リーネ祭には、世界中から人が集まっていて、初日から大盛況となっていた。
その様子は平和を象徴していて、ガルディア王国としては大成功だった。
しかし、その成功に水を差すように大きな事件が起きていた。
マールディア王女が行方不明。
リーネ祭の初日からさっそくマールディア王女がいなくなったということで、ガルディア城は大混乱していた。
「なんとしてでも探し出すぞ」
本来、ガルディア騎士団にとって、リーネ祭は警護の任務を請け負っているとはいえ、ありがたい休息の期間のはずだった。
しかし、マールディア王女が行方不明となると、おちおち休暇を取ることはできない。
ガルディア騎士団総出でマールディア王女の捜索が行われた。
マールディアの父でもあるガルディア王は、マールディア行方不明の知らせを聞いてため息をついた。心配よりもうんざりが先行していた。
お手伝いの者がガルディア王の前に跪いて懸命に謝った。
「申し訳ありませぬ。私どもが油断したばかりに」
お手伝いの者はマールディアの部屋を監視するために3人で仕事に当たっていた。
しかし、マールディアは窓からロープ伝いに部屋を脱出したため、気づくことができなかった。
マールディアの身体能力が並々ならぬものというのはみな良く知っていたが、四六時中、マールディアを監視しているわけにもいかず、完全に防ぐことは不可能だった。
「マールディア王女は窓からロープを用いて部屋を出られたようなのです。もっとしっかり監視しておくべきでした。本当に申し訳ありませぬ」
「マールディアの考えで動いたことだ。お前たちが責任を感じても仕方ないことだ。顔を上げなさい」
王は特に手伝いの者に責任を転嫁することはなかった。
「しかし、困ったものだ。いつまで経っても、ガルディア王家を継ぐ者の自覚が芽生えないのだからな」
王もマールディアのおてんばには悩んでいた。マールディアもまもなく王家を継ぐ儀式を受ける身。そのためには、王女たる風格が必要不可欠だが、マールディアはやんごとなき風格とは真逆に育ってしまった。
マールディアの手伝いをする者はマールディアについて、次のような見解を示していた。
1、男より勝気
2、魔族より活発
3、魔王並みの魔力
4、冒険家より冒険心旺盛
その性質は、まったく王家の地位にふさわしいものではなかった。しかし、マールディアはそのような気質で育ってしまった。
「もし、戻ってきたら、今度こそ言い聞かせなければならないな」
王はそう言うと、もう一度ため息をついた。
◇◇◇
マールディア捜索には、ガルディア騎士団だけでなく、経済大臣、外務大臣、法務大臣管轄の関係者も仕事そっちのけで駆り出された。
経済的にも、外交的にも、マールディア行方不明は大きな問題だった。
対して、法務大臣の立場的には、それほど深刻な問題ではなかった。そのためか、法務大臣はマールディア捜索の任務を受けても気持ちが乗らず、書斎でぼんやりしていた。
「ふぅ……最近、どうも気分がすぐれぬな……何か大事なことを忘れておるような気がするのだが、どうしても思い出せん……先祖代々のにっくき仇がいた気がするのだが、まったく思い出せん」
法務大臣はそう言って、ぼんやりと机の上に沈んでいた。
老齢になったというのもあるが、最近の法務大臣は何事にも集中できない無気力人間になっていた。
そんな法務大臣のもとに部下の男がやってきた。
「大臣、まだマールディア王女が見つからないようです。我々としてはもう少し捜索範囲を広げるべきだと思うのですが、どうしましょうか?」
「捜索か……そういえば、ワシも誰かを探していた気がするんじゃがなぁ……」
法務大臣はぼんやりとつぶやいた。マールディア捜索には乗り気ではなかった。
「大臣、最近浮かないようで、みな心配しておりますよ。何かありましたか?」
「何か大切なことを忘れておるような気がしてな」
「大切なことですか? それは仕事のことですか?」
「いや、仕事なんてもんじゃない。ワシの人生かけての大事なことのはずなんじゃ」
「そんな大切なことを忘れてしまったのですか?」
「そうなんじゃ。なぜ忘れてしまったのだろうかのう」
大臣は思い出せ総出思い出せない様子だった。
「何か手がかりはないんですか?」
「手がかりか……あるようなないような。たしか、赤髪の少年が関わっていたような」
「赤髪の少年ですか? それは特定するのが難しそうですね。他には?」
「剣を持っておった気がする。あとカエルがいたような」
「カエルですか? ということは魔族ですか?」
「うーむ、どうじゃったろうか。どうしても思い出せん」
結局、大臣は思い出すことができなかった。
◇◇◇
リーネ広場にはあちこちにガルディア騎士団の者がうろついていた。彼らはみなマールディア捜索のために駆り出されていた。リーネ祭を楽しむためにやってきたわけではなかった。
クロノは偶然出会った旧友のウェッジとは噴水前で別れた。
「ほんじゃあな、クロノ。おれたちは仕事に戻るぜ」
「おう、ちゃんと仕事しろよな」
「無職のお前に言われたくねえっつうの」
ウェッジらはそう言って、マールディア捜索に戻って行った。
再び一人になったクロノも当初の予定に戻ることにした。
クロノもリーネ祭を楽しむためにやってきたわけではなかった。母親からルッカの差し入れを頼まれて仕方なくここに来ていた身だった。
クロノは看板に目を移した。ちょうど、そこにルッカの居場所が書いてあった。
天才発明家ルッカ先生の展示会はこちら
祭りの案内板に大々的にルッカの展示会の宣伝が載っていた。ルッカの展示会はリーネ祭のビッグイベントとして扱われていた。
「出世したもんだな、あいつも」
気が付くと、幼馴染が偉人になろうとしていて、クロノにはもどかしい思いだった。
いまのクロノは無職。ずいぶんと差をつけられてしまっていた。
クロノは展示会場めがけてのそのそと歩きだした。
展示会はリーネ中央広場の先だった。
リーネ中央広場はガルディア王国の象徴である「リーネの鐘」が飾られていた。
リーネの鐘は今から400年前、ガルディア騎士団が魔王軍に打ち勝ち、リーネ王女の結婚式に合わせて造られた「平和の象徴」でもあった。
400年経って、ガルディア歴1000周年に合わせて、リーネの鐘も新調されていた。
少し前に、リーネの鐘が鳴らされ、多くの者の注目を集めていたが、いまは中央広場の人通りは少なかった。
昼時が近づいていて、他のイベントも盛んになっており、人の足はそちらに向かっていた。
中央広場はリーネ祭の喧騒から切り離され、風の音が聞こえるほど静かだった。人もまばらで、心地よい風を感じることができた。
「静かになったな。おれはこのほうがいい」
クロノは中央広場にさしかかったところで、目を閉じた。
昔から騒がしいお祭りが好きではなかった。風の音を感じられる場所はクロノの性に合っていた。
クロノは風を感じながら目を閉じたままうっくりと歩いた。
心地よい風に吹かれるままに脱力して、すべてを風に任せた。ちょうど無謀になったところ、突如として何かが激突してきた。
自分の身を完全に風に任せていたため、クロノは何かの激突を受けて後方に吹き飛ばされた。
その瞬間、近くで少女の声が聞こえた。
その声はどこかで聞いたことがあるような気がした。その声に少し気を取られたために、クロノは受け身を取ることもできずに、そのまま早大に後方にひっくり返った。
ちょうどその時、強い風が吹いてきて、リーネの鐘を揺らした。
静けさに包まれた中央広場には、鐘の音色がよく響いた。その音色は美しかった。
クロノはしばらく立ち上がらずに鐘の音に耳を傾けていた。誰かとぶつかった事実も少しの間忘れ去ってしまうほど、鐘の音色は美しかった。
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
近くで少女の声が聞こえた。クロノは鐘の音に意識が流れていたので、その問いかけには反応しなかった。
「大丈夫ですか? 意識はありますか?」
「あー、大丈夫だよ」
クロノはようやくそう反応して体を起こした。
「良かった。本当にごめんなさい」
「いや、いいよ」
クロノはようやく目を開けて声のほうに顔を向けた。
目の前にはとても美しい少女がいた。その少女はとても高貴なオーラに包まれていて、見るからに一般人離れしていた。
それに、クロノには既視感があった。
少女のほうもクロノに見覚えがあったのか、目を大きくした。
「あー、あなたは!」
少女はクロノの顔を見るなり、叫ぶように言った。
「え? おれのこと知ってんの?」
「え? ううん、ごめんなさい、人違いだった」
少女はごまかすようにそう言うと、立ち上がって、おしりのほこりをはたき落した。そして腕をグルグルと回して様子を確かめた。
見た感じ、高貴なイメージだが、ふるまいの1つ1つは庶民じみていて、見た目と性格のギャップの大きな少女だった。
どことなくマールディア王女に似ていた。
しかし、髪形も違うし、話し口調も王女のそれとはまったく違っている。クロノは別人だと認識した。
「悪いな、よそ見してて気づかなかった。けがはなかったか?」
「うん、大丈夫だよ」
マールディア似の少女は朗らかな笑みを浮かべて答えた。マールディアには似ているが、その笑顔はとても庶民じみていて、ますますマールディアとは別人に見えて来た。
「そういえば、君、マールディア王女に似てるよな」
「え? う、うん、よく言われるよ」
「どこから来てんだ? ガルディア城下町あたりからか?」
「うーんと……そういうことにしとくよ」
少女はどこかたどたどしい受け答えをした。
「私、マールディ……じゃなくて、マールっていうの。あなたは?」
少女はそう自己紹介して、クロノに名前を尋ねた。
「クロノだ」
「クロノはいま何してるの?」
マールと名乗った少女はどこかクロノの名前を呼び慣れた様子だった。自分の名前の呼ばれ方が、マールディア王女に似ていたので、今度はマールがマールディア王女に見えて来た。
「いまはプータローだな。とんだちばっちりを受けて、クビになっちまってよ」
「そっか。大変だね」
「まあ、今となってはクビになってよかったとも思ってんだけどな」
「え、どうして?」
「鉄の階級で秩序立っててな、おれには性に合わなかったんだよ」
クロノがかつて勤めていたガルディア騎士団は、厳しい階級の組織であり、実力があっても決して出世できないようになっていた。
魔王軍との戦いが終わり、平和な時代が長く続くと、組織も腐敗してくる。いまは騎士団内部でも権力抗争がはびこっていて、純粋に剣の道を志していたクロノは嫌気を覚えていたところだった。
「それじゃあ、私たち似てるね。私も以前勤めてたところが性に合わなくて、そのまま抜け出して来ちゃったんだよ」
「そうだったのか」
「なんだか息苦しくてさ。私が一番ほしかったのは自由だったからさ」
「まあ、金がないと自由もくそもねえんだけどな」
クロノは懐をまさぐった。懐には1ゴールドたりとも入っていなかった。自由を得た代償は小さくなかった。
「そうだ、クロノ。一緒にリーネ祭を見て回らない?」
「ああ、いいぜ」
「ほんとに?」
「ああ、おれで良けりゃな。マールだっけ? 君ぐらい可愛けりゃ、相手はいくらでもいるだろうけどな」
「ううん、クロノがいい。行こ」
マールはそう言うと、笑みを浮かべた。
裏表のないマールの笑顔を見て、クロノはずいぶんと久しぶりに胸のときめきを覚えた。