ミシロタウンを出て1時間程すると町の周辺の整備された区画から外れ、森や草原が広がる地域となった。町と町を繋ぐ道路の様子は地域によって異なるが、このミシロ-コトキを繋ぐ101番道路は自然が豊かなホウエン地方の中でも比較的田舎と言えるもので、森や草原を切り開いたような土の道が続いている。
「やせいのポケモンも増えてきたわね、この辺で博士の言ってたことを整理しておきましょうよ」
クレアが立ち止まって言った、草原の先には何かのポケモンが群れをなして移動しているのが見える。
「そうだな、マップに寄れば休めるところまではまだ掛かりそうだし」
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『いい?例外はもちろんあるけれど多くのポケモンたちは群れで生活しているの』
博士が人差し指をピンと立てながら続ける
『したがってレベルの低いポケモンばかりの場所なんてのはないわけ。レベルの低いポケモンがいるってことは周辺にその仲間がいるケースがほとんどなのよ』
アオイとクレアは相槌を打ったりしながら博士の話に耳を傾ける。
『大切なのは自分の目の前に飛び出してきたポケモンの強さを見極めること。新しいポケモンを捕まえたりバトルしてトレーニングすることは大事だけど、あくまで自分の実力に見合ったポケモンを選んでって話ね』
『強いポケモンに出くわしちゃったら?』
クレアが質問した
『そのときは覚悟を決めて…』
2人が息を吞む
『走って逃げる!!』
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「見たことないポケモンでもポケモン図鑑にデータがあればそれが進化したポケモンなのかどうかとかはわかるって話だったな」
アオイが遠くに見える群れの方に図鑑のカメラを向けながら言った。図鑑は反応しない、さすがに遠くカメラの射程圏外らしい。
「そうね、とりあえず無茶な勝負を挑んで”うわー!誰か助けてー!!”なんて逃げ出すようなみっともないことにはならないようにしましょう」
クレアがそういって再び歩き出すと左側の森からガサガサと茂みを掻き分けるような音が聞こえて来た。
「うわー!誰か助けてー!!」
茂みの中から叫び声が聞こえ、同時に2人と同い年くらいの少年が飛び出して来た。
「たしかにあぁはなりたくねーな」
アオイが呆れて言うとその声が聞こえたのか少年は一瞬立ち止まって2人の方をチラッと見た。同時にクレアの左後方、少年が飛び出して来た森の中から複数のポケモンが吠える声が近付いてくる。
「あ、やばそう?」
クレアが恐る恐る言った。
「走って逃げるぞー!!」
アオイとクレア、少年の3人は街道の先へ向けて走り出した。
「あんた…何したんだよ…!」
走りながらアオイが少年に訊ねる、追って来ているポケモンは2匹、どうやらポチエナのようだ
「ナワバリに…入り込んじゃったみたいで…追われて…」
少年も息を切らして答える。
「クレア!逃げてるだけじゃダメだ!応戦しよう!」
アオイが踏み止まって後ろを振り返りながら声を掛ける、クレアもそれを合図に立ち止まった。
「そうね、あの子達はたしかポチエナ。進化前のポケモンだしそれほど手強くはないはず!」
2人がモンスターボールを投げるとミズゴロウとアチャモが飛び出した、2匹とも姿勢を低くして臨戦態勢のようだ。
「ダメだよ!逃げなきゃ!」
少年は慌てて振り返りアオイの肩に手を掛けながら言った。
アオイは一瞬驚いたような顔をしたがクレアが横から声を掛けた。
「ここは任せてあなたは先に逃げ…」
「違うんだ!」
少年が声をクレアの話を遮ってさらに声を張り上げ、道の奥を指差した。
ゾクッ!と嫌な空気を感じ、少年の示す先に視線を移すとポチエナよりも二回り以上大きな黒いポケモンが猛スピードで追いかけてきている。
よく見るとミズゴロウとアチャモはその姿を遠くに捉えていたのか腰が引け、萎縮している。
そのポケモンがこちらを睨みつけながら大きな雄叫びをあげた
「戻れ!!」
迫ってくるポケモンと自分たちの明らかな実力差に2人はすぐさま相棒をモンスターボールに戻し、振り返って再び走り始めた。
「アオイ!あれ使おう!」
「あれって?」
咄嗟に意味がわからず聞き返したアオイだったが、すぐにクレアの意図を察し同時に叫んだ
「「エネコのしっぽ!!」」
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『エネコのしっぽ!!』
そういうと博士はピンク色の何かを机の上にポンと置いた。
『え…エネコってあの…しっぽ…?』
クレアの声が裏返った、明らかに引いている。
エネコはピンク色のかわいらしいポケモンで大手ポケモンフーズメーカーのマスコットキャラクターになっている。
グルグルと自分のしっぽを追い回していたエネコの横にトレーナーがそのポケモンフーズを置いた途端、エネコはぴたりと止まってポケモンフーズに夢中になるというCMはホウエンのトレーナーなら誰もが知っている。
『…の、模造品。』
『やめてよ博士ー!』
クレアはホッとして今度は博士に文句を言っている。
『本当にそういう商品名なんだから仕方ないでしょ。』
博士はそのしっぽを持ち上げて続ける。
『これは囮よ。ポケモンが夢中になる香りを放っていてしかも食べられる囮。』
『囮?』
アオイが聞き返す。
『そう、さっきも言ったように飛び出してくるポケモンのレベルを見極めて戦い、時には逃げることも重要だけどそれがいつもうまくいくとは限らないわけね』
『走って逃げても逃げ切れないってこと?』
クレアが訊ねると博士は頷いた。
『その通り、この”エネコのしっぽ”はそういう時に使うのよ。慣れれば強いポケモンからもうまく逃げ切ることができるようになると思うけど、最初のうちはきっと必要な場面も多いはず』
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「まさかさっそく使うことになるとはな」
「投げても止まらずそのまま走るわよ」
アオイがカバンからエネコのしっぽを取り出した。
「1.2の…3!」
エネコのしっぽを後ろに投げた
「振り返るな!走れぇぇぇー!」
どれくらい走っただろうか、道の先に宿泊施設の看板が見えた時にクレアが膝に手をついて立ち止まった。
「ハァ…ハァ…もう無理…疲れた…いったいどれだけ走ったのよ」
「わかんねーけど…でも…ほら後ろ見てみろよ。さっきのポケモンも追って来てない」
アオイが振り返って自分達の走ってきた方を顎で指しながら言った。
「あの…2人とも巻き込んでしまってすみませんでした…」
少年も息を切らして、膝に手をつきながら頭を下げた。
「良いよもう別に…とりあえず無事逃げ切れてよかった…そういえばずっと名前聞いてなかったけど…」
「マツノと…言います。」
アオイとマツノが話しているとクレアが割って入った。
「良くないわよー!もう汗もかいたし疲れたし!旅立って早々アクシデントってどういうことよ!」
マツノは申し訳なさそうにまた頭を下げた。
「旅立ちってことはお2人はポケモントレーナーなんですね、じゃあさっきのあの子たちはパートナーか!」
「そうよ、というかマツノもそうでしょ?新しい仲間を捕まえるためにあの森を探索してたんじゃないの?」
クレアが遠くに見える看板に向かって歩き出しながら訊ねた。
「あー、いやぁまぁ俺は…ジムチャレンジは向いてなかったみたいで…ジムとかコンテストとかは諦めたんだ」
マツノが恥ずかしそうに答えるとクレアが身を乗り出した。
「え!マツノはもうジムチャレンジしてたの?同い年くらいかと思ってたけど…」
「俺は18だよ、旅立ちは3年前。でも取ったバッジは2つだけだし3つ目で何度も負けて嫌になっちゃて…あ、年上だろうけど敬語とかはいいからね」
アオイは真剣な眼差しでマツノの話を聞いていた。ジムチャレンジは挫折する人がとても多いらしいと聞いたことはあったがいきなりそういう人に会うとは考えていなかった。それだけありふれているということなのかもしれない。マツノはカナズミシティの北部出身らしく、持っているジムバッジはカナズミシティ、ムロシティの2つらしい。
「バッジ見せてよ!」
クレアが目を輝かせながら頼んでいる。
「ちょっと待て!俺は見ないぞ、自分で手にした感動を味わいたいんだ!」
「あーらそう、勝手にどーぞ。私は見せてもらうもんねー!」
そっぽを向いているアオイに聞こえるようにクレアは"わー"とか"きれーい!!"とか大げさにリアクションしていた。
「というか、それならどうしてマツノはあんなところでポケモン捕まえてたんだ?」
アオイが訊ねる、宿泊施設はもう目の前だ。時間的にもここが今夜の宿になるだろう。
「あー、実は俺強いトレーナーになるのは諦めたけどポケモンには関わっていたいと思っててさ。ポケモンたちの生活をより豊かにしようって団体に参加したいんだけど、入団試験みたいな感じでポチエナを捕まえて来いって言われてたの」
マツノは腰のモンスターボールをちょんと触った。どうやらポチエナを捕まえるという目的自体は達成しているらしい。
「なーるほどね、良いじゃん。"ポケモンがより豊かに暮らせるように"って良い目標だな!」
アオイが笑って言った。
「だろ!みんなとはぐれた時は焦ったけど、無事に捕まえられて良かった」
マツノも爽やかに笑って答えた。
「みんな?」
アオイが聞き返したが、マツノが答えようとした時にクレアが大きな声を出した。
「ちょっとー、何してんのよ2人とも!先入るわよー!」
「今行くー!」
アオイとマツノも走り出した。
時刻はもう夕暮れ、3人の影が長く長く伸びていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
原作でオダマキ博士がポチエナに追われているシーンがありますが。冷静に考えたら相当怖いだろうなと思います。博士…5レべのポケモン3匹でフィールドワークはちょっと心許ないんじゃ…