最弱魔王軍の生存戦略 作:ころしあむ
地獄だった。
そこはまさに、地獄だった。
そして、その地獄を作り出した張本人――白銀の少女が右手で強く刀を握る。首が傾く。
そして、右の額に突き立つ一本の角が煌々と煌めいた。
「――『斬』」
一太刀。切り抜けるは有象無象。全てを烏合の衆と化すその一撃は――、
比喩などではなく、空を裂いた。
同時。些事とばかりに指揮する軍の半数が千切れ吹き飛んだ。舞い散る鮮血に、雨霰の様に滴を垂らす肉片。
最早芸術とすら形容出来るほどに洗礼された太刀筋は、彼女の掌で自在に揺れる。
引き抜かれた刃が左へ抜けた。
「――続いて、『壊』」
二太刀。轟かすのはその残光。鮮血を花弁へ、戦場を舞台へと変えるその一撃。
我々は登場人物なのだ。それも目の前の少女に呆気なく殺されると言うだけの役割を持つ、引き立て役。
そう考えると、絶望すら通り越して笑えてきた。
「――『結』」
三太刀。
……いや、違う。ただの前動作だった。刀を仕舞う。ただそれだけで――攻勢の『準備』だけで、守りに入っていた軍人達が弾け飛んだ。
最早、人の成せる技ではなかった。
世界が破れ、悲鳴をあげる音が聞こえる。そして私は思わぬ事に思い至る。
そもそも彼女は我々人類ではないのだから、当たり前なのだ、と。
だがそれにしても、と思うのだ。
「――これが『第五席』とは……どうしようもないではないか」
ああ、だから彼女らは――『魔』と呼ばれるのだな、と言う納得と共に。
「――『覇・絶』」
そして――世界は暗くなった。
◇◆
重苦しい雰囲気が部屋を包み込んでいた。机を挟むのは、私と、そして古くからの友人ラド。
『魔王軍』との戦時中の真っ只中。すでに二百年は続く魔族とのこの闘争を終わらせようと、ありとあらゆる戦局を取りまとめていた最中。そこに突然ラドが押し掛けてきたのだ。
軍の大任を預かる身としては本来誉められた行為ではないのだが、ラドの鬼気迫る威圧に思わず部屋に招き入れ。
そして見せられたのは――蹂躙だった。
土の代わりに肉片が、雄叫びの代わりに鮮血が飛び交うその戦場が映し出された『魔水晶』。記録用の水晶に刻まれたのは、一人の軍人の戦場に出てから、死までの記憶であった。
そしてその記憶から分かったのは驚愕の事実。
――魔王軍の七騎将の『第五席』の異常さ。
たった一人が、一軍を圧倒し、蹂躙し、圧殺した。端的なそれだけの事実は、だが途轍もない衝撃を私へ与えたのだ。
確かに、『魔族』は強い。一人で十、いや。時に二十の戦力と換算するほど、個の力が強い。
だが、『異常』ではない。『一人』が『一軍』を『圧倒』するなど、それだけはあってはならない自体だ。
――そしてそれが、『第五』席?
なにより、彼女が持っていたのは、私達が見も聞きもしたことのない外見に、能力。
冗談ではない。全ての前提が崩れ落ちる。
――まだ奴等が『魔族』として纏まりを持っていなかった頃の強者が七人集まったのが『七騎将』である。
――『勇者』を越えうる戦力は存在しない。
――魔族の総数は多くとも五万程度である。
この一つの水晶に詰められた情報で、これら全ての、『勝利』の前提条件が崩れうるかもしれないのだ。
「……これまで見てきた『七騎将』は、以前見てきた魔族の、それぞれの種の代表だった」
『竜人』と『獣人』。かつてその種の代表としてその名を轟かしていた者達は、今度は六席、七席を冠して戦場へ降り立った。この二名は、数千の損害を単体で与えうる
故に。私達は、残りの五席の枠を、他の種で埋めてしまっていた。
つまりは、たかをくくっていたのだ。
――敵の底は見えた、と。
「……ああ、そうだ。だから、僕も『敗けはない』と確信していたんだ……」
ゆっくりと言葉を紡ぐラド。そして、彼はそのまま――強く机を殴り付けた。鈍い音が響き渡る。
「――クソッ!クソッ!!僕らは奴等に踊らされていたんだ!ありもしない『底』を見せられて!ありもしない『勝利』を確信して!!」
ドンッ、と最後に強くラドは机を殴り付けると、赤が滲むその拳をそのまま机の上へと置いた。
そして、こちらをジッと見つめる。ラドの目には、深い深い隈が見えた。
何日も迷ったのだろう。幾年も奴等との戦に人生を費やした私に、この情報を与えて良いものか。
「……五席が単体で軍を狩るとなれば、最早それ以上は想像がつかん」
「…………あぁ、そうだ。そうだ。……もう、どうしようもない。五席のあの力さえ、僕は理解出来やしなかったんだ……これ以上――四席の想像すら、僕にはもう出来ない……」
項垂れるラド。これが、あの学院で神童と呼び声高かったラドなのか、と言う感情と共に。
私の心にも厚い厚い暗雲が覆い被さっていくのを感じていた。
◆◇
「……作戦、上手くいったかのう?」
明らかにその玉座に似合わない幼女が一人。仰々しい格好をして、しかし怯えながら隣のメイド服の少女へ問いかけた。
「魔王様、それフラグです」
少女の返答を聞くと、幼女こと魔王は泣きそうな顔を作る。
「お主は毎度毎度そうやって訳のわからんことを言うな……」
「説明しますとフライングゲットの略です、魔王様」
「やっぱお主訳分からん……」
明らかに違う真実を伝えられた魔王は、言葉の通じない側近に恐怖を抱き始めたのか、歯を鳴らして後退り始めた。
直ぐに玉座の背もたれで止まったが。
「そんなことより魔王様。『魔王軍最強』のかの鬼人を、『第五席』と偽ったのは何故ですか?」
そして、背もたれをよじ登ろうと苦悩している魔王に問いかけられた言葉。それを耳に入れると、一旦玉座へ深く座り直す。そして、人差し指を合わせてもじもじとしながら、魔王は口を開いた。
「え……いやほら、今我ら魔王軍って死ぬほど苦境じゃろ?」
「そうですね。同士討ちにより総数は約五千まで減り、さらに四種族の元代表は飽きたとか言って雲隠れ。
おまけに装備は
魔王様、妙案なのですが『魔王軍』を改名して『魔王と愉快な仲間達』とかどうでしょう?そうすれば自社紹介での『アットホームな職場です』に説得力が付きます。多分」
「やだ」
「左様でございますか」
話を聞けば聞くほど直面する絶望的な現実。それから逃避しようと、魔王は死んだ瞳で一心不乱に空を見つめていた。
やがて諦めたのか、魔王はため息を付きながら少女に向き直る。
「……あ、そうそう。理由は、単に強い奴を弱いって言い張ったら相手がこっちの戦力勘違いしてくれないかな、って思ったからかな」
「口調です、魔王様」
「じゃよ」
そして、顎に手を当てるとメイド服の少女は直ぐに結論を出した。
「無理です、魔王様」
「知っておるわ!これは願望だ!!」
そして、再度深くため息。
「まあ、ネズミサイズの魔王様の脳で考えることなんて分かっておりましたので、悪魔族を使ってできる限りのことはしました。
人間国家の主要人物の感情を負の方向に寄らせてみたり、これまで無理矢理にでも入手させなかった戦場の情報をあえて入手させてみたり……あ、ちゃんと偽の情報は時偶に入手させているのでご安心を」
「ミミズサイズじゃと……?」
「ネズミです、魔王様」
わなわなと震え、肝心の情報を聞き漏らした魔王に白い目を向ける。
苦言の一言二言を呈しようとした時、そこで――突然強く扉が開かれた。
そこにいたのは、右の額に一本の角を持つ、矮小な体躯の、しかしここで最も強い『力』を放つ少女。欠片も押し隠すつもりのないその覇気は、場の空気を一瞬で圧し潰した。
そして、あまりの突然の登場に硬直した魔王を差し置いて、メイド服の少女は流れる様に笑顔を作る。
「お疲れ様です、ティノア様。初の戦場はどうでしたか?」
「……つまらなかった」
金色の瞳を眠そうに瞬くと、次いで漏れ出る言葉は酷くゆっくりと世界を揺るがす。流れ出る言の葉一つで影響を与える、魔族の中でも異端とすら言える『強さ』を持つ彼女は、本来なら秘匿されるべき存在と言えた。
「……周りが全員美少女ならもっとやる気出た」
……いろいろな意味で。
「付き人をお付けしましょうか?なんなら私がその役目を戴いても構いませんが」
「……いい」
こてんと首を傾げると、軽くメイド服をなじるように視線を動かす。腰に下げる大太刀を撫でると、やがてティノアは眠そうな目を薄く細めて少女に評を下した。
「貴女は、なんか胡散臭い」
「……残念です」
次いで艶やかな動作で後ろに直ると、ティノアはポツリと独り言のように呟いた。
「魔族が滅びるのは……私も嫌。だから、ここが崩れるまでは……それまでは、協力してあげる」
次の瞬間、彼女は仄かな威圧感の残滓を残して――姿を消した。
「あら、私フラれてしまいました。魔王様」
そして、悲しそうな顔をして少女は魔王へ向かう。ティノアに『胡散臭い』と評された顔を向けられた魔王は、呆然とした表情を崩さず空の部屋を見つめ続ける。
「の、のう……」
「はい?なんでしょう、魔王様。私今傷心中なのですが……」
そして、魔王の桜色の唇から奏でられた不協和音は――
「……あやつの言葉、ひとっつも聞き取れんかった……声小さすぎじゃろ、あやつ……」
――今日初めて、少女の鉄面皮にヒビを入れた。