クロノトリガー 真エンディング版   作:やまもとやま

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10、マールの消失

 目を覚ましたマールはいまここが400年前のガルディア王国であるという事実に驚いたが、すぐに王家を継ぐ者にふさわしい顔つきに戻った。

 マールは400年前の国王に自分のことを話した。

 

「私は第100代、ガルディア王女のマールディアです」

「では、本当に400年後の未来から……ううむ、なんという奇妙なことか」

 

 国王はクロノらが未来からの訪問者であることをすでに受け入れていたが、改めてマールからそう言われて、しみじみと事態の奇妙さと深刻さを感じていた。

 

「改めて、話そう。私が第87代ガルディア国王である」

「驚きました。お父様にそっくりなのですもの」

「そうかね。マールディア姫も、我が娘を見ているかのよう。はるか400年の時を経ても、リーネの姿が引き継がれているのかと思うと、私はとてもうれしく思う」

 

 ガルディア国王は天を仰いだ。400年後にも、王位が継承されているということは、少なくともその間にガルディア王国が終わりを迎えることがなかったということである。それは国王の願いそのものであった。

 しばらく言葉を失った国王のもとに側近の者が跪いた。

 

「国王、民にはどう報告されますか? リーネ様発見の報はすでに経済界の間で広く知れ渡っているようなのです」

「そうだな、そのことについても考えていかなければならんな」

 

 国王は我に返った。発見されたのがリーネではなくマールであったとすると、いち早くリーネを探し出す必要があった。

 すでに、サイラス率いる騎士団はリーネ捜索を再開したが、民はすでにリーネが発見されたものであると認識していた。

 

 ガルディア王政は経済界が支えていると言ってもいい。

 ガルディア国王はこれまで、経済界の顔色を窺いながら政治をしてきた。

 その経済界に発見されたのがリーネではなかったと知らせるのは気が引けた。

 

 経済界は暗黙のうちに魔王陣営と通じていると言われている。

 もともと、経済界の左派には、魔王陣営に賄賂を贈る者も少なくなく、今回のリーネ行方不明を受けて、経済界の中にはむしろ喜びを覚える者も少なくなかった。

 それだけに、ガルディア城も政治決断に慎重にならざるを得なかった。

 

「大臣にはリーネは発見され無事保護されたということで伝えてくれ」

「わかりました」

 

 国王はリーネは無事発見されたということで歴史を動かすことに決めた。

 この決断にはリスクがあった。

 反ガルディア勢力をおとなしくできる可能性がある一方で、民間側の捜索隊は捜索を中断することになる。すると、リーネ発見の人手が減少することになる。

 しかし、ガルディア国王は国全体の秩序を保つことを優先した。

 

「すまないが、マールディア姫。もしもの時はリーネの影武者を演じてもらえないだろうか?」

「第87代王女の誘拐……たしか学んだことがあるような気が……」

「本当かね?」

「はい。たしか……」

「国王!」

 

 マールの言葉を遮るように側近の者が声を上げた。彼は優秀な側近であり、対応はとても早かった。

 

「我々が未来のことを知るべきではないかと思います。私は物理学問の専門家ではありませんが、歴史が変わってしまうことがあれば、何か大きな問題が起こる可能性があります」

「たしかに……その通りだ」

 

 国王はマールのほうに顔を戻した。

 

「マールディア姫、これ以上の話はよそう。もし、我々が未来のことを知れば、マールディア姫の時代もまた大きく変わってしまうかもしれん」

「はい、そうですね」

 

 マールは歴史上の情報を心の内に封じ込めた。

 歴史が正しければ、第87代王女のリーネは、魔王軍の手に誘拐されたが、後にサイラスの意志を引き継いだ勇者グレンと謎の少年の手によって救出される。

 

 サイラスの死後に発見されるということだから、歴史が正しく進めば、リーネが城に帰ってくるのは一年半後ということになる。

 しかし、その歴史が正しく刻まれている保証はなかった。

 

 マールがここにいること自体がすでに正規の歴史と食い違っているはずだから。

 

 マールはそのとき、はっきりとしない恐怖心を覚えた。歴史が変わっていくのを肌で感じていた。

 

「マールディア姫、ともかくしばらくここで休まれるとよい。ここはリーネの部屋。自由に使ってくれたらいい」

「はい、ありがとうございます」

「何かあれば手伝いの者に言いつければ世話をしてくれる。あとは……」

 

 国王は神妙な顔で付け加えた。

 

「歴史に影響を与えぬよう、マールディア姫がここにいることは内密にしようと思う。少し窮屈な思いをさせてしまうかもしれないが」

「平気です」

「私のほうから直々に物理学者のほうに話を伺ってみようと思う。マールディア姫がもとの時代に戻れるようにな」

 

 マールはうなずいた。すると、国王は朗らかな表情を浮かべた。

 

「やはりリーネとは違うかな。リーネがよりたくましくなったようじゃ。未来は明るい」

 

 ◇◇◇

 

 リーネが国王と面会している間、クロノはサイラスと向かい合っていた。

 

「ではクロノ殿は400年後のガルディア兵士であると?」

「はい」

 

 クロノはそう言うと、後ろ頭をかいた。兵士だったのは1年前のことであり、いまは無職の身だった。

 

「なるほど」

 

 サイラスはクロノの姿をジッと見て口元を緩めた。

 

「似ているな、クロスに」

「ああ、そっくりだぜ」

 

 サイラスの隣にいたグレンが同調した。

 クロノにとって、サイラスとグレンは歴史上の偉人だった。

 

 だが、クロノが意外だったのは、サイラスの意志を引き継ぐグレンが頼りなさそうな姿をしていることだった。

 実は、グレンの肖像画は残っていない。グレンの姿は諸説あり、蛙の魔物の血を引き継ぐ騎士、聖なる騎士、屈強なる剣士などなど。

 

 だが、クロノの目の前にいるグレンは弱気な目をした少年に過ぎなかった。

 この少年が魔王を討つというのが信じられなかった。

 

 しかし、歴史が変わることは避けなければならない。クロノは歴史を口外しなかった。

 サイラスもそれはわかっていて、何も尋ねなかった。

 

 しかし、ガルディア騎士団にとって、リーネ捜索の人手として猫の手も借りたい状況だった。

 

「クロノ殿、リーネ姫捜索のため力を貸していただけないだろうか?」

「おれが絡んで、歴史が変わる可能性はないでしょうか?」

「ないことはないだろう。しかし、仮に未来が変わったとしても、私はリーネ姫を助け出したい」

 

 サイラスはリーネ姫の保護に強い野心を持っていた。

 

「リーネ姫が無事じゃなければ……マールも無事じゃないってことになりますからね。力をお貸ししますよ」

「助かる」

 

 サイラスは手を差し出した。クロノはサイラスと握手をした。

 歴史上の偉人と実際に会い、手を交わすというのは夢のようなことだが、紛れもなくそれは現実だった。

 

「では、部隊を7つに分け、手分けしてリーネ姫捜索を再開する。国王の意向で、リーネ姫は発見されたという体を取る。わかっているな、詮索されたら、行方がわからなくなった兵士を捜索していると答えよ」

「はい」

 

 こうしてリーネ捜索は再会された。

 

 ◇◇◇

 

 クロノはサイラスらと同じ部隊で、リーネ姫捜索を手伝うことになった。

 クロノも簡単に歴史を勉強したことはあったので、第87代王女のことは知っていた。

 ただ、暗記が苦手だったクロノは曖昧にしか覚えていなかった。

 

 第91代王女が重篤な病気にかかったが、とある占い師の持ち込んだ謎の秘薬「ラピス」によって回復した。

 第93代王女が魔族の青年と浮気をした。

 

 割と象徴的な歴史だけは覚えていたが、それ以外の細かいところはわからなかった。

 第87代のころは、魔王軍との戦争が歴史の大半を占めているので、王女に関する欄は印象がボケていた。

 

 ただ、「マノリア修道院」という単語だけは覚えていた。

 そこはガルディア王国に送り込まれた魔族のエージェントの住処になっているという話がある。

 ピアノで「赤い旋律」を奏でると、地下への通路が現れるというのを学んだことがあった。

 

「サイラス隊長、マノリア修道院という場所はこの近くですか?」

 

 クロノが尋ねると、サイラスはうなずいた。

 

「マノリア修道院は城下町のはずれの森にある。マノリア神を信仰するマノリア教徒らのメッカになっている場所だ」

「そこを探してみましょう」

「そこにリーネ姫が?」

「それ以上は禁則事項です」

「そうだったな。よし、マノリア修道院へ向かうぞ」

 

 サイラスが剣をマノリア修道院のほうに向けた。

 目的地は決まったが、その矢先に、手伝いの者が速足にやってきて、クロノを呼び止めた。

 

「クロノさん、クロノさん」

「はい」

「大至急来ていただけますか? マールディア王女がクロノさんに会いたがっておられます」

「マールが? わかりました」

「すみません、お忙しいところに」

「クロノ殿、マールディア姫のもとへ。心配無用。リーネ姫は我々の手で必ず。マールディア姫のためにも必ず見つけ出す」

 

 クロノはうなずいた。

 

 ◇◇◇

 

 クロノはサイラスらと別れて、手伝いについてリーネの寝室に向かった。

 リーネの寝室はいわばマールの寝室の400年前。

 クロノは何度もこの通路を通った経験があった。

 

 クロノが騎士団に所属していたころ、マールはよくクロノを寝室に呼んだ。

 身分差があるので、元来クロノはここに入れなかったが、マールは見張りに休憩を与えて、警戒がゆるんでいるときにクロノを呼んだ。

 

 そのときと同じだった。400年前でも現代と変わらない経験をすることになるとは思わなかった。

 

「クロノさんはマールディア姫とどういったご関係なのですか?」

 

 手伝いの者が尋ねて来た。

 

「別に深い関係では。おれはただの一兵士ですから」

「未来の世界では、姫様が一兵士を部屋に招いたりするのですか?」

「まあ、そういうこともあります」

 

 クロノはごまかすように言った。

 

「400年で時代は大きく変わるものですね」

 

 手伝いはそう言ったが、400年経っても、ガルディア王国の身分というものは残っていた。

 

 手伝いはリーネの寝室に向かう最後の通路の前で待機した。

 

「私はここでお待ちしておりますので」

 

 手伝いはクロノとマールが恋仲であると考えているようであり、その先までは介入しなかった。

 クロノは一人でリーネの寝室に足を踏み入れた。

 

 あの時とあまり大きくは変わっていない。この時代から、ここの雰囲気は同じだった。

 クロノは扉を開き、その先に進んだ。

 

 DC1000の時と同じだった。

 ベッドの上にマールディア姫が座っていた。少し寂しそうな目で目の前にある机に置かれた観葉植物を見ていた。

 クロノはあの時にタイムスリップしたように感じた。

 

 あの時と違っているのは……目の前にいる寂しげな少女がマールディア姫ではないということ。

 

 彼女はマール。

 マールディア姫だけど、そうではない。矛盾した存在。

 クロノはその矛盾を紐解くように、目の前の少女の名前を呼んだ。

 

「マール」

 

 呼ばれて、マールは応答した。彼女は王女ではなく、町で知り合った快活な少女マールだった。

 マールは笑みを浮かべて立ち上がった。

 

「クロノ、ありがとう、来てくれて」

「王様との話は終わったのか?」

「うん。400年前の王様だってのが信じられないぐらいお父様に似てた」

「たしかに似てた」

 

 クロノもそのことは認めた。

 

「なんだか不思議ね。400年前の世界とは思えないんだもの。ほら、この机もソファーも私の部屋と同じ。違うのはこの戸棚だけかな」

 

 マールは自分の部屋であるように部屋を見ていた。たしかにそこはマールディアの寝室そのままだった。

 

「でも、懐かしさを覚えるのはなぜかしら。やっぱり400年前だからかな」

「そうかもな」

 

 クロノは部屋を見渡した。本当に400年後と同じ作りだった。ここだけはあの時代のままなのかもしれない。目を閉じて開けば、もとの時代に戻れるのではないかと思うぐらい酷似していた。

 クロノがここまで歩いてきた道は時の回廊だったのかもしれない。ここにたどり着くまでに400年の時を歩んだのかもしれない。

 

「あのさ、クロノ」

 

 マールはゆっくりとクロノのもとに歩み寄った。

 

「どうして来てくれたの?」

「どうしてってそりゃ」

「だって、どうなるかわからない状況だったんでしょ? 死んでしまうかもしれないじゃない。私は変な渦に呑み込まれるとき、死んでしまうんじゃないかって思ったわ。それぐらい怖かった。それなのにどうしてクロノは私のことを追いかけて来てくれたの?」

 

 マールが消え去ったのは、ルッカの実験の突発的な事故。たしかに、あの渦に呑み込まれれば、どうなるか保証はない。第一、マールと同じ場所にたどり着けるとも限らない。

 クロノがマールを追いかけた理由は1つしかなかった。

 

 マールを追いかけたかったから。

 ただそれだけだった。

 それだけのために、命を賭けることだってできた。

 だから、クロノはいまここにいた。

 

「女が突然消えちまったら、誰だって追いかけるもんだよ。おれが特別なわけじゃねえよ」

「そうなの?」

「ああ」

「じゃあ、私じゃなくても追いかけてた? 例えば、ルッカさんだったら?」

「ルッカか……あいつは例外かもな」

「じゃあ、他の女の子は?」

「……あいにく他に知ってる女なんていねえからな」

 

 クロノの答えは、ある意味でマールを特別だと告白していた。

 マールはその真意を感じ取ったから、クロノがこうしてやって来てくれたことがとてもうれしかった。

 

 うれしい。いや、もっと違う言葉が必要だった。

 マールは真剣な目をクロノに向けた。

 

 クロノはその目に少し照れを見せたが、やがてマールの視線をしっかりと受け止めた。

 

「クロノ、聞いてくれる?」

「ああ」

「私ね……」

 

 マールはいま二人の間に流れるムードに身を任せて、自分の思いを伝えようとした。

 それは魔法の言葉でもあった。簡単に口にできることがない言葉。

 

 クロノのことが好き。

 

 ありふれた告白。しかし、魔法の封印がかかった告白でもあった。

 マールはその封印を解こうとした。

 

 しかし……。

 

 突如、マールは体が凍えるのを感じた。

 これまでに感じたことのない悪寒に襲われ、立っていられなくなった。

 

 突然、マールは体を抱えてその場にうずくまった。

 

「マール、どうした?」

「寒い……まるで体が凍り付くような……いや、助けて、クロノ、助けて!」

 

 マールは我を失って、悲鳴のような声を上げた。

 異常事態。

 あまりに突然のことだったので、クロノも面くらってしまった。

 

「マール!」

 

 クロノが手を伸ばしたのもむなしく……。

 

 マールは消えてなくなってしまった。

 目の前で突然、光に包まれて、マールの姿がそのまま消え去ってしまった。

 

 ルッカの実験の時とは違う消滅だった。ただ、その場でマールは消え去ってしまった。

 

 マールが消えると、何事もなかったかのように、あたりは静けさに包まれていた。

 クロノはしばらく立ち尽くしていた。どうしていいか、わからなくなった。

 

「まさか……歴史が……」

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