遠巻きに、西風の娘達と砂の民の若者がぐるりと囲んでいる。
ハトゥンは橙色のピアスを握り締め、隣にはユユが背筋をシャンと伸ばして立っていた。
不安そうに背中を丸めると、皆に伝わる。
月夜の砂漠に天涯(てんがい)が張られ、馬皮が敷かれた上にモエギが寝かされていた。
一匹の爪の丸い蜥蜴が、穏やかな動作でモエギの側に座り、脈を取る素振りをしたり、髪の中の傷を調べたりしている。
蜥蜴の医師……? いや、蜥蜴の中に医師がいるって、ここに居るほとんどの者にとっては驚きだった。
ソラとシド、それにカワセミが、下馬して、一際大きな蜥蜴と対峙している。
「奴等、下卑で野蛮だ。交渉なんて出来るのか? 第一言葉が通じるのか?」
ハトゥンが歯噛みしながら呟く。
「カワセミ様は彼等の意思を理解していた。あのヒト達も、約束は守るとかの理は通じるのよ。考えてみたら、私達は蜥蜴の事を、敵としてしか知らなかったのかもしれない」
ユユは天涯の下を真っ直ぐに見据えて言った。
ハトゥンも黙って同じ方向を見る。
今は待つしかない。
話を始める前に、カワセミがモエギに歩み寄るのが見えた。
蜥蜴の医師と一言二言意思を交わし、次に大きな蜥蜴と何やら交渉を始めた。
程無くカワセミは振り向いて、ユユとハトゥンを手招きする。
二人が乗馬して近付くと、蜥蜴達が馬皮にくるんだモエギを抱えてハトゥンに差し出した。
「モエギ!」
モエギは呼吸はしていたが、唇に色が無い。
「意識が戻らないんだ。すぐに里へ戻す。里の中心の宿屋で治癒の術を施す」
カワセミはハトゥンに言いながら、自分の馬に跨がった。
ハトゥンは鞍の前にモエギを抱えながら、不安そうなシドとソラを見やった。
交渉が終わった訳ではないみたいだ。
「えと、あんた……カワセミ? ここを離れるのか? ここでその治癒って奴をすればいいじゃないか」
「あの場所でないと駄目だ。宿の奥の小部屋。あそこが西風の里の真中心なんだ。西風の力、生命の力の集まる場所。それがあるから西風の里なんだ」
カワセミは数歩馬を進めてハトゥンを促した。
「交渉するのは西風の外交官だ。ボク等のすべき事はこの娘の手当」
「カワセミ様、アタシは?」
「ユユはモエギと人質交代。ソラ、シド……ユユを任せた。ほら、行くぞ」
口を半開きにする一同を置き去りに、カワセミはさっさとその場を離れ、ハトゥンが戸惑いながらも後に続いた。
娘達や砂の民の男達が声をかけるが、カワセミは答えなかった。
どこでどうすべきかは、やはり自分で判断すべきなんだろう。
ハトゥンが砂の民の若者に、ここに居ろ、残ってチビッコナイトの心の支えになってやれ、と言い、娘達も共に残った。
「身代わりに人質なんて、随分なダンナ様ですね」
シドに囁かれたが、ユユは自分のすべき事を心得ていた。
「ソラ」
ソラは通訳してくれていたカワセミが居なくなって、泣きそうな顔をしていた。
「大丈夫よ。アタシがちゃんと伝える」
ユユが微笑むと、何でか安心感が湧く。
ソラは息を吸って大きな蜥蜴に向いた。
「あの場所はただの集落ではない。西風の一族の在るべき場所なのです。あすこで砂漠の風を流し風を生む。それはこの大地を循環させる大切な役割。僕達にはそれを子々孫々伝える義務がある。だからあの土地を離れる事は出来ません」
シドは朗々と語る相棒に目を見張った。
そういえば自分がハトゥンに剣を習ってる時間、ソラは大長やナナにくっついて、何やら難しい説法を受けていた。
ソラ、それが君の道なんだね……
蜥蜴達に役割だの義務だのは分からない。
はっきり分かるのは、自分達に対して武力で来なかった事だ。
多分あの水色の妖精は、自分達を一捻りにする力を持っている。後から集まった砂の民の男達の力だって相当だ。
それらを行使せず、しかも交渉の前に身を引いた。
これは自分達を馬鹿にしているのではなく、この交渉のみに全てを委ねるという意志の証しだろう。
蜥蜴達にもそれは分かった。だから爪で一掻きすればバラバラになってしまいそうなこの小さい子供の話も、聞いてみる気になっている。
ソラは話し終わり、次に大きい蜥蜴が自分達の要望を伝えた。
ユユが間で通訳しようとしたが、すぐに必要無くなった。
ソラは教わらずとも、蜥蜴と意思を交わせるようになって行った。
西風の子供の隠れていた力……言葉を使わずとも通じ合える能力。
ソラの一生懸命な真摯な気持ちは、通訳するよりも確実に、蜥蜴達に伝わった。
――全ての事に意味がある。
浅黄亡き後に芽吹き始めた西風の子供の能力。
こんな所に意味があった……