春待つ羽色のおはなし   作:西風 そら

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君影・Ⅱ

 

 

 モエギは砂の原をトボトボと馬を進めていた。

 停まると泣いてしまいそうだったからだ。

 

 剣を弾かれ万事休すの所に蒼の大長が来た時、嬉しがった自分がいた。

 母と自分を大切に思ってくれていたんだ……心の奥でそうあって欲しいと望んでいたからだ。

 情けない…………

 

「あのヒトは、子供らに対するうわべの義務で来ただけだ」

 

 

 

 

 遠く北の緑豊かな草原に、草の馬で大空を駆ける友好族がいると聞いた時、幼い胸が踊った。

 

「いつか、ここへ来る?」

「そうね、いつかね……」

 

 微笑む母がふと遠い目をしたが、小さなモエギには分からなかった。

 ただ、憧れの気持ちだけが大きく胸に広がった。

 

 しかし、大きくなると、古い老人や口さがない大人達に、色んな話を聞かされる。

 自分が生まれる前は、蒼の里と結構交流があったのだと。

 それどころか、西風の長の血を引く母と、北の草原の蒼の長の縁談が、何度も持ち上がっていたと。

 

 西風には、長の他に、僧正を頂とする元老院があり、双方話し合いながら政(まつりごと)を進めるのが慣習となっている。その元老院が、蒼の里との手堅い血縁を結びたがっていた。

 

 一度目は、母の父がまだ西風の長として健在だった時代。

 浅黄には複数の兄がいて、彼女が外に出ても、西風は跡取りに事欠かなかった。

 

 元老院がサクサクと話を進め出した最中、砂漠の地の情勢が悪化し、長と兄達が次々に戦死。

 急遽、浅黄が長に奉り上げられ、輿入れの話は立ち消えた。

 

 二度目は、蒼の里で三人の弟子が長を襲名し、元の長が大長を名乗るようになった頃。

 里は、長となった弟子達に任せて、大長殿が通ってくれれば……元老院はそんな図を描いたが、浅黄の君が一蹴した。

 弟子の一人は眠ったままだし、後の二人も成長途上の手放し出来ぬ状態で、煩わせる訳に行かぬでしょう……浅黄は、老人達も知らない蒼の里の事情に、妙に詳しかった。

 

 三度目の正直。

 眠り続けていた弟子の一人が目覚め、大長殿もそろそろ隠居状態となった頃。

 情報を聞き、今度こそ身軽に西風の里へ来て頂けるだろうと、老人達は浮かれた。

 

 しかし……浅黄の君が、突然身籠った。

 相手は誰か、浅黄は頑なに語らない。

 

 幾ら何でも、これは蒼の大長殿に非礼過ぎる。

 以来、西風の一族と蒼の一族は疎遠になった。

 

 

 

 

 今回、他部族との争い続きで若者が絶滅し、浅黄の君まで亡くなって、やっと蒼の里へ正式に援助を依頼したのだ。

 過去の事を水に流して来てくれた大長殿にエラい言い方をしてしまった物だが、モエギには腑に落ちない事が多々あった。

 

 聞けば聞くほどまどろっこしい!

 そんなに周りに流されてばかりで、自分達の気持ちは何処へ行ったのか。

 周囲の事情なんか一切後回しに、さっさと結ばれてしまえば良かったのに!

 

 

 

 不意に、馬が立ち止まった。

「??」

 立ち止まった拍子に、前髪を束ねていた櫛が落ちた。

 緑の玉の付いた櫛は膝で跳ねて、手をすり抜けて地面に落ちてしまった。

 

「ん、もう……」

 母の仇討ちを誓った時、長かった髪をバサリと切り落としてしまった。

 しかし母の形見のこの櫛だけは、身に付けていたかったのだ。

「やっぱり無理があるのかな」

 モエギはうなじの髪を指ですいてみながら、馬を下りた。

 

 岩と岩の間の砂地に落ちた櫛に手を伸ば……??

 今、櫛が動いた気がした?

 

 馬がスヒン! と鳴いて、後退りした。

 危険と感じなければいけないのだが、娘は櫛に気が行って、一瞬の判断が遅れた。

 

 地面全体が揺れ・・・・・・!

 

「流砂!!」

 

 慌てて掴まるものを探すが、周囲の岩も浮き石で、共に流れて行く。

「……!!」

 

 遥か後方に逃れた馬は無事だった。

「誰か呼んで来て!」

 馬は地平に消えたが、間に合うだろうか?

 

「何て間抜けなんだ!」

 砂漠の民の名が泣く、馬が教えてくれたのに!

 

 目に見える周囲の石はゆっくり動き、流砂の境目が分からない。

 下手に動くと埋まる速度が早くなるだけ。

 辛うじて大きな石に掴まり身体を保つが、その石もゆっくり沈んで行く。

 こんな所で埋もれて終わるなんて……

「まだ何にもしていないのに!」

 

 砂を噛んだその時、目の前に小石を結んだ革紐が飛んで来た。

 助かった!? 革紐の先を見やると……

「!!」

 

 蒼の大長が、少し先の大岩に腹這いになって、繋いだ革紐を送り出している。

 

 モエギは掴みかけた両手を離した。

 大長の顔が戸惑う。

 

「……掴んで下さい」

 

「い・や・だ!! 本当は助けたくない癖に。私が沈んでいい気味だと思っているんだろ」

 

「何でまた、そんな風に思っちゃうんです」

 

 更に砂が流れて、娘は遠ざかる。

 大長は岩から這い降り、流れる砂の中、四つ這いで娘の方に這って来た。

 

「な、何やってる、来るな! 流砂を知らないのか、沈むぞ!」

 

「だって貴女が来てくれないなら、こちらから行くしかないじゃないですか」

 

 

   ***

 

 

 大長は半分埋まりながらモエギに辿り着いた。

 

「あんた、私を嫌いなんだろ!?」

 モエギは彼の手を振り払った。

 

「だから、何だってそう思うんです?」

 

「私が生まれなければ、想い人と一緒になれたんだ。私のせいで愛する人と引き裂かれたんだ」

 

 砂の中で、大長は目を真ん丸にした。

「……誰……と……??」

 

「だから、母者と! 浅黄の君と!」

 

「?!」

 大長は一瞬固まって、その後、大真面目に叫んだ。

「冗談じゃありません! 何処からそんな話になるんです!? 誰が誰と一緒になりたかったですって? ごめん被(こうむ)ります。あんな怖いヒト!」

 

「え・・ぇえ??」

 

「いつもいつもヒトの事、軟弱だの腰抜けだの。やっとその口が黙ったと思ったら、おんなじ顔の貴女が現れて、同じような事を言うんですもの。目眩がしましたよ! うわっぶ……」

 

 呑気に喋っている間に、いい加減砂に埋もれて、口が塞がった。

「馬鹿言って……ゲホゲホ、ないで……ケホホ……とっとと掴ま……」

 

 モエギは茫然と言われるまま、大長の両肩に掴まった。

 

 二人が砂に呑まれる直前、砂の海スレスレを草の馬が飛んで来て、突き出た大長の手が彼の蹴爪をキャッチした。

 風の瞬きと共にザフンと引っ張り上げられる、砂まみれの二人。

 

 

 安全な岩の上で、二人はゲホゲホと口の中の砂を吐いた。

「あんたまで付き合う事なかったのに」

「ホントです……もうゴメンです……ケホホ……」

 

 娘は手の中の痛みに気が付いた。

 掌に櫛を握りしめたままだった。掌を開くと、櫛の歯の跡が白く残った。

 

 大長がそれを覗き込む。

「翡翠の珠の櫛……」

 

「ヒスイって言うのか、この石。母者の形見だ」

「それ、私の父が、浅黄の君にあげた物です」

 

「え!?」

 モエギは戸惑ったが、大長は慌てて言った。

「ああ、そんな特別な意味はなくて。私の父と、浅黄殿の父君は旧知で、子供の頃はしょっちゅう父と西風の里を訪れていました。その時のお土産の一つですよ」

 

「ふうん……」

 モエギは櫛を掲げて眺めた。

 遠くの、緑の草原の国から来た物だったのか……

 

 大長は膝を抱えて座り込んで、何処とは無しの遠くを眺めた。

 

「浅黄殿は私よりちょっと年上で……そう、さっきの少年達と貴女位な感じでした。私が父に叱られて、こんな感じで座り込んでいると、後ろからそっと近付いて……」

 

「慰めてくれたのか?」

 

「背中からトカゲを入れられました。昔からホンット、意地悪なヒトで……」

 

「…………」

 

「西風の元老院とうちの年寄り達がしょっちゅう私達をくっ付けようと盛り上がっていましたが、私達にはいい迷惑でした。そんなんじゃないんです。そういう縁ではないんです、あのヒトと私は。いっつも二人して苦笑いして………………………

                  …………………………

 

 長らく言葉が途切れて、不思議に思ったモエギが覗き込んで、慌てて目を逸らせた。

 

「すみません、ちょっと、泣きます……」

 片手で目を覆って、そのヒトは丸くなった。

 

「律儀だな、あんた。泣くのにいちいち断んなくていいのに」

 

 群青色の髪を肩から滑らせて、そのヒトは暫く震えていた。

 男が泣くなんて、以前は女々しいと思っていたが、今はそうは思わなかった。

 

 

「蜜柑の蜂蜜漬け、食べた事、ありますか?」

 そのヒトが目を拭いながら、唐突に聞いた。

 

「え? あ、ああ、母者がよくくれたっけ。北方の縁者からの土産だと…………?? ・・!!」

 モエギは目を見開いて、大長をマジマジと見た。

 

「一度も会いに行かなかった、なんて事はないです。老人達が大騒ぎするので、内緒でちょくちょく会っていました。決して、貴女のせいで疎遠になったとかは無いですから」

 

 モエギは真っ赤になって俯(うつむ)いた。

 自分で決めつけて勝手に拗ねていただけなんて……

 

「貴女はホント、浅黄殿にそっくりですねえ」

 大長がポツリと言った。

 

「まさか」

 モエギは俯いたまま否定した。

「さっきも『おんなじ顔』とか言ったけれど、どこが? 母者みたいに綺麗でも朗らかでもない。おまけに能力も受け継いでいない。せいぜいしょぼいカマイタチ。里では鬼子で通ってる」

 

「そうでしょうかねぇ。私に言わせれば、瓜二つなんですが」

 大長は目の前で指を立てて数え始めた。

「まず、ガサツで口が悪い。そそっかしくて早とちり。ドジ、意地っ張り、跳ねっ返り」

 

「……おい!」

 

 大長はすまして指を折り続ける。

「そして真っ直ぐで決して折れない。弱い者を守る、慈しむ」

「……私は、違う……」

 

「優しさは父君譲りですね。その瞳の色も」

 

「父を、知っているのか!?」

 モエギは飛び上がった。

 母すら教えてくれなかった事。

 

 大長はケロリと答えた。

「ええ、父君にもよく相談されていましたから。とっても優しいヒトでしたが……病を持っていました。砂の民の殿方で……」

 

「す・な・の・た・み・!?」

 モエギは血の気が引いた。

 母の仇の血が、自分に!?

 

「ああそうだ、その事で貴女に言わなくちゃ……」

 

 草の馬が甲高い声を上げた。

 

 大長は立ち上がった。

 額に手を当てて集中する。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

「乗って下さい!」

 

 モエギを前に乗せ、大長は馬を急発進させた。

 

 

 

 

 




挿し絵:二人
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