過去編なのも相まってモブコさんいつにも増して悲壮感漂う女になってしまいました。後若干実名馬モチーフの同じ名前同じくらいのスペックのウマ娘が名前だけ出てきます。
しがない新人トレーナーだった私、鈴木はなこが彼女に初めて出会ったのはとある芝1200の18人立て選抜レースの視察の際の事だった。
担当の子をそろそろ決めねばとは思いつつ、いまいち決めあぐねていた中で、同期に誘われてやって来た視察だった。
そのレースでの勝者はロードカナロアという後にスプリンターとして大成する少女で、2着と6バ身差で勝利した彼女には多くのトレーナーがスカウトに集まっていた。
他の敗退したウマ娘にも声をかける者がいなかった訳では無いが、2着の子に一人声をかけに行っていたくらいで、他の子はもう声はかけられないと悟りさっさと戻り始めた。__でもただ一人だけ、1着の、沢山のトレーナーに囲まれたロードカナロアを少しの間見つめていたウマ娘がいた。
青毛の、薄手の黒いパーカーを羽織った、前髪が少し長めの7着だったウマ娘。真っ黒なその瞳でじっと人だかりを静かに見つめていたウマ娘。体は、少食なのかとても細くて色もとても白い。でも走りは決して悪くはなかった。ロードカナロアとは大差負けはあったものの、そもそもロードカナロア自体が異常なまでの素質の持ち主だっただけで、彼女の軽快な走りにも勝つ素質自体はあるように見えた。
いや、まず全体的に中央に来ている時点でこのレースを走った子達皆、この学園にいる子達皆素質はあるのだ。楽観的かもしれないが、皆自分にあったトレーナーさえ見つけられればどこかで勝てる力はあるように今回のレースを見ていても思った。__新人の私にはそんな大人数は受け持てないが。
ただ私が見ていた時、彼女がなぜか特に気になったのはやはり最後までロードカナロアを見つめていた事。
その目線は嫉妬__とはどこか違うように見えた。
羨ましく思うがそこにいるヒロインには自分はもうなれないと分かりきっているような、諦観のような目線。でもそれでいて未練がましさも感じる、悲しみや寂しさのような感情も感じる目線。そんな目線で彼女を見つめながら少しの間ターフに残っていたが、周りにどんどんウマ娘がいなくなった様子を見ると、てくてくとその場から去っていった。
その時私は、彼女の事が酷くひっかかった。
「(とか思ってた昨日の内に声かければよかったなぁ、これ。教室にはいないみたいだったし。…こうやって校内ぐるぐるしてるのもタイムロスだし、スカウト交渉したいって事務局に連絡入れに行こうかな?)」
翌日になってもあのウマ娘の事が気になっていた私は、思い切ってまず話をしてみようと彼女のデータを軽く調べて、彼女のモブコという名前や生年月日、身体データまで知った上で教室を尋ねたが、彼女は既に不在だった。
「どうしよう…とりあえずたづなさんのところへ…。」
「迷える旅人よ、この大仙人ゴールドシップ様になにか御用かえ?」
そんなふうに考えていていると、急に芦毛の背が高く、すらっとした綺麗な…変なウマ娘に声をかけられた。
「…え?貴方は…ゴールドシップさん?」
ゴールドシップ。デビュー前から既に活躍を期待されているウマ娘で、トレーナー契約も既にしているらしく、三冠路線でのクラシックGⅠ制覇も夢ではない…と実力面では折り紙付きの一方で、日々生徒会を始めとした様々な方面を数々の奇行で煩わせている問題児と名高い癖ウマ娘。…いや、私がこれから会おうとしてる子も一筋縄で行くタイプではなさそうだけど。
「え、えっと…。」
「お前、モブコのこと探してるトレーナーだろ?」
「え、ええ。」
「アイツ、私のクラスメイト。ダチ。」
「…あ、そういえばクラス名簿に貴方の名前があったような…。」
意外だ。同じクラスとはいえこういう子と仲がいいタイプにはあの子は…パッと見の印象ではあるが、見えなかったから。
「お、そこまでチェックして探しに来てたのか。」
「ま、まあね…。」
「そんなお前にモブコちゃんの友人である大仙人ゴルシ様が助言してやるよ〜。
アイツが休み時間一人でいるところっつーのはだいたい決まっててよ〜、人気のない自販機スポットとか、図書室とか、静かなとこにいんのよ。猫みたいに。…でも今日行ってそうな所はちょっと違ってだな。」
「違って…?」
「アイツ、入学前に何年もピアノ習ってたらしくて、それでたまに一階の小さいピアノ練習室に行って、気晴らしというか…ちょっとした趣味でピアノを弾きに行くんだ。ウチの学校はスポーツ特化だからか、あそこは滅多に人が寄り付かないんだけど、鍵はかかってないから出入りは自由でさ。今日は楽譜ファイルをカバンから出してそそくさと教室出てったから、多分そこにいると思う。」
「あ、そういえばそんな所があったような…。」
日当たりの悪そうな突き当たりに部屋があるなと思って前に通り過ぎた覚えがある。たしかそこには『ピアノ練習室』とあって、お金があるからスポーツの学校でもこういう部屋があるのか、と謎の感心をした覚えが。
「本当はゴルシちゃんほっといて勝手にどっか行くなよ、って今からアタシが突撃しようか考えてたトコなんだけどさあ〜。お前もなんかアイツに興味津々みたいだから、今日は一旦お前に譲るぜ〜。」
おどけたような口調でゴールドシップさんは私にそう言う。ここまでの情報を知っているなら本当に彼女と仲が良いのが窺える。
「ありがとう…ございます、わざわざいそうな場所教えて貰っちゃって…。」
「いやいーってことよ!…アタシもまあさ、アイツの事は気にかけてきたつもりだけど…やっぱアタシ一人でなんでもどうにかって訳にもいかない事もあっから…ちょっとアイツと話してやってよ。」
おどけたような口調から少し真面目な口調になって、やれやれといった感じだがそれが嫌ではないような顔で首の後ろに手をまわしながら、ゴールドシップは私にそう語りかけた。
もしかしたら、風の噂で聞いたより彼女は懐に入れた相手には誠実な子なのかもしれない。
「…本当にありがとう。わかった、ピアノ練習室、行ってみるね。」
「おう、行ってら〜。」
ゴールドシップさんはそうお礼を返して去っていく私に手を振りながら、さっきのおどけた口ぶりに戻ってそう言って私を見送った。
…そういえば、なんで私が探してるのがモブコさんだってあの子は分かったんだ?
「(たしかここら辺…あ、ここだ…確かに誰かピアノ弾いてる)」
一階のピアノ練習室の前へ行くと、扉の先から微かにピアノの音が聞こえる。
耳馴染みのある曲だ。デ○ズニーの白雪姫の挿入歌を弾いている。…たしかこのメロディは、冒頭ボロを着た白雪姫が井戸で歌っているシーンの歌だ。結構可愛らしい曲を弾くんだな。演奏に集中してる中少し悪いなと思いつつ、扉の前で一呼吸置いて、ドアをノックした。
「…はい。」
ノックをすると演奏が止まった。するとそれに応える声と共に扉が開き、やっぱりそこには昨日のあのウマ娘_モブコがいた。
彼女は急な来訪者にびっくりした様子で、戸惑っているようだった。
「あ、あの。この間の選抜レースを見た…一応トレーナーの者なんですが、その…演奏中ごめんなさい。ちょっとお話できますか?」
トレーナーバッジを見せると彼女は私の正体を知り多少安堵はしたようだったが、7着の自分にスカウトをしにわざわざこんな所に来たのかとでもいいたげな不思議そうな顔をしていた。
「…ピアノ、上手なんだね。」
「あ、ありがとう…ございます。小さい時よく見ていた作品の歌で…ピアノは八年ほど教室で習っていて、家でも弾いたりしてたので…ここに入学してからも、たまにここで弾いてて…。」
突然訪ねたこともありやはり緊張気味のようで、二人隣合ってピアノの前のちょうど二つあった椅子に座ったはよいものの、彼女とは全く目が合わない。…そりゃびっくりよね、急に知らないトレーナーがピアノ弾いてる時に急にノックしてきたら。
なんてちょっと反省をしつつ、改めて彼女の方をみる。こうやって間近で改めて見ると本当に線が細い。こんなに細いのに中央入学が出来る程度の力はあるというのだから驚きだ。走りもカナロアがいた事で乱されたものもあったが、悪くない物だった。磨けば間違いなく光るもののある走りだったから、ウマ娘って不思議だ。
肌は白く、顔には少し化粧がしてある。ほんのりピンクベージュになった唇に、ベージュのアイシャドウのついた目元。黒い無地のパーカーのフードと、垂れたセミロングの黒髪が少し俯いた彼女の哀愁を彩る。緩やかにあげられマスカラが少し足されたまつ毛は、物憂げにやや伏せられて揺れている。やっぱり昨日と同じで、どこかこの子は悲しい瞳をしている。可憐でいてどこか憂鬱なオーラを纏ったその風貌は、なんだか古ぼけた西洋人形のような哀しさのあるものに私には見えた。
「あ、あの…お話って。」
「あ、そうね、いくつか話したい事があって…。」
膝に手を置いたままおずおずと彼女はそう尋ねてきて、一瞬だけ彼女の黒く底なし沼のように深い瞳と目があった。
「えっと、まず、ここに来た入学理由とかを、話せる範囲で教えてほしいかな。」
あまりに在りきたりな質問ではあるが、彼女を知るにはまずここからかなと思いそう尋ねた。
「…結構、よくある理由ですよ。母が大井でレースを走るウマ娘だったので、その影響でピアノの他にレース教室に通いだして…あまり楽しくない、私のつまらない身の上話にはなるんですが…その…学校はあんまり好きではなかったので、そういった習い事に没頭してるの方が辛いことが少し忘れられて楽しかったので…。」
「あ、や、ごめんねなんか。やな事急に思い出させて、本当にごめん。」
すかさず頭を下げ私はそう返した。やってしまった。気になってるウマ娘の地雷を初っ端から踏むとか…。
「あ、いや、そんな、大丈夫です。…私がシンプルに人付き合いが下手だっただけの話なので。…その、それで個人で何かやってる方が楽しくて…あと、実家も大井レース場が近くて、当然母の母校の子達もよく走ってるので、それでよく母に連れて行ってもらって見るレースが楽しかったのもあって…。」
膝に置いていた両手でスカートを握りしめながら、辿々しくも彼女は言葉を続ける。なるほど、ご実家が大井の近く。
「大井かあ、私も前に東京大賞典とか見に行ったけど…現地で重賞とか見に行ったことある?」
「JBCシリーズは、時間も昼間ですし…母もスプリントで出走したことがあるので、見た事があります。私とはバ場適性の違う方々のレースとはいえ、やっぱりGⅠレースの空気感って言うのは体験すると良いものですね。」
「たしかに、現地でしか味わえない空気感ってあるよね。」
「そうですよね。私人混みは得意なタイプではないんですけど、レース場に行くのはお母さんやお父さんも一緒だし、毎回楽しみで…。」
そう語る彼女は少しだけ、さっきより柔らかい表情をしていた。もしかして学校生活における人付き合いでの失敗や本人の大人しい性格で見えづらくなっているだけで、根は純粋で真面目な子なのだろうか。
「…貴方もやっぱり走るのは好きなんだね。そうだよね。…あの、それでね、もう一つ聞きたい事があって…。」
「え、あ、はい。…なんでしょう…?」
「昨日の選抜レースの後、一着の子を眺めてたみたいじゃない?その時、貴方は何を考えてたのかなって…。」
「…なんだか、高望みをし過ぎてたのかなって…。」
隣のウマ娘…モブコの表情がまた少し曇って、スカートをまた一層強く握りしめた。
「…また、つまらない私個人の暗い話になっちゃうんですけど…その、元々私、こんな感じなんで、受験する時も合格できる自信もなくて…昔の同級生の子にも『お前なんかが中央で結果残して、誰かに必要とされる訳ない。』って言われるくらいで、本当どうしようもないウマ娘で…でも、受験まで頑張って、入学してからも頑張ろうって思って…こんな私にも親切にしてくれる人達もいて、でも結局私、ああなっちゃって…やっぱり私って、どうしようもなく無価値でダメなやつだったんだって…それで、その…でもやっぱり心のどこかではああいう風に勝ってみたいって、幸せになりたいって思う自分もいて…あの、それで、えっと…。」
矢継ぎ早に焦燥感と憂いの混ざったような表情で彼女は話し続けたが、だんだん頭がごちゃごちゃになってきてしまったようだった。その証拠に声も手も微かに震えている。
「あ、あの大丈夫。貴方の気持ちはちゃんと伝わってるから。…なんかまた嫌なこと思い出させちゃったね。ごめん。」
「…いえ、大丈夫です。私の方こそ気を遣わせてしまってごめんなさい。…本当はもっと割り切って前向きに生きられたらとも思うんです。…でも、やっぱり私…いざ自分と向き合うと性格とか、容姿とか…嫌なところばっかり目に付いちゃって…本当にダメで…。」
彼女は私の言葉でさっきよりは落ち着いたが、やはりどこか悲しげだった。
この子はきっと根はまっすぐなのだろう。だけどあまりにも不器用で、繊細だ。それで他人とも上手くいかなくて、なけなしの自尊心もすり減らし、元々ほとんどなかった自信も欠片もなくなってしまったようだ。
背を少し丸めて、スカートを握りしめ、か細い声で話すその姿があまりにも儚くて、なんだかこの子は放っておいたらその内どこかに消えてしまうのではとすら思う程だった。
「…そんな事、私はないと思う。」
思わず私は彼女の膝の上に置かれていた彼女の手を取った。彼女の手は体温が低いからか、ひんやりしていた。
「…え?」
俯きがちだった顔を上げて、彼女はびっくりしたような顔で私の方を見て、そう呟いた。
「…幸せになる権利も勝つ権利も、きっと皆にあるものだよ。それは、貴方にもある。貴方にも幸せに生きる権利はちゃんとある。あるに決まってる。高望みなんかじゃない。」
彼女に私ははっきりとそう伝える。安い同情心で担当を決めるなと笑われるかもしれない。
でも私には、目の前のせっかくの才や未来があるのに悲しげなこの子を放っておくなんて選択肢は頭に浮かばなかった。
「…え、あの…。」
「もし、貴方が良かったら…__。」
モブコのヒミツ⑨
低体温らしい。
私の高校普通の学校だったのになぜかピアノ練習室があったんですよね。ない学校もあるらしいけど、このシチュ書きたくて「ワイの学校にもあったしええやろ!」って勝手にトレセン学園にピアノ練習室顕現させました。
併走トレーニング回でモブコと併走して絡んで欲しいウマ娘は?
-
アグネスデジタル
-
ナイスネイチャ
-
ハルウララ