希望を託して鶴は行く   作:魚鷹0822

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母港執務室の提督を爆撃せよ

 銃弾、爆弾、魚雷、砲弾、刃、拳。戦場では様々なものが飛び交う。見た目は違えど、どれも相手の命を奪うもの、という点は一致している。

 戦いの場は、命を摘み取るもので溢れている。

 でも、それはあくまで戦場における話。

 

「あの……。その……」

 

 ある建物の一室で、椅子に腰かけている男性は、両手を挙げた状態で硬直している。

 彼とて、したくてしているわけではない。そうしなければならない理由がある。

 なぜなら、動けば目の前の命を摘み取るものが、自分に向かって放たれてしまうからだ。

 

「あの……、なんで、こんなことに、なっているんだ?」

 

 男性が率直な疑問を投げかける相手は、目の前にいる白と青の和装を着ている女性。でも、その女性は何も答えない。

 視線だけで相手を殺せそうなほど鋭い目つきで男性をにらみつけたまま、構えたものを彼の額から3cmの間をあけた位置で固定している。

 彼女が構えているのは、かつて戦場で使われていた道具、弓矢。

 今の戦場で武器として使われることはないが、姿を変えたものは狩猟で使われ、また弓道という形で今も続いている。

 銃弾ほどの威力はないにしても、この距離で放たれれば頭部を貫通するくらいの威力はある。

 目の前に突きつけられた死という可能性を彼、この基地の司令官は肌で感じていた。

「あのさ、何か、答えてくれないか」

 震える唇、からからに乾いた喉で、司令官は言葉を絞り出し、目の前の女性の名を呼ぶ。

 

「……加賀」

 

 彼は、目の前に立ちはだかる艦娘、部下の空母加賀へと、問いかけた。

 

「……あなたを、亡き者にしにきました」

 

 ようやく口を開いたと思ったら、放たれた物騒な言葉に司令官は震える。

まさか平穏なはずの基地で、まして部下に命の危機にさらされるなど、司令官は想像もしなかったに違いない。

「それは、どういうことだ?」

「……ではわかりやすく。あなたを、殺しにきました」

「言い換えろといったんじゃない!なんでこんな行動に及んだのかを聞いて」

 加賀の構えている弓の先端が額に触れ、司令官は言葉を切った。

「どうしたのですか?言葉の続きをどうぞ」

「この状況で何を話せと?」

「あら?」

 加賀が弓を構えたまま、不思議そうに顔を傾ける。室内の気温が一瞬にして零度以下に下がったような錯覚に陥り、司令官は身震いする。

「司令官ともあろう方が、自分の命が惜しいから続きが言えない、というのかしら?」

 司令官は慎重に言葉を選ぶ。選択を誤れば、即あの世行きになってしまう。

 そう思わせるほどに、加賀のまとう雰囲気は殺気に満ち溢れていたからだ。

「それは、そうだ。国のために戦うと誓った身の上でも、死にたがりじゃない」

「……そうですか」

 可もなく不可もない、加賀の求める答えではなかったのか、彼女はまだ弓の先を司令官に突きつけている。

「では、1つ聞かせてください」

「……なんだ」

 部屋の中がしばし静寂に包まれる。あいにく、今の部屋には加賀と司令官しかない。

 秘書官の駆逐艦、電に席を外してもらったのがあだになった。もっとも、いたとしても駆逐艦の電では加賀にはかなわない。

 なんとか彼女を言いくるめて、この状況から脱するしか司令官に生き残る道はなかった。

 

「あなたの部下が無駄死にする任務にでることについて、どうお考えなのでしょう?」

 

 司令官はつばを飲み込む。

「提督、答えてください」

 矢の先端が司令官の額を、ツン、ツンとつつく。

 見えなくても、死へのカウントダウンが始まっているような気がしてならない。

「そんなの、納得できないし、行かせられないに決まっている。私は、君たちを無駄死にさせるために、訓練したり強化したわけじゃない」

 突然、加賀がかっと目を見開いた。それが司令官には、死神が鎌を振り上げたように見えた。

「……そうですか」

 司令官は命の危機が迫っていることに震え、加賀は溢れんばかりの怒りの感情を押し込めているのか弓が震える。

「それで、なぜこんな行動に出た?」

 司令官が、最も聞きたかったこと。この事態を引き起こした理由を問う。

「……それは、あなたが一番わかっているのではないでしょうか?」

「いや、さっぱり」

 彼女の眉間にしわが寄った。

 

「胸に手をあてて、よく考えてみてください」

 

―――私に手を当てるような胸などない、君と違って。

 

 などといえば、間違いなく加賀は矢を離すので司令官は喉まで出かかった言葉を飲み込む。

「すまない、本当に、わからないんだ」

「あなたには失望しました」

「それ違う娘のセリフ」

「まあいいです。私がこのような行動に出た理由。それはですね……」

 矢の先を突きつけたまま、加賀はそのいきさつを語り始めた。

 

 

 

 

 静かな音を響かせる穏やかな波、程よい涼しさを運んできてくれる心地よい海風、風に乗って運ばれてくる海のにおい。

 どれも、いつもは心を落ち着けてくれるもの。

 だがこのときの加賀の心は、大しけになっていた。

 

「どうしたの、加賀さん」

 

 波止場で加賀は、目の前の人物の姿に、言葉が発せられなかった。

「ねえ、加賀さん」

「瑞鶴、あなた……」

 加賀は、目の前の緑の髪の2本のツインテールを揺らす相方、空母瑞鶴の姿に驚愕の色を隠せない。

「え、この格好?」

 瑞鶴はその場で一回転した。加賀は彼女の姿を、隅々まで観察した。

 見間違いではない。彼女の日頃の恰好は、同じ空母の赤城や翔鶴と同じ、赤と白の和装だった。

 それが今は見る影もない。緑や茶色等の色で塗りつぶされた、迷彩模様に変わっていた。

「どう?強そう?」

 加賀も知識としてだけは知っていた。彼女を相方にする過程で、自分たちが沈んだ後の戦史を読んだからだ。

 瑞鶴は、正規空母の最期の生き残りとして、最後の大海戦、レイテ沖海戦でその身を囮とされ、海の底へ沈んだ。

 姉の翔鶴も、後輩の大鳳も失い、積む艦載機さえろくにない。生き残った瑞鶴の、空母として戦って沈むことさえ許されなかった、かつて栄華を誇った空母機動部隊の終焉。

 その戦いの際、彼女に施されていたのが、目の前の迷彩模様だったという。

 

 瑞鶴にとっては、最後まで戦えた姿。

 

 加賀にとっては、自分達の不始末すべてを後輩に押し付けた現実を突きつけられる姿。

 

「さっき工廠で改装が終わったんだ」

「……何のために?」

 今加賀たちがいるのは、日本の本土から離れた南端にある孤島に作られた基地。艦娘の再訓練場という名目の、艦娘の墓場と呼ばれる場所。

 戦力としてあてにされていない基地では、近海の哨戒や訓練が主。改装が必要なほどの事態に、今は陥っていない。

「今度行く、作戦のため……」

 瑞鶴は言った。その表情に、寂しさや、悲しさをにじませて。

「どんな作戦なの?」

 迷彩模様、作戦のため、彼女の表情。加賀の頭の中を、いやな予想がよぎった。

「それはね」

 瑞鶴は、遠足の予定でも話すかのように、楽しそうな表情で語った。彼女とは裏腹に、加賀は作戦内容に、言葉を無くした。

 

「そう……」

 話を聞き終えた加賀は、静かにそういった。

 そして、無言で艤装を取り出すと、矢をつがえ、目をカッと見開いた。

 

「全機爆装、準備でき次第発艦。目標、母港執務室の提督!」

 

「か、加賀さん待って!」

 慌てて瑞鶴は加賀にしがみつく。

「瑞鶴、離しなさい」

「ダメだよ、提督さんを爆撃するなんて!」

「爆撃じゃないわ、提督を亡き者にするの!」

「もっと駄目だよ!」

 瑞鶴は、加賀を背後から羽交い絞めにしてとめる。加賀は彼女を振りほどこうとするも、馬力では瑞鶴の方が上であるため、振りほどけない。

 2人はしばし、限りなく密着した状態でもがくことになった。

「離しなさい!そんなふざけた作戦に、あなたを行かせるわけにはいかない。それには、提督を爆撃して亡き者にしなければならないの!」

「ダメだよ!提督さんを爆撃したら、基地がめちゃくちゃになっちゃう!」

「……そう」

 すると、加賀は呆気なく弓をひっこめた。

「わかったわ、あなたがそういうなら……」

「ほ、本当!?」

 表情が一気に明るくなった瑞鶴は、加賀を見上げる。そんな愛しい彼女の頭を、加賀は右手でやさしくなでる。瑞鶴はくすぐったそうにするが、笑みを浮かべている。

「もちろんよ……」

 そんな彼女を見て、加賀は微笑む。

「あなたのお願いだもの。基地施設を破壊しないために、爆撃は(・・・)やめるわ」

 そして加賀は踵を返すと、弓を手に執務室へ最大船速でかけていった。

 

 

 

「……というわけなので、直接あなたを射抜きにきました」

「私より基地施設の方が大事なのか!」

 司令官は、内心泣きたくなったことだろう。

「部下に無駄死にを命じる指揮官の心配など、だれがするのですか?」

 加賀が口にした言葉に、司令官は固まった。

「確かに、私たちは艦娘。深海棲艦を倒すことが役目です。死の危険は常に隣り合わせ。九死に一生の戦場でも、はせ参じる覚悟です」

「……なら」

 

「ですが、十死零生の作戦など、作戦とはいいません!これでは、私たちが鉄の船だった当時と、かわらないではありませんか!」

 

「……瑞鶴から聞いたのか」

 ふと、控えめにドアがノックされたのち、執務室のドアが開かれた。中に入ってきた人物は目の前の光景を見るなり一瞬目を見開き、そしてひきつらせた笑みを浮かべる。

 

「あの~、これはどういう状況なのですか?」

 

 秘書艦の電が戻ってきた。彼女の目の前では、司令官が部下に弓を向けられるという異様な光景が繰り広げられている。

「提督を殺しにきたの」

 隠すこともなく、さも当然のように加賀はいった。

「そうなのですか」

 太陽のように温かい笑みを浮かべる秘書官に、司令官は希望を抱く。

「電、その、は、はや……」

 

「加賀さん。できるだけ苦しみを与えてから、司令官さんを亡き者にしてほしいのです」

 

 前言撤回、悪魔の笑みだった。

「承知したわ」

「さらっと承諾するな!」

「鎧袖一触よ、問題ないわ」

「問題大有りだ!電!秘書官として加賀を止めてくれ!」

「あんな任務に瑞鶴さんを行かせる司令官さんは、電の知っている司令官さんじゃないのです。司令官さんの名誉を守るためにも、あなたを今すぐ亡き者にすることが必要なのです」

 この場に司令官の味方と呼べる者は、だれもいなかった。

「なので司令官さん、加賀さんにおとなしく殺されてください、なのです」

「では提督、覚悟してください。まずは、腕か足の1本から……」

 そのとき執務室の扉が、勢いよく開け放たれた。

「加賀さん!」

 息を切らしながら駆け込んできたのは、想い人の瑞鶴だった。

「加賀さん、提督さんを殺さないで!」

「でも……、瑞鶴。このままじゃ……」

「いいの!承諾したのは私だから!」

 提督をかばう瑞鶴に、加賀は言葉を詰まらせる。

「……なんで」

 彼女は奥歯をかみしめ、言い放った。

「なんで、あんな作戦を承諾したの!結果自分がどうなるかなんて、わからないあなたじゃないでしょう!」

 

「彼女が、一番適任だからだ……」

 

 声の主、提督を加賀は深海棲艦に向ける視線でにらむ。

「それは、彼女の練度からですか?それとも、彼女のたどった軌跡からでしょうか?」

 提督は無言のまま加賀を見つめる。彼女は再び弓の先端を提督に突きつける。そのとき、加賀の背後でカメラのシャッターが切られる音がした。

 加賀は即座に背後を振り返ると、開いていた執務室の扉の隙間の向こうに、走り去っていく重巡洋艦、青葉の後ろ姿が見えた。

 

 

 

 

「こ、これは、青葉、見てしまいました」

 廊下を走り抜ける青葉は、自室へ向かって一目散に突き進む。

「提督に弓を向ける加賀さん、提督をかばう瑞鶴さん、そして微笑む電さん。これは、特ダネのにおいが……」

 そして廊下の角を曲がろうとした。が、突如現れた矢が彼女の鼻先から2cmの地点に着弾したことで足を止めた。

 

「……青葉」

 

 地獄の底から湧いてくる亡者のような声を発しながら、能面のように感情を感じさせない表情を顔に張り付けた加賀は青葉に歩み寄る。その手に、2本目の矢が番えられた弓を手にして。

「か、かか、加賀、さ……」

 そして、彼女は青葉の首根っこをつかんだ。

「そ、その、命、だけは……」

「ええ。命は助けてあげる」

 一転、すがすがしい笑みを浮かべる彼女に、青葉はうすら寒いものを感じ背筋を震わせる。

「その代わり、ちょっと協力してほしいの」

「な、なにを、ですか?」

「安心しなさい。記者としての本分を発揮できるものだから」

 そして返答を待たず、加賀は青葉を引きずっていった。

 

 

 

 

「提督。説明をお願いします」

 

 加賀は再び執務室に戻り、提督に説明を求めた。傍らに、メモ帳とペンを持った青葉を連れて。

「……なんの説明を?」

「とぼけないでください!瑞鶴が近いうちに参加する作戦についてです!」

 加賀は勢いよく首をまわし、青葉の方を振り向くと、顔を近づけ、両目をカッと見開く。

「いい?これから語られる提督の言葉を、決して聞き漏らさず、一語一句、正確に記録すること」

「は、はい!」

 青葉は取材のする記者の顔になり、愛用のメモ帳とペンを手に提督が話すのを待つ。

「では提督、お願いします」

 再び、加賀は提督に矢を向ける。

「拒否権は?」

 彼女は無言で矢を引き絞る。

「関係者以外、口外するなと指定されているんだが……」

 司令官は、先ほどまでの震える姿勢から一転、落ち着き払った態度になった。

「近いうちに、深海棲艦に対する反攻作戦が実施されることになった」

 

 

 深海棲艦。

 

 

 突如海に現れたこの謎の存在に、人類は制海権を喪失。奪われた海を取り戻すため、人類は唯一対抗できる存在、艦娘を生み出した。

 そして、今日も深海棲艦と艦娘との戦いが、この広い海原のどこかで、繰り広げられている。

 

「今、この国の置かれている状況は、君も知っていると思う」

 加賀は司令官の話に耳を傾ける。弓は向けたままで。

「深海棲艦との闘いに、人類は破れ続け、ついに沖縄近海、私たちの基地の近くにまで迫っている」

 深海棲艦に対抗するために、人類は艦娘という刃を生み出した。だがそれでも、相手は底なしのように次々沸いてくる。

 そしてついに、日本近海にまで迫ってきた。

「このままだと、この国に残された僅かなシーレーンも寸断され、食糧自給率が低く、資源採掘量の少ない我が国は、自然に干上がるしかない。だから軍は総力をあげ、一大反攻作戦にでることを決定した」

「今の戦力で、ですか?」

 今深海棲艦の対処に当たっている主力艦隊は、もう壊滅に近い状況だという。おまけに資材も残り少ない状況では、まともな戦力は期待しにくいだろう。

「ああ。だが実行にあたって、航空戦力の不足が特に深刻だ」

 ボーキサイトをはじめ、日本では採掘されない金属や燃料の備蓄が底をつきそうなのだという。

「この不足を補うために、頼りたくなかっただろうが、この基地からも戦力を出すよう求められた」

 今彼女たちがいる基地は、戦力外とみなされ、左遷された艦娘たちの再訓練場、墓場と呼ばれる場所。

 自分達がかつて戦力外通告して追い出した艦娘たちに頼らねばならないなど、上とっては屈辱以外なにものでもない。

 でも、それほどに事態はひっ迫しているということだ。

「役目は、敵の航空戦力を少しでも減衰させるために、囮になること。その間に、横須賀や呉、佐世保等、本隊の精鋭たちが、敵の旗艦をたたく」

 3人は目を見開いた。電は困惑した表情を浮かべ、加賀は苦々しい表情を浮かべ、青葉はペンを持つ手が震えている。

 加賀は頭で分析する。

「あなたの言っていることはわかります」

 彼女は、奥歯をかみしめ、叫んだ。

「だからって、なぜ瑞鶴を囮作戦に出すのですか!」

 加賀が司令官を亡き者にしたい理由。それは、このままでは瑞鶴が囮として送り出され、確実に海の底に沈む運命が待ち受けているからだ。

 

「まして、あんな姿で!これではあの子が最後を迎えた、あの海戦と同じではないですか!趣味が悪いにもほどがあります!」

 

「必要な改装だし、瑞鶴が適任だと考えた。いいも悪いもない」

「……何を考えているのですか?」

 司令官の視線が一瞬左右に揺れるのを、加賀は見過ごさなかった。

 

 いいも悪いもない。

 

 司令官が時折口にする言葉だが、これを言うのは司令官が何か思うところがある場合だと、艦娘たちは長い付き合いの中で知っていた。

「大丈夫だよ、加賀さん」

 瑞鶴が、彼女の腕に抱き着いた。

「瑞鶴……、でも」

「大丈夫だよ。この姿で昔、私はなかなか沈まなかったんだから。今回だって、きっと。うん、今度は帰ってこれるかも」

 瑞鶴の言葉に、皆は口をつぐむ。その結果がどうなるか、特に終戦まで生き残った青葉は、容易に想像できた。

「いずれにしても、これは決定事項だ。変更はできない」

 提督は加賀たちに背を向け、執務室の窓から見える海を見下ろす。

「作戦は5日後の、〇八〇〇開始。それまで出撃任務はない。各自で判断して時間を過ごすこと」

 それは、最後の5日間を有意義に過ごせ、という意味に他ならない。

「……以上だ」

 加賀は瑞鶴の手を引いて執務室を出ていった。

 

 

 

 

 

「……何を考えているのですか?」

 静かになった執務室で、秘書官の電は提督に話しかける。

「そうですよ。司令官らしくないです。部下を無駄死にさせる作戦に躊躇なく送るなんて……」

 この基地にいる艦娘たちは、皆が戦力外とみなされたものたち。でも、この提督はそんな彼女たちを見捨てず、今日まで一緒に歩んできた。

 そんな司令官の今回の行動に、2人は納得できないものを感じていた。

 提督は椅子に腰かけると、うつむきながら話し始めた。

 

「私だって、行かせたくなんてないさ……」

 

 いつもにくらべ、数段弱々しい声に、2人は悲しみを顔ににじませる。

「私は、君たちを無駄死にさせるために、鍛えたわけじゃない」

―――死に際に花を添えることを考えるより、生き残ることを考えろ。

 そう司令官は言っていた。

「あの作戦指令書が届いたのは一週間も前なのです。返答期限は昨日」

 電は、司令官の傍らに立った。

「悩みぬいた結論、なのですね」

「……ああ」

「沈みゆく瑞鶴さんに資材を投じて改装をしたのも、生還できる可能性を上げるため、なのですね?」

「……気休めだと、思うけどな」

 提督が言うには、囮艦は最も練度の高い正規空母が指定された。低練度ではすぐに沈んでしまい囮とはならないし、餌が大きくなければ作戦の意図を悟られてしまう可能性がある。

 この基地で練度が高い正規空母は、加賀か瑞鶴。提督には、どちらかを犠牲になど選べなかった。

 だが、まだわずかにでも生還できる見込みがあるなら、それは瑞鶴だった。加賀の言った通り、提督はかつて幸運の空母と呼ばれた瑞鶴がたどった軌跡で決めたのだ。

 あの運命を、打ち破ってほしい。そして作戦指令書には、何も囮になって沈めとは書かれていない。作戦終了まで耐えて、帰還してほしい。だから、改装をした。

「あの、司令官……」

 青葉が挙手をしたので、司令官は先を促した。

「この作戦、上から来たのですよね」

 司令官は頷く。

「なぜ、それを言わなかったのですか?」

 

「……上から命令があったのは事実だ。だがそれに従い、瑞鶴を選定したのは私だ。彼女は、私が命じて沈ませるんだ」

 

 自分の責任で、命令で沈ませる。ともに歩んできた仲間として、最後まで責任を持つ。

 でも可能なら耐え抜いて、帰ってきてほしい。そう、電と青葉には聞こえた。

「青葉」

 彼女は司令官に向きなおる。

「この件、基地内に知らせてほしい」

 司令官の言葉に、青葉は首をかしげる。

「よろしいのですか?」

「他のものたちにとっても、瑞鶴といられる、最後の日々になるかもしれない」

 提督は、帰ってきてほしいと思いつつも、確率の高い可能性を見据えていた。

「……でも、司令官に抗議や苦情が殺到するかもしれませんよ?」

「覚悟の上だ。私の選択の結果なら、最後まで責任を持つしかない。それが、誰かの上に立つ、ということだ」

「……わかりました!早速、記事の編集に移ります!」

 青葉はメモ帳片手に、デスクたる自室へと走って行った。

 

 

 

 

 

「瑞鶴、なんで承諾したの?」

 波止場でラムネを飲みながら、加賀は瑞鶴に聞いた。

「作戦のこと?」

 加賀は、生気の抜けたような暗い瞳を瑞鶴に向ける。彼女を片翼として迎え入れ、ともに戦果をあげ始めたというのに、その矢先にこれだ。

「あなたの本心を、聞かせてほしいの」

「本心って……」

「敵の艦載機の囮になるために、本隊とは違う方向へ進出。ろくに艦載機もなく、味方もいない。帰還できる見込みなんて、ほとんどないのよ」

「……そうだね」

「こんな、沈んで来いなんて任務を、なんであなたは承諾したの?」

「……提督さんを、見ていられなかった、から」

 瑞鶴はうつむきながら、絞り出すように言う。

「作戦指令書を読んで、日々頭を抱えている提督さんを、見ていられなかった」

 加賀は、彼女の話に耳を傾ける。

「提督さんは、みんな大事な部下だから、って。だから、こんな作戦受け入れられなくて。でも、従わないと、提督さんはこの基地にいられなくなる」

 今の提督は、この基地で問題児扱いされてきた艦娘たちをだれ一人見捨てず、今日まで一緒に歩いてきた。

 その提督を失ってしまえばどうなるか。それがみんなにとってどれだけつらいか。

「だから、提督さんにお願いしたの」

 瑞鶴は、空を見上げながらいった。

 

「私が行く。その代わり、みんなをお願いって」

 

 彼女は選んだ。自身は任務へ行き、その身を危険にさらすことを。

 提督を、みんなを守るために。

 たとえ、この作戦が終わった後に、この場所に、自分の席がなくても。

 

 加賀は、言葉が出なかった。

 

「あら?」

 

 瑞鶴が振り向くと、そこには彼女所属の妖精たちが全員集まっていた。先頭の妖精たちは、皆で何かを抱え上げ、瑞鶴に向かって差し出している。

「間宮のアイス?私に?」

 妖精たちは頷いた。艦娘たちに大人気の甘味、間宮のアイスの器を持ち上げていた。

「ありがとう」

 瑞鶴は2つの器を受け取り、妖精たちにお礼を言う。でも、妖精たちの表情はさえず、不安げなままだった。

「みんなそんな顔しないの。作戦のときは、この中の凄腕が一緒にいくことになっているんだから。安心して」

 作戦時には、全員ではないものの、選抜された妖精たちの直掩隊、攻撃隊が随伴することになっている。

「作戦まで時間あるんだから、そんな表情で過ごしていると湿っぽくなっちゃうよ」

 瑞鶴は、努めて笑顔を浮かべる。そして、アイスの器を1つ、加賀に差し出した。

「2つは食べきれないから、加賀さん食べて」

「……いいの?」

 彼女は笑顔で頷いた。

「瑞鶴、提督に外出許可をもらって、本土に行かない?」

 今彼女たちがいるのは、沖縄より南の島。本土まで距離が遠く、他の鎮守府や警備府と違って簡単に外出できる場所ではない。なので非番の日でも、できることは訓練か寝るかに限られてしまう。

 せめて最後の思い出作りにと加賀は提案するが、瑞鶴は首を横に振った。

「どうして?」

 すると、瑞鶴は加賀の胸に顔をうずめながら言った。

「本土まで行く時間を消費するより、加賀さんと、一緒に居たいな」

 想い人との時間を、片時も無駄にしたくない。それが、彼女の気持ちだった。

「……そう」

 加賀は彼女の背中に腕を回す。

「あなたがそういうなら……」

 彼女は、想い人との残された時間を、大事に過ごそう。記憶に、彼女との過ごすこの時間を刻み、そして、覚えていよう。そう、決めたのだった。

 

 

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