臨時カート場のコースは、上から見たら0のような形に、スタート位置の向かい側のストレートの真ん中にs字のコーナーを加えたようなコースであり、一般的なカート場のコースと比べてもかなりシンプルなものあった。臨時ということを考えれば当然なのではあるが。
鎮守府のマークが入った上下長袖のジャージを着て、人数分用意されていたグローブをつけた吹雪が更衣室から出てきた瞬間、ギャラリーたちは一気に盛り上がった。
「吹雪ちゃん・・・、大丈夫かな・・・」
「頑張ってくださぁ~い♡」
「いやぁ、これはスクープの予感がしますねぇ!」
「あ、あんまりそういうことは、言わないほうが・・・」
「ねぇさん・・・。そう言いつつカメラの調整をしないでください・・・」
各々応援しているようにも見えるが、吹雪がタイヤの壁に突っ込んで目を回している情景を思い浮かべていた。普段の彼女を知っているのであれば、そう考えられるのも不思議ではなかった。
しかし、
「・・・、吹雪さん。雰囲気が変わりましたね!」
「なになに~、もしかして吹雪が走りきっちゃうとか考えてるの~?。そんなことはないでしょw」
「じゃぁ、70円のアイスでも賭けますか?」
「えぇ~。じゃあ、300円のアイスでもいいよ!。どうせあたしが食べる運命なんだしねぇ!」
「決まりですね!」
ただ一人、横須賀鎮守府から出張で来ていたこの艦娘だけは吹雪の変化に気づいていたのであった。
「カートは初めてですか?」
カートの管理をしていたおじちゃんが吹雪に話しかける。事前に提督から経験者はおそらくいないであろうという話を聞いていたので、この問いかけはいらないものであった、のだがいつもの癖が出てしまっていた。
「あぁ、いえ。経験者ですので・・・」
そう言うと吹雪は、慣れた手つきで顔を保護するために着けるバラクラバとヘルメットをかぶっていた。
「・・・、では大丈夫ですね」
吹雪のその回答と行動におじさんは静かに身を引いたのである。一見すると目出し帽のような見た目のバラクラバやヘルメット、初心者ではかなりかっこ悪さと、息苦しさ、窮屈さを感じるそれをためらいなく、淀みない手つきでつけた吹雪に、おじさんは”なにか”を感じ取ったのであった。
吹雪がカートに乗り込んだ瞬間、ギャラリーは再び盛り上がっていた。どんな走り(ドジ)をしてくれるのか、否応なしに期待が高ぶってゆく。
しかし吹雪はそんなギャラリーに目を向けることなく、カートに乗り込んでいたのである。ただその際、シートに座った直後に不自然に体を揺さぶっていたこともギャラリーたちは見逃してはいなかった。
「吹雪ちゃん・・・、相当緊張しているのかな・・・」
「なんか、やらかしちゃうかもねぇ・・・」
「いつも堂々としていることこそ、レディーの嗜みよ!」
「すごくゆっくりでも、完走しただけはあるね」
「さてさて・・・、どんなことをしでかすのやら・・・」
「顔が悪いですよ」
相変わらずギャラリーたちは吹雪に対して自由気ままな感想を言い合っていた。
そして吹雪が、アクセル、ブレーキ、ハンドルの確認を終えたあと、おじちゃんがカートの後ろにまわりエンジンを始動させる。芝刈り機についているようなハンドルを勢い良く引いた直後、エンジンから「ドドドドッ」といった地響きにも聞こえる音が発せられ始める。いよいよコース脇の乗降場からコースに入るコースインである。
吹雪のカートからの野太い音が大きくなった。吹雪がアクセルを踏んだのであろう。
しかしカートは進むことなく止まったままで、エンジンだけが唸りをあげてたのである。
そこでギャラリーたちはブレーキも一緒に踏み込んでいると考えたのである。初めてでいきなり左右の足で別の行動をするのはなかなか難しいもので、今までにも数人そんな子がいたのであった。しばらくして甲高い音が少しやんが、再び大きくなる。
それを数回繰り返したのち、ようやく吹雪のカートは進み始めた。ゆっくりとコースへ入ってゆき、指定された位置までカートを進める。
しかしその位置の少し前で、いきなり吹雪が乗ったカートは止まったのである。その直後にまた進み始めたが、その直後にもまた停車。そんな不可解か行動を繰り返しつつ、ようやくカートは所定の位置に着いたのであった。
この様子からギャラリーは、吹雪は相当緊張していると考えていた。今吹雪が乗っているカートは初心者用のカートで、スピードはあまり出ないようになっている上に遠隔操作でブレーキも掛けられる代物であった。なので暴走事故は起きないようになっている比較的安全なカートであった。
しかし今までの不審な動きから吹雪の様子から心配するものが少し増えていた。それでも大半の人間はこのあと起こるであろうハプニングを期待していたのであった。
そんな空気の中、コース脇から脚立に登っていたおっちゃんが日の丸印の旗を振った。これがスタートの合図であり、いよいよ一人だけのレースが始まったのである。
それと同時にタイム計測もスタート。一応全員のタイム計測は行われていたが、大半がゴールすることなく時計が止められており、すでに両手で数えられない人数が走っているのにも関わらず、タイムが書かれるホワイトボードには数人のタイムしか乗っていなかった。
そして吹雪のカートはスタートしたのだが、いきなり今まで聞いたことのなかったような音量のエンジン音が響きわたり、凄まじい勢いで進み始めたのである。
飛ばしてみたいという気概はあるのだが、カートに乗るのが初めてからなのか、これまで走っていた人のスタートは思っている以上に穏やかであった。しかしスタートからしばらくは直線であったため、スピードがそれなりに出ているなかで、比較的急なコーナーがその先にあったので、コーナーの手間での減速をせずにタイヤの壁に突っ込むか、あわててブレーキを強く踏んだまま曲がろうとしてスピンしてしまうのがほとんどであった。
吹雪の場合、いきなりエンジン全開でスタートし、制限されているスピードいっぱいにまで加速していたのである。
ギャラリーはあっけにとられ、一部はその後来るスクープ映像に大いに期待していた。
だが、そのあとみた光景は想像だに出来ないことであった。