『その日』が来た。
花嫁の父親は朝から檻の中の狐の如くウロウロし、女達は慌ただしく駆けずり回り、男達は手持ち無沙汰で身の置き場が無い。
花嫁の叔父は残念ながら出席出来ず、一日早い御祝いを述べて、前日、西風の里に飛び発った。
交代で双子の兄のナナが帰って来る予定だ。
母親も……出席しない。しかし、何日か前に、雪の神殿で二人の額に手を当てて、心のこもった祝福をしてくれた。
「ナナだ!!」
男達が歓声を上げた。
これで手持ち無沙汰から解放される。花嫁の双子の兄の出迎えに、諸手を挙げて駆け寄った。
「・・!!」
しかしツバクロもノスリも、彼の有り様を一目見て、しゃっくりしたみたいに息を呑んだ。
この晴れの日に何て事!
左の頬に真新しい切り傷、他の場所もすり傷だらけ。
何より、髪で隠しているが、右の目の回りに黒々とまあるいアザ。
「・・お前、どうした?」
ツバクロはやっと言葉を発した。
実は今朝がた、大長よりの鷹の手紙を受け取っていた。ひと言、《ナナを叱らないでね》とあって、心の準備はしていたのだが、これは…………
「ああ、別に大した事じゃないんです。晴れの日にこんな風体ですみません、目立ちますかね」
ナナは罰悪そうに肩を竦めた。
「こっち来て、花嫁用の化粧品でごまかすから」
野次馬をかき分けてフィフィが、ナナの手を引いた。
執務室はいつもの書類の山が無く、すっきり片付いてる。
この日の為にみんなでフル回転したのだ。
特にカワセミは、今日の朝まで健気に頑張った。ヘロヘロの所を女性陣に引っ立てられて、今頃、されるがままにゴタゴタ着せられたり巻かれたり被せられたりしている。
フィフィに椅子に座らされ、色々塗られて、ナナは何とか見られるようになった。
ああ、男って忙しい時に仕事を増やすと、ブツブツ言いながらお団子女将は去って、男の時間となる。
「さあて、ナナ」
左側のツバクロが掌を組む。
「父親に話してくれるよな。何をやらかした?」
「まあ待て、ナナが悪さをするとは思えん。被害者の可能性もあるだろ。な、誰にやられた?」
右からノスリが覗き込む。
「頬の傷は、砂の民のハトゥンに……」
ナナは呟くように言った。
「ハトゥン?」
「イケ好かない野郎だったのか?」
ノスリが気炎を吐くが、ツバクロは首を傾げた。
「僕には気の良い友人だったけれど」
「ええ、良いヒトでした。だから……」
「??」
「決闘を申し込んだんです、モエギ殿を賭けて!!」
藍色の真っ直ぐの目を上げて、息子は真剣な表情で言い切った。
「・・だっ・・なっ・・!! な、何やってんだっ!! 他所の部族に行って!!」
父親は動転して慌てふためいているが、ノスリは、ほほほぉ~♪ って楽しそうな顔だ。
彼の中では可憐でか弱いお姫様なモエギ像が、勝手に出来上がっている事だろう。
「あんな女性(ヒト)、初めて出逢いました。逢った瞬間、稲妻に弾かれたような衝撃を受け、その後はもう口を聞くだけでもドキドキして」
「そ、それは、単に怖かったからじゃないのかっ?」
「まあ、黙ってろ、ツバクロ。それでそれで?」
「父上の第二夫人だと聞いた時は、色んな意味で死にたくなりました」
「ツバクロォ~~?」
「だ~か~らぁ~~!」
「でもそれは、父上を助ける為の偽りだと聞いて、ますます心を奪われました。自分の名誉を傷付けてまで、他人を守れる気高い方だと」
「ツバクロ、お前こそ他所の部族で何をやらかしてんだ?」
「傷付くのか? 僕の第二夫人って、傷付くのかっ?」
「でも彼女には、既に接近している男性がいたのです」
「お、いよいよ本題だな!」
「なあ、傷付くのか?」
「男の僕から見ても、惚れ惚れする素晴らしい男性でした。このヒトからモエギ殿を奪うには、真正面からぶつかるしかない! そう思ったのです」
「いいねぇ、熱いねぇ!」
「馬鹿、そんな事やらかしたら……」
「ハトゥンは受けてくれました。砂漠の真ん中で、馬を使わず、真剣で打ち合ったんです」
「お、相手も漢(おとこ)だねぇ!」
「ヤバイって……」
「ハトゥンはかなりの使い手でしたが、僕だって、ノスリ長譲りの剣技では負けていられません。二人ともボロボロになりました」
「ふむ、ふむ」
「…………」
「で、モエギ殿に見つかりました」
「おお、お姫様の登場だな」
「…………」
「で、ぶん殴られました」
「ケンカをヤメテ~~っって……え? ぶんなぐ……?」
「……ハァ……」
「僕と同じアザが、ハトゥンの左目にも付いています」
「ぇぇ……」
「私は、物では無い!! とでも言ったんだろ」
「その通りです!」
「…………」
「……ハァ」
外は明るく、お祝いの華やかな笑い声が聞こえて来る。
「父上」
「……なんだ」
「今後、西風の里の駐在は、父上の回も、僕と替わって下さい」
「なんで!」
「今回の事でハトゥンともイーブンになった気がします。後は押して押して押しまくるんでしたよね、ノスリ長」
「あ……ああ」
ノスリは、普段からこの純朴青年に無責任な焚き付けをしていた事を、かなり反省した。
「あの何物にも追随を許さない誇り高さ! ますます心を持って行かれました!!」
久しぶりの金魚の衣装(勿論寸法は直している)に身を包んだフィフィが御簾を開けて、花嫁の親族達は引っ張り出された。
祝福役のノスリは、別れ際にツバクロに耳打ちする。
「お前と、母方の叔父のマゾっ気がブレンドされて、凄い事になってるな」
「冗談じゃない」
冬の白い空に花吹雪に見立てたダイヤモンドダストが舞い、本日の主人公達が入場する。
半寝のカワセミは、フィフィによって背中に板が入れられている。
ユユはにこやかに板と新郎を支え、総レースの衣装は軽やかに風にたなびいてる。
ツバクロはやっと実感が湧いたようで、定番の走馬灯を廻らせてうるうるしている。
双子の兄が妹に駆け寄り、祝いの言葉を述べた。
兄のアザを見止めた妹が二言三言問いただし、呆れた顔で父を見る。
お祝いの鳥が飛び立って、ダイヤモンドダストに陽光が映り、皆の鳴らす鈴の音が、光の柱を昇って行った。
~サンピラー・了~