ゴルシいませんが次回バレンタイン話書きたいからその時はいます。
黒いタイツに覆われた、痩せた枝のような細い足が、氷嚢が触れた途端風に靡いたブランコのように少し揺れた。しかしまたじっとして、もう一つの氷嚢を持った手が伸びて、ブルマから出ている二の腕同然のように細い太ももに触れた。部屋の空気はどこか、重たくて冷えている。
「…すいません。アイシング、手伝ってもらって…。」
「いいのよ。これも仕事の内だから。」
レース後のアイシングをする私の顔を、モブコはじっと、申し訳なさげな目線を向けつつ窺ってた。黒々とした真夜中の空みたいな瞳で。
暗い陰そのものみたいな、今にも露と消えそうな容貌の少女が佇んで、そこにいる。ただ、そんな中でも私を沼にでも引きずり込むつもりなのかというようにじっと、何か考え込むような視線をチラチラ送られているのは分かる。
…いや、それは言い方が悪いというか、ただ単に今回負けてしまったことが申し訳ないだけなのだろう。目の前のウマ娘が嘘や謀略はできない、ちょっと呆れられることもあるくらい愚直で朴訥、純粋な少女なのは私が一番知っている。
「…距離延長、ちょっと私が無理を言ってここまでやってみてましたけど、やっぱり向いてなかったみたいですね。本当に、すみません、色々と。」
平らだけれど、どこか重苦しい、独り言のようなか細い語り口が耳に入る。
彼女はいつも落ち着いた、平坦かつ悲哀めいた声色をしている。ただ今日はやはり、正直かなり酷い負け方をしたので、輪にかけて落ちたトーンの声だ。
でもなぜか、この悲しげな少し低くくぐもっている細く小さめな声がとても彼女に似合うようにも感じてしまうのだ。しかしもう一方では、この彼女が一瞬でも、春の花のように明るく弾んだ表情をしたところも見てみたいと思う自分もいる。我ながらこれは大人としてめちゃくちゃな考えだとも本当に思う。
「いや、私も延ばせるなら延ばそうと思って進んで色々一緒にトレーニングの試行錯誤とかやったしね。モブコが謝ることは本当にないよ。ただ、やっぱりここまでやってこうなってくると、マイルや1400は正直長かった気もする、かな。こればっかりは適性の縛りがある子自体例はいくつかあるからね、珍しい話ではないけど…。」
「…次走は少し間隔をあけて、距離短縮しましょう。」
「そうだね、そうしようか。」
そんな事を話した後、彼女は私のシャツの袖をおもむろにキュッと握った。少し目線を上げてみると、潤んだ黒い底なし沼みたいな、初めて会ったあの時と同じような瞳がそこにあった。
パーカーのフードと黒い髪も一緒に少し揺れて、こちらを見てきた。ただじっと、見捨てられたくない子猫のような目をして。
いつもなぜだか、私はこの彼女の瞳から目が離せなかった。
そんなつもりは彼女には毛頭ないのかもしれないけれど、彼女にはどこか、手を差し伸べた相手を掴んで、沼に引き摺り込むような、危うげで可憐な雰囲気があった。
「アイシング一通り終わったら、ライブまで少し横になって休もうか。疲れたでしょう。」
私はそう提案しながら、片手を彼女の白い手に重ねた。彼女はそれに、おずおずと頷いた。
「…すいません。」
表情は、まだ曇ったままだった。
『あの子、本当に大丈夫?まあ未勝利抜けたならひとまず何とかなりそうだけれど、最近また痩せたみたいらしいし…。』
先輩トレーナーからこう心配されたこともあった。この人の言う通り、これは本当に心配ごとだった。夏場の自然な減量事態はそこまで珍しくはないが、この子の場合は明らかに筋肉と共に心身不調ですり減っていた。こればかりは、これを繊細で優しい本人に言うと余計負担になりそうなので言えなかったが、私の目が行き届いてはいなかった。
去年見つけた、右手首の二つの線のような傷痕。噛んだようにボロボロの爪。
間違いなくこれは自傷の痕跡だと、本人の話からもわかった。彼女の走りは野をかける動物の子供のように軽く弾んだ、朗らかなものだけれど、心と身体は、薄い薄い硝子のようだと思った。
そもそも、重賞、GⅠを1.2年目で視野に入れられるような、一般認知度が高いウマ娘は、本当に競走ピラミッド上の高い、高い所にいるのだ。未勝利を抜けられたらまず御の字。
ゲームみたいにボタンをポチりと押せば一定の確率で能力が上がり、次のステップに行ける訳ではない。
トレーナーとして、サポートする相手は生身。NPCではない。ある程度の行程がこなせればGⅠ戦線に並べるなら、誰も苦労はしない。輝くスターダムを駆け上がるウマ娘もいれば、涙を飲むことばかりが続く、暗いトンネルのような道のりをどこまでも歩むことを強いられるウマ娘もいる。
そういう世界に私は来た。彼女も脚はとても丈夫ではあったけれど、信じられない程の少食や、貧血など、ほかのウマ娘に比べるとかなり綻びのある点が多々あった。また彼女は賢く、それを自覚出来たし、こうでありたいという高い理想を持っていたから、余計彼女も苦しげだった。…私も、正直同様に苦しく感じた。
でも、それでも、私も彼女も、少しずつ、少しずつ、歩んでいこうと決めて。精神面も体力面にも、壊さないことを先ず第一に、それでも歩む姿勢は崩さず。頑張って、少し休んで、泣いて、話して、2年目の秋。
ようやくここまで来た。新潟芝1000。ルミエールオータムダッシュ。初のオープン戦での一着。GⅠのそれに比べたら小さい規模ではあるけれど、条件戦を出ての初めての、ウイニングライブのセンター
「…なんだか、足元がふわふわしてます。オープン戦ですし、まだ小さいステップアップではありますけど。…なんか夢みたい。」
紺色の共通衣装に身を包んだモブコ。両手を前に組んで、白魚みたいに透き通った肌のいつもの姿見で、いつものように俯いているけど、声色は心做しか明るくて、無邪気な子供みたいだった。
「…夢じゃないよ。」
「……そうですね、夢、じゃ、ないんですよね。」
しっかりと、今の状況を噛み締めて、忘れないようにしているように、彼女はそう、確かめるように言葉を返してくれた。
「ウマ娘の皆さん、そろそろスタンバイよろしくお願いしまーーす!」
そんな中で、スタッフさんの号令が聞こえた。
「行っておいで、モブコ。今日の主役は貴方なんだから。」
「……はい。」
そう言って彼女は、その場から離れマイクを取りに行った。気の所為かもしれないけれど、この時彼女は少しだけ、いつもと違う、無垢な女の子が微笑んだような表情をしていた、そんな気がした。
まあこの後は重賞は微妙に勝ち切れなかったりするんですがその話は野暮だね、うん。
脳内プロットが枯渇してきたのでこのシリーズ更新がまた遅くなるかも知れません。glmbバレンタイン話は書きたいです。2月中旬には…多分。
併走トレーニング回でモブコと併走して絡んで欲しいウマ娘は?
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