飛び降り自殺
居ても立っても居られなかった。
公園として知られる近場の山には展望台がある。
そこに居るあの子から、一つの写真が送られてきたことが事の発端だった。
家の玄関を力任せに開け放ち、私は曇り空の下、展望台へと走り出した。
直ぐに判った。あの子が[なに]をして、これから[なに]をしようとしているのか。
ずっと前から辛そうだった⋯⋯。いつもあの子は一人だった。
なのに私は何もしてあげられなかった。
そして、あの子は純粋すぎた。
車が迫りくる交差点を走り抜けて、一直線に走る。子供の頃に散々駆けたはず道のりが今日は異様に長く、私は苛立ちにも似た焦燥感を覚えた。
山の斜面に作られた階段を駆け上がり展望台の真下を見る、そこには人集りが出来ていた。当然といえば当然だろう。人が飛び降りようとしているのだから。
何故止めに行かないのだろうかと思ったが、数瞬でその答えは判った。
展望台へと登る道は無骨な岩を敷いただけで階段すらも無く。慣れた人物でないと登ることは困難を極める。そして、その道の入口に二人の警官の姿があった。
警官たちを跳ね除け、山道を突き進む。
落ちた木枝を蹴り飛ばし、岩の足場を蹴りながら。ただひたすらに上を目指す。
息も絶え絶えになりながら、悲鳴をあげる脚に鞭打ちながら駆け上がる。
脳裏には———共に過ごした時間の記憶⋯⋯。
気がつくと私は展望台に着いていた。
目の前には、腰より少し下くらいの高さしかない柵に腰掛けて、こちらに背を向ける■■。
黒髪が風になびき、黒い瞳がこちらを見据える。
「相変わらず足が速いね、愛花」
言って、■■は傍らのベンチに持っていた花束を置く。
間髪容れずに、私は訊きたいことを質問する。
「どうしてこんなことを⋯⋯」
———私を助けてくれたあなたが自殺なんか。と続けようとした矢先に。
「子供の頃、キミをクラスの連中からのいじめから助けたとき。言ったこと⋯⋯覚えてる?」
勿論、覚えている。忘れる筈が無い。私はあの言葉に救われた。
今思うとありふれた言葉だったが、それでも私が救われたのは確かだ。
「この世には生きたくても生きられない人も居るから生きなきゃいけない、わたしも、あなたも。
———そう言ったのはあなたでしょう?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
しばらくの沈黙を経て、■■が徐に口を開く。
「じゃあ、生きたくなくても生きるしかない人はどうすればいい?」
「⋯⋯え?何を⋯⋯言ってるの⋯⋯?」
生きたくないなんてことをアナタが言う筈がない。私が信じるあなたはそんな人じゃない!
そんな私の想いを打ち砕くかの様に言葉が続けられる。
「もう嫌なんだ。ありもしない将来の事を考えるのも、ありもしない夢を追うのも、ありもしない嘲笑の的にされるのも、実感の無い人生を過ごすのも、何もかも嫌なんだ、嫌なんだよ⋯⋯」
子供のように「嫌だ」と繰り返す。泣きじゃくりながら繰り返す。
「そんなことして、あなたの家族が喜ぶと思うの?」
「家族がどう思おうが知ったことじゃない、ただ今までの仕返しとして迷惑かけてやろうと思っただけだ」
「私が悲しむとは思わないの⋯⋯⋯⋯?」
「もし、本当に悲しいと思ってくれるのなら心苦しくはあるよ」
「やめてって言ったら、やめてくれるの⋯⋯?」
「———ごめん」
泣きながら謝る■■が思い出したように言う。
「最期に一つ、質問してもいいかな」
「いいよ⋯⋯なに⋯⋯?」
「何で、こんなことになったんだろうね」
「きっと、周りがそうさせたんだと思うよ⋯⋯」
展望台の下からは、いつの間にか人が居なくなっていた。
私はただ泣くしかなかった。結局、何も出来なかった。
ひとしきり泣いた私の手には、
———[何か]を押したような感触が残っていた。