旋風を巻き起こして降りて来たのは、大長でもツバクロでもなかった。
モエギにもシドとソラにも知らない顔で、ナナには驚きの人選だった。
痩せた馬の上で真っ青でゼエゼエ言っている、羽根のある水色の妖精。
そしてその伴侶でナナの妹、元気一杯のユユだ。
「お、大長は?」
「叔父様もお父様も、流感(りゅうかん)なの」
「り、流感?」
「もう大丈夫なんだけれど、子供と年寄りばかりの西風の里へ行くのは不味かろうって。あ、貴女がモエギさん? あたしユユ、宜しくね!」
ユユはせかせかと鞍の荷物を降ろしながら、勝手に喋った。
「んで、じゃあ新婚旅行がてら、お前達行って来なさいって」
「そんな事誰も言っていないじゃないか……」
息も絶え絶えのカワセミがやっと口を挟む。
「ナナの任期を延ばせばいいだけなのに、ユユが無理矢理……」
フラフラのカワセミは無視され、空色巻き髪の妖精は、荷物から色々と引っ張り出し始めた。
「貴方達がシドとソラね。会えるのを楽しみにしていたわ。お土産お土産!」
一方的に包みを渡されて、モエギも二人も茫然としている。
ナナはそっとカワセミに寄った。
「大丈夫ですか?」
「ボクは高空気流は絶対に嫌だって言ったのに、ユユが……」
「って言うか、イケるんですか? 西風の里の駐在」
超ヒト見知りのカワセミ長には酷な仕事ではないのか?
「ユユが任せて置けって。とにかく新婚なのにボクが忙し過ぎたのが、相当不満だったみたいで」
「おい」
モエギには色々と聞き捨てならなかった。
「嫌々来て貰っても困る。新婚旅行気分の片手間ってのも……」
モエギが肩に手を掛けた瞬間、水色の妖精は飛び退さった。
「さ・触るな! 術が逃げるっっ!」
「?? な……?」
呆気に取られるモエギの横で、ナナはシドとソラに小声で解説した。
「カワセミ長は、特定の女性以外に触られると、術力が落ちるんだ」
「うゎ! めんどくさっ!」
ヒューヒューという口笛が聞こえる。
建てかけ修練所の梁の上に、男達が全員登ってユユを見ているのだ。
性格とは裏腹に、美の女神に愛されている妹は、ムチャクチャ目立つ。
西風の娘達は明らかに不機嫌だ。
「ユ、ユユを見るなあ~~!」
カワセミが立ち塞がるが、貧血を起こしてふらついてユユに支えられている。
「ひどい……」
一生懸命立て直した里に、何て連中を送り込んでくれるんだ。
「ナナァ~~」
カワセミが、ユユからナナの方へ倒れ込んで来た。
「ボクがあげた、石、役に立ったか?」
モエギの目が光る。
「あのストーカー石は、お前が作ったのかっ?」
「え、『ストーカー石』なんかじゃない!」
カワセミはナナの後ろに回って目だけを出して抗議した。
「対の石の居所が分かるって、不埒な事を考えるストーカー以外の何者が使うんだ」
「え!? だって、違う違う!」
「カワセミ長、もういいですから」
「石って、兄弟石の事? カワセミ様がナナにあげた」
ユユが乱入して来た。
「ユユ! 喋るな!」
「いーや、喋って貰おう!」
モエギはナナの頭を押さえ、ユユは兄の様子などお構いなしに喋り続けた。
「カワセミ様が予知したの。『ナナの大切なヒト』が、空から降りられなくてベソかいてるのが見えたって」
「…………」
「だから、ナナに兄弟石をあげたの。いつでも助けに行けるように、相手のヒトに持たせて置きなさいって」
「…………」
「で、『ナナの大切なヒト』ってだあれ?」
ユユは嬉しそうにキョロキョロした。
「……行くぞ」
黙ってしまったモエギとナナに、察したカワセミがユユを抱えて退場した。
「その……ナナ……」
「ああ――、その、聞かなかった事に……」
「礼を……礼を言っていなかった。命を助けられたというのに。私の命と、西風の里と……そう、とにかく、感謝するっ!」
モエギはサッと手を出して、ナナの手をギュッと握ってすぐ引っ込めた。
その瞬間の天にも昇るような蒼の青年の横顔を見て、シドとソラは、幸せのお裾分けを貰ったような気持ちになって、肩をすぼめた。
「んで、残りの石は?」
カワセミの腕を脱け出して、ユユがまた乱入して来た。
「失くしちゃいけないからって一杯あげたでしょう? 残っていたらアタシも一つ欲しいの」
「ユ、ユユ……」
ナナの狼狽えように、モエギは鋭く目を光らせて、胸ぐらを掴んで引っ張った。
素肌の胸に数珠繋ぎの橙(だいだい)色の珠がかかっていた。
「だって……貴女とお揃いを付けて居たかっ……」
ナナが喋り終わる前にモエギの拳が唸った。
ひっくり返ったり暴れたりと、大騒ぎの面々を梁の上から眺めながら、ハトゥンは愉しそうに笑っていた。
「また面白そうな連中がやって来たな。今度はどんな事をやらかしてくれるんだ?」
見上げる空の雲が切れて、ホンの少しの春の気配が漂っている。
~ムーンピラー 幸せのお裾分け・了~