リーネ誘拐の計画は順調だった。
マノリア修道院は地下通路を用いて、いくつかの拠点とつながっており、今しがた、リーネをガルディア国外へ引き渡すための部隊が到着した。
ヤクラはやってきた部隊を招き入れた。
「ようやく来たか。へケラン」
「ぐわははははは、ヤクラよ、ワシは生まれて初めて、お前と組んだことを喜ぶことができたぞ。ビネガーの元で冴えない仕事ばかりだったが、ここに来て魔王様に最高の献上品」
へケランは獰猛な顔つきをしていた。
魔族にもさまざまな種類がいるが、いずれも戦闘能力は極めて高い。
「で、例の姫はどこだ?」
「こっちだ」
ヤクラはいま大臣の姿に変装しているので、へケランよりも一回り以上体が小さい。
ヤクラは杖をつきながら、リーネを収容している地下牢にやってきた。
「辛気くせえ場所だな。こんなところにお姫様を連れ込むなんてひどいもんだ」
「仕方ないだろ。だが心配はいらん。思った以上に気の強い女子のようでな。当初は、自殺でもしないかと心配していたが、まるでその気配もない」
「木の強い姫様。ワシの好みだぜ」
へケランはげらげらと笑った。へケランはヤクラと同級生に当たるため、昔から親交がある。
一時は出世のライバルになったこともあったが、いまはビネガーのもとで働くしたっぱ格。だが、今回は共に出世できるチャンスを迎えていた。
「ところでへケラン。お前の息子はひねくれて出て行ったと聞いておるがどうなんじゃ?」
「ああ、まだ帰って来んよ。洞窟を開拓して独立するといまだに無茶なことを言ってるよ。あんな洞窟じゃ、原始時代の暮らししかできんというのに、ワシの話をまるで聞かん」
「それは大変じゃな」
「お前の息子は父親思いでうらやましいぜ」
「こっちはこっちで教育に金がかかっておるよ。しかし、ワシの意志を引き継いだ偉大な魔族になるために、投資は怠れんからな」
「ワシは教育に金をかけてこんかったからな。給料は全部食いもんに使ってしまったよ」
「いかんな。そんなことでは未来がない。これから何百年も血はつながってゆくんじゃ。教育は未来の投資だぞ」
「そんな何百年先なんてワシは生きておらんぞ」
「想像してみろ。400年後のワシらの意志を継いだ子供たちの姿を」
ヤクラはそう言うと、色々な可能性を思い浮かべた。
「そうじゃな。ワシの息子は魔王様にまで出世して、ガルディア王国を乗っ取り、世界征服を実現しておるに違いない」
「待て待て、魔王はワシの息子に違いない。ワシの名であるへケランを引き継ぎ、世界を支配する立派な王様じゃ」
「何が。お前の息子なんて、まだ洞窟で魚でも獲って暮らしているというのがオチじゃ」
「お前の息子こそ、ろくでもないじじいに成りすまして、詐欺行為でも働く小悪党止まりだ」
「バカ言え。ワシの息子はしっかりと法律を学んでおる。魔王になれなくとも、将来は立派な弁護士として活躍しておる」
「ワシの息子も腕っぷしが強い。魔王になれなくとも、世界的な格闘家として活躍しておるわ」
彼らはそれぞれ勝手に未来を想像して、期待を膨らませた。
そうこうしているうちに、リーネが収容されている地下牢にたどり着いた。
大臣に成りすましたヤクラが顔を出すと、リーネはまっすぐヤクラの顔を見据えた。
その後ろにへケランの姿が映ったが、リーネはおびえることもなく、強い目で前を見ていた。
「具合はどうかね、リーネ姫よ」
「体調は問題ありません」
リーネはそう言うと、柵の手前までやってきた。
「そちらは?」
リーネのほうから
「へケランじゃ。はるばる大渦の地下湖を渡ってここにやってきたのじゃ。リーネ姫を魔王様のもとに運ぶにはそういうルートが必要じゃからな」
ヤクラはそう言った。
魔王城はガルディア王国とを海で隔てている。この連絡地は限られており、ガルディア城にばれることなく、リーネを魔王城まで運ぶのは簡単なことではない。
そこで、ヤクラはへケランを利用した。
へケランならば地下湖を渡れる。このあたりはガルディア兵士の監視もないから、無事に海を渡ることができる。
「ぐははははは、なるほど、実物をお目にかかるのは初めてだが、噂通り美しい姫様だ」
「おい、リーネ姫はビネガー大臣に献上するんだ。勝手に手を出すなよ」
「分かってるさ」
へケランはそう言ってもう一度笑った。
「リーネ姫が魔王様のもとに渡れば、魔王様の支配は完全なものとなる。今日は記念すべき日になる。ほほほ」
ヤクラもそう言って笑ったが、リーネは否定するように首を横に振った。
「私がいなくなっても、ガルディア王国が滅びることはありませんよ。私たちの戦争は果てしなく続くことになるでしょう」
「ほほほ、そうかな。王政というものは脆いもの。姫様が人質になれば、ガルディア城は手を出せん。そうだろう?」
リーネは首を横に振った。
「私の意志を聞いた者はみな知っています。守るべきは私ではなく民。民を守るためならば、私の首を引き裂きなさいと私は命じてきました」
「かーっ! なんちゅう姫様じゃ。しかし、そう言われてできるものでもあるまいに」
「できますよ」
「ふん、ならば試してみようじゃないか」
ヤクラはそう言うと、地下牢のカギを開いた。
「リーネ姫は魔王様のものとなる。そうすればあなたの気持ちも変わるさ。さあ、来てもらおう」
言われて、リーネは素直に従った。リーネはもとより魔王のもとに向かうつもりでいたから、抵抗などしなかった。
むしろ、リーネはヤクラに提案した。
「ひとつ聞かせてください。魔王は一体何をたくらんでおられるのですか? 私には魔王の意図が図れません。私の勘が正しければ、あなたたちの王は戦争など望んでいなかったはず」
「ぐははははは、魔王様の狙いなんて1つしかないだろ。世界征服に決まってる。それが王ってもんだ。なあ、ヤクラ」
「さよう。権力こそがすべて。そして、我々もこれで権力者に。ぐははははは」
「……」
リーネは違うと思った。
これまでに、魔王とは2度顔を合わせたことがある。
リーネは魔王から邪悪な力こそ感じたが、その心に邪悪なものは見えなかった。何か別の意味で力を求めていると考えていた。
リーネはその意思を知りたいと思った。
そんな時、ヤクラの部下であるミアンヌがコウモリに扮して、ヤクラのもとにやってきた。
「ヤクラ様、大変でございます!」
「大変? 今からリーネ姫を引き渡すんだ。騒ぎ立てるな」
「それがサイラス一行がここに来ているんです。どこで聞き付けたか知りませんが、ここにリーネ姫がいることを知っているみたいなんです」
「なに、サイラスだと?」
ヤクラは驚きの声を上げた。リーネも顔を上げた。
「なんでサイラスが来るんじゃ」
「わかりません。しかし、ここにリーネ姫がいることを完全に突き止めているようで、こちらの地下通路から降りてきています」
「むむむむ、なんたること。もう少しでミッションコンプリートというところで、サイラスが来るなどと」
ヤクラはやや狼狽した。サイラスの強さを知っているため、かなり焦っていた。
「なんだ、ヤクラ、そのサイラスってやつは?」
「ガルディアの騎士だ。恐ろしく強くてな、あのソイソーが歯が立たなかったやばいやつじゃ」
「なに、ソイソーが? そんな猛者がガルディアにはいるというのか?」
へケランも驚いていた。
「そう。サイラスだけはやばい。あいつは魔王様も恐れるほどなんじゃ。やり合ったら一人で皆殺しにされる」
ヤクラは即座に色々と考えをめぐらし、即席で作戦を立てた。
「ともかくリーネ姫さえ引き渡せばいい。あとは適当にごまかせる。いいな、地下湖のほうへ降りさせるな。全力で阻止するんだ」
「え、おれたちが? 怖いですよ、ヤクラ様。サイラスはマジでやばいっす」
「馬鹿者、泣き言を言っている場合か。ともかく行け。報酬は2倍。いや、3倍くれてやる。いいからサイラスをこっちに来させるな」
「わ、わかりました」
乗り気ではなかったが、コウモリに扮したミアンヌ一行は駆け戻って行った。
「へケラン、急げ」
「おい、早く船を用意しろ」
へケランも部下に命じた。
地下湖は船で渡る。その船を引っ張るのがへケランの仕事だった。
彼らが慌てている間、リーネは持っていたペンダントを取り出して見つめた。
このペンダントにははるか太古からの魔力が込められているが、もう1つ込められているものがある。
それは、ある少女の意志。
その意志は時に時代を超えて伝わるという言い伝えもある。
何か大きな事件が起こったとき、少女の強い意志が時に干渉し、歴史を変えると。
「歴史が……変わろうとしているのでしょうか」
リーネはそうつぶやいた。
「サラ王女……あなたが時を動かしているのですか?」
リーネはペンダントの原点を持つ者にペンダントを通して尋ねた。その返答はなかった。
◇◇◇
サイラス一行は地下通路を駆け下りた。
「なんだ、お前らは」
「こ、こいつらサイラスだ。やべえ、サイラスが攻めて来たぞ」
サイラス一行が降りてくると、魔族は驚いたように背中を向けて逃げ出した。
サイラスの強さ、グランドリオンの魔力をみな知っているので、誰もまともには向かって来なかった。
魔王軍の間では以下の3つの教訓がある。
1、狭所で戦うな
2、多勢に無勢では戦うな
3、サイラスと戦うな
魔王軍の間、撤退していい場合に以下の3つがある。
1、こちらの勢力より15人以上多い部隊と遭遇したとき
2、悪天、あるいはそれに準ずる場合
3、サイラスと遭遇したとき
魔王軍もサイラスには手を焼いており、誰もサイラスには向かって来なかった。
クロノはその様子を見ていて、サイラスの強さを感じ取っていた。
だが、魔族が逃げ出しても意味はない。リーネを救い出さなければ任務成功とはならない。
「すごいな、サイラス隊長は」
「ああ、サイラスは1人で魔王軍350の部隊を全滅させたんだ」
グレンはクロノにそう説明した。サイラスにとっては誇らしい実績でも、グレンにとっては何もできなかった実績でもある。
それだけの力を持つサイラスが戦死するという歴史が刻まれている。サイラスの死はガルディア王国にとってあまりに大きな損失だったことだろう。
だが、クロノにとって不思議なのは、サイラスの後継がグレンであり、そのグレンが魔王を討つという歴史だった。
このグレンがサイラスに代われるとはとうてい思えなかった。
最も、歴史というのは正しく伝わるものではない。もしかしたら、グレンではない誰かが魔王を討ち、グレンが討ったということになっている可能性もある。いや、それが正しい気がした。
「入り組んでいるな。気をつけろ」
サイラスがそう言って、慎重にあたりに意識を向けた。
サイラスの気は研ぎ澄まされていて、敵の気配を正確に察知する力があった。
「こっちから魔族のにおいがする」
サイラスは地下湖のほうにグランドリオンの切先を向けた。
それと同時に、その先で魔王軍の大集団が現れた。
「ここから先へは行かせないぜ」
ヤクラに命じられたしたっぱらが勢ぞろいして、地下湖への道をふさいだ。
勢力は約40.
しかし、サイラスにとっては障害でもない。
「通してもらおう」
サイラスが剣を構えると、周囲から力が集まってきて、剣にいかずちがほとばしった。
「ぐ……やっぱ無理だ。逃げろー!」
魔族40の軍勢はサイラスの威厳の前に撤退。地下湖への道はあっさりと開かれた。