが……。でも、夏合宿の時もそうでしたがやたら仲が良かったですし……」

 

「そういえばあの二人、夜中に抜け出して釣りに行ってましたわね。実際はたまたま鉢合わせただけでしょうけど、怪しいことには変わりません」

 

 ちなみに、お風呂のことについては濁した。あれを暴露すると、もれなく私の失態までもが明るみになってしまう。

 あ、いえ、ダイヤさんは知っているんでしたか。や、やめてくださいまし……そんな目で見ないで……。

 

「もういっそのこと、スカイさんに直接聞いてみません? それが一番手っ取り早いですよ」

 

「おっ、良い提案するじゃん。じゃあ言い出しっぺのサトイモちゃんが聞いてくるってことで」

 

「ええっ!? 私が!?」

 

 うわっ、この大人最低だ。まるでトレーナーさんみたい。

 

「マ、マックイーンさんからも何か……。というか、ここは担当である一色さんが聞くべきだと思いますよね……?」

 

「…………私もダイヤさんが聞くべきだと思いますわね」

 

「マックイーンさんの裏切り者! この混浴淫乱ウマ娘!」

 

「混浴淫乱ウマ娘!? ちがっ、元はと言えばスカイさんのせいで……ああっ!?」

 

 言い訳をしようとしたが、ダイヤさんは聞く耳持たずで舌を出し、あっかんべーと反抗的な態度を取る。

 というか、貴方も貴方でフランスでトレーナーさんを押し倒したとか言ってましたよね? 

 

 一方、それを聞いていた一色さんは引き攣った笑みを浮かべている。

 あれはどちらかと言うと私達へではなく、トレーナーさんに向けての顔だ。お前は一体生徒に何をやっているんだ、と。

 

 結局多数決(笑)で決まった意見に逆らうことができず、ダイヤさんはふらつきながらスカイさんに近付きおずおずと尋ねる。

 

「あ、あの、スカイさん? 少しお聞きしたいことがあるのですが……」

 

「……ダイヤちゃん、この人が事故ってから何時間くらい経ったか分かる?」

 

 しかし、ダイヤさんの言葉を遮ったスカイさんは、有無を言わさないくらい強い口調で質問をした。

 

「えっ……ええと、大体半日ほどかと……」

 

「そう……」

 

 そして、その答えを聞いた彼女は目を瞑り、唇を噛み締める。

 

 その姿に、どうしてか不安を覚える。

 

「スカイさん、その質問は何を意味し──」

 

「……トレーナーさん、生きてるんですよね」

 

「は、はぁ。医者からは命に別状はないとだけ……」

 

「ウマ娘の血が入ってるから、怪我も少ないんですよね?」

 

「トレーナーさんが嘘をついてなければですけど……」

 

「じゃあ──」

 

 ゆっくりとスカイさんは顔を上げる。そこには、先ほどトレーナーさんが生きていると聞いた時の安堵の表情ではない。

 

 この場の誰よりも、辛く、苦しそうな顔をして──

 

 

「じゃあ、なんでこの人起きないんですか……?」

 

 

 一瞬、言われた意味が理解できなかった。彼は眠ってるだけなのだから、焦る必要なんて……

 

「ええ、確かにマックイーンさん達のトレーナーさんは死んでませんよ。お医者さんがそう言ったのならそれが正しいんでしょうね」

 

「スカイ、それ以上はやめなさい」

 

「ダメです。一色ちゃんは最初から気づいてましたよね? でも、伝えてしまったら余計に不安を与えてしまう。だから、あえて気丈に振る舞って、二人にそれを悟らせないようにしてた。自分自身も、考えないようにするために」

 

「っ、スカイッ!」

 

 一色さんは声を荒げる。彼女がここまで怒りの感情を露わにしたのは見た事がない。

 

「……これでトレーナーさんが起きていたなら私とて何も言いませんよ。でも、身体が頑丈なはずのこの人が、12時間以上経っても目を覚さないとなったら、いやでもそう考えないといけませんよ」

 

「そ、それは……」

 

 私達はトレーナーさんが生きていることに安堵した。否、安堵しすぎて視野が狭まってしまった。

 

 どうしてこんな簡単なことに思い至らなかったのか。トレーナーさんが生きているとは言われたが、意識が回復したとは一度も告げられてない。

 

「で、でも、トレーナーさんは、寝てるだけ、って……」

 

「っ……! まだ目を逸らしてるんなら私ははっきり言うよ。ダイヤちゃん達のトレーナーさんは、『意識不明の重体』なんだって」

 

「あ……」

 

「サトイモちゃん……!」

 

 希望からの絶望。それを突きつけられたダイヤさんは力無くその場にへたり込み、一色さんに抱えられる。

 

「……マックイーンさんは私を責めないんですか?」

 

「そうしたところで、今の状況が改善されるとは思えませんもの。それとも貴方は、彼のためを思って赤子のように泣くことのできない私を薄情だと罵りますの?」

 

「……いや、まさか。むしろ、事実を言っただけとはいえ、薄情なことをしたのは私ですよ」

 

 そう言って、彼女はそっと出口へ向かう。

 

「スカイさん、どちらに……」

 

「ちょっと考えたいことがあるんで、私はひと足先に学園に戻りますよ。この後、キングにどこ行ってたのかとぐちぐち言われるのも嫌だから」

 

「そう、ですか」

 

「……あと、もし起きたら伝えといてください。また一緒に釣りに行きましょう、って」

 

「……はい、任されましたわ」

 

 会話はそこで途切れる。言葉数は少なかったものの、彼女なりにトレーナーさんを気遣ってくれているようだ。

 そんな彼女の後ろ姿を見送ると、今度は一色さんも立ち上がる。

 

「ごめん、二人とも。わたしも行くね」

 

「えっ……ですがトレーナーさんは……」

 

「分かってる。わたしだってせんぱいが気になるよ。でも、その前にわたしはスカイのトレーナーなんだ。あの子、URAファイナルズの予選突破したんだよ。だから、ここで立ち止まってらんないんだと思う。それはわたしも同じだから」

 

 ……そうか、スカイさん、予選突破していたんですのね。彼女の実力ならばなんらおかしくはない。

 

「それに、仕事に私情を持ち込むなって、誰かさんに怒られちゃいそうだからね」

 

 フッと自虐的な笑みを浮かべながら、また来るよとの言葉を残し、一色さんはスカイさんの後を追った。

 そして、この場には再び私とダイヤさん、そして眠り続けるトレーナーさんの三人に。

 

「……トレーナーさん、無事に起きますかね」

 

 ダイヤさんの声には覇気が感じられない。無理もない、彼女は私と同じくらいトレーナーさんのことを慕っている。

 きっと、自分もそんな彼女と同じ顔をしているのだろう。だからこそ、はっきりと言わないければならない。

 

「起きますわよ。必ず、きっと」

 

 根拠なんてない。今はそう願うしかなかった。

 

 

 空は、雲ひとつない快晴。天気晴れ、良バ場、絶対のレース日和。だというのに、全く走りたいという気分にはなれない。

 

 よく、雨が降っていることを空が泣いていると表現されることがあるが、今の私達はむしろ天気に笑われているような気さえしてしまう。

 雲に隠れることすらせず、太陽は真正面から私達を嘲笑っている。

 

 そんな錯覚に怒りを覚えることすらできず、無気力にスマホに視線を落とす。

 

 

 今朝送ったメッセージには、いつまでも既読が付くことはない。私はそっと、そのメッセージの送信を取り消した。

 

 

 





一章でトレーナーの身体が頑丈という設定を出したのも、二章序盤で事故になりかけたのも、全てはこの展開をやりたかったからです。
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