「な、なんですとおっ!!?」
夜半叩き起こされた老人達は、集会所で雁首揃えて真っ青になった。
――モエギが蜥蜴どもに捕らえられて人質になった。
彼女の身柄と引き換えに西風の里の土地を寄越せと言っている――
カワセミは残酷な事実だけをサラリと告げた。
老人達を呼びに駆けずり回ったシドとソラも、そこで初めて現状を知り、蒼白になった。
「カ、カワセミ殿! 何の為にそなたが居る!? この様な事態を防ぐ為……」
「防ごうと闘ったけれど、大切な次期長殿が蜥蜴どもに捕まって首に爪を当てられた。退くしか無かろう」
ユユは隣でオロオロした。
何て冷たい言い方……そもそもモエギさんが落馬したのも、半分はカワセミ様のせいなのに。
「モ、モエギ、さま、は……」
シドとソラは狼狽して口も回らない。
「落馬して気を失っていたけれど、呼吸は安定していたわ。蜥蜴達も、無事に返すという約束は守る感じだった」
ユユは小さい声で二人にだけ告げた。
大丈夫、必ず助けるから! と言いたいのに、言えないのが辛い。
「助けるのはそなた達自身だ」
ユユの心中を見透かすように、カワセミは居丈高に言った。
「今すぐ身の回りの物をまとめて、里を出る準備をするんだな」
いきなりな言い様(いいざま)に、老人達にシドとソラ、ユユまでもが飛び上がった。
「な、何を言われるか! そういう侵略から里を守ってくれる為、そなたは来ているのであろう」
「ああ、里を守る為、妻は砂漠の真ん中で一人、蜥蜴と戦って傷付いた。そなた達が安全に、不満のタネを探している間」
老人達は喉を鳴らすだけで何も言えなくなった。
言っちゃえば、そうなのだ。
「カワセミ様……それはいいです……」
ユユはいたたまれなくなって、消えそうな声で言った。
「ぼ、僕達、いつだって感謝しています!」
シドとソラは叫んだ。
「里を守って貰って、勉強も教えて貰って、他にも一杯、一杯……」
「では、今、何をすべきだ?」
カワセミは静かに二人に問うた。
「…………」
分からない……感謝の礼を欲されているとは思えない。
西風の里の土地を明け渡す?
代々暮らして来た土地を、自分達の代で手離して、何処とも知れない流浪の民になるのか?
急にリアルな現実が迫った。
そう、蒼の里からの介入がなければ、浅黄が亡くなった時点でとっくにそうなっていたのだ。
そして、蒼の里は自分達に、運命に抗える力を培(つちか)う時間をくれた。
それに応えるのが、答だ!!
「と、土地を出るのは嫌です……でも……」
「モエギ様は大事です……」
シドとソラは震える声で喋り始めた。
「この地もモエギ様も、欠かせません。両方あって、僕達、西風の民なんです!!」
最後の方は声の震えも取れ、二人は腰の刃物に手を掛けてしっかり立った。
「それが、キミ達の答えだな」
カワセミはやはり静かに言って、二人を見つめた。
いきなり戸口が開いた。
西風の娘達が、思い思いの武器を持って立っていた。
「モっ……モエギ様は、私達を大切って言ってくれました。私達もモエギ様が大切ですっ」
「そのモエギ様の大事にしているこの地を守りたいですっ」
老人はカワセミを横目で盗み見ながら口を開いた。
「理想だけで現実に抗えると思うな。そなた達が蜥蜴と闘える訳が無かろう」
誰かが何かを言った後なら、それを否定する言葉を並べるのは簡単だ。
「砂の民のボーイフレンドに助けを求めたわ!」
娘の一人が叫んだ。
「今、一番馬駆けの上手な子が走ってる。もう着く頃よ。絶対に助けに来てくれるわ。だって私達、家族になるんだもの!」
老人は目を白黒させてただ口をパクパクさせた。
カワセミは娘達に向き直った。
「それが、キミ達の答え……」
ユユはだんだん、カワセミが何をしたいのかが分かって来た。
最後にカワセミは老人達に向いた。
「皆、闘うと言っている。しかしそなたの言ったように、現実は甘くはない。下手をしたら西風の里は大切な若者達を失う。そなた達の答えを出せ」
老人達は途方に暮れた。
自分から言葉を始めるのは簡単ではない。
水色の長殿は、改めて自分達に依頼して欲しいんだろうか?
頭を下げて頼んで欲しいのだろうか?
ヒトの心を想い量ってモノを考えるという事からトンと遠去かっていた石頭は、カラカラと乾いた音しか立てない。
老人の一人が意を決して、カワセミに頭を下げようとした、その時……
「ナナ様なら……」
ソラが言葉を発した。
「僕達に血を流して欲しくない、って言うと思う。だから……」
カワセミは目を見開いて、ソラに真っ直ぐに向き直った。
「僕、蜥蜴の所へ話に行きます。モエギ様を返して貰えるよう、頼みます。里の土地は明け渡せないけれど……水を分けるとか、何らかの方法で譲歩出来ないか、お互いに血を流さずに済ませられないか……って」
「それは……」
カワセミはソラから老人達に視線を戻した。
老人達に導き出して欲しかった答えだろう。
――子供って、いつの間にこんなに成長する物なんだろう……
「うん……」
カワセミは穏やかな顔になってソラを見た。
「では、ボクも共に行こう。キミが蜥蜴達と交渉するんだ。それと、キミ」
シドは飛び上がってカワセミの正面に来た。
「護衛騎士(ナイト)として、長剣を帯びて同道してくれ」
「は、はい!」
二人は初めて、セットではなく、別々に扱われた。
凄く新鮮だった。
「ユユ」
「はい」
妻は静かに控えた。
「巻き毛の少年にユユの剣を貸してあげて。それと、娘達と砂の民達を仕切ってくれ。物騒な方向へは持って行かないつもりだが……」
少し顔を近付けて、小さい声で言う。
「こういう緊張感って、大事だ」
「はい」
「我等は……?」
動き始める皆から取り残され、老人達はオロついた。
カワセミに代わってユユが答えた。
「皆が無事帰ったら、労ってあげてください」