「・・・」
舞鶴鎮守府にある港の端、あまり人が来ないその場所で吹雪は岸壁に座り、海を眺めていた。その顔はカート場のおじちゃんに見せてしまった、少し悲しげな顔のままであった。
あのあと、更衣室から出てきた吹雪はギャラリー達に取り囲まれてしまっていたのである。あの走りがきっかけである以外の何者でもなかった。
しかし吹雪はあまり相手にすることなく、仕事があるからと次の番である長良に畳んだジャージを渡すと、そそくさと退散してきたのである。
しかし仕事があるというのは嘘。あの書類を渡したら、今日の業務は終わりであったのである。それでも仕事と言ってしまったのである。
吹雪はどうしても一人になりたかったのである。
「・・・、お父さん・・・」
自然と出ていたその言葉、吹雪が”あの日”からあまり口にしてこなかったその言葉。気分が沈み込んでゆくのを感じてやまない。
負の連鎖が続く中、
「ふ、ぶ、き、ちゃーん!」
そんな空気を突然切り裂くような声が近くで聞こえる。
「・・・、あぁ。睦月ちゃん・・・」
それは同室の睦月であった。岸壁に座る吹雪に後ろに立ち、上半身を下げて、顔を近づけていた。
「どうしたの?、そんな暗い表情で海を眺めちゃって?」
「いや・・、なんでもないんだけどね・・・」
明るい声であるが、心配しているという感じを出して問いかける睦月に、吹雪は心配をさせたくないように答えるが、
「・・・、もう!、吹雪ちゃん!。それで私を誤魔化せると思ったら、大間違いだよ!」
「・・・、やっぱり・・・?」
「何年も吹雪ちゃんを見てきたんだよ。”濃厚”な付き合いもしたことあるんだし」
「濃厚・・・」
吹雪のごまかしを咎めるかのように強い口調で言い返して来たのである。吹雪も観念したのか誤魔化すのをやめた。睦月の方もよほど深刻な悩みであると感じたのか、落ち着いた声に戻し、吹雪の横に座っていた。
「・・・やっぱりカート関係?」
「・・・うん」
「まぁ、あれだけすごい走りだったのに、自慢一つしないんだから。変に思うのは当然だよ」
「睦月ちゃんは鋭いなぁ・・・」
「これでも睦月型駆逐艦のネームシップなんだから!」
「そうだよね・・・」
吹雪の元気がない理由がカートにある、と見抜いていた睦月であったが、そこまで落ち込む理由まではわからなかった。少しずつ沈んでゆく吹雪の気をなんとか持ち直したい睦月は、
「・・・、なにがあったのか話して欲しいかなって・・・。睦月で良ければ話を聞くよ?」
直接聞いてみる、という手に打って出たのである。ちょっとやそっとした言葉ではどうしようもないと察し、根本に迫るほか無いと考えたのである。しかし吹雪がそれに答えてくれるかは未知数。プライベートな話であるため答えてくれなくても仕方ないと思っていた。
「・・・、辛い話になるけど、いいかなぁ・・・」
しかし吹雪は答えてくれたのである。
「・・・、うん!」
睦月はそれだけを笑顔と共に返したのであった。