春待つ羽色のおはなし   作:西風 そら

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続 スピカ・Ⅱ

 西風の里から少し離れた砂漠の岩山のてっぺんで、モエギはすくと立っていた。

 胸に当てた手の中に何かを握っている。

 

 風が強く吹いて、振り向くと、水色の髪の妖精が馬と共に居た。

「ボクに何か用か……」

 モエギの手の中には、橙色の珠の付いた櫛が握られていた。

 

「この石で呼び掛ければ、あんたに伝わるかと思って」

「伝わるけれど、そんな便利に使われても困る」

 

 相変わらず突き放した言い方だが、モエギにはもう分かっていた。

 このヒトが困ると言ったら、ただただ困っているだけなのだ。

 心が冷たい訳じゃない。

 だって、こうして来てくれているじゃないか。

 

「言いたい事があって」

「手短に頼む」

 

「身体は、もういいのか?」

「絶好調って訳でもないけれど、こうして眼は開いているな」

 

「すまない」

「何が?」

 

「まだ不調だったのに、沈んでしまった私を呼びに降りて来てくれた。ああいうのって、消耗するんだろ?」

「……まぁ」

 

「それで折角回復しかけていたのに、また寝込む羽目になっていたんだろう? すまない」

「そんなに謝られても困る」

 

「んん、じゃあ、ありがとう」

「…………」

 

「ありがとう」

「あぁ……まぁ……」

 

「それと、自分の為に何か出来た、と思う」

「そうか」

 

「それだけだ、じゃあな」

 

 馬に手を掛けるモエギに、カワセミはポソッと言った。

「良かったな」

 

「うん」

 

 馬に跨がって遠去かるモエギを見やりながら、カワセミは口の中でボソボソ呟いていた。

「ヒトに物を教えるなんて金輪際ゴメンだ。ユユで懲りている。結局放って置けなくて、一生教え続ける羽目になる」

 

 碧緑の髪の後ろ姿は、地平の陽炎に溶けて行く。

 

「でも……キミの背中なら」

 

 水色の妖精は馬を飛び立たせ、西風の娘を追った。

 

 ――もう少し、押してもいい。

 

 

    ***

 

 

 鼻の頭も見えない闇の中の砂の原。

 細いカンテラを頼りに、トボトボと歩く二つの小さな騎馬があった。

 一人がグラリと傾く。

 

「ソラ、おい、ソラ! 寝るなよ、しっかりしろ」

「う、はぅぅ……」

 馬を寄せて肩を揺するシドに、ソラはやっと生返事をした。

「こんなに簡単に迷っちゃうなんて……」

 

「方向分からない? ソラ」

「だめ……何も見えなさ過ぎる。月も星も無い夜は、ヒトを惑わす妖魔が徘徊するって、旅商人のおじさんが言ってた」

「怖い事言うなよぉ」

「ごめん……」

 

 

 モエギが失跡した事に関して、カワセミもユユも何も教えてくれなかった。

 先日やって来た大長も、モエギを信じて待ちましょうの一点張り。

 

 二人は、普請に来るハトゥンにカマをかけてみた。

 モエギは多分ハトゥンの身近に居ると思っていたのだ。

 

「ねぇ、モエギ様の着替えをハトゥンに渡して置きなさいって、大長様に言われたのだけれど」

 

「え? それっていつの事?」

「ちょ、ちょっと前です」

「おかしいなぁ。モエギがうちの集落を出た事は、大長にも言ったんだけれど」

 

 

 

「ハトゥン様の側に居ると思ったから安心していたのに!」

 暗闇の砂漠でシドは親指の爪を噛んだ。

 

「ハトゥン様は知らないんだ。大長様達だって。モエギ様は、皆が頼りにするから平気な振りをする癖がついているだけで、本当はめちゃめちゃ寂しがりの怖がりなんだ」

「こんな真っ暗な夜、独りぼっちで、どんなに心細くしていることか」

 

 そう思うと二人、居ても立っても居られなくなって、厩の夜飼いを済ませるや、馬を引き出して里を抜け出したのだった。

 今すぐモエギの側に行って、寂しくない状況にしてあげたい。

 

 モエギの居付きそうな遺跡や風穴を探してみようとしたけれど、闇夜に地形の変わりやすい砂漠で、あっさり方向を見失った。

 

「飛んでみる?」

「こんな真っ暗な中を?」

 ソラは、シド程は馬で飛ぶのは上手ではなかった。

「焚き火の明かりが見えるかもしれないよ」

「……うん」

 

 二人は助走を付けて大きくジャンプした。

 それでも地上に何も見えない。

「もう一つだ」

 シドは馬を急き立てて、更に二段三段と跳んだ。

 

「ま、待って」

 ソラは慌てて着いて行こうとしたが、暗闇の恐怖が先に来た。

 恐怖はすぐ馬に伝わる。

 

「ああ……っっ!」

 

 馬が暴れてバランスを崩したソラは、鞍から滑った。

 

 ――ヒュオッ!!

 

 身体が持って行かれそうな風。

 シドは馬にしがみ着く。

「ソラ、何処? ソラ――!!」

 慌てて見回して、息を呑んだ。

 

 碧緑の髪をなびかせて、モエギの騎馬が風の中、真っ直ぐに浮かんでいた。

 腕の中に硬直したソラ。

 

「大丈夫だ。心配すんな」

 

 静かに言って、ふわりと、本当にふわりと、地上へ降下した。

 まるで草の馬みたいに。

 

「何をしているんだ、こんな所で」

 ケロリと聞かれて、二人は答えに窮した。

「道に……迷って」

 腕から下ろされたソラが、小さい声で言った。

 

「そうか、ああ、星が無いもんな。待ってろ」

 

 モエギは下馬して二人から離れ、砂原の高い所まで歩いて行った。

 そこにすぅっと立ち、肩を下ろして背を伸ばす。

 

 唇から流れ出るのは、砂漠の夜の星の詩。

 風がモエギの側に集まる。

 最初は小さく、段々に大きく、そしてうねるように。

 

 二人の少年は茫然と眺めていた。

 

 風の中、緋色のマントがざぁと舞い上がる。

 次の瞬間、砂上の西風の娘の姿が、くっきりと浮かび上がった。

 天上の雲が吹き飛び、煌めく星々が姿を現したのだ。

 

「これで帰れるだろ」

 美しく影を落とす砂の風紋を背景に、娘は穏やかに微笑む。

 

 二人は茫然としていた。

 本当にモエギ様なのだろうか?

 砂漠の妖魔が見せる幻覚なんじゃないかしら?

 

「シド、ソラ!」

 名前を呼ばれて二人、ビクッとなった。

「どうした、腹減ってんのか?」

 やっぱり、本物のモエギ様だぁ~~!

 

「モエギ様~~っ!」

「モエギ様ぁ・・」

 

 二人は駆け寄って、両側からしがみ付いた。

 何の事はない、寂しかったのは自分達だったのだ。

 

「……バカ」

 モエギはしがみ付かれたまま、じっとしていた。

 それから一回鼻をすすった。

 

「風……使えるようになったんですか?」

 少し落ち着いたシドが聞いた。

「ん、『使える』ってのとはちょっと違う」

 二人はモエギの話し方が、以前と全く違うのに気が付いた。

 別人のように静かで穏やかだ。

 

「『風を流す』という感覚はまだ分からない。ただ、他人だったヒトが、心が分かり合えて友達になれたように、風が近くになった。友達だから頼みも聞いて貰えるし、行きたい方向が分かって手も取り合える」

 

「…………」

 いつの間にかモエギが一段も二段も高い所に居る。

 二人は予想外な事実に戸惑った。

 

 いや、喜ばなきゃいけないのに。

 何でこんなに複雑なんだろ……

 

「里へは戻る。ユユにも会いたいしな。だが今晩はここに居る。お前達は帰れ」

 すっきりと言うモエギに、二人は何も言えなくて、そのまま馬に跨がった。

 

 

 

 二人がちゃんと里の方向へ向いたのを見届けて、モエギは再度風を起こして舞い上がった。

 砂漠へ来てから……眠っている時間以外は、殆ど風の中に身を委ねて詠(うた)っていた。

 

 まったく不思議な切っ掛けだった。

 老夫婦に貰った書物の詩歌が、心の閂(かんぬき)を外し、能力を開いたのだ。

 

 幸せになりたい

 幸せにしたい

 大切なモノたち

 

 詩歌はそんなモエギの想いに共鳴した。

 まるで彼女の為にこの世に存在したように。

 

 それを教えてくれたのは、カワセミだった。

「キミはもう扉の真ん前まで自力で辿り着けていた。答えも手の中にしていたんだ」

 

 

    ***

 

 

 砂の地平に赤い月が昇る。

 珠(たま)が割れた欠片(かけら)のような、下弦の三日月。

 

 月明かりに長い影を落とす西風の里を見下ろして、カワセミとユユの二頭の騎馬が、上空高くに浮かんでいた。

 さっきまで真っ暗だったのに、今は満天の星。

 何処かで誰かが風を流したんだろう。

 

「アタシ、ここが好きだわ」

「うん……」

「明日でさよならなのね」

「うん……」

「よぉく目に焼き付けて置くわ」

「うん……」

 

 カワセミは馬を寄せて、鞍に差していた一枝を、ユユの膝に乗せた。

 

「あら」

 池の対岸の砂地に咲く、緋色の山丹花(サンダンカ)。

 

「頑張ったアタシに、ご褒美?」

「それでいい」

「うふふ」

 ユユは嬉しそうに 花房を髪に差した。

 

「ここではこんな干らびた土に咲く花があるんだな」

「強い、土地ね」

「……来て良かった」

「でしょ」

 

 

 

 その足許の地上に小さな灯りが揺れ、二人の少年が里に帰り着いた所だった。

 馬繋ぎ場には大長が居た。

 二人を見て何を聞くでもなく、大きなポットを掲げて迎える。

 

「馬乳酒を沸かし過ぎました。一緒に飲んで下さい」

 

 

 

 




挿し絵:星空の詩
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