「1人で旅してちゃんと自炊とかできるの?」
ガレットにナイフを入れながらクレアが笑う。
「…本買う、けどそれはクレアだって一緒だろうが」
アオイはバーガーにかぶりつく、2人はクレアが見つけたお店でランチを食べていた。
「私はほら、シチュー作れるし」
「”シチューしか作れない”の間違いだろ、なんでもかんでもシチューにしやがって」
アオイが呆れた顔でクレアを見る。マツノがいないときはここまでの道中交代で食事を作っていた2人だがクレアはほぼ毎回シチューを作っていた、母親の得意料理らしい。
「勢いで作ってるアオイよりはちゃんとしたものができてましたー」
机の下でアチャモとミズゴロウが声を抑えて笑う。
「ちょっと!何笑ってんの」
クレアが2体の頭を抑えてクリクリ撫で回した。2人と2体のお別れランチは、日の差し込む明るい席で穏やかな笑い声に満ちていた。
「ごちそうさまでしたー」
お店を出るとアオイは104番道路側、クレアは102番道路側に立った。
「そうだ、一応連絡先交換しておこう」
「あ、良いね」
アオイが図鑑を差し出し、その情報をクレアが読み取った。
「私たちがこれからジムバトルを続けるかどうかはわからない、どちらかがマツノや博士みたいに別の道を見つけるかもしれない。それでも、たとえ別の道を進むことになっても、変わらず”ライバル”だと思ってるから」
決意のこもった声でクレアが言った。
「もちろん、お互い最高の舞台を目指そう。これからは…いやこれからも、ライバルとしてよろしく」
アオイが突き出した拳にクレアも拳を合わせる。
「最後にどう、バトルしておく?」
アチャモもやる気満々といった様子で前のめりになる。
「遠慮しとくよ、こっちは手持ち2体だからな」
「あら2対1だって負けないつもりだったけど。まぁでも同じホウエン地方を冒険するんだからまたきっとどこかで会うこともあるはず、その時を楽しみにしてる」
ミズゴロウとアチャモも頭をこつんと合わせて挨拶した。
「じゃあそろそろ行くよ、またな」
「うん、またね」
クレアと別れて数日後、アオイは1人カナズミシティに向かって旅を続けていた。
「ミズゴロウ!みずでっぽうだ!」
「ジグザグマ、かわしてひっかく!」
ジグザグマが左右にステップして身をかわしながら距離を詰める。
「どろかけ!」
アオイの声掛けに合わせてミズゴロウが後ろに飛び退きながら足元の泥を前脚で払うとジグザグマの顔面に泥がかかった。かろうじて右のジグザグマのツメはミズゴロウに届いたが浅い。
「やばい!ジグザグマ、かぎわけろ!」
「決めるぞ、たいあたり!」
ミズゴロウを見失い何とかにおいで追跡しようとするジグザグマの右斜め前から、渾身のたいあたりで吹っ飛ばした。
「いやー、強いな!バトルしてくれてありがとう!」
「ありがとうございました!」
アオイも頭を下げる。
「約束通りこの先の道を教えよう、向こうの木の下でこの子たちを手当てしながらでも良い?」
「もちろんです!お願いします!」
トウカの森まであと少しというところ、初めて深い森に入っていくということもあって若干不安のあったアオイは森の方から歩いてきたトレーナーに声をかけた。ケンと名乗るトレーナーはポケモンバトルに付き合ってくれれば教えてくれると話し、アオイは1対1のバトルに勝った。
「トウカの森はホウエン地方でもかなり初心者向けで歩きやすいダンジョンだからそんなに心配しなくていい」
ジグザグマにキズぐすりを使いながらケンが続ける。
「あ、”ダンジョン”ってのはこういう森とか洞窟なんかを指す言葉で要するに街や道路と比べて人の生活の影響が少ない、それだけポケモンたちが中心になっているエリアのこと」
「ポケモンが中心…」
――――ホウエン地方においてヒトの通行が想定されているエリアは街、道路(水道)、ダンジョンと大きく3つに分けられている。その中でもダンジョンは一応ヒトが通れるようになってはいるもののポケモンたちの生活が何より重視されている場所で、ヒトはあくまで交通の便や調査、トレーニングなどのためにその場を借りる立場としてポケモンたちの生活を脅かすような行為は固く禁じられている。――――
「寝泊まりするところはあります?」
「基本的にキャンプ場はあるけど宿泊施設はない。トウカの森は普通に通り抜けるなら早ければ半日で、遅くとも1泊すれば十分な長さだからそんなに困らないと思うよ。僕も今日のお昼前に入ってさっき抜けて来た」
今は夕暮れ時なのでたしかにそれほど時間はかかってないようだ。
「道に迷ったりする可能性は…?」
「ただまっすぐ抜けようと思ったら看板に沿ってダンジョンルートを進めば大丈夫。ダンジョンルートってのはトレーナーとか研究者のために用意された簡単な道のことで、舗装されたりしてるわけじゃないけど多くの人が通るから踏み固められてかなり歩きやすい。逆に散策するならそのルートから外れるから気を付けて」
トウカの森にも入ったらすぐ目の前に看板があってルートがわかるようになっていると教えてくれた。
「それじゃあ気を付けてなー!」
ジグザグマを抱えながらケンが大きく手を振る。アオイは礼を言って104番道路をさらに進み、その日はトウカの森手前のキャンプ場で一晩を明かすことにした。引き続き情報収集をしようと思っていたが残念ながらアオイ以外の利用者はおらず、夜遅くになってから男一人が到着したが、翌朝アオイが起きたころにはもう出立の準備をしていたので声を掛けそびれてしまった。
「ここか…」
翌朝、アオイは”トウカの森 入口”と書かれた看板の前に立ってケンの言葉を思い出していた。
******************************
「基本的にダンジョンの中にはショップも回復施設もないからポケモンの調子は万全で、薬もしっかり持ってることを確認してから入るんだぞ」
「はい!」
「あとは…トウカの森に入るなら時間も注意だな。森の中は夕方ごろには暗くなるから無理せずテントを張ることだ」
「明かりは無いんですね」
「ダンジョンはポケモンたちの生活が優先される場所だから人工的な明かりの設置は認められてないんだよ、洞窟とかだと火は使って良いんだけど森の場合は火災の危険があるからそれもダメ。だから日が落ちると森の中はかなり暗くなる」
「なるほど…気を付けます」
******************************
「キズぐすり、まひなおし、どくけし…エネコのしっぽ…よし。」
アオイはリュックを開き今一度中身を確認する。時計は9時を少し回ったところだ。
「今日中に抜けるぞ」
意を決して森へと踏み込んだ。