春待つ羽色のおはなし   作:西風 そら

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スピカ・Ⅵ

 西風の里の池の対岸から結界の外へ、蜥蜴達の好きに使える水路を引く事で、話が着いた。

 

 西風の娘達は砂の民の若者達に礼を言い、若者達は、いや良い夜だったさと、夜明けの砂漠に馬を返した。

 シドは緊張で腰の抜けたソラを支えて戻り、ユユは水路が出来るまでの人質として蜥蜴の所に残った。

 人質といっても形だけで、ユユはのほほんと手を振って皆を見送った。

 

 老人達は、妻を蜥蜴の中に残して来たカワセミに文句を言う程恥知らずではなかった。

 ただ、ユユに言われた通り、ソラやシド、娘達に、分かりにくい言葉で労いを述べた。

 

 

 初めての大仕事を終えて肩を降ろしたシドとソラだったが、しかし里で新たな心配事が待ち受けていた。

 

「モエギ様が目を覚まさないのです」

 宿の前に幾人かの子供が立ち尽くしていた。

 

「モエギ様っ!?」

 二人は慌てて宿の建物に飛び込んだ。

 

「踏むなっ」

 ハトゥンの声。

「その辺のとっ散らかった物を踏むなよ。ちゃんと力が流れるように、配置されているらしい」

 

 二人が、石やお札を踏まないようにソロソロと小部屋の前に着くと、半開きの扉の向こうにハトゥンが座り込んでいた。

 薄暗い部屋の中央にモエギが寝かされ、水色の妖精が目を閉じてその額を両手で覆っている。

 カワセミはピクとも動かず、代わりにハトゥンがこちらを向いて小声で言った。

 

「気持ちは分かるけれど、外してくれ。今のモエギには西風の里の全てが障りになる……らしい」

「え、どうして?」

「頼む」

「……はい」

 

 納得は出来ないが、ハトゥンが信頼出来るヒトなのは知っている。

 だから二人は大人しく外に出た。

 

 外には心配顔の娘達も加わっていた。

 

「モエギ様は大丈夫です」

 ソラがやっと言って、皆を帰らせた。

 今は皆、安心した心で身体を休めるべきだ。

 

 

    ***

 

 

 暗いのか明るいのかも分からない、地面も空も、上下も色も匂いも何も無い不安な空間で、モエギは膝を抱えていた。

 

 自分の不注意でトンでもない事になってしまった。

 次期長が聞いて呆れる、皆に合わせる顔がない。

 

 膝を抱えてうずくまる娘に、カワセミが斜めに近付く。

 

「合わせたくなければ、合わせなければいい」

 

 モエギはピクンと揺れた。

 

「ここに籠(こも)っていればいい」

 

「……そうかもな」

 モエギは更に丸くなった。

「私は里の者の為に何も出来ていない……」

 

「何で里の者の為に何か出来なきゃならないんだ?」

 

「そりゃ……私は次期長だ。皆の為に、能力も開かなきゃならない」

 

「ふ……ん」

 カワセミは指を顎に当てた。

「自分の為には何か出来るのか?」

 

「……え……?」

「何か出来るか?」

「いや、私は……」

「自分の為に何も出来ない者が、皆の為に何か出来るとは思えないな」

「……………………」

 

「先に自分の為に何かやってみろ」

「……何を」

「そんな事まで聞くのか?」

「すまない、分からないんだ。教えてくれ」

 

 モエギは膝頭から目だけを出して、そおっとカワセミを見た。

 カワセミは意外に、怒ってる風でもなく、聞かれた事を真剣に考え込んでいた。

 

「自分の欲求は無いのか?」

「欲求……」

「そう、やりたい事、欲しいモノ」

 

 モエギは自分の心をゆっくりと手繰(たぐ)る。

 カワセミは苛つく風もなく、静かに待ってくれた。

 

「母者のように……」

「……うん」

「母者のように、美しく広くて大らかで、皆を包み込めるような女性になりたかった」

「……うん」

 

「なれっこないから、ワザと逆に、ガサツに乱暴に振る舞った」

「……うん」

 

「ホントは、寂しい」

 モエギは小さい子供のように顔を膝に埋めた。

 

「じゃあ、寂しくなくなるようにしよう」

「どうしたらいいんだ」

「そうだな……寂しくないって思えた時は、あるか?」

 

「………………………………………………………ハトゥン……」

 

「声に出して、ちゃんと、言ってみろ」

「ハトゥンと、居る時、寂しくない」

「もっと、ちゃんと、大きな声で、言ってみろ」

 

「ハトゥンと居たい。ずっと、いつも、ハトゥンと居たい。いつもいつもいつも、ずっとずっと、ハトゥンと居たぁいっっ!!」

 

 顔の前で水風船が割れたみたいな衝撃が走った。

 今まで居た虚無な空間から一転し、物凄い激流の中へ放り出された。

 身体の左右に何かがぶつかっては激しく煌めきながら飛んで行く。

 

 ――風・・!?

 

 足元に明けの明星が見える。

 西風の里の上空を、風が激しく流れている。

 初めてそれを魂で感じているのだ。

 

 それは一瞬の事で、直ぐに足元を引っ張られた。

 見慣れた宿屋の壁と天井がグルンと回って、モエギは自分の肉体に落っこちた。

 

 ドサンと物音がした方へ目を向けると、ハトゥンがこれ以上ない程に目を真ん丸に見開いて、尻餅を着いていた。

 

 現実のカワセミの声が響く。

「・・だ、そうだ」

 

 モエギは弾かれたように起き上がった。

「……今の……喋ったのか? 私が、現実に?」

 

 ハトゥンが尻餅を着いた姿勢のまま、モエギから目を反らさずに何回も頷いた。

 

 

 

 宿屋の受付カウンターの中で、毛布にくるまって寝ていたシドとソラは、カワセミに揺り起こされた。

「空腹でフラフラ……何か食べさせて……」

 

 小部屋にモエギとハトゥンの姿はなかった。

「皆に合わせる顔がないって」

 昨日の残りの干し魚をペキペキかじりながら、カワセミがボソッと言った。

 

「そんな。僕達、誰も、責めないのに」

「だから余計だ」

 

 項垂れてしまった二人に、カワセミはくわえた魚の頭を上下させながら、またボソボソと呟く。

「大丈夫、『皆の為にも何か出来る自分』になれたら、ちゃんと帰って来るから」

 

 

 

 

 

 

 

 

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