「迅速!丁寧!引っ越しはキアイ運送!」
手を洗ってリビングに戻るとテレビがついていた。かくとうタイプのポケモンたちが屈強な男たちと共に荷物を運ぶ引っ越し業者のCMが流れている。
「そういえばちょうど今テレビホウエン見てたんだけど、お父さんのインタビューが放送されるのは再来週みたい。」
母さんはそういうとリモコンを手に取ってテレビを消した。
「あー、そういえばインタビューがあるって言ってたね。再来週か」
「うん、来週3人で再来週が残りの4人だってさ」
父さんは最近転職したばかりでここ1ヶ月ほど忙しそうにしている。アオイの出立には立ち会えないが先週末帰って来ていた時にはアオイとじっくり話す時間を取ってくれていた。
アオイが机の上のリュックと帽子に目を向けると母さんがその視線を遮るように言った。
「で、見せてよあなたの相棒を」
ワタッコも母さんの頭上にちょこんと座っていた。
アオイが頷いてボールを足元に転がすと、ミズゴロウが元気よく飛び出した。
「まぁ!ミズゴロウ!渓流の方で見たことあるね!」
母さんの顔がほころぶ、ワタッコも降りてきてミズゴロウのほっぺたにワタをポフポフと当ててながら何かを話しているようだ。
「そう、かわいいでしょ」
アオイも笑ってそう言うと母さんが椅子から立ち上がった。
「ちょっと撫でてみていい?」
遊んでいるミズゴロウたちの方を見ながら母さんが再び席についた。
「さて、博士ばかりじゃ悪いから旅立つ息子に私からも贈り物よ」
母さんはそういって机の上のリュックと帽子をポンと叩いた。
リュックと帽子を身に付けると、良く似合っていると母さんが微笑んだ。リュックの中には寝袋と今日のお昼用のサンドウィッチが入っていた。
「もうすぐ出発なんでしょ。あとはあなたが必要だと思うものを入れて行きなさい、着替えとかお金とかね」
母さんは穏やかに言った。
「ありがとう」
アオイは改めて自分が家族の下を離れることを実感した。母さんの優しさに目頭が熱くなったがグッとこらえてお礼を言うとリュックに入れるものを取りに自室へ上がっていった。
アオイが階段を上る音が聞こえると母は再び席を立ち、膝をついてミズゴロウのあごを撫でた。
「まさかあなたが相棒だなんてねぇ。あの子は覚えていたのかしら、君が一緒ならどんな旅もきっと大丈夫ね。アオイのことをよろしく頼むわよ」
ミズゴロウはキョトンとした顔で母を見つめていたが最後に元気よく返事をした。
「よし、クレアも待ってるかもしれないしそろそろ行くかな」
準備を終え、母さんと他愛ない会話をしていたアオイが時計を見て立ち上がった。
「そうね」
アオイが玄関に行くと、今朝研究所に行く時に履いていたものとは異なる新品のランニングシューズが用意されていた。
「え、これ…」
「あんなボロボロで送り出せないでしょ恥ずかしい。それ、履いて行きなさい。」
アオイが母さんの方を振り返って聞くと彼女はにっこり笑って言った。
「ありがとう…本当にありがとう母さん。行ってくるよ、どんな旅になるかわからないけどさ、俺頑張るから!」
新品の靴を履き、玄関を出たアオイがいよいよ泣きそうなのを隠しながら声を張って言うと母さんは優しく笑った
「たまには頑張れなくたっていい、挫けてもいい。日々を楽しむことを忘れないで行きなさい。あなたがどこで何をしていても母さんはいつでもあなたの味方よ」
母さんはそういうとアオイをきつく抱きしめた。
「いってらっしゃい」
旅立つ息子の後ろ姿が見えなくなると母はドアを開けて家に帰る、ワタッコがふわっと顔の前に降りてきて母の目元をワタで拭った。
「泣くつもりなかったんだけどなぁ」
ワタッコが母の頭に乗っかり喉を鳴らした。
母がグーッと両手を上に挙げ、伸びをしながらリビングに入っていく。
「あー、久しぶりにお母さんに電話するか」
足が軽い、母さんから貰った新品のランニングシューズで風のように走っている…つもりのアオイだったが出発がそもそも遅かったらしい。待ち合わせ場所には既にクレアと博士が待っていた。
「どうしてそんなに遅いのかわからない」
クレアが呆れたように言うと博士はクスクス笑っていた。
「君は名残惜しさとかないわけ?」
アオイは嫌味っぽく言ったがクレア曰くそういうのは全部昨日の夜までに済ませたらしい。
「ねぇアオイ」
クレアが急に改まって言った。
「なんだよ」
アオイも改まって答える。
「バトルしようよ、ポケモンバトル!」
クレアがそういうとクレアの腰についたモンスターボールからアチャモが飛び出してきた、バタバタと足踏みをしてアオイの方をキッと見つめている。
アオイは博士の方をちらりと見つめると博士は少し後ろに下がって2人を見渡す位置についた。
「良いな、よし、やろう!」
アオイも答えてモンスターボールを投げ上げた。ミズゴロウが大きな声を出しながら着地し、アチャモの方をまっすぐ見つめる。
「それではこれより、ミシロタウンのアオイとミシロタウンのクレアによる1対1のポケモンバトルを始めます。バトル!開始!」
博士が右腕を振り下ろすとすぐさまクレアが指示を出した。
「アチャモ!ひっかく!」
負けじとアオイも指示を出す。
「ミズゴロウ、たいあたりだ!」
2人ともついさっき図鑑で確認したばかりの、お互いたった1つの技で行われるバトルだった。
ポケモンのレベルは低く、お互いの技やバトルにも戦略性はない。短く単純なバトルであったが2人と2匹は声を上げ汗を流しながら戦った。
彼らにとって初めてのバトルはアツく、永遠にも一瞬にも感じられる不思議な体験だった。
「こりゃこれからが楽しみだ」
トレーナーとポケモンの生き生きとした姿を目の当たりにして少し離れたところから見守る博士が腰に手を当てながら呟いた。
アチャモがふらつき、コテンとしりもちをついた。
「「よし!」」
2人の声が重なる、アオイが不思議に思ってミズゴロウを見るとミズゴロウもおしりをついていた。何とか立ち上がろうと体を支える前脚もプルプルと震えている。
「そこまで!!」
博士の声が響いた、2人は相棒に駆け寄り抱き上げた。
「これで良しと。安静にしてるのよ」
博士が腰を上げるとアチャモとミズゴロウは返事をしておしゃべりを始めた。
「ありがとうございます。」
アオイとクレアが博士にお礼を言った。ダメージは軽かったため、博士が持っていたキズぐすりで処置してくれたのだ。
旅立つトレーナーが最初にバトルをするのは良くあることらしく、準備はしていたらしい。
「近くに治療してくれる場所がないときは、今みたいに自分で処置することも必要になってくるわ。あなたたちは研究所で何度か体験してるしある程度は大丈夫だと思ってるけど」
博士のアドバイスに2人は改めてお礼を言った。
「あなたたちは、ジムにチャレンジするんでしょ」
101番道路の先を見つめながら博士が尋ねた。
「実はこの子たちもね、体を動かしたりバトルすることが好きな子たちを選んだのよ。」
ポケモンたちの方を見ながら博士が続ける。
「この子たちと2人にとって旅がより良いモノとなるようにね。思った通りトレーナーとポケモンの相性もばっちりだったみたい。」
ミズゴロウとアチャモが2人の足元に駆け寄って来ていた、2人はそれぞれの相棒を抱き上げる。
「これからよろしくね、アチャモ」
クレアがアチャモをぎゅっと抱きながら言った。
「コユリ博士、本当にいろいろありがとうございました。まずはこの先のコトキタウンを目指します。」
"101番道路"という看板を背にアオイが言った。
「うん、それが良いと思う。コトキにはポケモンセンターがあるから、いろいろ話を聞いてみて」
「博士ー!本当に今までありがとう!いろんなポケモンと出会ったらその話をしに帰ってくるから!」
クレアが博士に抱きついた
「えぇ、楽しみにしてるわ」
博士もクレアを抱きしめて頭を撫でている。
「昨日全部済ましたんじゃなかったのか」
「博士は昨日会ってないの!」
博士と名残惜しそうに別れたクレアがアオイのいる101番道路入り口に小走りで向かいながら、振り返って大きく手を挙げた。
「いってきまーーーっす!!」
博士も大きく手を振っていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ついにアオイが旅立ちましたね。アオイとクレアの初バトルは原作と場所、タイミングが異なりますが皆さんは自分のポケモンシリーズでの初バトルを覚えていますか?
自分はだいぶ幼かったのでその瞬間こそ覚えていませんが、今思えばきっと初期技に含まれる変化技の意味は全く分かっていなかっただろうなぁと思います。懐かしいですね。
薄々お気付きかと思いますが、本作での町や道路はゲーム内のものよりだいぶ大きめに、現実に近くして考えております。母がミズゴロウを見たといった渓流や、晴れた日にえんとつやまが見える裏山(1話)などは原作のミシロタウンにはありませんが物語の都合上、ミシロタウンを実際の町のように大きくして考えたらあるのではという想像で描いております。その辺りはどうぞご了承ください。