「学級日誌まだ書き終わらないのか〜?ゴルシちゃんマンドリン弾きにいきたーい。」
「…同じ日直として黒板を一緒に消してくれたりしたのはありがたかったですが、こういうのは私が書かなきゃ、あなたはろくなこと書かないんだから。…というかまずトレーナーさんのところ行きましょうよ、マンドリンの前に。」
「フラッシュほどじゃねぇけど、お前も大概真面目だよな〜。」
「…そりゃあなたよりはね。」
今私とゴルシさんは、私達以外誰もいない教室で日直の日誌を書くため残っている。ふざけたことを書かれると困るので日誌はいつも私の仕事だ。
「…もう。」
「あ、お前ま〜た爪噛んでんじゃん。」
「…あ。」
日誌も書き終わりそうだった時、またなんとなくやってしまった。昔からついやってしまう、この噛みグセ。最近タイムが思ったように縮まなかったのが原因だろうか。ストレスが少し溜まるとぼんやりしている時に、いい歳して、こんな事をしてしまうのは本当に自分でも何だかなとは思う。
「…トレーナーさんにも、やんわり辞めた方がいいとは言われるんですよね。でもつい癖で口元に…。」
「心当たりないのか?」
「…えっと。…最近タイムがちょっと…。」
「…なるほどなー、まああんま根詰めすぎんな…あ。」
「…どうしたんですか?」
椅子を引き摺ってゴルシさんが急に私に近づいてくる。
「…傷痕、パーカーの隙間から見えてるぞ。」
「…え、あ…見えます?」
「いや多分…他のヤツは気づいてないと思うけど…。」
右腕をつかんで、服の袖を少し捲ってその痕を確認してくる。まだトレセン学園に入る前。一度だけ魔が差して自分でつけた、手首辺りにある、二本線の傷痕。
昔の私は俗に言ういじめられっ子…だったのだろうか。ウマ娘も割といる小学校の中で、陰気くさい上に目つきもどこか悪い痩せたウマ娘。好かれるタイプでは無い自覚はあった。でも自覚していても面と向かってブスと罵られたり、露骨に関わりたくない態度を取られるのはやっぱり堪える。
だから学校は苦手だった。家族といない時の外での憩いの場は、母の学生時代の友人のツテで入った小さなレース教室、温厚な女の先生がやっている個人経営の小さいピアノ教室、図書館…それくらいだった。
そんな中でネットでなんとなく、自傷は気晴らしになると言う書き込み見て、魔が差した。親がいない日を見計らって、カッターでこっそり、二箇所切った。
でも、私にはその行為は大した気晴らしにならなかった。そういう事で気が落ち着く人も居る。でも私にはその傷は、自分が惨めな存在だという証明にしか見えなくて、いっそう気が重くなって、ただただ痛かった。自分で切ったくせに、涙ぐみながら暗い自分の部屋で手当てをした。
その当時からパーカーはいつものように着ていたし、お風呂も一人で入るようになっていた年齢だったから、親にもバレない内に古傷にはなった。未だに痕は残っているから、寮の大浴場などで変に勘ぐられないかどうかは…なるべく人が少ない時に入るタイプとはいえちょっと不安だけど。
「ちょっと、もう古傷なんですからそんな見なくても大丈夫ですよ…この間お風呂一緒に入った時は大して気にしてなかったじゃないですか…誰か入ってきたらどうするんですか?」
どういう気持ちでこんな黒歴史の塊みたいな、汚い痕を今見たがったのか分からないけど。
さっきから右腕を掴んだまま傷痕を見ながら時折、親指でその痕を優しく撫でてくるから、だんだん恥ずかしくなってきた。なぜかたまにこうやってこの痕を確認したがるんだ、この子は。
「もう皆トレーニングとか行ってるだろ。…それに、誰か入ってきてもアタシはお前と違ってこういう時の誤魔化しは上手いからな。」
そういってブライトピンクの綺麗な瞳が私をじっと見つめてくる。前にも何度かこういう機会はあったけど、この子にいつもより静かな感じで見つめられるのはなんだか慣れない。私の目はこの子みたいに澄んだ綺麗な目じゃないし…気恥ずかしさと、自分の大して可愛くもない顔を綺麗なこの子にまじまじ見られる醜い自己嫌悪と、ちょっとの優越感と、優越感を感じてる自分の浅ましさに対する嫌気が心の中で混ざりあって、頭がちょっとふわふわしてくるから。
「…ちょっとそんな、まじまじ見ないでくださいよ。」
「また不細工だからとかいう理由か?」
「…はい。」
「別にそうでもなくね?普通に前から可愛いだろ。」
デジャヴだ。前にも似たようなやりとりをした。その時はいつもの口八丁かおふざけの流れで言ったのかと思って、思わず大人げなく私は私の自分の顔の嫌な所を並べ立てたけど、この子は
『だから?別に他人にお前がブスとかそんな事言われる筋合い自体そもそも無いし、アタシはそう思わないからそうは言わない。』とだけ返してきた。
だから?ってなんだ。だからって。この子はお世辞で何か言えるタイプじゃないのは知ってるから分かる。この前も今も、本心で私に今、普通に可愛いって言ってる。…顔が少し熱くなって、まだ頭がどこかふわふわする。心が少し楽になるけど、同時に嬉しさと自分の可愛くない隠れメンヘラじみた嫌な所に対する自己嫌悪も心にふつふつと表れて、ぐちゃぐちゃな気持ちにもなる。ここで素直に嬉しがれる自尊心を持ち合わせていないのがまた申し訳ない。…駄目だ。話戻そう。
「…それは、あ、ありがとうございます…話戻しますけど、ゴルシさん私が誤魔化したり嘘つくの下手って思ってるんですか?」
「下手だろ。」
「…。」
実際ゴルシさんにこの傷を初めて見られてしまった時も誤魔化しきれなかったのでぐうの音もでない。トコトコさんには昔のうっかりで誤魔化せたが、この子には直球でそれは自分で切ったのか、と問われたから。…いや、この位置にある傷に対してうっかり出来たと弁明して普通の顔で納得したトコトコさんが単純過ぎるのかもしれないけど。
「まあでも、この位置にピンポイントである傷がうっかりできたとか、猫の引っ掻き傷とかいうのは…ちょっと無理あるだろ。お前の実家猫飼ってないし、どう見てもカッターとかでスパっと切った傷だし。これをうっかりで通せるの、ぶっちゃけジョーダンとかお前の同室くらいだよ。…というかこれ見つけて聞いた時のお前の態度あからさまに動揺してたからもう誤魔化しようが無かったろ。」
…それはジョーダンさんとトコトコさんに失礼な物言いじゃ…。
「…そりゃあんな直球に聞かれたら…。」
「いや腕のあんなとこに傷があったら聞くよ、そりゃ。」
あの時は本当にヒヤッとした。軽蔑されてもう二度と口すら聞いて貰えないかもとすら思った。でも事の経緯を聞いたあとに、『…まあ昔の一回きりのやつならひとまずは安心だけど、また本当にどうしようもなくむしゃくしゃしたり、嫌なことがあったらさ。こういう事する前に、アタシでもトレーナーでも、信頼できる誰かに言えよ。』と返されたので拍子抜けした記憶がある。
「…お前のトレーナーは知ってるんだったよな。」
「ええ、まあ。常習じゃないならひとまずは…みたいな感じで…貴方と似たような反応でしたよ。」
公式戦に出る時は万が一傷痕が見えるとまずいので、いつものパーカーを着た上ファンデーションテープで痕を隠している。そこら辺はトレーナーさんと事情を共有出来ていた方が融通が効く事だし、トレーナーさんに早々からバレたのはまあ結果オーライかなとは思ってる。…ご心配はおかけしたけど。
「あ、そういやこれフジキセキにはバレたりした事ないのか?たまに絡みあるだろ、アイツと。」
「…一回手を洗う時に見られちゃって、…その時は適当に濁したんですけど、なんか腑に落ちない顔ちょっとしてたような…その後も何回か寮長に今見えちゃったかなって時もあって、お風呂とか手洗い場とかで、たまたま会った時…でも特に傷痕については最初の時以外聞かれなくて…。」
フジ寮長に最初見られた時もまた一段と気まずかった。思い出しただけであの気まずさが脳裏に甦って、フジ先輩はこの場にいないのに思わず、話しながら膝を見るように俯いてしまう。
「それ事情は薄々察してたけど、古傷だったからひとまず様子見にしよってなっただけじゃね?」
「…そうかも、しれません。」
良い人達に心配ばかりかけてしまってるのが申し訳ない。本当に。
「あ、おい。変な気回すなよ。」
「え、あ。えっと、すいません。」
「ホント、変に思い詰められる方が却ってまた心配なんだからな〜こっちは。」
「…すいません。」
「あ、や、そんな顔すんなって。…なあ、お前、勝手にどっか行ったりすんなよ。」
「…なんですか急に。いつになく真剣な顔になって。」
ゴルシさんは私の服の袖を戻すと、また顔を覗き込んで目を合わせようとしてくる。真面目なトーンで話しながら。
「約束だからな、100年後暇なら一緒に宇宙行くってアタシら約束してんだからよ。」
「…そんな約束してないでしょ。っていうか…そんな先まで私、生きてないと思います。」
「じゃあ今約束する。」
「話聞いてます?」
急に立ち上がってゴルシさんは小指を差し出してきた。なに、え、指切りしろと?やっぱりふざけだした?
「えぇ…。」
「ほら。」
しょうがないからひとまず指切りしてあげよう。私もおずおずと立ち上がって、小指を絡めてあげる。
「…ホント子供みたいな人ですね、あなた。」
「いーじゃん別に。…はい、ゆーびきーりげーんまーん嘘ついたらお前のシャーペン全部分解するー。ゆーびきった。」
「…約束破った時の制裁、だいぶマイルドにしましたね…。」
ふざけだしたのかなこれ。…おかしな人。わざわざこんな事私なんぞのために。
「はーいそれからゴルシちゃんボーナスターイム。」
「…え?なに、急に、え?」
指切りをしてきたと思ったら今度は急に私の腕を引いて、私を抱きしめてきた。誰もいない教室でこんな事してるのは恥ずかしいけど、私の力でこの子のこれを振り切るのはちょっと無理だ。
「ちょっと、本当いつにも増して急ですよ今日、色々と。」
「別にお前とアタシの仲なんだからさぁ、いいじゃん。」
「…どんな仲ですか…。」
「…本当に約束したからな。」
ふざけた口調がまた真剣な感じになった。背中に腕を回されて、彼女の大きい右手は私の頭を抱えるように後ろ手に回されている。反射的に体が固まる。…私も腕を回して応えるべきなのかもしれない。でも、なんだか自分は分不相応なものに今恵まれているようで、こうして抱きしめられている事自体ダメな気がしてきてしまって落ち着かない。私の手が宙に浮いてる。どうしたらいいのかわからない。
「ちゃんと、ちゃんとここにいろよ。勝手にいなくなるなよ。」
真剣な言葉をゴルシさんは続けた。子供に言い聞かせるみたいな、穏やかだけどはっきりした口調で。まるで私が迷子だったみたいな口振りで。
今は抱きしめられているから表情は見えないけれど、もしかして私はこの子を不安にさせてしまったんだろうか。
「…わかりましたよ。」
あまりに一方的だったはずの約束への念押しに、私はそう応えた。なぜかそう、応えてしまった。その内この抱擁に応えずにいるのもなんだか不誠実な気がしてきて、宙を舞っていた手をゴルシさんの肩口にそっと着地させて、控えめに彼女の制服を握りしめた。
そしてしばらく、ゴルシさんは私を抱きしめる腕を緩めなかった。
「……あの、日誌、あと名前書くだけなんで、そろそろ離してもらっても…。」
「…お前さ…いやまあ、分かったよ。名前くらいはアタシも自分で書かせてくれよ。」
モブコとゴルシのヒミツ⑤
天皇賞春後、脚が少し痛いというゴルシを心配しモブコとゴルシのトレーナー二人がかりで嫌がるゴルシを病院に連れて行ったところ筋肉痛で拍子抜けしたらしい。
くそっ、やっちまった…ウマ娘は光属性キャラ多数のスポーツ青春ジャンルのはずなのに…私は…二次創作界隈でもなかなか見ねぇ、千直がやたら走れるが、生々しい暗い過去持ちの自己肯定感底辺闇属性根暗虚弱薄幸ウマ娘とかいうアクが強いオリウマ娘を錬成しちまった…己の性癖に逆らえねぇド三流物書きですまねぇ…
でもこれだけは分かってくれ…私はなんやかんやそういう子が幸せになる話が性癖なんだ…モブコも光属性側の素質はあるんだ…それは誓って真実なんだ…俺達のゴルシを信じろ…。
モブコのトレーナーやる人は指導能力以外にも色んなフォロー力ないとキツイなこれと思いながら書いてました。つまり今モブコのトレーナーやってる鈴木さんすごいなと自分で書いてて思った。自分で書いといて。
あとゴルシが思ってる通りフジ寮長は傷が自傷痕なの薄々気付いてる。多分お風呂で会ったのも偶然じゃなくて傷が増えてないかさりげなく見ておきたくて一緒に入ってきた時もあった。
今回我ながらフルスロットルで重バ場にしちゃったから、次回はハッピーハロウィン回です。
併走トレーニング回でモブコと併走して絡んで欲しいウマ娘は?
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