咎人たちの平穏
「また[造反者]が出たらしいよ、しかも八人も」
「八人?その騒動、今どうなってるの?」
「もう既に執行済み、散らばって逃げてるのを追い込んで纏めて確保したってさ。しかも、確保時に交戦があったらしいよ」
「死傷人は何人出たの?八人も相手にして交戦なんかしたら⋯⋯」
「いや、死傷者どころか怪我人すら居ないって話だよ。なんでも、あの一ノ瀬さんが交戦したらしいし」
「だとしても怪我人ゼロはおかしいでしょ、他のメンバーだって戦ったわけでしょ?」
「それが、一ノ瀬さんが一人で八人全員を相手に戦って———しかも、圧倒してたらしいよ」
「それで他のメンバーは戦ってないから無傷だって?一人で八人を相手なんか出来っこないし、仮に出来たとしても無傷はありえないでしょ。ミーハーすぎよ、アンタ」
「本当だって!そこまで言うなら、今から一緒に作戦関係者に訊いてくる?」
「はいはい、信じてあげるから変なことしようとしないでねー」
◆◆◆◆◆◆
⋯⋯暗い。
ただ暗い意識の海で、ただ漂う。
(これがあの子の———)
此処に長く居るわけにはいかない。
『もう身体は治った、後は目を醒すだけだ』
音では無い、意志の声が聴こえる。
そうか。もう治ったのか、わたしの身体は。
相変わらず魔法というものは便利だ。
溶けた意識をかき集めて、ゆっくりと自分を確認する。
(わたしの名前は———)
「⋯⋯ナカ!き⋯⋯きて!」
遠くで声が聴こえる。
その声は徐々に近くなり、はっきりと聴こえるようになってくる。
(———ここまで来れば、あとは目を開けるだけ)
「やっと⋯⋯起きた。だ、大丈夫?からだ、痛くない?」
徐々に意識がはっきりしてくる。
視界はまだ霞んでいるけれど、左眼に包帯を巻いた少女———ルフェイがわたしの身を案じてくれているのがわかる。
「ありがとう、もう大丈夫」
「大丈夫な人は、一人で八人も相手にしたり、三日も倒れたりしないよ!」
取り敢えず、立ち上が———、
立ち上がろうとした矢先、視界が大きく歪んで脚がもつれる。
「うっ⋯⋯」
全身から、必要な何かが急速に失われていく感じがする。
「だっ、大丈夫?どうしたの?」
「大丈夫、ちょっと魔力が足りないだけ」
自分で言っておいてアレだが、全く大丈夫ではない。
魔力とは生き物の生命力であり、枯渇は死を意味する。
尤も、枯渇することなどそうそう無いし、今の症状は至って軽いものだが。
「待ってて、すぐにアーニーを呼んでくるから」
そう言って、ルフェイは部屋を出て行った。
(そういえば、ここって私室じゃなくて学院の医療室か⋯⋯)
こうなってしまうと、わたしにできることは無い。
なんとか立ちあがろうと試みたものの、結局は身体が動くことはない。
わたしは諦め、大人しくルフェイが先生を連れて来るのを待つしかなかった。
部屋の壁掛け時計が、カチカチと規則正しい音を立てる。
(三日⋯⋯か)
自分が居ない三日間、ルフェイは大丈夫だっただろうか。
彼女———ルフェイ・エンデは所謂、捨て子だった。
戸籍も無く、居場所も無く、記憶も無かった。
自分の名前すら判らない、恐らくは悲惨な目に遭ったであろう少女。
しかし、わたしの目に最も痛ましく映ったのは、他でもない彼女の目だ。
左眼に、刃物のようなもので切りつけられた傷があったのだ。
わたしは、雨の降り頻る夜空の下、倒れ伏している彼女を見つけた。
雨風に晒され、冷え切った身体。今にも息絶えてしまいそうな少女。
———放っておくことはできなかった。
これ以上、人が死んでいる姿を見たくなかった。
あの時の贖罪を果たすと決めた自分に、無関心でいることを許したくはなかった。
ガチャリと、扉が開く音が聞こえ、トタトタと走り来る音と微かな息切れが聴こえる。
どうやらルフェイが戻ってきたようだ。
ルフェイの後ろには、見慣れた白衣の男も居る。
「コラコラ、ルフェイ。キミも怪我人なんだから走ったりしちゃ駄目じゃないか』
アーニー先生こと、アーノルド・ラッセル・フォーサイスだ。
ルフェイの保護者であり、名前を忘れてしまった彼女に仮の名を与えた。所謂、名付け親でもある。
「アーニーが遅いの!」
ルフェイに急かされた先生が、わたしの椅子を指して、「少し借りても?」と言った。
わたしが了承すると、彼はベッドの傍に椅子を置いた。
ルフェイはというと、どうやらお茶を入れに行ったようで席をはずしていた。
話を始めた。
「まずは、無事でよかった。キミのおかげで作戦はうまくいったし、同時に参加していた誰にも怪我はなかった———」
そうか、怪我人は出なかったか。それなら、奮闘した甲斐があった。
「———けどね。キミが一人で交戦する必要はなかった筈だよ。どうしてそんな無茶をしたのか、私にはそれを問い詰めなくてはならない義務がある」
⋯⋯やはりその話か。
実のところ、この件について訊ねられる気はしていた。
しかし、素直に答えるわけにはいかない。
まだ、わたしの目的に関わる可能性がある事柄について、話すわけにはいかないのだ。
「⋯⋯別に、特に理由はありませんよ。ただ、できたからやっただけです」
「—————————」
沈黙が続く。
当然と言えば当然だ。一人で八人も相手に戦った。
その理由が「できたからやった」なのだ。
「でも、それは結果論だ。私はキミを咎めているわけでは無いんだ。ただ、理由を聞きたいだけなんだよ」
先生は珍しく追求の手を緩めなかった。いつもはこれではぐらかせるというのに、今回こそは本気で聞き出すつもりらしい。
再度、重苦しい沈黙が続く。
(どうする?どうやって切り抜ける?こんな事なら、何か策を考えておくべきだった)
「そうか、戦っていたのはキミではなくて[彼]か。なら、彼に代わってくれないかい」
「———それだけは絶対にダメです!!ッ⁉︎うっ⋯⋯」
勢い余って上体を起こしてしまい、全身に激痛と大きな倦怠感が襲い掛かる。
しまった、失敗した。
ここでこの返答をしてしまったら、余計に話が拗れる。
再三、長い沈黙が訪れる。
耐え難い痛みと、耐え難い沈黙。
———ガチャリ
しかし、その沈黙は突如として破られる。
「ただいま、お茶淹れてきたよ」
ルフェイがお茶を持ってきたようだ。
「ん?あぁ、ありがとう、ルフェイ。机に置いておいてくれ」
先生は、ルフェイにお茶を机に置いておくようにいうと、徐に口を開いた。
「キミの身体はまだ万全じゃない。恐らく、この前の交戦をトリガーに日頃の疲労が一気に襲って来たんだと思う」
「キミはもっと自分を大事にするべきだ」
話が長くなる予感がする⋯⋯。
もういいや、寝よう。
お見舞いから数時間後。
仕事を終え、自室に戻ったアーノルドは一人、映像を見ながら考え事をしていた。
(やはり、何かに似ている⋯⋯)
彼が見ているのは、先日の交戦時の映像記録だ。
そこには、八人の魔法使い達を、槍で蹂躙する女性の姿が映っている。
女の名前は[一ノ瀬 愛花]。先刻、アーノルドが話した人物だ。
『———口程にもない。群れるだけの畜生風情が』
映像に映る愛花が、普段の彼女の様子からは考えられない言葉を紡いだ。
その声は普段通りのものではなく、明らかな侮蔑の念が込められている。
アーノルドが今回の交戦記録を持ち出して、わざわざ自室のパソコンで確認しているのには理由がある。
槍で攻撃を捌きながらも時に反撃を織り交ぜた戦い方、それを何処かで確実に見た覚えがあるからだ。
しかし、考えども結論は出ず。
結局、今までと同じく、思案は徒労に終わった。
三年前に学院に突如現れ、付き人を伴って編入してきた謎の人物である[一ノ瀬 愛花]。
彼女も彼女の付き人も話をしている分には、充分に信頼できる人物だとは思う。
しかし、今までの経歴を一切明かすことないということ、彼女自身の交戦中の多重人格としか例えようの無い豹変。
そして、その状態での槍捌きと戦い方⋯⋯。
考えれば考える程、謎は深まる。