春待つ羽色のおはなし   作:西風 そら

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スピカ・Ⅶ

 

 

 池の対岸の水路作りは、砂の民の男衆が急ピッチでやってくれた。

 蜥蜴の所に居るユユを早く帰してやろうと、三日とかからず、指定の場所まで掘りあげてくれたのだ。

 

「ホント、退屈しちゃったわ。あのヒト達、爪が長すぎて、綾取りお手玉も出来ないんだもの」

 そんな事を言いながらも、ユユは蜥蜴達に手を振って、里へ戻って男衆に礼を言った。

 

 里から離れた灌木森に、蜥蜴達は専用の水場を作った。

 西風の里の結界は外せないし、蜥蜴達だって居留地は明かせない。

 西風の里、砂の民、飛び蜥蜴の一族……過去の確執は簡単には拭えない。

 

 しかし、今の子供の子供、そのまた子供、ずっとずっと後……確執なんて皆が忘れた頃、現在と違った関係を結べるように。今はその下地を作って置けば良い。

 

 

 西風の里の皆、モエギの失跡に戸惑った。

 居なくなって初めて、父親知れずの娘の気持ちを慮(おもんぱか)った。

 能力を継承せずに生まれたのは、彼女の責任ではないのだ。

 

 モエギが帰った時、負担を感じず暮らせるように、自分達が強くなろう。

 娘達はそう言って、炊き出しだけでなく、大工仕事も進んで手伝うようになった。

 

 

「え~~~~とぉ……」

 

 沢山の幼い瞳が水色の妖精に集中している。

 老人達のたっての希望で実現した、カワセミ長による、子供達への乗馬指導。

 生徒には、ワクワク顔のシドとソラも混じっている。

 

「えと……えとえと、え~と」

 当のカワセミはだんだん脂汗がにじんで来た。

 そう、巨大魔獣を一撃でぶっ倒す彼にだって、克服出来ない(する気が無い)苦手はある。

 

「馬で飛ぶってのはね、バーッと行って、ピャーッと!」

 

「は?」

 

「そんで、ヒャ――ーッとなって、ヒュッと下りておしまいっ。以上っ!」

 

 目が点になっている面々から逃がれて、カワセミは砂漠の砂ネズミよりも素早く姿を消した。

 

「あーあ」

 シドとソラの後方に控えていたユユが、幾枚かの紙をヒラヒラさせながら溜め息を吐いた。

「これ、無駄になっちゃった」

 あの日の午後、ユユは宿に籠って、カワセミでにも指導出来るように、要点を書き出していたのだ。十中八九、無駄になるだろうなぁとは思いつつ。

 

「まぁ、カワセミ様に物を教わるなら、教わる方にも覚悟が必要だわ」

「そうなんですか?」

「時々、鞍も手綱も無しにいきなり飛び立つから、着いて行くのに常に頭絡を身近に置いていなきゃならなかったり」

 

 唖然とする老人達の前を通り過ぎながら、ユユは言った。

「カワセミ長の指導は以上です。唯一無二の弟子のアタシが、続きを引き受けても宜しいかしら?」

 

 子供達は肩透かしを食って茫然としているし、老人達は頷かざるを得なかった。

 

 

 里に到着した時のカワセミは、疲労困憊していた。

 蒼の里で、婚礼の儀式の休みを作り出す為に無理して働いたのに、その直後流感が流行り、ノスリ、大長、ツバクロの順にぶっ倒れたのだ。

 こんな時に限って一人元気だったカワセミは、大車輪で働く羽目になった。

 

 ユユがカワセミを無理矢理西風の里へ引っ張ったのは、彼の身体の悲鳴を聞いていたからだ。

 ユユはカワセミを休ませたくて、彼の指定の場所に寝かせ、パワーグッズ並べてから、一生懸命代役を務めていたのだ。

 

 もっとも、無理矢理な高空飛行が弱った彼にトドメをさしたのは、純粋にユユのドジだ。

 

 

 

 

 砂の民の街の外れ。

 ひなびた山の中頃。

 粗末な小屋の前で老夫婦が豆を脱穀し、庭の真ん中で一人の娘が薪を割っている。

 

「こんなモンでいいか?」

 

「ああ、有難さんよ。モエギちゃん」

「ちゃんはやめてくれって。奥歯がこそばゆくなる」

 やめてくれと言いながらも、娘はさして嫌そうでもなかった。

 

「お天道さんも沈んだし、夕食(ゆうげ)の支度にかかろうかねぇ。今日は豆料理ですよ」

「やたっ♪ 婆さんの豆料理は美味いんだよな」

「秘伝を教えたげるよ」

「うん! 水汲んで来る」

 

 両手と頭に水桶を乗せて川へ駆けて行く碧緑の髪の娘を、老夫婦は穏やかに見送った。

 

 かねてから、いきなり現れては力仕事や家の修繕をやってくれていた何処の誰とも分からない娘が、かしこまってやって来たのは数日前。

 

「私を置いてくれないか? ずーっとじゃなくていいから」

 

 常々世話になってるとはいえ、正体も分からない娘を何で住まわせる気になったのか?

 若くに亡くした一人息子と同じ色の瞳にほだされたからかもしれない。

 

「ずーっと居てくれても良いんだけれどねぇ。孫なんて諦めていたけれど」

 

「婆さん! 変な魚が泳いでたから捕って来た。これ、食えるのか?」

 朱色の尾ヒレが飛び出した桶を掲げて坂を駆け上がってくる娘に、老夫婦は飛び上がって両手をブンブン振った。

「ダメダメ、それは総領殿が生け簀で飼ってる緋鯉だよ。早く戻して!」

「げげ!」

 

 

 賑やかで温かな三人の様子を、向かいの丘の林からそっと見守る漆黒の青年。

 

 仲間の若衆が後ろから声を掛ける。

「若、まどろっこしい事やってないで、既成事実の一つも作って、総領を押し切っちまえばいいのに」

 

「そんなんじゃないんだよ。アイツは今、手探りで探している最中なんだ」

「へ? 何を?」

「見失っていた自分自身だよ」

 

 

 西風の娘は、自分の、純粋に自分だけの幸せを、探す事から始めたのだ。

 身分も素性も捨てて、素の自分になって。

 

 そうして自らを幸せにして、自ら幸せにしたい者を幸せにして、それから初めて、里の皆の為に尽くせる身になれるのだ。

 

 浅黄の君がそうだったように………

 

 

 

 

 

          ~スピカ・了~

 

 

 

 




次回は、最終章
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