翌日、図ったように雨が上がって快晴だった。
女の子達は紫の丘へ行けると聞いて、歓声を上げて喜んだ。
単にナナと外出出来るからだけではないのが、見ていて分かった。
やはり皆、外へ行きたかったんだ。
シドとソラは大人しい馬を何頭か引き出し、女の子達はワキャワキャと騒ぎながら、一人か二人づつ乗馬した。
風の一族なのに、自分で馬に乗った事のない娘もいた。
結界は、入るのは骨だが、出るのは簡単だ。
モエギが先導して、十頭ばかりの馬は、すぐ近くの紫の丘までお行儀良く行進した。
雨露に濡れた丘の灌木の間で、娘達は嬉しそうに木の実を摘んで、はしゃぎ回った。
ナナは上空で見守っていた。
下りると厄介になりそうだし。
「あまり遠くへ行くなよ――」
丘のてっぺんで周囲に気を配りながらも、モエギも穏やかな気持ちになれていた。
やっぱり皆がのびのび笑っているのはいい。
早く力を付けて、皆が安心して暮らせる里にしたい。
「モ、モエギ様~~!」
迷子事件を起こした娘が、金切り声を上げて駆けて来た。
遠くへ行くなと言うのに、蜻蛉(とんぼ)を追い掛けて丘の裾まで行っていたのだ。
「何だ、どうした?」
「ミ、ミミズがあ~~!」
「なんだ、ミミズぐらいで。全く、娘ってのは……」
モエギはそちらを見やって、息が止まった。
ミミズはミミズでも、丸太ん棒みたいな巨大蟲!
それが一匹ではなく、何十匹もこんがらがって、丘の裾でうごめいているではないか。
「ナ、ナナは、何をやっているんだ!」
モエギは娘達を丘のてっぺんに呼び寄せ、自分は剣を抜いて構えた。
ミミズは動きは鈍いが、数が多くて四方からこちらに向かって登って来る。
口の中で放射状の歯をモゴモゴさせ、小さい子ならそのまま飲まれてしまいそうだ。
「ナナ――!!」
ナナは何故か遥か上空だった。
「雨が続いて地中で居心地悪くなったミミズが地表に出、体温を感知して追い掛けて来る……文敵にあった通りだ」
「ナナ――!?」
モエギは再度呼ぶ。
見ていないのか? 護衛の意味が無いではないか!
「モ、モエギ様ぁぁ・・」
「大丈夫だ、固まって居ろ! 幼い者を中に入れろ!」
モエギが剣を振り上げ、ミミズが二階程の高さに鎌首をもたげた所で…………
灰色の影が複数跳んだ。
――ザン! ザシュ!
――ザザン!
「!?」
――ドザドザドザザザ!!
たちまちミミズはナマス状に転がり、モエギの前では久しい漆黒の青年が、最後のミミズを切り捨てた。
「よっ!」
「……ハトゥン……」
娘達の危機を救ってくれたのは、砂の民の幾人かの若者だった。
「お、お前、何で、ここに……」
「チビッコナイトが使いに来た。お前、知らなかったのか?」
ハトゥンはモエギにだけ聞こえる小さい声で言った。
「何を?」
「今日、紫の丘へ、うちの若いの連れて来いって、ナナが」
「ナナ……が?」
「合コンだって」
「ご・う・こ・ん・・!?」
「サプライズがあるって書いてあったけれど、これの事かぁ」
ハトゥンは目を見開いて、ミミズのナマスを眺めて笑った。
「あいつ、やるなあ」
確かに、娘達の何人かは、危ない所を助けてくれた若者を、潤んだ瞳で見つめている。
手をとって礼を言っている積極的な娘もいる。
「ただ出会わせるだけじゃ、他種族だし、そうそう上手く行かなかっただろう。吊り橋効果って奴だ。ホント、あいつ切れ者だよな。なあ?」
モエギを振り向いたハトゥンは凍り付いて黙った。
仁王立ちのモエギが、碧緑の髪を逆立ててメラメラと怒りに燃えていた。
「あ・ん・の・野郎ぉお~~!!」
「スミマセン……」
振り向くと、いつの間に降りて来ていたナナが、覚悟を決めた顔で畏(かしこ)まっていた。
「殴ってイイですよ。でもちょっとは手加減してね」
「お前はぁぁあ! その余計な一言がイラっと来るんだあぁ――!」
しかしモエギの振り上げた拳は止まった。
ナナの前に二人の少年が立ち塞がったからだ。
「僕達も共犯ですぅ」
「ごめんなさぁい」
「お前ら……」
毒気を抜かれたモエギの肩に、ハトゥンの手が乗った。
「なあ、周りを見ろよ」
ナナが下りて来ているというのに、女の子達は特に気に止めず、砂の民の若者達と話したり、労ったり。
進展の早いグループはお弁当なんか囲んじゃったりしている。
「幾ら何でも早過ぎないか?」
「皆、求めていたんですよ」
モエギはまたナナを睨み付けた。
「西風の娘達は、そんな節操の無い娘ではない」
「そうじゃなくて……」
「飢えてたんだろ」
ハトゥンが混ぜっ返した。
「う、飢えて……」
モエギが口をパクパクさせる。
「摂理です、そうでしょう、ナナ様」
ソラが言って、モエギが真顔になった。
ナナは黙ってニコニコしているので、ソラは頑張って続きを喋った。
「えっと、女性が強い者に惹かれるのは、意識せずともの一族存続の摂理だって。それでナナ様に異常にキャアキャア言っていたんだけれど、もっと沢山の対象に出逢えたら、皆落ち着いて、ちゃんと本当の相手を見つけ出すって」
「そうなの……か?」
モエギはイマイチ納得の行かない顔だ。
ヒトの心がそんな法則に通りに簡単に収まる物なのか?
「モエギ様、西風の里では男の子が生まるの、凄く少ないでしょ?」
「ああ、そういう物だろ? 男の子は生まれにくい」
「へえ? 砂の民の街では逆だぜ。女が生まれるのなんて、十人に一人かそこいらだ」
ハトゥンが驚いた声で言った。
「ええっ、本当か?」
すぐ側の部族なのに? いや、そんな物なのかもしれない、お互いに知ろうとしなければ。
過去には知っていても失われたか、当たり前だと思い過ぎて話題にも上がらなかったか。
「それ、僕達みたいな種類の生き物には、おかしな事なんですって。本当なら、男の子も女の子もそんなに極端な割合にならない筈なのに。西風の部族も砂の民も、血が濃くなりすぎて、マズイ所まで来ているらしいです」
「え?」
「マジかよ」
「だから摂理は、両方の部族に、交わり交流しなさいって言っていますっ……以上!」
「良く出来ました」
ナナが手を叩いた。