春待つ羽色のおはなし   作:西風 そら

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サンピラー~ダイヤモンドダスト~・Ⅱ

「ユユ――」

 

 放牧地の土手の上で膝を抱える娘の所に、ノスリが書類を掲げて歩み寄る。

「仕事! カワセミの居ない分、自分が頑張るって言ったろ」

「……ごめんなさい」

 

 ノスリは消え入りそうな声の娘から目を逸らして、放牧地を見やった。

 春には金鈴花の黄色い絨毯が広がるが、今は冬枯れ寂しい霜野原だ。

「なあ、ツバクロを許してやってくれ、あいつが本気であんな事を言う奴だとは思っていないだろ」

 ユユは俯いたままかぶりを振った。

 

「ユユ、奴が口にするまで俺も深く考えなかったんだ。もし俺の娘がカワセミと一緒になりたいと言ったら、俺は素直に喜べただろうか? って」

「そんな! ノスリ長様もお父様も、カワセミ様の親友でしょ?」

 ユユは激しい目をしてノスリを睨んだ。

 

「ああ、かけがえのない親友だ。尊敬している。信頼もしている。だけれど大切な娘を託せるかとなると、別な話なんだ」

 ノスリは哀しそうにユユに睨まれたまま続ける。

「あいつは大切なモノが欠如しているんだ。自分を庇護する本能が。護りの羽根を持って生まれたせいかもしれない。加減が出来ないから、若い頃はしょっちゅうオーバーヒートを起こしてぶっ倒れていた。なぁ、自分を守らない者と居ると、隣の者はどうなる? そういう話なんだ。ツバクロが心配するのは当然なんだよ」

 

 ユユのノスリを睨む力は少し緩んだが、視線はそらさない。

「お父様の気持ちは分かった。でもアタシ、そんなに頼りない子供じゃない」

 

「じゃあ大人になって、ツバクロを許してやってくれ」

 ノスリはユユの肩に大きな手を置いた。

「大長だって責任を感じて落ち込んでいるんだ。お陰でてんてこ舞いの俺を可哀想に思ってくれ」

 

 ユユは息を吐いて立ち上がった。

「カワセミ様が戻ったら、ノスリ長様は味方になってね」

「ああ」

「それから、カワセミ様の前で、二度と誰も巫女様の事を口にしないで」

「ああ」

 

 ・・・

 ユユが、山の母の元から里へ来たばかりの子供の頃。

 三人長の一人カワセミは、長い昏睡にあった。数十年前のある出来事で、里と大地の為に無茶をして、全ての力を使い切ってしまったという。

 彼の側には人間の巫女が添っていた。妖精に比べたら消し炭みたいに短い人間の一生を、眠れる妖精に全て捧げた彼女を、ユユだって鮮明に覚えている。

 ・・・

 

 

 あの後、カワセミを捜しに行くと駄々をこねるユユをなだめたのはノスリだった。

「ユユ、カワセミの伴侶になりたいのなら、いつまでも奴に振り回される子供じゃ駄目だ。倒れる側にしっかり立って、フォローをするのが相棒の役割だぞ。巫女殿だってそうしていたんだ」

 

 ユユは神妙に頷いて、カワセミのやっていた仕事を引き継いだし、ノスリは密かにそれを、ユユでも出来る簡単な物にすり替えた。

 

 

 

 ツバクロは魂の抜けた蝋人形のようだった。

 娘と親友、一気に傷付けてしまった。そして、自分の心の奥底の醜い部分に気付いてしまった。

 頭の表面では親友だと言いつつ、一番大事な所を突き放して見ていたんだ。

 

 仕事をこなして帰っても、執務室の長椅子の肘掛けで呆け、大長に肩を叩かれて、やっとこの世に戻った。

「ツバクロ、今日はもうお休みなさい。私もたまには昔みたいに長の机で仕事してみたいですから」

 

 執務室を出てフラフラ歩くツバクロを、不意に引っ張る手があった。

 大勢の子供を引き連れたフィフィだ。

「そんな顔をしていたら、親衛隊の女の子達がガッカリするわよ! 丁度良かったわ、暇なら手伝って!」

 

 何を言わせる暇もなく、グイグイと連行されたのは、修練所の乗馬教習場。

 

「この子達、今年から馬に乗り始めなの。一つお手本を見せてあげてよ」

「…………」

 そんな気分にはならなかったが、キラキラと期待に満ちた子供達の瞳に押され、ツバクロは馬に手を掛けた。

 

 大空に風を切ってお手本飛行、ついでに、切りもみ降下と宙返り。

 子供達は大喜びして、ツバクロもちょっと喉かな気持ちになれた。

 

 それぞれの馬で乗り降りの練習をしている子供達を、ツバクロはフィフィと並んで眺める。

 

「二回転宙返りも軽々こなす貴方にも、あんな時期があったなんて嘘みたいね」

「ああ、馬を勝手に引っ張り出して、沼地で遭難したりしたっけ」

「あはは、あの時は大変だったわね。子供って大人から見ると危なっかしくてしょうがないけれど……ああっ、こらっ!」

 フィフィは勝手に飛んでみようとする子供を見付けて、指を鳴らして馬を制した。

 

「当の子供達にしたら、やれる気満々なのよ。ユユもホント、手を焼かせる生徒だったわ」

「…………」

「だからいつだって目を離せなかった。今もよ」

「…………」

 

「ねぇツバクロ、ノスリもそうだけれど、男親ってどうして娘を『やる』って感覚なのかしら? 私は自分の娘も息子もずっと自分の子供で、独立したって何も変わらない。ユユだってそう。お嫁さんになっても独りぼっちになんかしないわ。だから何も考えず、ただ好きなヒトの所へ行ったっていいじゃない」

「……フィフィ」

「私は何てったって、あの二人に幸せになって欲しいの」

 

 時間が来て、フィフィは手を挙げて集合を掛けた。

 子供達は元気に挨拶し、去り際にフィフィは一言付け加えた。

「所で、大切な事を忘れていない?」

 

「??」

「貴方が共に慶ぶべきヒトの所にちゃんと話に行かないから、私が気を回す羽目になるのよ」

「…………ぁ……あ」

 ツバクロは本当に大切な事をすっ飛ばしていた。

 

 そんな二人に呼応するように、夕空の中に黒い点が現れる。

「……草の馬?」

 みるみる近付いた影は、痩せた草の馬だったが、しかし騎手は乗せていなかった。

 

「カワセミの馬!」

 

 

 

 

 

 

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