春待つ羽色のおはなし   作:西風 そら

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全28話 約9万文字で完結済
                          


ひとつめのおはなし
君影・Ⅰ


 

 

 紫紺の空を二つに割って、翡翠色の光が降りて来る。

 地上で待機していた少年が、カンテラを掲げて駆け寄った。

 

「御足労いたみ入ります、蒼の大長様」

 

「出迎えご苦労様です。皆、健勝ですか?」

 

 瞬きながら降りて来たのは、草で編まれた馬に跨った、妖精族の男性。

 ここより遥か北方の草原を統べる、蒼の一族の先代の長。

 

「先ずは、我らの『西風の里』へ。僕の行跡から踏み外れずに着いて来て下さい。今、結界を三重にしているのです」

 少年は自分の馬に跨がり、片手でカンテラを掲げながら歩き始めた。

 岩と砂山の同じ所を何回か回り、最後に小さな崖を跳び降りると、まったく別な景色が広がった。

 

 中央に大きな湧水の池、その周囲を低い灌木が覆う、オアシス帯。

 木々の間に石と煉瓦の住居が固まり、手前の広場が馬繋ぎ場になっている。

 蒼の里と同じく、平時ならば、結界の入り口から即ここに繋がるのだろう。

 

 深夜だというのに、多くの住民が戸外に出て来ていた。

 遠来の待ち人を見止めた人々は、手を組んで礼をする。

 

 同じ風の系統だが、この砂漠の地の『西風の一族』は、草原の『蒼の一族』とは、外見がかなり違う。蒼の一族が青い髪青い瞳なのに対して、こちらの髪色は青をベースに幅広く、瞳は茶か灰、肌は南方系の飴色だ。

 

「蒼の大長殿、よう来て頂けました」

 数人のクシャクシャの老人が、正面に進み出た。

「夜の砂漠は凍えられましたでしょう。手足の湯の用意がございます」

 

「お心遣い感謝します。大事ありません、先ずは浅黄の君(あさぎのきみ)殿に」

 大長は口早に言って、馬を、受け取りに来た子供に預けた。

 

 よく見るとこの集落は、丸まった老人と子供ばかりだ。

 背の高い彼はやけに浮いて見えた。

 

 

 池の畔は家屋が無く、四角い白い建物が一つ、湖畔に向いてポツンと立つ。

 周囲に、多くの燭台が置かれている。

 集落全体が真っ暗だと思ったが、里中の燭台がここに集められていたのだ。

 何百の蝋燭に照らされて、其処だけぼうっと別世界のよう。

 

 入り口の御簾を開いて中に入ると、ここも両脇に蝋燭の列。

 奥に銀の猫足の寝台、その上に真新しい棺が乗っている。

 蓋が半分ずらされ、浅黄(あさぎ)色の内掛けが掛かっていた。

 

 大長は静かに棺に近寄り、内掛けをそっとずらせた。

 ラシャの敷物に横たわるのは、碧緑(へきりょく)の髪が緩く波打つ、飴色の肌の女性。

 閉じられた唇も睫毛も瑞々しく、今にも明るい茶色の瞳を開きそうだ。

 

 大長は黙って懐に手を入れ、運んで来た物を取り出す。

 蒼の里の自宅の前で育てている、鈴蘭の花。

 柔らかな曲線を描くその一房を、彼(か)のヒトの胸に置き、内掛けを滑らせて閉じた。

 

 静かに黙祷し、数歩下がって、後方に控える老人達に向き直る。

「葬儀は……」

 

「明朝。貴方様にお逢いしたかろうと、延ばしておりました。これで、浅黄様もお心残り無き物と」

 

 

「心残り!? 大有りだ!!」

 

 御簾が乱暴に跳ね上げられ、一人の娘が踏み込んだ。

 

 飴色の頬の上に真っ白な白眼、その中の瞳は茶色というより燃えるようなオレンジだ。

 波打つ前髪は頭の上に櫛で留められ、後ろ髪は襟足でキッチリ切り揃えられている。

 まるでつい最近切り落としたように。

 凛とした表情、ヘの字型に尖った唇……ホンの少し、棺の女性に面影が似ている。

 

「モエギ殿、慎みなされ。蒼の大長殿の御前ですぞ!」

 老人の一人が口を開けたが、娘はまったく聞こえていないかのように続ける。

 

「里の行く末も定まらぬまま、卑怯な連中の刃に掛かった。安らかになど眠れるものか。きっちり仇首を取るまでは」

 

 神聖な祠で物騒を口走る娘を、老人達はおろおろと持て余すばかりだが、大長は目を見開いて娘を凝視した。

 

「……モエギ? モエギなのですか? 貴女があの時の? 何とまあ……」

 

 娘は一瞬止まったが、すぐまた客人と老人達を睨み付けた。

 

「あんた達が軟弱で腰抜けで、自分達の長の仇も討てずに腑抜けているのなら、それでいい。私は独りでやってやるから!」

 

 言うだけ言うと、内掛けの上にぽんと何かを投げて、誰に何を言う間も与えず、疾風のように出て行ってしまった。

 

「も、申し訳ありません……まったくあの娘は……」

 老人のしどろもどろの言葉より、大長は、浅黄の布の上の一房の鈴蘭に心奪われていた。

 里の長の自宅の庭でさえ、終わりかけの一輪だったのだ。

 更に南のこの地では、探し出すのに苦労したろう。

 

 西風の里の長、浅黄の君の、こよなく愛おしんだ花。

 

 君影草(きみかげそう)……

 

 

   ***

 

 

 緋色のマントをはためかせ、オレンジの瞳の娘は馬を駆り、夜の砂漠を行きつ戻りつしていた。

「ちくしょう!」

 

 西風の妖精をはじめ、この地の人外達の乗る馬は、見た目は人間の馬と大きく変わらない。

 砂に強い地場産の馬をベースに、それぞれの部族独自のやり方で、自分達に合った馬を創り出している。

 西風の里では、里内に湧く霊泉と吹き抜ける西風の息吹を与え、風に乗れる馬を育てる。

 

 それでも、蒼の妖精の草の馬のような『飛行』は出来ない。

 砂の上を滑らかに疾駆したり、丘ひとつ越えるジャンプが出来る程度。

 同じ風の妖精なのに、随分違う。

 

「偉そうに上から見下ろしてやがって」

 モエギは忌々しげに奥歯を噛み締めた。

 

『蒼の一族の方々は、我々とは出来栄えが違う、一段高い次元におわすのだ』

 元老院の老人達は事ある毎に言う。

「知った事か。私は誇り高い西風の浅黄長の娘。あんな青っ白(チロ)いナヨ男になんぞ、へりくだってたまるか」

 第一、古くからの友好族だというのに、西風がどんなに疲弊しても放ったらかしだった。

 母者がみまかってから、初めてのこのこやって来て……

「今更・・!!」

 

 

 不意に風切り音がして、鮮やかな緑色が娘の前に降り立った。

 蒼の大長を乗せた草の馬。

 草の間に清浄な気を蛍火のように瞬かせる様は、確かに美しく神々しい。

 

「砂の民も結界を二重三重に張っているらしいですよ。そう簡単には見つからないでしょう」

 

 ナヨ男の正論は、娘の神経を逆立てさせた。

 

「そこをどけ!!」

「…………」

「私はそちらへ行くんだ、邪魔だ、どけ」

 

 こんなだだっ広い場所で邪魔もクソもない物だが、大長は黙って身を引いた。

 

 ズカズカ馬を進める西風の娘の背に、そろっと声が掛かる。

 

「浅黄(あさぎ)殿は病死だと聞いて来ました……」

 

 娘は瞳を燃え立たせて振り向いた。

「何が! 砂の民の卑劣な嘘に騙されたんだ! 同盟を結ぶと偽って、奴等、剣に毒を塗って交渉の席に来たんだ!」

「…………」

 

「里の者は皆腑抜けだ。こんな事をされて、黙って耐えろって言うんだ。私は違う。誇り高く仇を討つ!」

 

 大長は何とも微妙な表情で黙っている。

 モエギは前に向き直り、押し殺した声で聞いた。

「……何しに、来たんだ?」

 

「はあ、貴女の様子を見に……」

「違う! 何をしに西風の里へ来たと聞いている! 何故、母者が存命の内に来なかった!?  一度も!」

 

 大長は黙っている。

 

 そうだろうな、今更どんな言い訳をしたって遅い。

 モエギは背筋を伸ばして馬を速めた。

 

 去りかける娘の耳に、呟くような声が入った。

「あの方と私は、縁が薄かったのです」

 

 娘は激しい眼をして振り向いた。

 歯をギリギリ言わせて、投げつける言葉すら見付からない、そんな顔を背けて、今度は二度と振り返らず、馬の腹を蹴って駆け去った。

 

 

 大長は茫然と立ち尽くしていた。

 上空の風が澱んでいる。

 

 この地方の空を渡る風は、西風の長の一族が管理していた。

 生者の営みの様々な業から生み出される濁った澱は、毎朝の清浄な西風によって清められる。

 そうして砂漠を生きる者達は、新鮮な一日を始められるのだ。

 

 その西風の長が、草葉に隠れてしまった。

 後継は育っていない。

 

 折しも東方よりフレグという人間の王が進出し、安寧を乱し始めた。

 風が止まった上に、悪い気が溜まり流れない。

 水は濁り、病が流行り、人外の部族も苛立って荒んでいた。

 

 西風の老人達は、こうなって初めて、北の草原の蒼の一族に文を送って、援助を依頼して来たのだ。

 

「風を流すだけなら簡単です。しかし染み付いてしまったこの澱は……単純な風の術では洗い流せないのかもしれません」

 大長は溜め息を吐いて、西風の里へ馬を向けた。

 

「本当に……もっと早くに助けを求めてくれれば……」

 

 

 

 

 

 月明かりに砂塵が舞う。

 砂嵐の中に取り残されたようにモエギの騎馬が立ち尽くし、周囲に数体の騎馬が囲んでいる。

 

 灰色マントの男達は、蹄が平たく毛深い、筋骨隆々とした馬に乗っていた。

 妖精と砂漠のジンの中間種族、ここいらで一番勢力の大きい、『砂の民』の部族だ。

 

「西風の娘だ!」

「ひっ捕まえろ!」

「気を付けろ、結構な跳ねっ返りだぞ」

 

 娘は剣を抜いて、迷わず刃の側を男達に向けた。

 

 男達は素早く散った。

「馬を狙え!」

 

 砂塵の中から石を両端に結んだ紐が飛ぶ。

 馬は脚に紐を絡ませ、悲鳴を上げて止まってしまった。

 

 娘は馬から飛び降り、剣を真上に掲げて、呪文を唱えた。

 キンキンと火花が散り、風の刃が四方に飛ぶ。

 

 男達は怯んだ。

 

「お前等、退け!」

 

 後方の小高い丘で声が響いた。

 灰色の騎馬達は即座に四散する。

 

 一頭の真っ黒い騎馬が、丘を飛び越え躍り出た。

 一際逞しい漆黒の馬に、黒マント黒覆面の騎手。剣を抜いて突進し、飛び交う風の刃をすべて叩き落として、あっと言う間に風使いの娘に迫った。

 

「よぉ、久し振りだな、じゃじゃ馬娘」

 

 言いながら、彼女の剣を跳ね上げる。

 細身の剣は大きく飛んで、離れた砂地に刺さった。

 

「相変わらず阿呆だな。簡単に剣の刃の方を向けるんじゃねぇよ」

 

「うるさい! 裏切り者! 裏切り者!」

 

 漆黒の男は覆面を引き下げた。

 意外と年若い、砂の民の青年。

 底の底まで真っ黒な瞳で、鋭く西風の娘を見据える。

 

「どっちが裏切りモンだ! 先に非道をやらかしたのはそっちだろが!」

 

「何を!」

 

 

 砂を蹴って、二頭の小さな騎馬が、モエギの両脇に駆け込んだ。

 西風の里の男の子達。

 一人は、大長をカンテラで出向かえた子供だ。

 

「モエギ様、助太刀に来ました!」

「浅黄様はお優しかった。あの方の仇討ちなら、ボク達だって戦います!」

 

 地上の娘と馬上の青年は、一瞬躊躇した。

 

 

 突風が吹いた。

 その場の全員が伏せねばならぬような、強力な風。

 風の中からつぶてが飛び、黒の青年と小さな二人の剣を、正確に跳ね上げた。

 

 四人が振り向いた月光の下、背の高い騎馬が群青色の長い髪をなびかせて、険しい顔で立って居た。

 

 突然現れた見知らぬ妖精に、灰色の砂の民達は緊張して剣に手を掛ける。

 そのヒトは周囲の男達に一瞥もくれず、静かに馬を進めて中央の四人の方へ向かう。

 

 砂の民の男達は一歩も動けなかった。

 そのヒトから殺気が全く感じられず、空気のようだったからだ。

 

 蒼の大長は四人の前に進み出て…………

 フイと横に歩き、足に紐を絡ませて不安そうに棒立ちしているモエギの馬に近寄り、下馬して紐を切ってやった。

 それから唖然としている四人の内の、小さな二人に微笑みかけた。

 

「勇気があるのは結構。大事なヒトを守りたい気持ちも分かります。しかし、自らの身も大切にしなければなりません。貴方がたを育んでくれた彼(か)の方の為に」

 

 二人の少年は唇をキュッと結んで俯(うつむ)いた。

「里へ戻りなさい。貴方達の姫は大丈夫ですよ」

 

 少年達は頷(うなず)いて、素直に馬を返した。

 灰色の騎馬達が二人に手出ししないのを見届けてから、大長は今度は娘に向いた。

 

「貴女の憎しみが小さい者にも広がる。良い事だと思いますか?」

「……!」

 

 モエギが口応えをする前に、黒の青年が叫んだ。

「その男を信用すんな! 早くにこの丘の向こうに来ていたのに、傍観していたんだ!」

 

 娘の瞳にまた激しい火が燃え上がった。

「やっぱりあんたはウワベだけだ! そうやって高い所から見下ろして。許さない、絶体に信用なんかしないからな!」

 

 娘は素早く剣を拾って馬に飛び乗り、緋色のマントを翻して駆け去ってしまった。

 灰色の騎馬達が追う素振りを見せたが、青年が目配せで止めた。

 

「ああ……貴方のお陰で決定的に嫌われてしまいました」

 長い髪を掻き上げて青年に向き直る男性を、灰色の騎馬達が取り囲んだ。

 しかしそのヒトはお構い無しに、青年だけに話し掛け続けた。

 

「手出ししなかったのは、あの娘が大丈夫だったからです。貴方が来ましたからね」

 

 長い髪の妖精は漆黒の青年をじっと見据えた。

 黒い瞳の奥の奥まで……・・・・

 

「!!??」

 青年は本能で危険を感じ、掌で目を覆って馬を後退りさせた。

 

「……砂の民の総領息子の……ハトゥン……良い名前ですね。父君はご健勝ですか?」

 

 

 

 

 

 

 




挿し絵:君影・表紙
【挿絵表示】



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