春待つ羽色のおはなし   作:西風 そら

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君影・Ⅲ

 大きな草の馬は、稲妻の速さで空を駆けた。

 経験した事のない速度。

 モエギはタテガミにしがみつくだけで精一杯だった。

 そんな意地も吹っ飛ぶ光景が目の前に現れた。

 

 砂の原に、見た事もない羽根のある蜥蜴型の魔物が、十何匹も輪になっている。

 輪の中心にモエギの馬と、カンテラを持った二人の子供の騎馬。

 馬にモエギの危機を知らされて、また里を抜け出したんだ。

 

「モエギ様~~!」

 

「待ってろ、今行く!」

 

 モエギは馬から飛び降り、剣を抜いた。

 

 しかしモエギを降ろすと草の馬は、大長を乗せたまま上昇して行ってしまった。

「?? あんた?」

「大長様ぁ~~」

 

「自分達の事は自分達で解決しましょうね――」

 大長はそのまま高く昇って行った。

 

「えええっ!?」

「そんなぁ~~」

 

 いったい何なんだっ。

 今しがた、良いヒトって思った所なのにっ。

 

 大蜥蜴達は舌嘗めずりしながらほくそ笑んだ。

 仲間内で何やらボソボソ相談し合い、的を子供達に絞っている。

 この手の輩の目的は概ね一つ、結界の入り口を子供に吐かせて略奪に踏み入りたいのだ。

 

 蜥蜴達が羽根を広げて飛び掛かろうとした瞬間……!

 

 包囲の一画が崩れた。

 

 漆黒の騎馬を先頭に、灰色の騎馬の一団が蜥蜴の中に斬り込んで来た。

 

「ドジ姫、ボサッとしてんじゃねぇ! 大事なちびっこナイトを守ってやらにゃ!」

 

「う、うるさい! お前らの助けなど……!」

 モエギも乗馬して、黒の騎馬と背中合わせに、子供達を囲った。

 

「助けじゃねぇ! こいつら、俺等の敵でもあるんだ」

「え?」

 

 一瞬気が反れたモエギの頬を、何かがかすめた。

 

 ――ザシュ!

 

 ハトゥンが立ち塞がり、剣を一閃。

 大蜥蜴が真っ二つになって宙を飛んで行く。

 

「!!??」

 

「ステルス能力。こいつら光の加減で姿を隠せるんだ。交渉の席でいきなり両側に攻撃を仕掛けて来たのは、こいつらだ!」

 

「何だって!?」

 

「こいつら流れモンだ。有力な部族同士を争わせて、漁夫の利を得ようとしやがった。水場のある土地を欲しがっているんだと」

 

「……!!!」

 

「あのヒトが教えてくれた」

 ハトゥンは上空の緑の馬を視線で指した。

「ちょっと冷静に調べれば、すぐに分かる事なのに、って言われた。俺等も頭に血が昇ってた……ごめん……」

 

「ああ、私こそ……すまない……」

 

 二人は背中を合わせ、力強く剣を構えた。

 

 

 モエギとハトゥン、そして灰色の砂の民の騎馬の働きで、大蜥蜴達は蹴散らされた。

 

 しかし逃げた何匹かが上空で集まった。

 しくじった、体勢を建て直そう、なに、西風の部族は弱体化している、もう一押しで……

 

 ――!!??

 

 彼等の目の前に、群青色の長い髪にオーラを纏わせた騎馬が、スゥッと降りて来た。

 

「運が悪いですね、私は、今、モノッすんっごい、機嫌がワルいんですっ!!」

 

 

 

 長い夜が明け、東の地平に赤みが差した。

 

「大長様、意外と薄情なんですね」

 小さいナイトの一人が言う。

 

「あのヒトに掛かったらこんな蜥蜴ども、一撃で終了だ。でもそれで済ませていいのか? って話だ。解るか?」

 ハトゥンは幼い顔の少年に、噛んで含めるように言った。

 モエギもハトゥンの横顔を見て、素直に頷いた。

 

 あのヒトは、母者と西風の里を尊敬し、信頼していたから、内情には干渉せず、ただ友人として付き合っていたのだ。

 そして母者は思わぬ事態で命を落とした。

 それだけだ。

 後悔しても何も変わらない。

 多分もう、そういうのは済ませてここへ来たのだろう…………

 

 

「やれやれ」

 大長は、剣の穢れを祓って収め、西風の里へ馬を向けた。

 彼(か)のヒトの葬儀に立ち会わねばならない。

 

「まったく、どうして、こう、いつもいつも……」

 

 

 

 明るい茶色の瞳のその少女は、彼を通り越して、いつも後ろのヒトを見ていた。

 そのヒトに貰ったオモチャみたいな櫛を、後生大事に持ち続けていた。

 

 彼女が、砂の民の余命幾ばくもない青年と真剣な恋に落ちた時も、彼は、相談に乗り親身に励ます役だった。

 彼女が愛するヒトの分身を身体に宿してそのヒトを見送った時も、彼はずっと傍らに居た。

 

 だけれど彼女は、それ以上寄り掛かってはくれなかった。

 

 そういう間柄なんだ。

 そういう縁(えにし)薄い間柄でいたからこそ、気安く長らく、隣にいられたんだ。

 

 

 

 萱船に乗せられた棺が池の対岸へ渡る。

 そこで彼女はゆっくり大地に還る。

 

 上空に綺麗な風が吹いている。

 風はそのヒトを送るため、空一面に、鈴蘭の原のような美しい鱗雲を作っていた。

 

 

 

             ~君影・了~

 

 

 

 

 

 

「おい、おっさん!」

 

 蒼の大長は一瞬止まって、キョロキョロと辺りを見回した。

 

「あんただよ。いつまでも『あんた』じゃ悪いから、呼び方を変えたんだ」

 オレンジの瞳の娘は屈託なく言い切った。

 

「それで、『おっさん』ですか? もうちょっと、その……」

「おっさんだからおっさんだろ。それとも、『おじ様』とでも呼んで欲しいのか?」

 

「……保留にして置いて下さい」

 どうして普通に『大長さん』とか思い付いてくれないのだろう。

 

 

 西風の里の長、浅黄の君が亡くなって幾ばくか経ったが、里の再生の道は容易ではない。

 若者の殆どが戦で命を落とし、子供達を教育する者もいない。

 長の血筋はこのモエギだけなのだが、風を流す能力を継承しているかは怪しい。

 

 大長は西風の里に留まり、様々な世話を焼いていた。

 

 朝夕の砂漠の風を流す生業や、病気の治療、萬(よろず)相談、その他諸々。

 だが何と言っても、このヒトが居るだけで、他の乱暴な部族からちょっかいを掛けられない事が大きかった。

 元老院は大長に、里の運営も任せてしまいたい風だったが、そこはやんわり断っていた。

 

 

「また年寄り達にゴチャゴチャ言われたのか?」

 モエギは牧草地の柵に腰掛けて、干し肉を半分に裂いて、大長に寄越した。

 

「はぁ、西風の里は、この地に根を降ろした此処(ここ)の者が営むべきなんですよ。それを途切れさせるのは、『良くない』です」

 大長は干し肉を受け取って、固そうに端っこを噛んだ。

 

「良くないってあいまいな理由だな、そんなんじゃ年寄り達、納得しないだろ」

「大切な事なんですけれどねぇ」

「ふぅん、まぁ、おっさんが言うのなら、そうなんだろ」

 

 モエギは、塊の干し肉を難なくガシガシ噛み切った。

 

「そうそう、貴女の縁談も相談されました」

「何だよそれ、本人の居ない所で」

「取り敢えず私はお断りしました」

「あはは、うん、そうだろうなっ」

 

「そしたら、蒼の里の三人の長殿はどうかって」

「諦めが悪い」

「と言っても、二人は既に妻帯者だし、残る一人は……」

 大長は目を閉じて、モエギと彼が対面した図を想像した。

「……多分、会った瞬間バトルになります」

「なんだそりゃ」

 

「そしたらね、妻帯者でも、第二夫人でどうかって」

「バカにしやがって!」

「まぁ、一人は妻一筋だし、もう一人はそんな事やらかしたら細君に半殺しにされます」

「あっははははは」

 

 噛んだままの干し肉が、笑い声と共に上下する。

 こういうのを愛でられる奇特な人種でないと無理だろうな。

 

「その内誰か一人来ますよ。私と交代で」

 モエギは干し肉を呑み込んだ。

「・・おっさん・・帰るのか?」

 

「おっさんはこれでも忙しいんです。里に修行中の弟子もいるし、何やかやと用事もあるんです」

「そうか……」

 モエギは心細そうに睫毛を伏せた。

 

 

 馬繋ぎ場の方から、小さい騎馬が駈けて来た。

 ちびっこナイトの一人だ。

「ハトゥン様からです」

 懐に大事にしまっていた手紙を、モエギに差し出す。

 

 手紙を開く娘の頬の温度が上がる。

 ああ、ちゃんといるじゃないか、奇特な人種。

 

 長は柵から反動を付けて離れた。

「蒼の一族はね、風と大地を司るんです」

 

「??」

 モエギと少年はキョトンとした。

「大昔、風の力しかなかったご先祖が地上に降りて、今の場所に住んでいた大地の妖精と交わったんです。そして良い所も悪い所も分け合って、蒼の一族になったんですよ」

 

「…………」

 

「純血だのに拘る必要は無いって事です。交わって未来を開くケースも……うわっぷ!!」

 

 背後から首に飛び付かれて、大長は腰が砕けるかと思った。

 

「おっさん! おっさん大好きだ、ありがとな!」

 

「分かりましたから、全体重で来るのはやめてください!」

 

 彼女なりに悩みは深かったんだろう。

 

 

 

 

 砂の民の街は、少しの山と砂の丘に囲まれた、風の来ない盆地にあった。

 

「あの建物だけれど……」

 中央から離れた、ひなびた山の中頃、灌木の繁みに隠れて、ハトゥンは、モエギに言われた名前の者の家を指差した。

 疲れた感じの老夫婦が寄り添うように、薪を束ねたりの外仕事をしている。

 

「誰なの? 仇とか言うなよ」

「うん……」

 

 

 

 

 大長はその名前をモエギに告げて、こう言った。

「母君が、貴女の父君の名前を明かさなかったのは、その頃の両部族の関係が良くなかったからです。あと……」

「??」

「貴女を独り占めしたかったのもあるでしょうねぇ」

「母者……」

 

 

 

 

 モエギは灌木の中で立ち上がって、真っ直ぐに、その老夫婦の所へ歩いて行った。

「おい?」

 ハトゥンが慌てて着いていく。

 

「こんちは!」

 突然現れた異種族の娘に、夫妻は目を丸くした。

 

「それ重いだろ。私が運んでやるよ」

 娘は薪の束をヒョイと担ぐ。

 

「あ、あの……」

「心配すんな。私は力持ちなんだ」

「はあ」

 

 茫然と突っ立っているハトゥンに、娘は振り向いた。

「ほら、お前も手伝え」

「あ、ああ……」

 

 総領息子の登場に、夫妻は狼狽する。

 

「あっ、だめ、そこは踏むな!」

「??」

 踏み出そうとした彼の足元を、娘は指差して怒鳴った。

 そこには濃い緑の野草の葉が、無造作に繁っていた。だがよく見ると、古く石で囲われて一段高くなっている。

「植えているのか、これ?」

 

「いえ、花壇なんですか? ……気付きませんでした」

 ただ家の前の繁みに生えている雑草、夫妻は知らなかった風だ。

 

「花が咲く。すこぶる良い香りの花だ、なぁ、爺さん婆さん」

 

 異種族の娘に言われて、夫妻は、確かに春はその辺で、白い小さな花を見かけていたのを思い出した。花の香りなど、ここ何年も気に止めた事も無かったが。

 

「成長が遅くて育てるのに根気のいる野草だと聞いた。ここまで増えているなんて、これを植えたヒトは、きっと草花の事を良く知った、優しいヒトなんだろうな」

 

 夫妻はハッと目を見開いた。

 

 ハトゥンはキョトンと、老夫婦と娘を見比べている。

 

「おら、とっとと手伝え」

 

「分かった、分かったから蹴飛ばすなっ」

 

 訳も分からず力仕事をさせられる総領息子に、おろおろする老夫婦。

 かなり乱暴だけれど、この娘なりに、良い形を作ろうとしている。

 

 この盆地に、古い両方の部族に、新しい風が吹くのも、もうすぐだろう。

 

 

 

 

 

         ~おまけ・了~

 

 

 

 

 

 

 




挿し絵:西風の娘・1
【挿絵表示】


次回は少し短いお話です



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