海賊女帝の弟は今日も強くて美しい   作:カボチャ中将

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第1話 王

ボクの話をするためには、まずは母の話をするのが分かりやすいだろう。

母は強く、美しい人だった。

 

大の男が何十人で襲おうとも蹴散らし、特別な能力を使える悪魔の実の能力者であろうとも覇気の力で叩き潰す。

母の出身は男子禁制の女ヶ島、アマゾン・リリー。住人は全て女性でありながら、主な収益を海賊行為で賄っているという美しく強い国。母はそこでも屈指の戦士であったらしく、偉大なる航路(グランドライン)前半の海『楽園』では無敵の強さを誇っていた。

 

その母は、自身の3人の娘が突如として行方不明となったことで、それを探すため、故郷であるアマゾン・リリーを去った。

 

 

数多の海を探し回り、時には危険を承知で偉大なる航路(グランドライン)後半の海『新世界』にすら足を運んだ。その過程で生まれたのがこのボクで、ボクを連れて母はさらに旅を続けた。

 

島から島へを転々とし、ボクが6歳になった頃、母は一枚の手配書を見て泣き崩れた。

どうやら娘、ボクからすれば姉達はどういう経緯か無事に母の故郷アマゾン・リリーへと帰還し、賞金首となって手配書が出回るほどの実力者として名を馳せていたのだ。

 

男であるボクは男子禁制のアマゾン・リリーには入国できないため、母は娘達が無事ならそれで良いと故郷へ帰ることを諦め、ボクらの旅は終わった。

 

 

そしてーー10年後。

 

旅での無理が祟ったのか、母は去年死んだが、後悔は無かったことだろう。何せーーこのボクを生み、育てたのだから。至上の幸福を謳歌したに違いない。世界で最も偉大な女としてあの世で鼻高々だろう。

 

「王よ、お食事の準備が整いました」

 

恭しく頭を下げる女にボクが頷くと、次々と運ばれてくる料理。それは国一番の料理人が、ボクだけのために、好みや健康、旬や流行を敏感に取り入れた完璧な食事。正に王に相応しい。

 

 

そう、母が死んですぐ、ボクは王になった。

 

偉大なる航路(グランドライン)『楽園』にあるこの小国は、潤沢な資源から財政は潤っており、大国もその存在を無視は出来ない程度には力のある国。

ボクはそこの王族から王位を受け継いだのである。

 

勿論、快く譲ってくれた。いや、正確には貢いで(・・・)くれたというべきか。

当時の女王が、その地位を、財産を、全て無条件でボクに貢いだ。ボクに気に入られるために。

 

「おい」

 

「はい、すぐに」

 

呼びかけると、ボクの隣に立っていた女ーー元女王は至福の表情で跪き、口を開けるボクに贅を尽くした食事をせっせと運び始めた。この女にとっては女王の立場よりも、導くべき国民よりも、こうしてボクに食事を運ぶことが最高の幸せなのだ。

 

口に運ばれた食事を咀嚼しながら、王城の広々とした広間に目を向ける。そこでは国中から集まった美女達が顔を赤くしながらボクを見ていた。使用人のくせに手を止めているとはお仕置きものだが、このボクに見惚れてしまうことは仕方がないこと。ただ食事をしているだけで、数億ベリーの絵画よりも眺めるに値するものであることは間違いないのだから。

 

食事を終えれば王の務めとして政務の時間だ。

と言っても面倒な仕事は全て家臣達にやらせているため、ボクのやることは重要な決定を下すことと、戯れに適当に選んだ民から話を聞いてやるくらいのこと。

まあ、食事休憩の退屈凌ぎには丁度良い。

 

ボクが話を聞く体勢を取ったのを感じたのか、大臣の役職を与えている男が、懐から書状を取り出して簡潔に読み上げる。基本的に顔の良い女しか家臣にしない方針のため、ボクが王になった時、前女王の抱えていた殆どの家臣をクビにしたが、この男のように秀でて優秀な者は残している。

ボクが好き勝手やるためには、この国の国力を落としたくはないが面倒な政務はやりたくないのだから、ボクの代わりに適当に仕事をしてくれる人間は必要だ。

 

「貿易を行っているアラバスタ王国より、食料の輸出量を増やして欲しいと打診がありました。近年、首都アルバーナ以外では雨が降らなくなる不可解な自然現象の長期的な発生から国内情勢が乱れており、食料に限らず、様々なものを輸入に頼っているようですが……」

 

アラバスタ王国はサンディ(アイランド)にある砂の王国。

世界政府創設に関与した20の王族の一つ『ネフェルタリ家』が治める文明大国。

広大な土地の大半を砂漠が占めているが、人口は1000万人以上と多く、この辺の国では最も力を持つ。

なら、答えは簡単だ。

 

「輸出と言わずくれてやれ。アラバスタは大国だ、恩を売っておいて損はない」

 

不可解な自然現象とやらがこれからも続くのなら、支援の必要性は増すばかり。我が国への依存度を高めるためにも最初はくれてやるくらいで良いだろう。

そうして我が国との取引に集中させ、依存が高まってくれば、こちらも大きく出て要求を通す。これからそのための他国への根回しも同時に行っていけば、未来でアラバスタ王国に多大な影響力を持つことができる。

ボクの指示から意図を読み取ったのであろう大臣が頷いたところで、バンッと慌ただしく立ち上がる音が聞こえた。

 

音の原因は、こちらを驚愕の表情で見詰めている男。彼は今日のボクの戯れのために適当に招かれた国民であり、王城へ招かれたというのに貧相な格好をした、この裕福な我が国では最底辺の部類の人間であった。

 

「他国に支援する前に、自国の国民に施しをお願いしたい!明日食うに困っている者も、この国にはまだいる!」

 

何を言うかと思えば聞くに堪えない戯言であった。周囲の家臣達は一様に顔を顰めている。それはそうだ、この男は根本的なことを分かっていない。

 

「馬鹿か?それでボクは何か困るか?ボクはボクが食べる分があれば困らないだろうが」

 

「……なっ!?」

 

「食う金もない民のことなど知ったことか。ボク以外の人間に求められるのは、ボクに如何に尽くせるかだけだ」

 

食う金がないということは働く力も、金を生み出す知恵もないということ。そんな国民が必要か?

この国はボクの国。ボクに尽くすための国だ。ボクに貢ぐことは許しているが、ボクから施すことなどあるはずもない。

 

「そんな、それでは貧乏人は死ねというのか!?」

 

必死の表情で叫ぶ男のなんて哀れなことか。ボク以外の男はその辺の石ころ程の価値もないというのに、尽くすことを怠り、剰えこのボクを糾弾するとは。

あまりに哀れで滑稽で、最早怒りもない。ただ王として教えてやらねばなるまい。

 

「知るか。ボクのせいでどうなろうと……全ては許される。なぜなら…そう、ボクが美しいから!!」

 

「出たわ!王の見下し過ぎのポーズ!見下し過ぎて、逆に頭を下げているわ!!」

 

こんな人間、視界に入れる価値もない。

歓声を上げる家臣達とは裏腹に、怒り・驚愕・混乱などで感情が掻き乱されている男の様子を感じ、ボクはそのままの姿勢で家臣に命じる。

 

「この男にもう用はない。適当に金でも渡してつまみ出せ」

 

良い遊びを思いついた。

この男が今日与えた金をどれだけの期間で使い切るのか予想するゲームだ。ボクの予想では今夜にでも使い切ると思うのだが、どうなるか。家臣達にも賭けさせればちょっとした余興にもなる。

 

「王よ、私めは夜まで持たぬと予想しますが」

 

指示内容からボクが遊ぼうとしていることを悟った大臣がそう告げるのに、ボクは顔を上げてニヤリと笑いかけた。

 

 

女に貢がせ王となり、戯れに民で遊び、退屈凌ぎで国を動かす。それでもボクーーボア・スイレンは許される。

 

何故なら…そう、ボクが美しいから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界一の美女と称される海賊女帝、ボア・ハンコック。

彼女には二人の妹がいるが、実は彼女の知らぬところでもう一人、彼女に匹敵する美貌を持つーー弟が存在した。

 

その長い髪は、満点の星が煌めく夜空のように美しい黒から、晴れ渡る快晴の空のように青い空色へとグラデーションの掛かった唯一無二の美しさ。

 

その瞳は、アメジストすら霞むような高貴な紫色で、比肩するもの無き美しさ。

 

その尊顔は、どんな芸術家にも表現しようのない、性別という概念を超え、誰もを魅了する絶世の美しさ。

 

 

彼こそが、『王下七武海』アマゾン・リリー現皇帝にして、九蛇海賊団船長、世界一の美女、ボア・ハンコックの弟ーー世界一美しい男の娘、ボア・スイレンである。




スイレンくんの容姿は髪や目の色こそ違うものの、ハンコックが十代の時と瓜二つな設定。つまり絶世の男の娘。
本人もそれを自覚しているので服装は女物を着ていることが多いです。

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