春待つ羽色のおはなし   作:西風 そら

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サンピラー~ダイヤモンドダスト~・Ⅳ

  

 

 

 カワセミが赤ん坊のようにオヤスミ五秒で落ち、ツバクロは妻と並んで暖炉の前の敷物に座る。

 外の雪風の音と暖炉のはぜる音を聞いていると、この神殿に来始めた頃のような気分になった。

 

「貴方……反対だったのですか?」

 妻がポツリと言った。

「い、いや、別に……」

「貴方の気持ちも確かめず、浮かれて晴れ着なんて送って、すみません」

 言いながら肩が沈んで、本当にガッカリした感じだ。

 

「君、浮かれていたの?」

「勿論よ、どうして?」

「どうして……って、こっちが聞きたいよ。だって、これだよっ!」

 ツバクロは、毛皮に埋もれてふにゃふにゃ言っている水色ミノムシを指した。

 

「声が大きいですよ」

「ふにゃふにゃ言っている時は、君の究極呪文(メギド)でだって起きないよ」

「…………」

 

 また、暖炉と風の音だけになる。

 

「だって……」

 妻が切り出す。

「あのユユよ。我が儘で気紛れで自分勝手でエキセントリックな風船娘。あんな娘を好いてくれる殿方なんて、この地上にどれだけ居るというのです」

 

「ぇ……」

 ツバクロはただ盲目的に娘を溺愛してた自分に気付いて、急に不安になった。

 ユユって客観的に見たら、そんなにアレなお嬢さんなのか?

 

「あの子の伴侶が務まるヒトなんて……そう、それこそ、この山に徒歩で登る位の忍耐がないと」

「…………」

 

 カワセミはうにゃうにゃと寝返りをうつ。

 妻はお茶のお代わりを入れに立った。

 ツバクロは一人、暖炉の火を眺めながら、反省した。

 客観的に物を見ていなかったのは、自分の方だったんだな。

 

「ねぇ、昔、私が胸にかけていたペンダント、覚えています?」

 今度は甘い香りの茶葉に替え、妻はカップを運んで隣に座った。

 

「ああ、覚えている。大昔、白い森でカワセミに、『運気が上がる』って貰った石だろ?」

 

 当時のツバクロは、彼女が他の男性に貰った物を肌身離さず身につけているのが、ちょっと複雑だった。

 

「あれね」

 妻は胸に指を当てて、もう無いペンダントの跡を探った。

「あの頃、貴方がちょくちょく神殿を訪ねて下すったでしょう? 貴方が近くまで来ると、石が光って震えて教えてくれたんですよ」

 

「ええっ!?」

 ツバクロはお茶のカップをひっくり返しそうになった。

 

「小さく可愛くフルフルと。だからいつも外に出て、貴方が降りて来るのを迎える事が出来たわ」

「は……ぁ……」

 知らなかった、初耳だ……

 

「不思議に思っていたらね、兄様が笑いながら教えてくれたの。『カワセミは石の効能をフィーリングで決めるから、時々核心からズレる』って。あの石、本当は、『自分の運命のヒトに巡り逢える石』だったんですって」

「え? えぇえっ!!」

 

 ツバクロは今度こそカップをひっくり返した。

 えっ? 自分の決死のプロポーズを妙にあっさり受けてくれたのも、その石のお陰・・?

 

「勿論、石だけの力じゃないですよ」

 こぼれたお茶を拭きながら、彼女はツバクロの心持ちを見透かすように言った。

「ここで独りになってからなのです、石が震えるようになったのは。貴方の、私を心配する真心が石に伝わったのだと、私は思っていたいのですが……乙女チック過ぎるでしょうか?」

 妻は照れ臭そうに微笑み、ツバクロはブンブンと首を振った。

 

「だからユユにも、貴方のような方に巡り逢えますようにって、あの石の半身をあげたの。そうしたら、里へ降りた翌日にもう震えて光ったって言うじゃない。ビックリしたわ」

 

「き、君は……そんな昔っから心の準備が出来ていたのか。僕にも話して置いてくれれば良かったのに」

 ツバクロは初めて聞く話に狐に摘ままれた思いだった。

 

「あら、運命は石一つに左右される物ではないでしょう? ユユにも運気が上がる石だとしか教えていない。下手に教えては意識してダメになってしまうじゃない。こういうのってね、占いとか、おまじないの類いと一緒。他愛もない、心の寄っ掛かりなの」

 

 

 

 

 エントランスでけたたましい音がした。

 厩舎代わりのホールで、草の馬の興奮したいななきが響く。

 慌ただしい足音と共に飛び込んで来たのは、空色の巻き毛を振り乱したユユだった。

 

「お父様!! カ、カ、カワセミ様は・・!?」

 

 ツバクロが指差すより先に毛皮の中の水色を見つけ、ユユは足をもつれさせながら駆け寄った。

「あ・あ・あ・・・良かった、良かったあ・・」

 

 娘の前髪と睫毛は、凍り付いてつららになっていた。

 

 

   ***

 

 

「一人で来たのか?」

 ツバクロは居間の入り口を見ながら聞いた。

 てっきり後ろから大長が着いて来る物だと思っていた。

 

「えと……」

 ユユは興奮した表情のまま答えた。

「夕方から急の仕事で、大長様もノスリ長も出払って、一人で留守番していたの。そしたらフィフィ母さんが飛び込んで来て……何も考えられなくて夢中で……一人で、来ちゃったんだ……」

 ユユはだんだん自分のやった事を自覚して来た。

 

「ごめんなさい……」

 

 エキセントリックな風船娘……確かにそうだわ。

 ツバクロは改めて納得した。

 

 

「ふにゃあ……」

 こんなに大騒ぎをしてもまだ熟睡してるカワセミが、寝返りをうってクッションからずり落ち、ユユはその頭を膝で受け止めた。

 

「重いだろ、頭って」

「そうでもないわ」

 

 心一杯でカワセミを眺める娘を置いて、ツバクロと妻は連れ出って玄関ホールへ移動した。

 

 ユユの馬は、飛ンデヤッタゼ、偉イダロ! という顔で、誇らしげに鼻を鳴らしている。

 二人で鞍を降ろして労ってやる。

 

「僕は里へ戻るよ。カワセミの無事を知らせなきゃ。このままだと大長も心配して来ちゃうだろうし、これ以上執務室に穴を開けたらノスリが胃に穴を開けてぶっ倒れる」

 

「そう、では皆様に宜しく。あ、次に来られる時は、お酒を調達して来て下さいな」

 

「この間、ダースで持って来なかったっけ?」

 

「氷蝙蝠(コオリコウモリ)達にお礼にあげてしまったのです」

 

「分かった。……そうだな、君の好きな、西方の泡の立つ葡萄酒を調達して来るよ。それで二人で乾杯しよう」

 

 妻はニッコリ微笑んだ。

 

 帰り際、もう一度、暖炉の居間を覗く。

 ユユはオレンジの炎に照らされて、さっきと同じ位置で、じっとカワセミの頭を支えている。

 

 デジャヴな感覚に襲われた。

 大昔、灌木の茂みから、まったく同じ絵を見た記憶がある……

 

 

 

 

 

 ツバクロが草原の上空まで来た所で、やはり大長と行き合った。

 カワセミの無事を伝えると、ホッと安堵の顔をした。

 

 

 里に小さな灯りが見える。

 執務室でノスリとフィフィが、心配な夜を明かしているんだろう。

 

「大長、先に戻って貰えますか。ちょっと寄る所があります」

 

 大長は黙って頷いて、馬を別って、里へ降りて行った。

 

 

 冬枯れのハイマツの丘で、ツバクロは膝まづいて、並んで置かれた二つの玉石に手を添える。

「君の尊厳を傷付けてしまった。すまなかった、いつだって君は幸福だった。分かっていたのに……」

 

 

 執務室に戻ると、ノスリとフィフィは帰宅していて、大長が一人、大机で書類に目を通していた。

「みんなで仕事に穴を開けまくって。明日はてんてこ舞いですよ」

「カワセミの分も僕がやります」

「皆で分け合いましょう」

 

 二人で黙々と、明日の仕事の段取りをする。

 

「そいえば、あの石、凄いですよね」

「はい?」

「『運命のヒトに巡り逢える石』って奴。ほら、薄ピンクの、平たい……」

 

「……??……ああ、はいはい、ありましたね、そういうの」

 大長は思い出したように手を叩いた。

 

「凄いですよね、里の女の子達が目の色を変えて欲しがりそうだ」

「あれね、出鱈目です」

「……は?」

「ある訳ないじゃないですか、そんな都合のいいモノ。あったら私が欲しいです」

 大長はすまして書類をトントンと揃えた。

 

「嘘、ですか? なんで??」

「あの子がなかなか煮えきりませんでしたからね。あと一押しが必要かなぁと思って」

「…………」

「余計なお節介だったですか?」

「……いえ、恩に着ます」

 

 拍子抜けするツバクロを見つめながら、大長はにこやかに続けた。

「あながち嘘でもないんですよ。あの石はカワセミが祈りを込めていましたから。愛情とか慈しみとか、そういうモノに反応するんです。『運命のヒト』かどうかは、結局自分で決めるんですよ」

 

「……そうですね」

 

 

 

 

 

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