「砂の民の街には女の子がホンット居なくてさ。若い娘はどの家も奥の奥に隠すか、修道院に預けちまう。既婚の女性も数が少な過ぎて、いつも忙しなく俯いていて、楽しそうに笑っている女の顔ってのが、街中に無いんだ」
「…………」
「だから、明るくて元気な西風の娘達と合コンだって声を掛けたら、野郎共、躍り上がって喜んだぜ。普段気にもしない髪を撫で付けたりしてな」
ハトゥンは、借りて来た猫のように畏まっている荒くれ共を、ニヤニヤしながら眺めた。
取りあえず、いきなりミミズを焼いて食ったりはするな! というハトゥンからのお達しは行き届いていた。
ナナとモエギ、それにシドとソラも、丘のてっぺんで皆から裾分けの菓子をかじりながら、喉かな風景を眺める。
「親父には大目玉だな。でもさっきのを説明すれば……えと、摂理、だっけ?」
「僕がお伺いしますよ。目通りもして置きたかったし」
「ああ、頼む。理屈は苦手だ」
男二人で話が弾む横で、モエギはフテくされていた。
「私には、話してくれていても良かったんじゃないのか?」
「ああ……そうですが、はあ……」
「私が慌てるのを見て、溜飲を下げていたんじゃないのか?」
「まさか、そんな……」
「じゃあ、何なんだ、何で私には隠していたんだ」
「ナナ様は、普段は流れるように説明出来るのに、モエギ様の前だと、喋れなくなるんです」
ソラがまたタイムリーな補足を入れてくれた。
「喋れない? お前が? あんだけ要らん事、グダグダ、グダグダ、お喋りオトコのお前がか?」
「いや……その……」
「だって何て説明すれば良かったんです?」
ソラは珍しくモエギに口応えした。
「西風の娘達の、何者にも物怖じしないあの底抜けのパワーは、外に対して立派な武器になる、なんて……」
「武器だと? そんな事を言っていたのか、お前は!」
一旦立ち上がったものの、モエギは頭を抱えて座り込んだ。
「もう、いい……お前の方が、里の事を解っている。里の為に上手く立ち回れる……」
「モエギ殿?」
「私は……駄目だ。皆の為になろうと思っているのに、何も出来ていない。空回りばかり。能力だって開くかどうか」
ナナも、シドもソラも黙った。
さすがにやり過ぎたか……
「湿ってんなよ。お前の価値はそんなモンじゃねえ。土俵が違う」
ハトゥンが立ち上がった。
「今からそれを証明してやる」
そしてナナを振り返った。
「やるか」
「ええ、やりましょう」
ナナも草を払って立ち上がった。
「??」
ビックリ顔のモエギを他所に、二人は丘のてっぺんの裸地で向かい合った。
剣を外して上衣を脱ぎ捨てる。
和やかに談笑していた他のグループも、振り返って注目した。
「聞け!! 野郎共!!」
ハトゥンは人差し指を高々と挙げて宣言をした。
「今からこいつとサシで勝負だ! 勝った方が、西風の総領娘に・・コクる!!」
「ウォオオオオ――ー!!!」
砂の民の若者達は大盛り上がりをし、娘達も釣られて手を叩いた。
「ナナ様、頑張って!」
「若、負けたら帰れませんぜ!」
「バ、バカ野郎……!」
モエギが慌てふためくが、ここまで盛り上がったら収まらない。
「モエギ様、腹くくりましょうよ」
「前と違って素手ですモン。いいでしょ」
シドとソラが両側に立った。
多分、前みたいに割って入らせない為の防波堤役だ。
仕組んでやがったなあ!
言ってる間に輪の中心の二人は地面を蹴った。
「うおおおおおおお――!!」
「だあぁぁぁぁああ――!!」
――まったくこの子は、そんな風に平気な素振りで突っ張ってばかりいるから、肝心の気持ちの一つも伝えられないんですよ――
ナナは、雪の神殿の母親の、いつもの説教の声を聞いた。
・・・目を開けると青空だった。
飛んでいた記憶が少しづつ蘇る。
片目が見えないのは、水で湿した布が乗せられてるせいだ。
「お前さあ……」
視界の外から対戦相手の声がした。
「あそこまで盛り上げといて、一撃でノサレるなよ。一気に盛り下がったぞ」
「スミマセン……」
「申し込んで来たのはお前だろ」
「ヒトを、殴ったコト、ないんです……」
呆れた溜め息が、何重にも聞こえた。
「コクったんですか」
「ああ」
「それで……」
頭の上からハトゥンの顔が視界に入った。
鼻血を流していたが、ニカッと笑って、片耳の橙(だいだい)色のピアスを見せてくれた。
「これで良かったんだろ」
やはり視界の外から、ぶっきらぼうなモエギの声。
「最初からこのつもりでピアスを持って来たんだろ。見え透いた道化なんか演じやがって」
ナナは目を閉じて黙った。その喉元で、
『いいえ、違うんです。目一杯本気だったんですよぉ・・』
と言うのが、シドとソラだけには聞こえていた。
砂の民の若者達は、一行を里の近くまで送ってくれた。
帰る道々、ナナはハトゥンに謝った。
「僕に付き合わせて、またモエギ殿に殴られる羽目になって、スミマセン」
「ん? ああ、構わないさ。これで大熊猫が二頭ってか、はっはは」
「また、『私は景品では無い!』って怒られましたか?」
「いや、違う」
シドが口を挟む。
「『相手をよく見ろ、手加減も出来ないのか!』って。ナナ様が暫く動かないので、モエギ様、本気で心配していましたよ」
「ホント?」
蒼の妖精の青年は本当に幸せそうな表情をした。
これだけで満足してしまえるんだから、まったく可愛いヒトだなあ。
ソラも同じ気持ちで、シドの横に並ぶ。
この数日で、二人は確実に多くの事を学び、多くのモノを受け取った。
これをまたいつか、後から来る誰かに渡したい……そう思った。
夜、ナナの部屋にカンテラの灯がともる。
「モエギ様は、もうそういうのは気にしないと思います。自分を賭ける事が、物みたいに扱われているとか」
今日は仕事はお休みにして下さいと、ナナをベッドに押さえ付け、シドとソラは寝物語りのように話した。
「『お前の価値を証明する』って言葉の意味を、モエギ様が問い詰めたんです。そしたらハトゥン様、ノビてる貴方を指差して、『こいつを見ろ、お前が言うように、殴り合いをするようなタマか? こういう男をそういう暴挙に走らせる、それがお前の価値だ』ですって。さすがのモエギ様も目を白黒させて黙ってしまいました」
話しながら二人がふと見ると、ナナは目を閉じていたけれど、その端から涙がこぼれ落ちていた。
「い、痛みますか!?」
「いや……」
「やっぱり悔しいですか? 僕、ちょっとは応援していましたよ」
「いや、そうじゃなくて……」
「はい?」
「任期が過ぎたら、ここを去らなきゃならない。西風の里が復興したら、もうこんな風にここで駐留する事はない。今からそれを考えて、涙が出ちゃうんだ」
「…………」
「……早く、修練所、作りたいな」
「作りましょう。みんなで作りましょう」
ピクニックの翌日には、ナナは砂の民の総領に、話をしに行った。
頑固な総領は、最初ナナが若僧なのが気に食わない風だった。
が、西風の里の修練所の普請(ふしん)を砂の民の男手が手伝う見返りを問うた時、真面目な顔で『未来です』と答えてしまうこの若僧を、ちょっとだけ気に入ったようだった。
大熊猫のような両目アザの理由を聞いて大笑いをし、今度は喧嘩の仕方を享受して進ぜようと、里の出口まで見送ってくれた。
西風の里の老人達はモエギが黙らせた。
これ位は自分にやれなければ、という使命感に燃えていた。
両部族ともまだ結界は外せないが、あの迷子娘が主催者になって、交流会みたいなのが企画された。
それなりにカップルも成立しつつあるようだ。
そうして、ナナの二回目の任期が終わろうとしていた。
もともと常駐のメインは大長で、繋ぎの者は短いのだ。
ナナだって修行中の身だ。
蒼の里の次期長として、勉強しなければならない事が山程ある。
「お前が次期長とは、蒼の里の将来が危ぶまれるな」
「その憎まれ口も、もう聞けないと思うと寂しいですよ」
里の手前の馬繋ぎ場で、定番のモエギとナナの掛け合いも、シドとソラには聞き慣れた物となった。
「ハトゥン様から、これ」
また剣を習い始めたシドに手渡されたそれは、砂漠の琥珀で作られた小さなピアス。
「太陽の力を凝縮して、災難から守ってくれるらしいです」
「うん、綺麗だ」
ナナは目を細めてそれを太陽に透かしてから、嬉しそうに耳の穴に通した。
そうして里の奥の、骨組みが出来上がりつつある修練所に目をやった。
『見送りは湿っぽいから遠慮する』と言っていたハトゥンが、梁の上から手を振る。
砂の民の若者達が西風の子供達の為の修練所を建て、その若者達の為に西風の娘達が食事を用意している。
ナナはその光景を、大切に目に焼き付けた。
「来ました!」
目の良いソラが空の点を一番に見付けた。
「……? あれ?」
「どうした?」
「二頭、います……」
「??」