春待つ羽色のおはなし   作:西風 そら

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ムーンピラー~幸せのお裾分け~・Ⅲ

 

 翌日は朝から土砂降りの大雨だった。

 ナナは早朝から雨をついて、里上空の風を流しに飛び立った。

 ついでに周辺の見回りもしてくるから遅くなるねと、少年達に告げていた。

 視界の悪い雨の日が、怪しい物がうろつく絶好の環境らしい。

 

 そろそろナナ様が帰る頃だと、二人が雨衣を着始めた所で、髪から滴をたらしたモエギが飛び込んで来た。

「私の馬を出してくれ!」

 

「どうしたんですか?」

「娘が一人、帰らない」

 

 二人、大急ぎでモエギの馬に鞍を置いた。

 慌てて馬装したので、気配がおかしい事に気付けなかった。

 

「勝手に外出したらしい。紫の丘へ行くって……」

 モエギが言い終わる前に、馬は首を振って大ジャンプして消えた。

 

「・・!?」

 今、何か、変だった?

 モエギ様は確かに急いでいたが……いつもと違う??

 

 雨の中、二人が顔を見合わせて何か言い合おうとした時、上空からナナが降りて来た。

 鞍の前に、里の女の子を一人乗せている。

「ナナ様?」

 

「雨で方向を見失っていた。たまたま見付けて、良かった」

 女の子は呑気にニコニコしてナナに助けられて馬から降りた。

 まさかとは思うが、ナナ様の気を引く為に、わざと里を抜けてうろついていたんじゃないだろうな……?

 二人はひっぱたきたくなる気持ちを抑えて、ナナにモエギの事を報告した。

 

「分かった、取りあえず探しに行って来る」

「あの……」

「ん?」

「馬が、何だか変だったんです」

「えっ?」

「気のせいかもしれないけれど」

 

 ナナは頬から耳へ手を滑らせ、少し目を閉じ……次の瞬間顔色をザワッと変えた。

 慌てた感じで雨衣を翻し、馬に飛び乗る。

 

「ナナ様?」

 

 ナナの馬は、さっきまでとは違う動きで、旋風を起こして急上昇した。

 地面の三人は、吹っ飛ばされて尻餅を着いた。

 娘は地べたで泥だらけになって情けない声を出している。

 

 ナナの馬のあんな乱暴な発進は初めて見る。

 

 

 

 モエギは凍り付いていた。

 馬がまったく言う事を聞かないのだ。

 どんなに御しても馬銜(ハミ)を受け付けず、狂ったよう大きなジャンプを繰り返して、今まで来た事もない高空まで達してしまった。

 もう雲を越えて、雨の上だ。

 勿論モエギには未知の世界。

 

 馬が勝手にモエギから能力以上の風を引き出して、雲の上を駆けているのだ。

 幾ら風の精のモエギだって、この高さで落馬したら……

 そういうコトを考えないようにしようとする程考えてしまい、身体が強張って鐙(あぶみ)を外してしまった。

 タテガミを指に絡めて、振り落とされないようにしがみ付くだけで精一杯。

 

 こんな場所に居たら、誰にも見付けて貰えない。

 助かる目が全く浮かばない。

 悪い想像が次々に頭を過(よぎ)る。

 

「……ハトゥンを殴ったキリだった……」

 豆鉄砲を喰らったような、漆黒の青年の顔が浮かぶ。

「許してやっても良かったのに……ハトゥン……」

 

 目の前の雲が渦巻いて、ズボリとナナの騎馬が上昇した。

「ハトゥンでなくて、スミマセン」

 

 

    ***

 

 

 モエギの馬は目隠しされて、ナナの馬と共に降りて来た。

 

 馬繋ぎ馬で雨に打たれて待っていた二人の厩番の少年は、モエギが無事戻ったのには胸を撫で下ろしたが、ナナの左目回りの新しいアザにビックリした。

 前の右目のアザもうっすら残っているので、まるで大陸産大熊猫。

 

「助けに行ったのに……」

「お前が姑息な事をしているからだ!」

 オロオロしてる少年達の前で、モエギはナナの長い髪を引っ張った。

 

 雨に濡れた髪に隠れて、ナナの左耳に、橙(だいだい)色のピアス。

「これのお陰で、貴女の居所が分かったんですよ」

「だから、それは、何でだっ!」

「イタイ、イタイ! それは、貴女の櫛の石と、同じ原石から削り出した兄弟石だからで……」

 

「何で! お前が! それを! 耳に付けているっ!!」

「いいじゃないですか。貴女とお揃いを付けていたかったんですよ」

 

「これを付けてる限り、お前には、いつでも私が何処で何をしてるか分かる、って事だよな!」

「いつでもじゃないですよ。術で願った時だけ……」

 

「そーいうのをストーカーって言うんだあぁぁ――!! そもそも何で都合よくこんなトラブルが起こるっ、ええっ!?」

 

 更に拳を振り上げるモエギに、少年二人が飛び付いた。

「待って待って待ってくださぁい!」

「僕達が悪いんです! ナナ様は何もしていないですっ」

 

 モエギが止まって二人を見ると、少年達はスゴスゴと一本の木の枝を持ち出した。

 

「……何だ?」

「コカの、木の枝です……」

「僕達がうっかり、モエギ様の馬の届く場所に、置き忘れちゃったんです。馬はコカの実を食べて、おかしくなったんです」

 

 モエギの顔の血の気がすぅっと引いた。

 

「すみませんでしたぁ!!」

 二人はモエギの前で膝まづいた。

 

「…………厩(うまや)番の仕事は、解ってるな」

 モエギが低い声でゆっくり言う。

「はぃ……う、馬達の健康管理……」

「その馬の健康を害する物を、何故厩(うまや)に持ち込む?」

「あ……う……」

 

「お前達の厩番は考え直さねばなるまい。長老達と議するから、沙汰が下りるまで謹慎していろ」

「モエギ様ぁ……」

 

 モエギは冷たい顔で宣言し、雨衣を掴んで厩から去ろうとした。

「待って下さい、モエギ殿」

 真剣な顔のナナがその肩を掴む。

「私に触れるな! 疑った事だけは謝罪するが、お前に口を差し挟む余地など無い!」

 

 しかしナナは肩を離さず続けた。

「蒼の里では」

「ここは西風の里だ!」

「自分の馬の責任は自分に在ります」

「……」

「自分の馬が怪我をしたら、凄く恥ずかしい事です。馬装は係の者がやりますが、跨がってからは自分の責任です。高く飛ぶ者は、必ず自分でチェックします」

「…………」

 

「若い者に失敗の機会を与えます。大人みんなで見守って、間違ったら正せば良いだけです。僕もそうやって育てて貰いました」

「…………」

 

「その為に、大人の居ないこの里に、僕は来ているんです」

 

 ナナは真剣な眼差しで少年達を見た。

 大人が居ないから働いているが、蒼の里ではまだ修練所に通っている歳だ。

 

「それに、シドとソラは多分、僕の為にコカの実を採って来てくれたんです」

 

「??」

 

 突然話を振られて戸惑う少年達に、ナナは優しく向き直る。

「そうだろ?」

 

「そうなのか?」

 モエギも幾分落ち着いた声で聞いた。

 

「えっと……」

 シドもソラも困惑した。

 正直に告白すべきなんだろうか? 更に話をややこしくする事になると思うのだが。

 

 二人の迷いを見透かすように、ナナはウインクした。

「疲れた僕の身体を、元気にしてくれようとしたんですよ」

 

「……咎(とが)は、無しだ」

 モエギが呟いた。

「落ち度は私にあった。すまない。今後は馬の管理も、蒼の里に準じよう。老人達に議を通しておく」

「モエギ様……」

 

「じゃあ」

 ナナはニッコリして、モエギの握っていた櫛を取って、またその髪に差し直そうとした。

「『じゃあ』じゃない! それとこれとは話が別だ!」

 モエギは櫛を掴み返した。

 

「乱暴に扱っちゃいけません。貴方の母君のお形見でしょう」

「後でゆっくりこの珠だけ外してやる!」

「無理だと思いますよ。大長がしっかり呪文を施して埋めた筈ですから。手紙でそうお願いして置きましたし」

「き・さ・まぁ~~!!」

 

 シドとソラは様々な急展開に目を白黒していた。

 このナナってヒト……掴めない……

 

 

 

 カンカンに怒ったモエギは、珠を外すのはおっさんが来た時にやらせる! と宣言して、里の中心へ立ち去った。

 

 モエギの馬は、ナナの調合した薬湯で、夜には落ち着いた。

 少年達は緊張して待ったが、ナナはコカの実の事は聞いて来なかった。

 

「あの……」

 とうとうソラが切り出した。

「ナナ様が来る日の朝に、荒れ地に実を取りに行ったんです」

 

「その時の目的は、果たしたのかい?」

 ナナは馬の鼻面を撫でながら穏やかな声で聞いた。

 

「いえ、結局使いませんでした。今後も使うつもりはありません」

「そう」

 ナナは馬から顔を上げた。

「なら、良かった。シド、ソラ、僕は君達が好きだよ。おやすみ」

 ナナは雨衣を羽織って外に向かった。

 

「あの」

「僕も、僕達も」

「好きです、ナナ様が」

「おやすみなさい」

 ナナは後ろ手に手を振って、雨の中に溶けた。

 

 

 

 

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