「ライアン!」
電話口で相手が応答すると同時にアオイが叫んだ。
「Hi! アオイ、どうしタ?」
アオイは細かい説明を省き、とにかく急いでカナシダトンネルに向かいたいと訴えた。
「カナズミジムね、待ってテ」
そうとだけ伝えるとライアンはすぐに電話を切った。
ものの数分で遠くから警笛とポケモンの吠える声が聞こえたかと思うと、アオイの目の前にマッスグマカーが駆け付けた。
「ライアン!ありがとう!実は…」
事情を説明しようとするアオイを遮ってライアンが親指で乗客用のシートを指差した。
「早く乗っテ!!」
ライアンに促され、アオイはマッスグマカーに飛び乗った。
「カナシダトンネルね?」
凄まじい速さでマッスグマカーを走らせながら、後部座席に座るアオイに対してライアンが尋ねた。本来マッスグマカーには制限速度があったはずだが、アオイの体感ではどう考えてもそれを上回るスピードが出ていた。アオイが大きく頷くと、ライアンが後ろを振り返って親指を立てる。
「top speedで行くゼ!!」
マッスグマが吠え、ライアンが笛を鳴らして道を行く人々に注意を促した。疾走するライアンのマッスグマはアオイが知っているものよりも身体が黒く見えた。
「stop boys!!!」
カナズミシティを飛び出し116番道路を少し進んだ先でライアンがマッスグマ達を止めた。
「おっっとっ…!!」
急ブレーキにアオイがつんのめった時、少し離れたところで道を空けてくれていた通行人と目が合った。ピンク色の丸い小さなポケモンを抱えたアオイと同じ年頃のその女性は大きな音と共に突然現れて急停止したマッスグマカーに目を丸くしていたが、そんなことはお構いなしにライアンがすぐさまマッスグマ達に指示を出して方向転換し、再び走り出した。
「うわー、ねぇププリン見た?」
走り去るマッスグマカーを見て女性が呟いた。
「大金持ちのお子さんですか、わたしと同い年くらいなのにマッスグマカーでご移動ですね、やですねー」
女性が話し掛けると抱きかかえられたププリンが頰を膨らませた。駆け抜けるカートで巻き起こした風によって体重の軽いププリンが腕から吹き飛ばされそうになるのをトレーナーが慌てて抑えた。マッスグマカーは道の向こうでもう小さくなっている。
「あとなんかあのマッスグマ…黒くなかった?」
ププリンも、はて、というように首を傾げた。
アオイが飛び出してしばらくした頃、ジムリーダーのツツジは未だカナズミシティジムを出られないでいた。
「かみくだく」
「ゴローン!ロックブラスト!」
大きな身体の黒いラッタが連続で放たれる岩を軽快に躱しながら接近する。キバが突き立てられるとゴローンが苦しそうに呻いた。
「ダメおし」
ラッタはキバを離すついでにゴローンを強く蹴り飛ばして着地した。
(強い…この人、間違いなく強いのに勝負を決めにくるわけでもない、わざと時間を掛けるような戦い方…)
通報があってから時間が経っていた、早くこの男を倒してカナシダトンネルに向かわなくてはならない、と焦るツツジに対し、男が突如口を開いた。
「あのーツツジさん、もうやめませんか」
ラッタは退屈そうにヒゲを触っている、思わぬ言葉に困惑するツツジに向かって男が続ける。
「本気でやりましょうよ。ポケモンリーグホウエン大会ベスト8の実力はこんなものじゃないでしょう」
男から作り笑顔が消えた。
「あのダイノーズ、出してくださいよ」
バトルコートに緊張が走る。ツツジが腰のポーチに手を掛けるが…その中にダイノーズのボールはない。
(もし本当にこの人がまだ本気じゃないんだとしたら今の私たちじゃ勝てない)
「ゴローン、お疲れ様、少し休んでて」
ツツジがゴローンをボールに戻す。さすがジムリーダー物分かりが良い、と男がまた作り笑顔で言った。
「さっきのダメージを回復してあげられてないけど、お願いしますゴローニャ!」
ツツジはゴローニャを繰り出した、先ほどのジムチャレンジャーに対して3体目として繰り出したポケモンだ。
「…は?」
男は顔を顰めたが、あー、と声を漏らすとすぐに呆れたような態度で振り返りラッタをボールに戻して大扉に向かった。
「一体どういうつもりですか!!」
ツツジが大きな声を出すと男は首だけツツジの方を見て薄ら笑いを浮かべた。
「本気のポケモン達は手持ちにいないんですね、今日の別のチャレンジャー相手に使用したってところでしょうか」
図星を指されてツツジが黙ると男が続ける。
「それならそうと言えば良いのに、やれやれ無駄な時間でした。これで失礼します」
男が軽く会釈をして大扉の方へ歩いていく。
「待ちなさい!あなたはデボンを襲った犯人の仲間ですね、知っていることを話してもらいます!」
「いやいや…、私はただの雇われ者ですので何も知りませんよ」
男は一度向き直り、やれやれ、と両手を広げた。
「私の役目は、万が一彼らが逃げ果せる前に計画が露呈し、このジムに通報があった場合にあなたを足止めして時間を稼ぐことでした。保険の保険とでも言うようなつまらない役割かと思っていましたが、数日前に功を焦ったバカがトウカの森で騒ぎを起こしたせいで早々に計画がバレたようですね」
男は改めてツツジをまっすぐ睨み付けた。
「しかしそのおかげでジムリーダーと戦える、そんなせっかくの機会だったのに、残念ですよツツジさん」
男が再び振り返り、大扉に向かって歩いていく。ツツジが追いかけるとエンニュートが天井に向かってほのおのムチを伸ばした。警報音が鳴り響きスプリンクラーから水が放出される。水と煙に巻かれ、ツツジがジムを飛び出した時には男の姿は無かった。
マッスグマカーに座るアオイは煙に包まれたカナズミシティのロビーを思い出していた。駆け抜ける最中、煙の奥にチラッと見えた男の頭にトウカシティでタイスケを襲っていた2人組と同じバンダナが巻かれていたのをアオイは見逃さなかった。
「アクア団…」
アオイが呟くとマッスグマカーがガタンッと揺れた。カナシダトンネルが近付き道が荒れた岩場になってきている、ライアンも通常の道を走る時よりもスピードを抑えていた。
「アオイ!」
ライアンが進行方向を見つめたまま、後ろに座るアオイに声を掛ける。アオイが窓から顔を出すと前方少し遠くに男女2人組が立っていた。それぞれズバットとポチエナを繰り出して迫り来るマッスグマカーを睨み付けている、頭にはアクア団のバンダナが巻かれていた。カートを攻撃されればライアンに迷惑が掛かる、そう考えてアオイがライアンに停車してもらうよう声を掛けようとした時だった。
「バークアウト!!」
ライアンがカートを引くマッスグマ達に大きな声で指示を出すと、2体のマッスグマが激しく吠え、相手のポケモン達はたちまち吹き飛ばされてしまった。その声は先ほどまでの道行く人々への注意喚起ではなく、強い攻撃の意思を宿した地を震わすような声だった。
「すっっげぇ…」
そのままアクア団2人組の間を通り抜けた、あの様子では追いつくことはないだろう。
そのまましばらく進むと、再び前方にアクア団のバンダナを巻いた若者の集団が現れ、マッスグマカーに気が付くと待ち構えていたかのようにポケモンを出して臨戦態勢に入った。
「アオイ、ごめんここまでダ。走れるカ?」
さらに道は荒れ、マッスグマカーはかなり減速している。
「もちろん、ここまで本当にありがとう。あとは走れる」
カナシダトンネルはもうすぐそこだった。アオイがお礼を伝えるとライアンはマッスグマカーを停止させた。
「お?なんだなんだカート止まってんじゃねーか」
アクア団の若者の向こうから誰かがこちらに向かってきた。
「俺様のグラエナで爆走するカートを止めてやろうと戻ってきてやったのに」
先ほど吹き飛ばしたあの2人組から情報が共有されていたのか、アオイ達がこの道を走っていることを知っているようだった。アクア団の若者達がショウタクさん!、リーダー!と口々に声を上げた。どうやら彼らはこのショウタクという男のしたっぱらしいとアオイにもわかった、それと関係があるのか定かではないが、ショウタクは頭ではなく腕にバンダナを巻いていた。
「まぁ何だって一緒だ、このショウタク様がここで直々に貴様らを倒してやる。俺様はこの作戦を成功させてイズミ様に認めていただくのだ!」
ショウタクが大声を張り上げてグラエナを繰り出した。
「アオイ、いけ」
ライアンがサングラスの奥の瞳でグラエナとショウタクを睨み付けたまま小声で言った。
「え?でも…」
バトルに備えてボールを握り締めていたアオイは思わぬ言葉に動揺した。
「ダイジョウブ、いけ」
ライアンはカートを引いていた2体のマッスグマのうち1体を呼び寄せた。
「マッスグマ、バークアウト!!」
先ほどと同様にマッスグマが激しく吠え立てる。したっぱのポケモン達が怯んだ時にライアンがアオイの背中を軽く叩いた。
「Go!!!!」
勢いに押されアオイが走り出す…が、ショウタクとグラエナはすぐに対応していた。
「逃すなグラエナ!!」
グラエナが低く吠え、アオイを追いかける。迫る唸り声にアオイが思わず振り返り再びミズゴロウのボールに手を掛けた時、目の前に黒いヒト型のポケモンが現れた。
「ブロッキング!!」
ライアンの声が響きそのポケモンが両腕をクロスさせて防御の姿勢を取ると、グラエナが気圧されて急停止した。
「アオイ!Run!」
ライアンの声に押され、アオイは再びカナシダトンネルに向かって走り出した。
「ちっ!なんだ貴様は…」
ショウタクがライアンの方を振り返る。
「Bring it on!」
ライアンがニヤリと笑うとタチフサグマが低い声で唸り、グラエナをちょうはつした。