三日目の朝もカワセミはベッドの中だった。
上空に風が澱むと、手を上げてボソボソと呪文を唱え風を流す。
大したものだが、老人達には今度の長様はえらく怠け者だと、陰口を叩かれていた。
ユユが一生懸命代わりをこなしているが、視界の狭い頑固者には、そういうのって見えない。
「ユユ、カワセミっていつもああなのか?」
さすがのモエギも気をもんで、朝の見回りから戻ったユユに声を掛けた。
「んん……ダメかしら?」
「私は構わないんだが、以前の駐在者とあまりに様子が違うから、元老院が戸惑っている」
「ごめんなさい」
「いや、ユユが謝らなくていい」
モエギにしたら、働き者で優しいユユが、肩身の狭い思いをしなければならないのが、理不尽で腹立たしかった。
「アタシじゃ至らないかしら」
「そんな事はない。老人達は蒼の長の威厳を求めているだけだ。第一、至らないとか言える訳がない。風を流す仕事は西風の里の役割だ。長娘なのにそれが出来ない私が、一番至らないんだ……」
喋りながらモエギは元気が無くなった。
今まで駐留者が完璧過ぎたので忘れがちだったけれど。
「本当に至らないのは、私なんだ……」
モエギだって怠けている訳ではない。
大長殿に手解きを受けて、内なる能力を開く訓練は欠かしていない。
それでも、本当に歯痒いぐらいに、何も手応えが無いのだ。
やはり混血の自分には、西風の長の能力は高望みなのだろうか……
「モエギさんっ」
項垂れてしまった西風の娘を、ユユは目を見開いて覗き込んだ。
「母様に出来るのにアタシには出来ないコトなんて、山ほどあるわ。みんなそうなのよ、大丈夫、大丈夫」
そう言って手を伸ばして、モエギの頭をクシャクシャと撫でた。
うぁ・・ 頭を撫でられるなんてどれだけ振りな事か、モエギは背筋がゾクゾクした。
が、不思議にちっとも嫌じゃない。ユユの言葉は何の衒(てら)いもなく正直で、彼女の掌の温もりは心の芯まで染み渡り、凝(こご)った澱が溶け出す気がした。
厩(うまや)ではシドとソラが、何頭かの馬を引き出して馬銜(ハミ)を噛ませていた。
午後からユユの、第一回乗馬指導を開催する予定になっている。
「モエギ様」
鞍を運んでいたシドが駆け寄って来た。
「ユユさん、今朝出掛ける前に、元老院の年寄りに呼び止められて文句を言われていたんです」
ソラも横に来て言った。
「そなたみたいな娘ッコの見回りなんぞ宛てにならん! みたいな、結構キツメの事」
「そんな事を……」
蒼の里からの援助は、見返り無しの、同系族の繋がりからの好意だ。
それを忘れている事に危うさを感じる。
「どうしたの?」
ユユが分厚いファイルを抱えて現れた。
「シド、ソラ、準備ありがとう。今日は貴方達も生徒よ。えと……シドは、空中での巻き乗りが苦手だったわね、軸がズレて元の位置に戻れない」
「へっ?」
「ソラは、馬の右側から乗馬出来ないのよね」
「え……えと、はい……」
二人とも恥ずかしそうにモジモジした。
「叔父様の指導日誌に目を通したわ。アタシが居る間に苦手の克服をしましょう。ソラ、馬がいつも左を向けているとは限らないわ。今日は左右の飛び乗り飛び降り練習ね」
「げげっ!」
モエギは驚きながら聞いた。
「大長はそんな物を作っていたのか」
「お父様やナナの書き込みもあるわ。子供達全員分。皆、上達が凄く早い。教えがいがあるわ」
多分、駐在者が入れ替わるので、効率良く指導出来るようにとの日誌だ。
乗馬指導ひとつ取っても片手間ではない、蒼の里の真摯さが伺える。
ユユはニコニコして子供達を待ったが、昼を過ぎても、何故か誰も来なかった。
「日を間違えたかしら?」
「いや、今日で良い筈だ、朝、念押しの通達も出したし」
「見て来ます。」
シドとソラはそれぞれ別方向の子供達の家に走った。
直に二人とも戻って来た。
「…………」
「どうした?」
「元老院の年寄り達が……」
二人はチラリとユユを見た。
「いいから言ってみろ」
モエギに促され、シドが先に喋った。
「蒼の里の長殿でなければ乗馬を習っちゃダメだって」
「はあ!?」
「こっちもそうです。行った子供は名前を控えておくとか言われて、皆怖がっちゃって」
「バカな……!!」
モエギが厩を飛び出しかけた。
「待って、モエギさん」
ユユの声が止める。
「叔父様に言われているの。西風の里で決定した事には従うようにと。元老院が決めたのなら、それに従います」
「ユユ……」
確かにモエギは次期長だが、今は元老院が、様々な決定をしている。
モエギが意見をねじ込む事は出来るが、化石頭の老人相手にいつも苦労している。
「ユユさん、僕達だけにでも指導して下さい」
進み出る二人に、ユユは精一杯元気に微笑んだ。
「ありがとう。でも叔父様達が作った理(ことわり)を破りたくないの。ごめんなさいね」
ユユはそう言って、素早く厩を出て行った。
そしてその日は建築現場の方にも姿を現さなかった。
「ナナだって、蒼の里の長ではないではないか!!」
老人達の集会所にねじ込んだモエギは、机を叩いた。
いつも彼等に話す時は、感情を出さないように気を付けているが、今は抑えられなかった。
ユユに……あのユユに、何て思いをさせるんだ!
「ナナ殿は次期長です。ほぼ確実な」
老人達は嫌味に言った。
モエギは、血統通りの能力が開かなければ、長にはなれない。老人達は密かにそれを望んでいる。
頼りない混血娘よりも、血統確かな蒼の里の優秀な入り婿を迎えたいのだ。
「ユユは、ナナの双子の妹だ!」
「ご兄妹でも能力は雲泥の差と聞き及びます。風を流す能力すら無いのでしょう?」
老人達は言われる文句を予測し、反論を用意していたようだ。
今回ばかりは自分達の意見を通さないと沽券に関わる、といった所だろう。
砂の民との交流をモエギに押し切られたのを、まだ根に持っている。
ナナが推奨した事だから口出ししないが、砂の民が里に出入りするのを、いまだ苦々しい目でねめつけている。
「しかし……」
「モエギ殿、里の子供達は宝です。空を飛ぶ危険な乗馬訓練を、素人娘に任せられましょうか」
……ダメだ……
ユユの飛ぶ様を見た事もないのに、頭から素人娘なんて切り捨てている時点で、何を話しても平行線だ。
どうして自分の目で見て触れて知ろうとしないのだろう。
ユユの事も、砂の民の事も。
モエギは情けなくなった。
自分は大切な客人達さえも守れないのか……