『あんたみたいな陰気なブスの隣とか本当最悪。マジで消えろよ。』
…ごめんなさい。
『こっち来るなよブス。』
…すいません。
『あ、モブコと目合っちゃった…。』
…ごめんなさい。陰気で不細工でどうしようもないやつでごめんなさい。わかってます。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
「…また嫌な夢みたな。」
服の胸元当たりを握りしめて、嫌な汗をかきながら目が覚めた。スマホの待ち受けが示す時刻はまだ零時ちょっと過ぎ。これでもう四日連続の悪夢。昔の嫌な思い出の数々が眠った後に甦る。おかげさまで今週はすっかり眠りが浅いし調子も悪い。寮長にもトレーナーさんにも、デジタルさんにも心配かけっぱなし。昨日は昼間からゴルシさんに保健室に担ぎ込まれたし。
いけるかなと思ったんだけどなぁ。ダメだった。各方面に申し訳なさすぎて消えたい。辛い。ゴルシさんには部屋に来ようかとか言われたけど断った。とにかく理由は皆に誤魔化し倒した。…でもそろそろ誤魔化すのも限界かなあ。ただでさえ誤魔化すの下手らしいからな、私。
「…なんか、ちょっと頭痛い…。」
頭痛薬飲むか。
「あ、水。部屋出ないとない…。」
今は部屋で飲む用に昨日買ったジャスミンティーしか飲み物が手元にないから、もうそれで頭痛薬を飲んでしまおう。
錠剤をシートからプチッと二錠取り出してジャスミンティーで流し込む。
今日、というか一昨日から同室のトコトコさんは地方遠征で留守だ。明日…今日の夕方には帰るらしい。
この間はトコトコさんが異変に気づいて、夜中に一度起こしてしまい申し訳なかった。
『え、大丈夫?なんか魘されてたけど?ちょっ、お茶飲む?』
いつもの鈴の音みたいな彼女の可愛らしい声を聞いて、見知った愛嬌のある顔立ちを見たら気が楽になって、その後ほんの少しだけ普通に眠れた。
でも彼女は今ここにはいない。しょうがない、適当にぼんやりして朝まで時間を潰そう。もうなんか寝るのが嫌になってきた。自己嫌悪と倦怠感と僅かな頭痛、嫌な思い出が甦った暗然とした気持ち。負の感情が頭を支配している。マリカの後ゴルシさんと話してから、最近私が幸せに生きていく事を心の中で何かが拒否してるみたい、なんて考え過ぎだろうか。ベッドの上で、体育座りで暗澹とした気持ちを抱えて蹲る。
ここ二日くらいは夜中痛み止めを飲んでぼんやりしてやり過ごすことの繰り返しだ。何度かこうして悪い夢を見た事は度々あったが、こうも連日酷く魘されるのは困る。いい歳して夢でここまで情緒と調子を乱されていては自己管理のじの字もない。PTSDという程でもないが大概過去にトラウマがあるんだな、と自分の事なのに他人事のように考える。なにかあったらいつでも電話してとは色んな人に言われた。トレーナーさん、ゴルシさん、寮長、両親…でも今は真夜中。迷惑千万だ。
ふと右手首が目に入る。ケロイド状の二箇所の自傷痕。昔の私、随分深く切ってたんだな、本当に。
「きったな…。」
小さくそう呟いて思わず左手でその傷痕を掻く。むしゃくしゃしたやり場の無い暗い気持ちをどうにかしたくて、でもどうしようも無い。手もよく見ると爪の噛みグセが悪化して全部の爪がギザギザしてる。
「全部全部汚い…。」
蚊の鳴くようなか細い声のぼやきが静かな部屋に吐き出されて、すぐ消えた。私だけ、多分私だけだ。この煌びやかな学園で、こんなにドロドロしてて、汚くて、暗くて、どうしようも無いのは。この間ゴルシさんはああ言ってくれたけど、やっぱり希死念慮は剥がれない。また思わず右手首をガリガリ掻いてしまう。
「他人様に心配かけておいてまたなにしてんだろ…最悪、最低、いつまで悲劇のヒロインぶりたいの…もう死んじゃえ…私なんか…バカ、クズ、本当に消えなよ。」
ダメだ。本当に今日は。どうしよう。迷惑かけずにここから消えたい。どうやって?分からない。飛び降りはまず無理。リスカも多分私、死ぬレベルのものは躊躇っちゃう。ヘタレ。オーバードーズも今頭痛薬あと六個しかないから無理。いやダメだよそんなことしたら。何考えてるのバカ。ほんと愚図。体育座りで右手首を掻きながら憂鬱をやり過ごす。赤くなっちゃうかもしれないけどもうそんなの今はどうでもいい。少しでもこの気持ちを朝までやり過ごしたい。メンヘラ。無価値。バカ。最低。
「本当に消えてよ、消えてよ…。」
「ウーバーゴルシちゃんでーす、開けてくんね?」
そうやって体育座りで縮こまっていたらドアのノック音と共に聞き慣れた声が聞こえた。まさか、こんな夜中に、わざわざ。こんな絶妙なタイミングで?あの子が。まさか。おろおろ立ち上がってドアをそっと開けてみる。
「やっぱり起きてたのな。おい顔色悪いぞ〜、そんな辛いなら電話なりなんなりさあ……出来ねぇタイプだから余計辛いんだよな。ごめん、やっぱ最初からこうやって部屋押しかければよかった。…今ぼやいてたの、ドアの前だと丸聞こえだったぞ。…お前に消えられると休みジェンガする相手いなくなっちゃうんだけどな〜ゴルシちゃん悲しいな〜。」
巫山戯てるんだか真剣なんだかよくわからない声色で話す、スマホと充電器をポケットに突っ込んで、枕を持った、脚の長くて綺麗な銀髪のウマ娘。いつものヘッドギアは外れてサラサラな髪が薄暗い廊下の中で際立っている。
「…なんで、なんで…。」
「んーなんでだろうな、虫の知らせ?」
意味わかんない…。
「いや〜アタシの部屋お前らの部屋の隣でよかったわ。わりぃな、わざわざまた明かりつけさせて。んじゃ、ちょっくらコンセント借りるぞ。」
「あ、はい…どうぞご自由に…。」
ゴルシさんは充電器をコンセントに差してスマホを充電し、私のベッドに枕を並べる。
「あの…ゴルシさん、まだ寝てなかったんですね。」
「まあ、もう土曜だしな。」
…そういえばそうだった。
「なあ。」
「な、なんですか?」
「…パジャマの袖見た感じ、右袖腕まくりしてたみてぇだけど、リスカの痕掻いてたか?」
「……はい。」
なんでそんなすぐに分かるの。
「…ちょっと見ていいか?」
右腕を優しく掴んで彼女は私に問いかけてきた。私が黙って頷くと、ゴルシさんはそっとパジャマの袖をまくった。
「あ、ちょっと赤くなってるじゃねぇか。おいおいただでさえ今週噛みグセ酷くて爪でこぼこなのに、こんなに掻いたら血ぃ出るかもしれないだろ〜?」
「…いいですよ。元々汚いんですから。」
「…こりゃ相当参ってるな…とりあえずほら、調子わるいんだからひとまずアタシと横になろうぜ?」
あんまり穏やかに優しく、そう言われたから、嫌とは返せなかった。
「…はい。その、すいません。」
「だから前も言ったけど、いーんだって、謝んなくて。」
「…やっぱり優しいんですね、貴方。」
「そうか?別に普通だろ。」
「…あのさ、なんで調子悪いのか、そろそろ出来たら教えてくれね?」
部屋をまた薄暗くしてから、二人して向かい合うように私のベッドにもぐりこんで、彼女は私にそう質問してきた。
ナイトランプの光しかない部屋でも、隣のこの子は綺麗な顔立ちだと分かる。揃ったサラサラの芦毛が枕に散らばって、長い睫毛に縁取られた佳麗な瞳がじっと私を見つめる。
「…その、実はここ四日くらい夢見が悪くて…。」
「どんな夢?」
「…昔の、小学校の時の嫌な思い出の夢…。」
「…なるほど。昔人間関係上手くいかなかったとか言ってたもんな。そんなもん連日寝る度に見てたらそりゃ色んな面で調子崩す訳だ。…で、こうなっちゃったと。」
右手首を掴んで、親指のはらで少し赤くなった傷痕周辺をそっと撫でながら、ゴルシさんはそう相槌を返した。
「…はい。」
「ああ〜、耳が下がってロップイヤーラビットみたいになってるぞ。さっきも…というか最近割とそうだったけど。…お前、他人にいくら好かれても却って迷惑になるから頼れなくなるタイプみたいだし、余計辛かったよな。明らかに今週は調子悪そうで、昨日はとうとうヤバそうだったからアタシが半ば無理矢理保健室に行かせたし。でも、お前はやり過ごしたつもりみたいだったけど、フジがちょっと気が気じゃなさそうだったぞ。
様子がおかしいのに理由がいまいちわからないから。」
「…それは…謝らなきゃ…。」
「いや、お前なりに気遣ってるのはみんな分かってるから、またそうやってネガティブになり過ぎんなって。…ただ、さ。」
「ただ?」
元々近くにあった体をさらにこちらに寄せて、右手首を掴んでいた手を私の掌に移動させて握る。
「…お前がさ、汚かったことなんて一度もないから安心しろよ。傷ついたことは確かに沢山あったかもしれないけど、お前は、いつだって綺麗だよモブコ。少なくともアタシはそう思ってる。ただ、少し不器用なだけで。」
「…汚いですよ。」
「綺麗だよ。その、傷痕とかはほら、まっすぐ生きようとしすぎて一回疲れた結果の産物なんだからさ。…昔お前がどんな暗がりに居たとしても、今も未来もアタシが明るくするから。まだいなくなられたら困るんだよ、アタシが。それに、昔とはお前のトレーナーとか、同室の…トコトコとかもいて、状況明らかに違うんだから。」
なんだそれ。嫌な気するでしょ普通。あんな傷友達にあったら。…でも、この子の未来にも私がいる予定なのはなんだか嬉しい。嬉しくて、気恥ずかしくて、どう喜ぶべきか考えると頭がごちゃごちゃしてきて、顔がちょっと熱くなってきた。
「貴方の未来に私がいる予定なのは、それは、ちょっと…嬉しいです。…ごめんなさい。なんだか最近は、私のメンタルのせいで私がゴルシさんを振り回してるみたいで…。」
「え?これで振り回してんの?こんなんそよ風が吹いてきたレベルだろ。」
「えぇ…。」
寛容だな、この子。
「あ〜ほら、とにかく迷惑とか全然ないから、モブコもっとこっちこいよ。悪い夢とかこれで吹っ飛ぶから。」
腕を開いて今度は私に胸元に来いと催促しているようだ。
「そこまでしなくても…。」
「アタシが今日はそうやって寝たいんだよ。」
「そうですか…それなら…お邪魔します…?」
彼女の手中に収まるような体勢になる。小さい頃母と眠った時もこんなだった気がする。彼女の腕に包まれるみたいな優しい抱きとめられ方をされているのはなんだか安心する。それから、また手のひらで私の頭を撫でたり、背を優しく叩いたりしている。頭撫でるの好きなのかな。…私もこの子に頭を撫でられるのは好きだから、構わないけど。
「…ありがとう、ございます。なんか、安心します。」
「そりゃよかった。」
「…ゴルシさん。」
「ん〜?」
「私、なんでこんな夢見るのかなってさっき一人で考えてて…それで、私やっぱり自分が幸せに生きるのがダメなんじゃないかって思ってるんじゃないかなって…心のどこかでやっぱり何か怖がってるみたい、で…。」
「…そっか。じゃあ、そんな心配ゼロになるまで相手してやんなきゃな。」
「いや、それいつになるか分からないんですよ…。」
「アタシにかかればそんなんちょちょいのちょいだから、気にすんなよ。」
「…なんですか、その理屈。」
あったかい。彼女の眼差しも体温も、手つきも全部。さっきあんなに冷え冷えとした気持ちで蹲ってたのに。
なんだか、この後は穏やかに眠れる気がする。
モブコとゴルシのヒミツ⑥
モブコが過度な罵声や怒鳴り声が苦手な事をゴルシは理解しているので、何があってもモブコには怒鳴らないと心に決めているらしい。
多分トレーナーや寮長も理解してる。
併走トレーニング回でモブコと併走して絡んで欲しいウマ娘は?
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ハルウララ