クロノはマールが突然として消えてしまった事実をサイラスに話した。
クロノたちが未来からやってきたという事実がすでに奇想天外だったので、サイラスもその事実を冷静に受け止めた。
考えなければならないことは、なぜマールが消えてしまったのか、マールがどこへ行ってしまったのか。
そのことを考えると、リーネの身が危ぶまれた。
「マールディア王女がリーネ様の末裔であるとすると、マールディア王女が消えた理由は……リーネ姫の身に何かあったということなのかもしれない」
サイラスは冷静にそう分析した。もし、そうだとすると、大事だった。
「リーネ姫が魔族に殺されたっていうのか?」
グレンは直接的に言葉にした。
「そうとは限らない。歴史が変わって、マールディア王女の存在が消えてしまったとすると、必ずしもリーネ様に危害が加わったとも言えない。それにまだ間に合うかもしれない。歴史を修正することができるかはわからないが、クロノ殿がこの時代にやってきたとすれば、修正は可能だと思う」
サイラスは常に冷静だった。クロノはサイラスの隊長の風格に頼もしさを覚えた。
「この情報を話していいかわからないですが、こうなった以上は伝えます。サイラス隊長、聞いてください」
クロノがそう言うと、サイラスはうなずいた。
未来の話をこの時代にもたらすと、歴史が変わる可能性がある。マールが消えたのも、この時代にマールという存在が広く干渉したからなのかもしれない。
しかし、クロノには世界が変わってしまっても成し遂げなければならない使命がある。
それはマールを助け出すこと。
たとえ、魔王軍がガルディア王国を攻め滅ぼす未来に変わってしまったとしても、マールだけは救い出したかった。
そのためなら、禁忌に触れることでも、必要なことならばやるしかなかった。
クロノはマノリア修道院の予備知識を話した。
クロノの知識は決して深いものではなかったが、マノリア修道院が魔物の巣窟になっていたこと、そこを拠点にリーネ姫誘拐計画を画策していたこと、巣窟への道を開くピアノの旋律など、有力な情報は心得ていた。
クロノがそれらの話をすると、サイラスはあたりを見渡した。
こうしてひそひそ話をしているところを、遠くで聞き耳を立てている者がいた。
その者がこちらのように怪しげな視線を送っていた。
「クロノ殿の話が本当だとすると、これは正規の歴史だったのかもしれないな」
サイラスはそう言いながら、こっちをにらみつけていた修道士を睨み返した。
「え、どういうことだ、サイラス?」
「クロノ殿がこの時代にやって来なければ、我々がマノリアに目をつけなかった。すると、クロノ殿が知っている歴史通りにはならなかっただろう。しかし、実際は我々がマノリア修道院に目をつけ、りーえ姫を救出したという歴史が刻まれているという。ならば……」
サイラスはクロノのほうに勇敢な目をつけた。
「正規の歴史でもなお、クロノ殿は我々のもとに現れた。つまりこれは……特別な歴史ではない。違うかな?」
「たしかにそう考えると……そうかもしれません」
「とすれば、マールディア王女がこの時代に来たことも正規の歴史。おそらくマールディア王女が消えてしまったことも。けれど、400年後、マールディア王女がたしかにおられたのなら、我々がなすべきことをなせば、マールディア王女も戻って来るに違いない」
サイラスはそう確信した。クロノとマールの介入で歴史が大きく動いたように思えたが、実は変わっていなかった。すべては定められた運命のままに動いている。
そう考えれば、やるべきことはただ1つ。
それは魔族の者もわかっているようだった。
「あなた方……どうやら、我々の知ってはいけないことを知ってしまったようですね」
修道士がゆっくりとこちらに近づいてきた。
周囲の修道士たちも目つきを変えて、サイラスらを取り囲むように動き出した。
「サイラス、こいつら……」
グレンが怯えるように声を出した。
「間違いない。魔族の者だ」
「くくくく、そう、我々はミアンヌの一族。ヤクラ様より、マノリア修道院の監視の命を受けていた。その秘密を知ったいま貴様らを生きて返すわけにはいかない」
修道士はそう言うと、ついにその正体を現した。
化けていた人間の姿を剥ぎ、ミアンヌ族の狂暴な姿を現した。
ミアンヌは下級魔族として知られている。下級だが、何かに化ける魔力に優れ、魔王軍の中では、スパイ任務に従属することがほとんどだった。
そのミアンヌの多くが、ヤクラの傘下で働いていた。
修道士らはいずれもミアンヌの正体を現し、サイラスらを襲撃した。
「サイラスの首を取れば手柄だ。その首、もらい受けるぜ」
ミアンヌは鋭い動きで近づいてきて、鋭いかぎづめをきらめかせた。
だが、サイラスはさらに素早く、伝家の宝刀を引き抜いた。
サイラスが引き抜いた宝刀は、あまりに美しい輝きを周囲に放った。
クロノも剣を構えるより優先して、宝刀の輝きに意識を取られた。
サイラスはグランドリオンを引き抜いた。
その瞬間の輝きだけで、ミアンヌは目をくらませた。
「ぐおわあああ、グランドリオンの輝き。なんという凶悪な光。眼が開けられぬ……」
剣を振るわずとも、ミアンヌ部隊は戦闘不能に陥った。
「クロノ殿、そちらを任せていいか?」
「はい、任せてください」
サイラスは右手の敵をクロノに任せ、左手に伝説のグランドリオンを構えた。
サイラスは小さくグランドリオンを振るった。
すると、そこから鋭いかまいたちが生まれ、床を走った。
かまいたちは修道院の大きな机を破壊しながら直進し、そのままミアンヌ2体を討ち、一撃でなぎ倒した。
「ダメだ、勝ち目ねえ。逃げるぞ。変身!」
ミアンヌらはネズミに変身すると、そのまま逃げだしていった。
圧倒的実力。サイラスが負ける筋が見当たらなかった。
サイラスに負けじと、クロノもミアンヌに対して踏み込んだ。白銀剣がきらめく。
「ぐおおおおおお!」
クロノも鋭い回転斬りを見せた。ミアンヌの攻撃よりも速く鋭く太刀が打ち込まれた。
「こ、こいつも強いぜ。太刀の扱いもクロスにそっくりだ……」
「クロス本人じゃないのか? あいつは気まぐれでどっちつかずだからな」
「覚えておけ、おれはクロノ。未来から来た英雄だ」
クロノは白銀剣をミアンヌに向けて突き出した。
「く……だが、それで勝ったと思うな。こちらにはリーネ姫という人質があることを忘れるな」
「リーネ様を返してもらおう」
サイラスもミアンヌに向けてグランドリオンを突き出した。
「くくくく、無駄だ。今日付けでリーネ姫は魔王様に引き渡されることになるのだ」
ミアンヌはそう言うと、コウモリに姿を変え、そのまま、天井の暗闇に消えていった。
「やつら、今日リーネ様を魔王に引き渡すと言っていたな。急ごう」
サイラスがそう言うと、クロノはうなずいた。
しかし、グレンはその勢いに乗れずにいた。グレンは先ほどの戦闘の間、ぴくりとも動けず、足を震わせているだけだった。
すぐにでも魔族の巣窟に入って行きたいところだが、グレンがこの調子では、サイラス一行の足かせになってしまった。
「グレン、大丈夫か?」
「すまない、サイラス。恐ろしくてぴくりとも動けなかった」
グレンは本当に恐怖に震えたカエルのようになってしまっていた。
クロノはその様子を見て首をかしげざるを得なかった。
戦場で臆病風に吹かれる兵士がなぜサイラスのもとで戦っているのだろうか。
「クロノ殿、グレンが足手まといになってしまって申し訳ない。グレンは剣の腕は一流なのだが、実戦になるとこのようになってしまうんだ」
「……」
クロノはグレンの様子を見た。足が震え、体が固まってしまっている。まるで戦える状態ではなかった。
「グレンを置いていくわけにもいかない。戦えない者をここに放置すれば、先ほどのミアンヌが狙ってくるかもしれない」
「いや、サイラス。行ってくれ。おれのためにリーネ姫が危険にさらすわけには……」
グレンは臆病風に吹かれているにも関わらず、勇敢な物言いをした。
しかし、サイラスはグレンを大切にした。
「ダメだ。戦えない者を置いてはいけない。来るんだ、グレン」
「しかし、おれが足手まといになってリーネ姫を助けることができなかったら……」
「リーネ姫の命令なんだ」
「え?」
「前にな……リーネ姫から直接命令を受けた。グレンを大切に面倒を見てやってくれと」
サイラスはリーネから個人的に命令を受けていた。
「リーネ姫はこうも言った。私のことよりもグレンを守ってあげてほしいと」
「リーネ姫がそんなことを……?」
グレンは信じられない思いでサイラスの言葉を受けた。
「ああ。だから、お前を置いてはいけない。リーネ様にお前の棺桶を見せることはできないんだ。わかるな?」
「……」
「行こう。大丈夫。リーネ姫を守りたいという気持ちがあれば、お前の眠れる剣も覚醒する。そして、グランドリオンはお前にこそふさわしい剣になる。お前がガルディアを背負うんだ」
クロノはサイラスのその言葉を聞いていて、思うことがあった。
サイラスには言っていないが、サイラスは魔王軍との戦いで戦死することになっている。
その事実を伝えなくても、サイラスはその未来を予感していたのかもしれない。
ガルディアを救うのは自分ではなく、自分の意志を継いだグレンであることを確信しているように見えた。
「クロノ殿、道を開いてくれないか?」
「わかりました」
クロノはうなずくと、修道院に置かれていた立派なオルガンのもとに向かった。このオルガンと同じものが400年後にも継承されている。
魔族が愛した旋律というものがあり、マノリア修道院の地下施設への道を開く暗号として用いられていた。
クロノはその旋律を覚えていたので、その旋律を奏でた。
すると、修道院奥地の大きな時計台がゆっくりと横にスライドし始めた。
やがてその先に地下へ続く階段が見えてくる。
その先は闇に包まれており、危険が漂っていた。