春待つ羽色のおはなし   作:西風 そら

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スピカ・Ⅱ

 三日目の朝もカワセミはベッドの中だった。

 上空に風が澱むと、手を上げてボソボソと呪文を唱え風を流す。

 

 大したものだが、老人達には今度の長様はえらく怠け者だと、陰口を叩かれていた。

 ユユが一生懸命代わりをこなしているが、視界の狭い頑固者には、そういうのって見えない。

 

「ユユ、カワセミっていつもああなのか?」

 さすがのモエギも気をもんで、朝の見回りから戻ったユユに声を掛けた。

 

「んん……ダメかしら?」

「私は構わないんだが、以前の駐在者とあまりに様子が違うから、元老院が戸惑っている」

「ごめんなさい」

「いや、ユユが謝らなくていい」

 

 モエギにしたら、働き者で優しいユユが、肩身の狭い思いをしなければならないのが、理不尽で腹立たしかった。

 

「アタシじゃ至らないかしら」

「そんな事はない。老人達は蒼の長の威厳を求めているだけだ。第一、至らないとか言える訳がない。風を流す仕事は西風の里の役割だ。長娘なのにそれが出来ない私が、一番至らないんだ……」

 

 喋りながらモエギは元気が無くなった。

 今まで駐留者が完璧過ぎたので忘れがちだったけれど。

「本当に至らないのは、私なんだ……」

 

 モエギだって怠けている訳ではない。

 大長殿に手解きを受けて、内なる能力を開く訓練は欠かしていない。

 それでも、本当に歯痒いぐらいに、何も手応えが無いのだ。

 やはり混血の自分には、西風の長の能力は高望みなのだろうか……

 

「モエギさんっ」

 項垂れてしまった西風の娘を、ユユは目を見開いて覗き込んだ。

「母様に出来るのにアタシには出来ないコトなんて、山ほどあるわ。みんなそうなのよ、大丈夫、大丈夫」

 そう言って手を伸ばして、モエギの頭をクシャクシャと撫でた。

 

 うぁ・・ 頭を撫でられるなんてどれだけ振りな事か、モエギは背筋がゾクゾクした。

 が、不思議にちっとも嫌じゃない。ユユの言葉は何の衒(てら)いもなく正直で、彼女の掌の温もりは心の芯まで染み渡り、凝(こご)った澱が溶け出す気がした。

 

 

 厩(うまや)ではシドとソラが、何頭かの馬を引き出して馬銜(ハミ)を噛ませていた。

 午後からユユの、第一回乗馬指導を開催する予定になっている。

 

「モエギ様」

 鞍を運んでいたシドが駆け寄って来た。

「ユユさん、今朝出掛ける前に、元老院の年寄りに呼び止められて文句を言われていたんです」

 ソラも横に来て言った。

「そなたみたいな娘ッコの見回りなんぞ宛てにならん! みたいな、結構キツメの事」

「そんな事を……」

 

 蒼の里からの援助は、見返り無しの、同系族の繋がりからの好意だ。

 それを忘れている事に危うさを感じる。

 

「どうしたの?」

 ユユが分厚いファイルを抱えて現れた。

「シド、ソラ、準備ありがとう。今日は貴方達も生徒よ。えと……シドは、空中での巻き乗りが苦手だったわね、軸がズレて元の位置に戻れない」

「へっ?」

「ソラは、馬の右側から乗馬出来ないのよね」

「え……えと、はい……」

 二人とも恥ずかしそうにモジモジした。

 

「叔父様の指導日誌に目を通したわ。アタシが居る間に苦手の克服をしましょう。ソラ、馬がいつも左を向けているとは限らないわ。今日は左右の飛び乗り飛び降り練習ね」

「げげっ!」

 

 モエギは驚きながら聞いた。

「大長はそんな物を作っていたのか」

「お父様やナナの書き込みもあるわ。子供達全員分。皆、上達が凄く早い。教えがいがあるわ」

 

 多分、駐在者が入れ替わるので、効率良く指導出来るようにとの日誌だ。

 乗馬指導ひとつ取っても片手間ではない、蒼の里の真摯さが伺える。

 

 ユユはニコニコして子供達を待ったが、昼を過ぎても、何故か誰も来なかった。

「日を間違えたかしら?」

「いや、今日で良い筈だ、朝、念押しの通達も出したし」

 

「見て来ます。」

 シドとソラはそれぞれ別方向の子供達の家に走った。

 

 直に二人とも戻って来た。

「…………」

「どうした?」

「元老院の年寄り達が……」

 二人はチラリとユユを見た。

 

「いいから言ってみろ」

 モエギに促され、シドが先に喋った。

「蒼の里の長殿でなければ乗馬を習っちゃダメだって」

「はあ!?」

「こっちもそうです。行った子供は名前を控えておくとか言われて、皆怖がっちゃって」

 

「バカな……!!」

 モエギが厩を飛び出しかけた。

 

「待って、モエギさん」

 ユユの声が止める。

「叔父様に言われているの。西風の里で決定した事には従うようにと。元老院が決めたのなら、それに従います」

 

「ユユ……」

 確かにモエギは次期長だが、今は元老院が、様々な決定をしている。

 モエギが意見をねじ込む事は出来るが、化石頭の老人相手にいつも苦労している。

 

「ユユさん、僕達だけにでも指導して下さい」

 進み出る二人に、ユユは精一杯元気に微笑んだ。

「ありがとう。でも叔父様達が作った理(ことわり)を破りたくないの。ごめんなさいね」

 

 ユユはそう言って、素早く厩を出て行った。

 そしてその日は建築現場の方にも姿を現さなかった。

 

 

   

 

「ナナだって、蒼の里の長ではないではないか!!」

 

 老人達の集会所にねじ込んだモエギは、机を叩いた。

 いつも彼等に話す時は、感情を出さないように気を付けているが、今は抑えられなかった。

 ユユに……あのユユに、何て思いをさせるんだ!

 

「ナナ殿は次期長です。ほぼ確実な」

 

 老人達は嫌味に言った。

 モエギは、血統通りの能力が開かなければ、長にはなれない。老人達は密かにそれを望んでいる。

 頼りない混血娘よりも、血統確かな蒼の里の優秀な入り婿を迎えたいのだ。

 

「ユユは、ナナの双子の妹だ!」

「ご兄妹でも能力は雲泥の差と聞き及びます。風を流す能力すら無いのでしょう?」

 

 老人達は言われる文句を予測し、反論を用意していたようだ。

 今回ばかりは自分達の意見を通さないと沽券に関わる、といった所だろう。

 

 砂の民との交流をモエギに押し切られたのを、まだ根に持っている。

 ナナが推奨した事だから口出ししないが、砂の民が里に出入りするのを、いまだ苦々しい目でねめつけている。

 

「しかし……」

「モエギ殿、里の子供達は宝です。空を飛ぶ危険な乗馬訓練を、素人娘に任せられましょうか」

 

 ……ダメだ……

 ユユの飛ぶ様を見た事もないのに、頭から素人娘なんて切り捨てている時点で、何を話しても平行線だ。

 どうして自分の目で見て触れて知ろうとしないのだろう。

 ユユの事も、砂の民の事も。

 

 モエギは情けなくなった。

 自分は大切な客人達さえも守れないのか……

 

 

 

 

 

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