春待つ羽色のおはなし   作:西風 そら

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サンピラー~ダイヤモンドダスト~・Ⅲ

  

 

 カラ馬で帰って来たカワセミの馬は、鞍に手紙を付けていた。

 

 フィフィも子供達を待たせて、手紙をほどくツバクロを覗き込む。

 しかし文字はカワセミの物ではなかった。

 ツバクロに見馴れたそれは、神殿に居る妻の物。

「なんで……?」

 

 ――南西の山の中腹に暮らす氷蝙蝠(コォリコウモリ)の一族が、雪山をフラフラ歩く草の馬を見つけた。乗り手は見当たらなかったけれど、風出流山(かぜいずるやま)に住むお姫様(氷蝙蝠達は、神殿の守り人の女性をそう呼んでいる)の馬に似ていると、神殿に知らせて来たという。

 

「……雪山に、馬だけ?」

「急いで飛んで! 私は皆に知らせて来る!」

「頼んだ!」

 

 ツバクロは、高空飛行の出来る愛馬に乗り替える為、そのまま馬繋ぎ場へ飛んだ。

 残ったフィフィ子供達を現地解散にして、執務室へ走る。

 

 

 

 

 風出流山(かぜいずるやま)…… 全ての風の帰り行く神殿を擁する山。

 

 降りしきる雪の中、ツバクロは、樹氷がそそり立つ神殿前の雪原に降り立った。

 いつもすぐに気付いて出迎えてくれる妻の姿が無い。

 玄関は固い氷の壁に覆われている。

 

「ツバクロ殿!」

 後ろから声がして、振り向くと、珍しい乗馬姿の妻が雪空に浮かんでいた。

「ヒトの居れそうな所は捜してみました。でも、昨日からの雪で足跡も見えなくて」

「…………」

 

「一体どうしたっていうんです。身体の弱いカワセミ殿が、何で雪山に来るんです?」

「…………」

 ツバクロが何も答えられず、動揺しているので、彼女も質問をやめた。

 

「とにかくまだ陽があります。気温が下がりきる前に捜しましょう」

「あ、ああ」

 余計な事を考えている暇は無い、この山の気温はカワセミにはヤバイ。

 

 慌てて乗馬しようとして、雪の塊に足を取られて転ぶ。

「ああ、なんだってもうこんな時に! ……・・!!??」

 

 ツバクロは足元を見て、口をあんぐり開けた。

 雪の塊から水色の髪が覗いている。

「カ、カワセミィ~~!!」

 

 

 

 暖炉の火を全開にして、ありったけの毛皮を集めた。

 ツバクロが身体を擦ってやって、水色の妖精は体温を戻した。

 トクトクいう鼓動に心から安堵し、心から安堵出来た自分に心から安堵した。

 

「まったく何て無茶苦茶なヒトなの!? あのまま気付かず神殿の入り口を塞いだまま二人で山を捜索していたら、カチンコチンの氷漬けだったわ」

 妻は湯を沸かしながら苛ついている。

「雪山ナメ過ぎです!」

 

「うん……」

 ツバクロは言葉少なにカワセミを抱え直して、細っこい手足を湯で温めた。

 

 普通の草の馬だと、この山の中頃がやっと。

 もしも自分が高空気流に乗れる能力を持たなかったら、果たして歩いて彼女に逢いに来ようと思えただろうか?

 

 物入れを探っていた女性は、小さな瓶を持って戻って来た。

「カワセミ殿の顔をこちらに向けて下さい」

 

「え、うん?」

 ツバクロが水色の頭を抱えてそちらに向けると、彼女はやにわに寝息を立てている鼻を摘まんで、瓶の中身を口に流し込んだ。

 

「ふがあぁぁあ――っっ!!!」

 

 瞬間、カワセミは喉を押さえて飛び上がった。

「げほぉごほぐほごぼぼぼぼ!」

 

「え――と?」

「冬眠中の熊も目を覚ます、純度97%ウォッカです。雪山を舐めるとこういう目に遭うんですよ!」

 

 仁王立ちの女性の足元でのたうち回る哀れな水色の妖精。

 おっかな……  ぅん、このヒトを怒らせるのだけは、絶対やめよぅ……

 

「さあカワセミ殿、私に何か用事があったのではないのですか?」

 彼女は、まだうつ伏せでぜぇぜぇ言っているカワセミの後ろ襟を、掴んで引き上げた。

 

「がほげほ・・・だ・さい・・・」

「え?」

「・・・を・・・に・・ださい・・」

 

 女性はツバクロと顔を見合わせた。

 

 水色の妖精は喉を振り絞った。

「・・ユユをボクの妻にください・・」

 

 そうしてパタンとうつ伏せで脱力した。

 

 

 

「『おかあさん』そっくりのユユを見て、大事な事を抜かしていた事に気付いたんだ」

 

 落ち着いたカワセミは毛皮の山に埋もれ、うつ伏せなまま話し出した。

「『おとうさん』には挨拶したけれど、『おかあさん』に挨拶していなかったって」

 

「…………」

「…………」

 

「遠かった・・」

 カワセミは大真面目に目を細めた。

 

「……その為だけに、命賭けて雪山を歩いて来たんですか?」

 女性は怒る気力も失せたように脱力している。

 

「うん、だって、一人しかいない娘でしょう? 挨拶される機会も一生に一度なんだろうなぁと思って」

 

 呆れた彼女は、額に手を当てながら、湯を沸かす為の雪を取りに行った。

 

 女性が居なくなってから、カワセミはうつ伏せたままポツンと言った。

「……巫女は、幸せだったよ」

 

 ツバクロは暖炉の前で膝を抱えたまま、少し揺れた。

「随分な自信だな」

 

「うん、心で繋がっていたから。巫女が幸せか不幸かなんてすぐ分かった」

「あ、あぁ……」

「でも巫女が、不安で不幸な心を芽生えさせたら……夢の中でボクが引っ張り上げられない位に沈んでしまったら……終わらせたよ」

「何を?」

「巫女にあの生活を辞めさせた。あの時ボクに出来た全力を使って」

 

「…………」

 

 

 

「それをユユに当てはめてはいけないですよ」

 

 振り向くと、神殿の守り人が雪を詰めた桶を下げて立っていた。

「ユユが不幸だと思ったら、終わらせないで、一緒に幸せになれるよう、努力して下さい。今の貴方はあの頃と違って、沢山の事が出来るんですから」

 

「……はい……」

 カワセミはいつの間に正座して、殊勝に肩を竦めている。

 

「それからこんな猪突猛進も、これ限りにして下さい。個人的には貴方のそういうの、とても好きだけれど、母親としてはお仕置きモノですよ」

 さっきのウォッカの小瓶をちらつかせて水色の妖精を見据える。

「……はい……」

 

 ツバクロは目をパチクリさせた。

 フィフィの言った通りだ、自分の心配事なぞ、鼻息一つで吹き飛ばされてしまった。

 

「さあ、分かったら少し休みましょうね。これで手足の先まで暖まる筈です」

 女性は今度はウォッカを三滴お茶に落として、母親がミルクを与えるような表情でカワセミに渡した。

 

(敵わないな、ホントに……)

 

 

 

 

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