突然ですが、問題です。私モブコの苦手なトレーニングはなんでしょう?
…坂路トレーニング?ああそれも確かに苦手です。登りはきついし、なにより悲しいのは私の体質的なせいか何回やっても大して坂は上達しないことです。初期より多少はマシにはなりましたが、所詮多少マシになった程度なんで。でもそれは一番じゃない。
…じゃあ何かなって思うじゃないですか?それより苦手なのはですね、初対面の方との併走です。
全体練習はね、ペアストレッチとかない限りは基本いつものように透明ウマ娘になってればね、終わるんで。これはまあまだいいんですよ。
初対面の子と一対一とかどう振舞っていいかわかんなくないですか?これコミュ障あるあるってネットで見たんですけど、この学園陽の者が多いからわかんないかな皆。
なんて自分でクイズ出して脳内でふざけないとやってられないレベルの状況に今私はいます。
事の発端はある日食堂で私のトレーナーさんとお昼を食べていた時の事。
「モブコさ、急にはなるんだけど…明後日併走トレーニングを養成学校の同期から頼まれたんだよね。」
いつになく神妙な面持ちでトレーナーさんはそう尋ねてきた。
「その、同期の方が担当している子と…ですか?」
「うん。元はマイル中距離主戦の子なんだけどね、どうやら今度短距離重賞に挑むらしくて…でもなかなか併走相手が見つからなかったみたいで。それでよかったら相手してくれないかって担当の子と二人で私を訪ねてきて、頼まれたの。」
「それは、大変ですね…初対面の方相手に気後れしないかと言われれば嘘にはなりますが、私でよければお相手になります。…ただ、お相手のお名前と戦績くらいは予め知っておきたいのですが…その方のお名前はなんと?」
そう言った瞬間トレーナーさんの顔が少しだけひきつった。もしかして重賞で名のある子相手だから私がますます緊張しないか心配しているのか?と悠長な事を私は考えていた。__その子の名を聞くまでは。
「…ア」
「…ア?」
「…ア、アグネス、デジタルって子なんだけど…モブコ、本当に併走受けてくれる?」
「…へ?」
予想だにしなかった大物の名を告げられ、思わず私はウォーターサーバーから汲んできた水を入れた紙コップを落とし、水を床に零した。
「…アグネスデジタルさんってあの、天皇賞秋の?マイルチャンピオンシップの?南部杯の?香港カップの?」
零した水を拭いてから改めてトレーナーさんに尋ねた。
アグネスデジタル__ 国内外数多くのレース場で走り、芝・ダートを問わず、中央、地方、香港でGI3連勝を遂げるといった競走生活から、「オールラウンダー」の異名を持つ凄腕ウマ娘だ。短距離での成績は確かクリスタルカップでの3着くらいしか聞いた事はないが、あの時に比べると彼女自身の実力も上がっている。そう侮る事など出来ない。
「そう、そのアグネスデジタルさん。」
「…な、なぜ…なぜ久しぶりの短距離で私のような格下と併走を?」
「いや、本当にスプリンターの併走相手が見つからなくて困ってたらしくて…。皆手の内明かしたくないのか、都合つかないか、併走相手が他にいるのか…よく私もわかんないんだけどね…あ、でもなんかデジタルさんはモブコの事知ってる口振りだったよ。」
「知ってる、というか…SNSとかは相互フォローですし、いいねもしてくれますけど…あの子ウマ娘ファンだから皆とそうですよ。…あ、でも。」
「でも?」
「…ウイニングライブの客席前列とか、レース場の観客席前列で割と見かけますね。オープン戦とかでもいるんですよあの子。こないだのルミエールオータムダッシュのウイニングライブにもいましたし。」
アレはちょっとびっくりしたな。わざわざ新潟まで。
「…あ、そういえば。って事はやっぱデジタルさんシンプルにモブコのファンなんじゃない?」
「…彼女ちょっとDDっぽいですけどね、ありがたい話です。…ところで、そのデジタルさんの出走予定の短距離レースってなんなんですか?」
「高松宮記念だって。」
あ、やっぱりGⅠなんだ。でも結構先。まあ準備は早い方がいいのかな。
「…距離とバ場適性の広い方とは存じ上げてはいますが…チャレンジ精神の塊なんですかね?」
「いや、本当どういうローテーション?ってかんじだよね…。」
そんなやりとりをしつつOKを出し、今日土曜、併走トレーニング当日の朝を迎えた。
緊張する。トコトコさんは…もう朝練行ったんだった!どうしよう、この行き場の無い気持ちどこへやろう。いや、落ち着け落ち着け。
彼女も併走相手が見つからず困っていたのは事実みたいだし、正直気後れはするけど、格下なりの力は尽くさなくちゃ失礼だろう。
__そんな弱気な感じに既になりつつ私は身支度を始めた。
冴えない私だが、これでも多少はマシに見える程度のスクールメイクみたいなのはほぼ毎日している。同室のトコトコさんがプチプラコスメ好きな影響もあるし、なによりせっかくお化粧がOKな学校にいるんだったら、ウマ娘なのにとても美人とは思えない顔を少しはどうにかして人前にいたかったから。
ジャージに着替えてから鏡台の前に座る。…鏡を見る度思う事だが、ただでさえ不細工なのに朝は気だるさで特に無愛想で嫌な顔つきをしているのが本当に醜くて嫌になる。低血圧故いつも眠そうに見えてしまうのはもう仕方ないのだが。
二重幅が生まれつきあるのと色が病的なまでに白いのがかろうじての救いだ。私は他の体の部位にはろくに肉がつかないクセして瞼だけは他人より脂肪が少し厚いから、これで一重ならもっと悲惨だっただろう。一重で可愛い子もいるが、そういう子は大抵皆瞼の脂肪が薄いから。それに色白は七難を隠すとか言うらしいし。…いや、私は隠せてないか。
…これがトウカイテイオーさんやメジロマックイーンさんみたいな顔なら、いつ鏡を見たって可愛らしく思えるんだろうな、なんて惨めったらしく考えてしまう。実際私の素材からあのレベルの顔に整形するのって何千万かかるんだろ。顔にメスをいれるのはなんとなく怖いから多分する事は無いだろうけど、ちょっと気になる。
大きいクリップヘアピンをして前髪をどけて、ハトムギの化粧水を手のひらに出して顔に塗る。
そしたら化粧下地替わりになるラベンダー色の日焼け止めも顔に薄く伸ばす。この日焼け止めはトーンアップ作用が少しある物で、沢山塗りすぎると白くなり過ぎるから薄く伸ばして塗る。
日焼け止めはさっき腕や脚、首元にもしっかり塗った。そうしないと弱い私の肌はすぐ日差しで赤くなってしまう。夏なんかは特に。
次にライトベージュのフェイスパウダーを軽く顔に叩く。プチプラのフェイスパウダーの割にカバー力があると巷で話題の物を使っているから、肌はこれでだいぶ青白い不健康さや素肌の粗が隠せてる…はず。
この間線香花火の時エアグルーヴ先輩に「顔色は未だに少し悪い。」って言われたからもしかしたら下地はもう少し白くなりすぎない物の方がいいのかもしれない。それともフェイスパウダーが薄づきなんだろうか?
でもひとまずはまともな肌にはなっているからベースメイクはよしとしよう。ちゃんとしたファンデーションの方がカバー力は強いらしいが、しっかりしたクレンジングが面倒くさいし、何よりブスが厚化粧で素肌を隠そうとしていると周りに思われたら嫌なので、いまいち買う気になれない。
次はアイシャドウパレットを開いて、白っぽいベージュのアイシャドウを付属のチップで上瞼と涙袋に広げる。アイシャドウはラメやパールの入った物は私には華やかすぎる感じがするので使ったことがない。専らマットなアイシャドウを使っている。
締め色は薄いブラウンを目尻と下瞼の目尻際にいれて、影をつけて心做しかタレ目に見える程度の感じにする。濃い締め色を上瞼際全体に描くのは派手になりすぎるし、アイラインも過度に華やかな仕上がりにならないよう引かない。
涙袋にはさらに白のアイシャドウを重ね塗りして膨張してるように見せて、付属チップについている細い斜めカットのブラシでまた薄いブラウンをとって涙袋の影を描き足し、少し指でぼかす。これでなんとなく目を少し柔らかい雰囲気にして、大きく見せることが出来る。いくらか自分の顔の嫌な感じが和らぐので私の精神衛生も少しマシになる。
それからさらにグレーのアイブロウパウダーを小さな付属ブラシでちょっととって、眉毛の端に少しだけ書き足す。あまり過度に書くと変になってしまうから飽くまでナチュラルな眉を保ってちょっと色を足す感じで。私は前髪が重めなので眉を人前で出す事はあまりないのだが、風か何かで眉が野晒しにされる可能性も0ではないし、アイメイクと一緒に多少は眉も描くべきかなと私は思う。
まつげも忘れちゃいけない。カールキープ力のあるクリアマスカラ下地を上まつげに塗って少し乾かしたら、ビューラーで上げて、ウォータープルーフの黒マスカラをまつげの先に少し足すイメージでサッと塗る。まつげを太く見せるタイプよりセパレートタイプのマスカラがナチュラルに長さを少し足すには良い気がする。下まつげには派手になりすぎるから塗らない。
私は他の子より上まつげが下がり気味なのがコンプレックスなので、この行程は欠かせない。見苦しい目元の暗い感じを払拭するのに睫毛をあげるのは不可欠な事だから。これで少しは可愛げのある目元になる。…レース賞金がまあまあの割合で生徒の手元に入るからお金は貯まってきているし、まつげパーマに今度勇気をだして行ってみたら少しはスッピンもマシに見えるだろうか?
そんな事を考えながら最後の仕上げに入る。
ピンクベージュのクレヨンリップをポーチから取り出す。トコトコさんと同じブランドを色違いで買った物だ。彼女が買ったのはたしかオレンジだったかな。
ひと塗りだけして唇に馴染ませる。血色があまりない唇がほんのりピンクベージュになった。はっきりしたピンク色やオレンジ、赤のリップも可愛いが、どうも私には目立つように見えて敬遠してしまう。
最後にメイク崩れ防止スプレーの容器を振って、5プッシュ程顔に掛ける。トレーニングで汗をかいて素顔に戻ってしまったら元も子もないから、キープ力が強いと話題の物を購入した。
だが夏合宿で体調を崩して気が滅入り、ゴルシさんの前で泣いてしまった時の涙にこのスプレーは耐えられなかったみたいで、本当に酷い事になった。幸いマスカラはウォータープルーフだしちょっとしか付けてなかったから無事だったが、涙袋のメイクや頬あたりのベースメイクはぐしゃぐしゃで、冷静に戻った後それをトレーナーさんとゴルシさんに指摘されて少し直しに行かなければいけなかった。あれは恥ずかしかった。まああれだけ人の肩で泣いたらキープは無理か。何よりゴルシさんのジャージの肩口を少し汚してしまったので謝り倒す他なかった覚えがある(彼女は笑って許してくれたが)。
ヘアピンをとって前髪を手櫛で整えると、二十分くらいの軽い化粧が終わった。鏡を改めて見ると、オールプチプラコスメで派手すぎない程度にマシになった私の顔がそこにはある。下の下から下の中くらいにはなったような気がする、そんな顔。
こんな感じでゴルシさんのような美人と並んでもなんとか見られるくらいに、毎朝顔をマシなものに取り繕っている。
…でもやっぱり心做しか嫌な目付きに見えてしまうのは残念だ。瞼の脂肪を取る整形手術もあるが、前に手術映像を動画サイトで見てから少し怖気付いてしまった。麻酔をするとわかっていてもあれは怖い。
「…そろそろ行こう。」
暗い事ばかり考えていると本当に駄目になりそうだ。少し早いがもうコースに行こう。そう思った私はスポーツバッグを持って寮を出た。
モブコのヒミツ⑦
長生きにはあんまり興味が無い派らしい。
拙者自己肯定感の低い少女が自分の顔に嫌気さしつつ化粧や身支度するシーン大好き侍故に前置きが長くなった。すいません。
史実デジたんの芝短距離成績はマイルに比べると良くない感じしますが(多分それでアプリの適性F)、母方の血筋かもしれませんが短距離走る産駒いるしとりあえず話の糸口こんな感じになりました。因果律勝手に捻じ曲げてすまないデジたん。
後編はウマ娘ちゃん大好きウマ娘が場を明るくしてくれるからなモブコ。
併走トレーニング回でモブコと併走して絡んで欲しいウマ娘は?
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アグネスデジタル
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ナイスネイチャ
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ハルウララ