ねっちょりエログロ暴力百合ファンタジー   作:ぐえー

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第2話

 魔法使いたちの倉庫。壁面を埋め尽くす木棚には怪しげな爪や牙、鱗などを収めた瓶や小箱が並べられ、中にはぎょろぎょろと自発的に動く目玉や心臓なども保管されている。高い天井には幾重もの頑丈なロープが張られ、そこに何かの干物や植物性の素材など、風通しを必要とする素材が吊るされている。

 

 少女の住まいはそのロープだった。両腕をきつく縛られ、他の素材と同様に吊し上げで保管されている。両方の肩甲骨のあたりに青い針が刺さっているばかりでなく、全体重がかかる肩の痛みも相当だろうが、少女の顔には何の感情も浮かんでいない。伸ばしっぱなしの真っ白な頭髪の間から、光のない目が虚空を見つめている。かろうじて聞こえる呼吸音だけが、少女がまだ生きている唯一の証明だった。

 

 少女が素材として魔法の国に買い取られ、二年が経過していた。

 

 この倉庫に初めて吊るされたときは、あまりの痛みに涙を流しながら下ろしてと懇願したものだが、今や何を言う気にもなれない。少女は一年をかけ、人間らしい思考と感情を忘れ去っていた。

 

『この汚いガキめ!』

 

 魔法の国に囚われた少女に魔法使いたちが最優先で施したのは、苛烈な拷問だった。

 

 少女はなぜ罵られるのか分からなかったし、魔法使いたちもどうして貴重な素材である少女に学術的な探求でもない純粋に苦痛を与えるためだけの拷問をしているのか、理解できなかった。少女は意味もなく眼窩に焼けた火箸を突き刺され、万力でじっくり丸一日かけて指先を潰され、身動きできない状態で水に沈められたりした。

 

『いやあああぁあぁあ!』

 

 この頃の少女にはまだ元気に泣き叫ぶほどの気力があったが、拷問の過激化に伴い見る間に衰弱していった。金属製の壺に閉じ込められ外から火で炙られてじっくり蒸し焼きにされたり、飢えた獣に生きたまま腸を喰われたり、切れ味の悪い錆だらけのノコギリで四肢と首を落とされるのを幾度か繰り返すうち、少女の心は溶けていった。

 

 ついにはうわごとのように『ごめんなさい』を言うだけの人形になったとき、魔法使いたちははっと我に返った。

 

 ここまでしているのになぜ少女は五体満足で生きているのか? そして、なぜ自分たちは実験でもない拷問に熱中していたのか?

 

 魔法使いたちは熱に浮かされていた一年間を取り戻すように、これらの謎の解明に向け精力的に学術的探求を始めた。幸いなことに少女が何をしても死なない不死性を有していることは明らかだったので、魔法使いたちは遠慮なく少女の頭蓋や腹を切り開き、薬物や魔法など様々な手法で少女の体と、業について調べ尽くした。

 

『そうか分かったぞ! こいつはカタシロだ! 業の正体とはつまり』

 

 その結果すべての謎は解けたものの、自我を放棄した少女に理解することはできなかった。

 

 少女の宿す業の研究は一端落ち着いたものの、素材としての需要と利用価値は依然高かった。強力な業を宿す少女の体は魔法使いたちにとって垂涎ものの魅力なので、腑分けして広く活用されるはずだったが、この目論見は失敗に終わった。

 

『困ったな。これでは素材の分割ができない』

 

 原因は少女の不死性だ。たとえば少女の腕を切り離したり、内臓の一つを素材として使おうとしても、短時間で消滅し少女が再生してしまう。つまり少女は分割できない一品物の素材として使うしかなかった。

 

 こうして少女は、魔法使いたちに大人気の最高級研究素材として重用されるようになった。国で最高位の魔人たちを始め、エリートの準魔人たちにも連日連夜貸し出され、予約は常にいっぱい。身体を開かれ、魔法で焼かれ、衆目にさらされる日々。そのかいあって業の性質も次々と判明していき、魔法使いたちは未知を解明する達成感に酔いしれた。

 

 そんな魔法使いたちに重宝される少女にとって、倉庫にただ吊るされている時間は貴重な休息だった。正気を失う前は痛みに涙を流しながらも、魔法使いたちの意味不明な実験に付き合わなくていいことに安堵していたものの、もうそんな理性は残っていない。業の力は肉体の維持ほど、心の回復には役立たないことが判明していた。

 

 さて少女がぐったりとしていると、倉庫に光が差し込む。出入り口である扉に刻まれた魔法陣が輝き、光が収まるとともに開かれる。

 

 入ってきたのは無名の魔法使いだった。少女の下までやってくると、『使用許可』を意味する呪文を唱える。少女の身体がふわりとロープを外れ、魔法使いの手元に収まる。

 

「ふう、やっと業の研究ができるぞ」

 

 魔法使いは少女の腕を縛る紐を無造作につかみ、引きずって外へ歩き出した。業の再生能力は広く知られているため、ぞんざいな扱いは毎度のことだ。真っ白な少女の肌が傷つき、血がにじみ、汚れに塗れる。

 

 無名の魔法使いは上機嫌に少女の裸体をゴミよろしく引きずり回し、自分のアトリエへ向かっていく。順番待ちの間理論はさんざんこねくり回した、後は実際にコレを使って試してみるだけだ。彼は魔法使い特有の純真でまっすぐな目をしていた。

 

 倉庫を出ると、その真っ直ぐな視線を遠方の塔に向ける。魔法の国の中心にそびえる、天を衝く巨大な塔。『知識の塔』と呼ばれるそれは古から魔法使いたちが記録し、探求してきたあらゆる知識の集積地だ。素材の少女に二年間施してきた陰惨な実験記録も余さず収められている。

 

 魔法使いたちにとってあの塔に自分の名前で知識を記録することは最高の栄誉であり、無名の魔法使いも憧れを抱いていた。少女を研究に使うことでようやく今夜、人生の目標に近づくことができる。

 

 魔法使いは鼻息を荒くして、倉庫に隣接する魔法の宮殿に入っていく。優秀な魔法使いだけが使用を許される一流のアトリエ群だ。研究設備はもちろん寝泊まりもできる充実っぷり。その一室が彼のアトリエだった。

 

 アトリエに着き、少女を作業台の上に置く。

 

 まずは背骨を引き抜く必要があるが、肩に差し込まれた針が邪魔だ。

 

 針は業の暴走を抑制する特別な魔法『業衝く針』だ。万が一にも素材が反抗的にならないための措置だが、一時的に抜く程度なら大丈夫だというのが、素材使用における暗黙の了解になっていた。少女の精神はすでに損なわれているからだ。

 

 魔法使いは自身の研究のため、針を引き抜く。

 

 その瞬間に異変が起きた。

 

「な、なんだ!?」

 

 宮殿全体が大きく縦に揺れた。針が宙を舞い、魔法使いがひっくり返る。

 

「ぐえ」

 

 間髪入れず、重たい棚が倒れ魔法使いの頭をかち割った。

 

 大きな揺れは一回きりだった。宮殿の外から地鳴りのような低い轟きと無数の悲鳴が聞こえる。作業台から投げ出された少女はしばらく無言で横たわっていたが、視界の隅の方で、魔法使いが死んでいることに気がつく。

 

 続いて、背中の針が抜けている、すなわち業の力が自由に使えることに理解が及ぶと、

 

「……っ」

 

 封じられていた赤い異形が、肉を裂いて生えてくる。触手状のそれらは、巨大な昆虫の足を一度解体してからデタラメに結合させたように歪みくねり、少女の鼓動に応じて脈打っている。左右一対に生えたひときわ太い触手から無数に枝分かれして、その間に半透明の膜が張られ翼の形状を作る。

 

 久しぶりの感覚だった。少女は操り人形のようなぎこちない動きで立ち上がると、奇妙な翼を自在に動かす。何度も身体を再生されているうち、少女は翼を手足のように扱う感覚を身に着けていた。

 

 いつかの牢屋のように翼は壁を砕き、風穴をあける。

 

 その穴に身を投じると、少女はただ本能のままに羽ばたいた。

 

 二年間、家畜どころか生物としてすら見られない体験をしても。死んだほうがマシだと毎日毎秒思っていたとしても。

 

「生きたい」

 

 少女の本能は、生きたいと叫び続けていた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 人らしい思考回路の停止した少女に行くあてが思いつくはずもなかったが、苦しみの記憶を多数植え付けられた故郷と魔法の国から離れた方がいいことは、生きる本能だけでも判断がついた。

 

 魔法の国を飛び立ってまもなく、雲を突き抜ける霊峰が見えてくる。大河の源泉であり、百合の国との国境を兼ねる大山脈である。

 

 グロテスクな奇形の翼がひとりでに蠢き、風を切って少女の身体を山脈の向こうへ運んでいく。氷点下の強風が少女の手足に凍傷を負わせ、全裸の身体が冷えることで次々に肺炎や壊死が発生するものの、少女にまとわりついた業の力が片っ端から再生し外見上は無傷を保った。

 

 それらの痛みをただの情報として無感情に認識していると、少女の視界が開ける。

 

 山脈を超えたのだ。人を寄せ付けない急峻な魔法の国側とは対照的に、緑豊かでなだらかな傾斜が広がっている。緑の丘陵地のところどころか白く染められているのは百合の国名物、百合の花園だろうか。山から流れ出た大河は滔滔と流れ、丘陵を曲がりくねって遠方の海へ続いている。沿岸部には魔法の国とは比較にならない巨大な都市が見え、外縁部にあたる城壁には百合印の国旗が力強くはためいていた。連なる鉄の塊が黒煙を吐きながら、沿岸部に沿って敷かれたレールの上を疾駆している。

 

 豊かで、きれいな国だ。もし少女に正気が残っていれば、そんな感想を抱いただろう。

 

 しかし少女に残っているのは生きたい気持ちだけだ。その本能は、ここまで来れば苦痛の元凶となるものに追われることはないだろうと安堵した。

 

 しばらく空を飛んでいた少女は人気のない森を見つけ、着陸。苔むした大岩を背中にして、ぺたりと座り込む。

 

「……」

 

 そして少女は動かなくなった。

 

 生きる本能のままに危険な土地から遠く離れた場所へ来た。ここには怖い男たちも魔法使いたちも来ないから安全だ。かといって能動的に動く気力はない。どうせ何を求めても最後には裏切られるだけと学んだからだ。

 

 業の力は少女の肉体を常に十全に保つ。食べ物や水は必要なく、少女はまさに自然と一体となり無気力に時間を過ごした。

 

 山裾にあたる地形上、天気は変わりやすい。雨に打たれ、雪に埋もれても無反応。時折クマや狼が少女のそばを通りかかるが、あまりに動きがないため一瞥すらせず素通りしていった。

 

 そうして二ヶ月ほど経った頃、少女のもとに変化が訪れる。

 

「あらまああなた、遭難するのに全裸はあまりにも豪胆が過ぎるわよ!」

 

 少女の視界に、百合を模した王冠を戴く女の子が写った。白いドレスの上にもこもこのケープを羽織り、下は花びら状のスカート、かぼちゃパンツ。人の格好を指摘している割に彼女も山行には到底向かない服装だ。

 

 女の子は機敏に梢の間をすり抜け、少女のもたれる岩場まで接近する。少女の目の前でしゃがみこみつつ、さりげなくケープを脱いで少女に羽織らせた。

 

 満足げにうなずいてから目を爛々とさせる。

 

「ケガをして動けないのね! 私が町まで運んであげましょう!」

「……」

「ははあ、お腹が空いて動けない、そういうわけ!」

「……」

「言葉、共通大河語は通じてるわよね。海からくる人はあなたみたいに白くないもの!」

「……」

「もしかして山脈を超えてきたり? だとしたら勲章ものよ! 不法入国だけどママと宰相婆にゴリ押しして勲章を出させるわ!」

「……」

「ふむふむ、なるほど」

 

 女の子は掌底を繰り出した。ずむ、と音を立て少女の顔の横、大岩の表面に小さな手のひらがめり込む。手形の凹みが刻まれ、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。

 

 少女は無反応だった。どうせ当たったところで死ぬことはない。

 

 女の子は満面の笑みのまま、額に青筋を浮かべた。

 

「私、ここまで誰かに無視されたのは初めてなの! 存在を認めてもらえないというのは、思いのほか腸煮えくり返るものなのね!」

「……」

「うふっ、うふふ」

 

 少女のおとがいに指を添え、貼り付けた笑顔のまま顔を近づける。

 

「衝撃の事実! 私は無視されるのが百合に集る害虫より嫌いみたいだわ! 何か応えてくれないと手段を選ばないわよ!」

「……」

 

 ためらいなく少女の唇にキスをした。

 

 桜色の形のいい唇同士がそっと触れ合う。続けて女の子の赤い舌が少女の口をこじ開け、口内をなめ回し始めた。次に餌食としたのは少女の柔らかな舌だ。舌と舌が激しく絡み、のたうち、女の子は夢中で少女の中身を貪っていく。

 

 忙しない女の子の動きにより、王冠が徐々にズレてついには地面に落下する。重たい金属音が少女の耳朶を打ち、それがきっかけとなった。

 

「!?」

 

 少女の身体を経験のない快感が駆け巡る。舌と口から発生する快楽。脳がしびれ、身体が熱く、下腹部がむず痒い。

 

 初めての性的快楽だった。養父は苦痛を与えることが目的だったし、魔法使いは少女を女どころか生物扱いもしていなかった。未経験の感覚が本能の壁を超え、無理やり少女の理性を引張り戻したのだ。

 

「ん、んんーっ!」

「んふ」

 

 混乱した少女は抗議するような声を上げるが、女の子は嗜虐的な笑みを浮かべるばかり。

 

「ぷは、んんっ」

 

 ようやく離れたかと思えば息継ぎを挟んで、すぐにまた口を塞がれる。手足含む全身が快感に満ちて動かすことは叶わず、背中の業に意識を割く余裕はない。なされるがまま、初めての気持ちいいを受け入れ続けるしかなかった。

 

 しばらくして少女の身体がびくりと強く跳ねると、女の子は目を丸くして顔を離した。蕩けきった少女の顔を前ににんまりと笑うと、落っこちた王冠をかぶり直す。

 

「ごちそうさま! やっと反応してくれて良かったわ! じゃなきゃ青空の下で最後までやり尽くすところだった!」

「はふ……」

 

 最後までってどんなことするんだろう。ぼんやりした頭では想像力も働かない。

 

 少女は無意識によだれの垂れる口元に手をやり、名残惜しげに熱い吐息を漏らした。

 

 女の子は少女の隣に腰を下ろし、落ち着くのを待つ。何をされたのか徐々に理解が及び赤面していく少女に対し、女の子は改めて口火を切る。

 

「私はユリエル=ユリリウム=ユリニスティス。あなたは?」

「……か、カタシロ」

 

 思い通りにさせるのが尺なので、つい魔法使いたちによく呼ばれていた名が口をついた。

 

 ユリエルは少女、シロのウソを知ってか知らずか、心底嬉しそうに笑っている。

 

「カタシロカタシロカタシロ、桜の国で聞くような響きね! 親しみを込めてシロと呼ぶわ、よろしくシロ!」

「や、やだ……」

「ああっ! 今日はなんていい日なんでしょう!」

「ふぇ」

 

 バネじかけみたいに飛び上がり、ユリエルは興奮した様子でぴょんぴょん跳ねる。

 

「お勉強をすっぽかして散歩に出たかいがあったわ! まさかこんな退屈な森でシロみたいに面白い子を見つけるなんて!」

「お、面白い?」

「ええ! 誰かに無視されるのもキレるのも初めてだった! お城じゃ絶対あり得ないステキな体験だったわ! というわけでシロ、あなたと私はこの瞬間大親友になったのよ!」

「頭おかしいんじゃないの」

 

 率直な意見だった。王冠や名前の仰々しさからしてユリエルの高い立場は察せられるが、それに気遣う気も起きない。

 

 ユリエルはシロの冷たい目にうっとりと頬を朱に染める。

 

「ああ……いい、いいわ。その目つき、まっすぐな罵倒! これは大親友になるしかないわね!」

「バカ、アホ、ヘンタイ」

「うふっ」

 

 本格的に気味が悪くなり、身をよじらせて距離をとるシロ。しかしユリエルはそれ以上の速度でにじり寄り、シロの手を両手で包んだ。

 

「ウチに来て一緒に暮らしましょう。大親友はきっとそうするべきよ」

「やだ」

「大丈夫、シロにとって楽しくなくても私が楽しいし、だからそのうちシロも楽しい気分になるわ」

「や・だ!」

 

 シロはユリエルの手を振り払い、キッとにらみつける。

 

「私はもう誰とも友達にならない。仲良くもしない。一人ぼっちがいいの」

「でも──」

「一人なら! 一人なら……何も失わなくて済むから」

 

 シロは父と母を思った。それから、優しい叔父の幻想。ヤーツェのぬくもりと優しさ、ナナルのパイと柔和な笑顔。すべて失われてしまった。

 

 何を得てもどうせ失くしてしまうなら、最初からいらない。一人ぼっちでただ無気力に生きていれば、失う悲しさとは無縁でいられる。再起動したシロの理性はその考えに従い、ユリエルを拒絶する。

 

「そう。分かったわ」

 

 ユリエルは口をつぐんで数秒後、そう言って立ち上がった。

 

 こわごわと表情を見上げてみると、ユリエルは変わらず満面の笑みだ。

 

「口説き落とせって言いたいのね!」

「全然違いますけど!?」

 

 ユリエルはシロの抗議を笑顔で受け流し、弾むような足取りで去って行った。不安定な王冠が、ストリベリーブロンドの髪の上でぐらぐら揺れている。シロは目を白黒させながら、残されていったケープをきゅっと握った。

 

 その日からユリエルは、シロのところへ毎日やって来るようになった。

 

 太陽が空の天辺に上る時間帯。出会いの次の日にやってきたユリエルは大きな荷物を抱えていた。ユリエルの身長の半分はある風呂敷で、中身は色とりどりの衣服だった。

 

「女の子が素っ裸ではいけないわ! 似合いそうなのをかっぱらってきたわよ!」

「余計なお世話……」

「まあまあ、これは驚きね! このユリエルに服を着させろと要求する人が存在するとは思わなかったわ!」

「誰も言ってない! や、ちょ、やめ……!?」

 

 ユリエルはシロが羽織るケープを力ずくで引っぺがし、嬉々として衣服を着せていく。下着を履いた時点でシロは抵抗する気も失せてされるがまま。あっという間に白いワンピース姿の町娘らしい格好が整い、満足げにうなずくユリエル。

 

「これで良し! また明日来るわ!」

「えっ」

 

 強引な割にユリエルは引き際を弁えていた。にっこりシロにほほえみかけると風呂敷をまとめ風のように去っていく。肩透かしを食らった気分のシロは何を期待していたのかとぶんぶん首を振り、膝を抱えてうずくまる。

 

 言葉通り次の日もやってきたユリエルは、シロの隣に気安く腰を下ろした。シロが顔を上げて見てみると、人一人分の間をあけたところに座って微笑んでいる。

 

「いきなりだけど私、姫なのよ! 第一王女ユリエル! 百合の加護と権能を受け継ぐ者!」

「……知ってる」

「まあっ、物知り」

「バカにしてんの?」

 

 ユリエルの頭に座す王冠を視線で示すと、ユリエルは思い出したようにああ、と声をあげる。

 

「これただのアクセサリーなのよ!」

「アク、って、ええ!?」

「こんな重いもの被ってられるか軽いやつを作れ、ってママが放り出したの。ママは今もっとおしゃれなティアラを着けてるわ。ひどい話ね、こんなにかわいいのに」

 

 王女もその親もそろって破天荒だった。こんなのが治めている国がまともであるはずがない。シロはぷいっとそっぽを向いたが、ユリエル王女は気にせず他愛もないおしゃべりを続けた。将来に向けた勉強が面倒だとか、お城のメイドたちが年をとって跡継ぎをどうするかとか。下に二人妹がいるが、一人は勝手に海を渡って放浪生活を楽しみ、もう一人は剣の腕を磨くばかりでろくろく姉に構ってくれないとか。城下町をうろつくと大人たちは構ってくれるが、同い年くらいの子どもたちには敬われるばかりで物足りないと話すときだけは、笑顔ではなくほんの少し寂しそうだった。帰ったのはすっかり日が傾いた頃で、シロは去り際の背中を一瞬だけ目で追った。スキップでもしそうな軽い足取りだった。

 

「ん……っ!」

 

 ユリエルが帰った後、シロは暗闇の中で身悶えする羽目になった。口元から全身を貫いた快感はあまりにも鮮烈で、日中目に焼き付いたユリエルの唇を思うと、身体が熱くなってたまらない。かといって火照りを抑える方法も分からないため、自然に収まるまで悶々とするほかなかった。

 

 また次の日にやってきたユリエルは、大きなバスケットを抱えていた。

 

「食事をもってきたわ! 木の実やキノコもいいけれど、王宮の食事も捨てたもんじゃないのよ!」

「比較対象になるのそれ……? むぐっ」

 

 物を食べる気などかけらもなかったシロだが、問答無用で口にサンドイッチを突っ込まれては咀嚼せざるを得ない。しっとりしたパン生地に、塩漬け肉と新鮮な野菜がよく合う。

 

「おいしい?」

「……ん」

「良かった! 私もいただきまーす!」

 

 シロはその一口以降一度も食事に手を付けなかったが、ユリエルは気にせず一人でほとんど平らげながら、一方的にお城と城下町での話を語ってから帰っていった。

 

「あなた少食ね! 好きな食べ物はある? 持ってきてあげる!」

「……パイ」

 

 ほとんど一口しか食べないシロを見かねたのだろう、ユリエルはある日そう尋ねた。シロは考える間もなくつい正直に口走ってしまう。

 

 ユリエルは誇らしげに胸を張って、こぶりな双丘をつきつけた。

 

「急に大胆になるから少し驚きよ! どうぞ!」

「おっぱいじゃなくて! 食べるパイのことっ!」

「まあそうなるわよね」

 

 その日、ユリエルは珍しく笑顔を引っ込め真顔で帰っていった。その表情は次の日食事を持ってくるときも変わらず、バスケットを開ける手はいつもよりたどたどしい。

 

「えっと、パイ、持ってきたの……」

 

 そうしてユリエルが取り出したパイは、とても不格好だった。厚さと焼き色にムラがある。香りも良くない。

 

 パイを手に下から機嫌を伺うような視線を向けられるのが気に入らなかったので、シロはパイもどきをひったくって食いついた。その瞬間、ユリエルが「あっ」と声を上げたことと、しおらしかった理由を理解できた。パイが極めてまずかったのだ。生地はサクサクではなく謎の水気がべちょべちょしており、水臭いだけでなく粉っぽい風味もある。その上焦げた部分だけはきちんと苦味があるから始末が悪い。

 

 いつも無理やり口に入れられる食事との落差がひどい。さらにユリエルのしおらしい態度から、シロはピンと来た。

 

「……手作り?」

「え、ええ……いつも残り物だから、手作りの方が心がこもるかなって……どう、だった?」

「すっごくまずい」

 

 ユリエルがしゅんと肩を落とす。

 

 気を使ってウソを言う理由はない。故にシロは本心から「でも」と付け足した。

 

「でも、嫌いじゃない」

 

 眩しい笑顔に変わったユリエルにはそっぽを向いて、シロは最高にまずいパイを平らげた。

 

 同じようなやりとりが繰り返されて数日後。

 

 シロはユリエルから顔を逸らし、ユリエルが元気に話している。そのうち日が傾けばユリエルはまた笑顔で帰っていくのだろう。

 

「ふぇっ」

 

 そんないつもどおりの流れを無視して、ユリエルはシロの両頬に手を添える。

 

 目と鼻の先、息遣いを感じるほどの距離。ひさしのできそうなほど長いまつげと、澄んだ青の瞳。そして何より、形のいい桜色の唇に目が吸い寄せられる。

 

 初めて出会ったときの感覚を思い出した。柔らかな舌が口内に忍び込み、得も言われぬ快感で全身が痺れたあの感覚。期待に胸が高鳴って、頬に熱が集まり、無抵抗のまま目を閉じる。

 

「あっは」

 

 不意に、ユリエルが笑った。ほどなく気配が離れ、目を開けると肩が触れ合う距離に座り直している。

 

「シロは分かりやすいわね。初めて会ったあの日から、私の唇をいつもチラチラみているの」

 

 かあっと顔が耳まで熱くなり、口元を手で隠した。ユリエルから逃げるように背中を向けて膝を抱えるが、ユリエルは構わずシロの耳元に口を寄せる。

 

「だけどああいうことは、もっと仲が良くなってからやるものよ」

「……無理やりやった。ひどい」

「だって腹が立ったんだもの。またやりたいならそうね、シロのことをたくさん教えてほしい。私たち大親友のはずなのに、あなたばかりが私を知って私は何も知らない。おかしな話よね?」

「はふ」

「はふ?」

 

 耳元に吹きかけられた息に思わず声が出てしまった。

 

 シロはますます顔を赤くしてユリエルに向き直り、後退って距離を取る。

 

 ユリエルは相互理解を求めているのは理解できた。まず大親友の関係が前提になっている点は順序が意味不明だが、シロと仲良くなりたい気持ちは伝わってくる。

 

 シロは決してユリエルのことが嫌いではない。取り立てて好きなところがあるわけでもないが、毎日顔を見せに来ては心底楽しそうに話をしたり食べ物をくれたりする相手を嫌いになるほど、シロの性根は歪んでいない。

 

 またあの快感を味わえるならユリエルの言うとおり、自分のことを深く話してもいいかもしれない。そう考えたシロはここに至るまでの経緯を含む人生を振り返り──目の前が真っ暗になった。

 

「シロ!?」

 

 ユリエルの慌てた声ですぐに意識を取り戻す。ほんの数秒の間、シロは失神していた。

 

 シロは今までの空虚と絶望を一瞬の間に追体験していた。魔法使いたちによる拷問と実験がもたらした苦痛は、シロの頭から考える力を奪い、同時に奪われた安寧と空虚な身の上を忘れさせていたのだ。今まで考えずに済んでいたことに正気の戻った状態で向き合った結果、到底処理できない爆発的な感情がシロの心を圧倒する。

 

 優しかった両親、受け入れてくれたヤーツェ、ナナルの作ったパイの美味しさ──すべて戻ってこない。呼吸すら億劫になる虚しい絶望。焦点の合わない瞳からとめどなく涙が溢れ出る。

 

「シロ、シロってば。ねえどうしたの、どこか痛いの!?」

「うるさい」

「きゃっ」

 

 ユリエルはただならぬ様子のシロに珍しく狼狽していたが、シロは彼女の肩を突き飛ばした。

 

 尻もちをついたユリエルの前に立ち上がる。ユリエルが視界に入っているだけで空っぽな心がささくれ立ち、気持ちに呼応して背中の肩の辺りに激痛が走る。ぶちぶち、みちみちと肉や皮膚を引き裂いて、歪な翼が顕現した。

 

 それは翼というより、出来損ないの蜘蛛の足のようだった。赤黒く脈打つ計十一本、左右非対称の肉塊めいた触手。一つ一つがシロの胴体ほどの太さがあり、触手ごとに数の違う関節で幾度も湾曲しているのに周囲の木立よりも長大だ。山を超えたときのような皮膜はなく、骨組みだけの業は鋭利な捕食器官のようである。

 

 さすがのユリエルもこれには驚いたのか、女の子座りに座り直して目を丸くしている。

 

「まあまあまあまあ、すごいわね。これは魔法? 桜の国の忍術? それとも他の力かしら?」

「……」

「なーに、説明はしてくれないのね? 別に平気よ。こういうことができるって、教えてくれたんだもの。少しずつ教え合っていけばいいわ」

 

 なんだこいつ。

 

 と、困惑するシロに構わずユリエルが無防備に近づいてくる。シロは獣が威嚇するように両腕を掲げ、それに連動し背中の触手たちも曲げた肢体を一気に伸ばした。強靭な肉塊が鞭のようにしなって周囲の木々をなぎ倒し、貫いていく。

 

「近づくなっ!」

 

 唐突な怒声と破壊の嵐。言われたとおりキョトンとした顔で足を止めるユリエル。

 

 シロは震える声と荒くなる呼吸をどうにか整えながら、血を吐くように叫びを上げる。

 

「私は……もう嫌……失って、幸せになって、また失って幸せになって……一度手に入れた希望が絶望に変わる……裏切られる、すり抜けていく……もうそんなの嫌だ。だから私は……もう何も欲しがらない。家族も友達もいらない、おいしい食べ物もきれいな景色もほしくない。どうせ全部失くしてしまうから……誰もいないところで、一人で生きていたかった……なのにっ!」

 

 シロが腕を突き出すと手のひらから細い業の触手が飛び出して、鋭利な先端がユリエルへ向かう。目前で止まった血の滴る触手にユリエルは首をかしげる。

 

 シロは滝のような涙を流して、しゃくり上げている。

「なのにお前が……ユリエルがあんなことするから……また求めようとしてる。せっかく何も考えなくて済んだのに、ただ生きているだけの、人形でいたかったのに……お前が、お前のせいで……っ」

 

 シロは常に生きたいと願っている。しかし生きることは辛かった。絶望が必ず伴うことを知っていてもささやかな希望を求め、安寧を手に入れるたび裏切られる。考える頭があるせいで、否応なく自分の汚い部分を見ずにはいられない。

 

 シロはヤーツェのことを思い出す。苦しみを受け入れてくれた命よりも大切な友達のはずだった。その命が救えるなら後悔なんてきっとないはずだった。しかしシロは魔法の国に囚われる間際、ヤーツェの死を願わずにはいられなかったし、魔法の国で苦しみを味わっている間、姉妹への憎悪が一瞬たりともなかったとは言えない。そんな自分勝手で浅ましいところも、ユリエルに出会わなければずっと、考えずに済んだのに。

 

「お前なんか嫌い! 大嫌い! さっさとどっか行け! 二度と顔見せるな! さもないと……」

 

 背中の触手がのたうち回り、手のひらから伸びた触手が少しずつユリエルへ迫っていく。木漏れ日の中でうごめく業の触手たちはのどかな風景の上に浮き彫りになっているようで、常人であれば一目見ただけで正気が削れる悍ましさがある。

 

 しかしユリエルは笑った。醜悪な触手を眼前にして、変わらない慈愛の笑みを浮かべて見せる。

 

「うふっ」

 

 さらに、触手の先端を掴んだ。いや、正確には手のひらをあてがった。

 

 傷一つない小さな第一王女の手のひらと、歪んだ触手がふれあい──ずぶり、と湿っぽい音が響く。

 

「えっ、えっ」

 

 シロは戸惑うばかりだった。

 

 触手は動かしていない。にもかかわらず、ユリエルが自ら手を動かして、触手に手のひらを貫通させたのだ。血に混じって白い花弁が迸り、散っていく。

 

「シロ、あなたの気持ちは伝わったわ」

 

 ユリエルはシロの混乱に構わず、一歩一歩と距離を詰めてくる。彼女が踏み込むたび手のひらの穴が拡大し、骨にこすれてゴリゴリと硬質な音が鳴る。あわせて白い百合の花弁が、傷口を中心にひらひらと舞う。

 

「とても言葉じゃ表せない、辛い思いをしたのでしょう。その痛みは今私が感じてる何倍もひどかったに違いないわ。だーけーど!」

 

 一、二、三。言葉に合わせて一気に三歩詰める。

 

「私はあなたが好き! すっごく好き! 絶対あなたを手放さないし、私が失われることもない。つまり大親友なのよ」

「なん、で……」

 

 そこまで言ってくれるのか、傷ついてまで構ってくれるのか。言葉にならないシロの気持ちを汲み取り、ユリエルはいたずらっぽく笑う。

 

「最初は私にも分からなかった。ここが百合の国だから? 私が百合の姫だから? 百合の加護があるからかしら? でも全部違ったわ、今分かった」

「……?」

「あなたは常に生きようとしている。そんなところに、惚れてしまったのね」

 

 シロはどんなときでも生きる意志を持っていた。家族を殺された日も、養父に犯された夜も、騎士たちに嬲られたときも、ナナルに売られたときも、自身の性根に失望したときも、魔法使いたちに非道の限りを尽くされても、死にたいと考えたことはない。

 

 生きたい。ユリエルは揺らがぬその意志を漠然と感じ取り、シロの独白から正確に読み取って──一目惚れしたのだ、と言った。

 

「へ……?」

 

 何の自覚も実感もないシロは呆然とするばかり。

 

「分からなくてもいいわよ? だけどこれだけは分かって──いいえ、分からせてみせる」

 

 言いながら、ユリエルは最後の一歩を詰めた。手の肉と骨が削られながら触手を滑り、その元であるシロの手に重なる。

 

「あなたが欲しい。あなたは一人じゃなくて、私と一緒に生きるのよ」

 

 力強く真っ直ぐな瞳がシロを射抜く。意志の強い表情がヤーツェを想起させ、反射的に逃げようとするが、手のひらだけでなくもう片方の手も握りこまれており、動けない。背中の触手たちは霧が晴れるように消え、手のひらから伸びた触手も同様に消えた。

 

 ユリエルは血まみれの手を気にも止めず、正面からシロと向き合って目を逸らさない。シロ以外は何もいらないというように、熱っぽい視線を送り続ける。

 

 シロは力を振り絞った脅しを破られたことで、一転気弱に声を震わせた。

 

「本当に……一緒にいてくれる? いなくなったりしない?」

「我が身の百合に誓って、しないわ」

 

 かぶせ気味に即答されるともう反抗する気も起きない。正気の戻った寂しがりの少女に一人ぼっちは耐えられない。

 

 シロは壊れ物を扱うようにそっと手を握り返して、

 

「こ、これから……よろしく」

「ええ、よろしくっ!」

 

 満面の笑みを浮かべるユリエルと、熱い口づけを交わしたのだった。

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