「この辺でお昼にするか」
森に入っておよそ3時間が経過したころ、アオイがダンジョンルートを少し逸れたところの日が差し込む開けたスペースでサンドイッチを食べていると近くの木の根元を数匹のキノココが通りすがった。道中飛び出してきたのと2度戦ったが、相性が悪く2匹目にはミズゴロウがかなり追い込まれたこともあり、以降は戦闘を避けるようにしていた。今もミズゴロウが食事を止めてキノココが通り過ぎていくのを静かに待っている。
「そろそろ行けるか?」
しばらく休んだ後、アオイが時計を見ながら声を掛ける。もう3分の1は来ただろうか、アメタマとミズゴロウが元気よく答えたその時、少し遠くで何かが木にぶつかる音がした。
「これから進んでいく方だな、やな感じだ」
大型のポケモンが木を薙ぎ倒すイメージが浮かび、かき消すように首を振る。アオイはひとまずポケモンたちをモンスターボールに入れ、元のルートに戻った。
「でんこうせっか!」
ナマケロというらしいそのポケモンはアメタマの攻撃に倒れた、動きが非常に緩慢で陸上でも捉えるのは容易だった。ノソノソと草陰に避難するナマケロを尻目に歩き出すとまた道の先から何かが木にぶつかるような音が聞こえた。
「近いな…」
アメタマをボールに戻しリュックからエネコのしっぽを取り出したその時
「OH MY GOOOOOOOOSH!!! 」
曲がり角の向こうから大人の男の声が響いた。咄嗟に駆け出し角の先を見るがダンジョンルート上には誰もいない、しかし向かって右側の草木が荒らされており明らかに大型の何かがルート外に飛び出して行ったことが伺えた。声はその先から聞こえる。
「こっちか…!」
踏み荒らされた草木を飛び越えるときにケンの注意が脳裏をよぎり、あなぬけのヒモをリュックから垂らした。踏み荒らされた跡を辿って走った先にいたのは
「NOOOOOOOO!!」
目の前の池を見て叫びながら服を脱ごうとする白髪の男性と、その後ろをチョロチョロ駆け回る1体のジグザグマだった。見てはいけないものを見た、と静かに背を向けて帰ろうとしたアオイだったが、池に木の板のようなものがいくつか浮かんでいるのが見えて足を止めた。よく見ると男の側に立つ木の横に何やら壊れた乗り物のようなものが転がっている。
「あの、あれを拾ってくれば良いんですか?」
アオイが声を掛けると一瞬驚いたようだったが、すぐに池に浮いた木の板を指差した。
「助けテ!!アレ!パーツが流れてしマウ!」
よく見ると奥の方が川に繋がっているようでいくつか流されてしまいそうなものもある。
「そういうことなら、ミズゴロウ!アメタマ!頼んだぞ!」
勢いよく池に飛び込んだミズゴロウが手前にあった大きなパーツを加えて岸に運ぶ間、アメタマは一気に池の奥まで滑っていき、小さいパーツが流れていくのを堰き止めた。
ひと通りパーツを集め終えたとき、男は困ったような顔で言った。
「アノ…エト、もう少し手伝ってくれナイカ?」
聞くと後ろをウロウロしてるジグザグマが実はもう1体いたはずが見当たらないらしい。遠くには行ってないはずだが昼とはいえ薄暗い森の中で隠れられたら探すのは容易ではない。
「そうだ、あれやってみるか」
アオイがアメタマを抱き上げる。
「あまいかおり」
アメタマから果汁や花の蜜を思わせるようなあまいかおりが広がる、少しずつ場所を変えながら何度か繰り返すと草陰からジグザグマが顔を出した。
「Ziggy!!」
男が駆け寄って満面の笑みで抱き締める。もう1体のジグザグマも寄ってきて走り回っている。
「アメタマ、よくやったぞ」
アオイが撫でるとアメタマも嬉しそうに笑った。
「thank you!thank you!」
ライアンと名乗ったその白髪の男はアオイの手を握りぶんぶん振って感謝を述べた。5,60代に見えるが元気いっぱいで、よく見るとかなり筋肉質な腕をしている。せっかくの水場なのでライアンが乗り物らしきものを修理している間、アメタマ達を遊ばせることにした。
「ライアンは何してたの?」
アオイの問いかけに対する答えは概ね想像通りだった。マッスグマカーのようにジグザグマにカートを引かせて森を走り回っていたらしい。
「前にホウエンチホウを旅行した時にマッスグマカーを見てびっくりした、マッスグマはオレの大好きなポケモン!うちの周りにもいっぱいいっぱいいル!ヤツらと道を走れるなんて最高だよ」
ライアンが上機嫌に話す。
(本当にこの人マッスグマカーの資格持ってんのか?)
アオイは若干不審に思ったが顔に出さないように気を付けた。
「デモ、ダンジョンでは使えないと聞いた。マッスグマはマッスグ走るからダメ。デモ、それならジグザグマに頼めバイイ!」
(あとなんかライアンのジグザグマ黒いぞ…、森が薄暗いからか?)
アオイが訝しげにジグザグマを見る。
「そしたら道を外れてここに突っ込んだってことね」
「チョット難しかったネ、まだトレーニング必要。だからすごくありがとう!カートがバラバラになるところだっタ」
アオイは呆れたつもりだったがライアンはポジティブだった。
「さて、じゃあ俺はそろそろいくよ」
カート修理はもう少し時間がかかりそうだったが先を急ぐためアオイが腰を上げるとライアンも立ち上がった。
「ID持ってル?」
アオイがライアンの端末にポケモン図鑑をかざして連絡先を交換すると“Ryan’s Cart”と書かれたカードが表示された。
「マッスグマカーの仕事をしてるってのは本当だったんだな」
「モチロン!アオイも乗せてあげるヨ」
ライアンがニカッと笑って親指を立てる。
「ジグザグマの方は遠慮しとくよ」
アオイが笑うとライアンが右手を差し出した。応えてアオイも手を差し出すと、ガッチリ掴んでライアンが言った。
「thank you very much!! アオイが困った時はゼッタイ助ける。いつでも連絡しテ!」
「ありがとう」
アオイも手を強く握り返した。