クロノはリーネの鐘の前で偶然出会ったマールを連れてリーネ祭を回ることになった。
マールはガルディア王国の王女であるマールディアに非常に似ており、本人であると言われても否定できないほどだった。
しかし、マールが王女だとすると、それとは思えないほど活発な様子だった。はたから見ていても、マールは王族の者とはまったく見えなかった。
マールは姿かたちこそマールディア王女そのものだが、その中身は極めて庶民的であった。
しかし、マールディアと似ているところは容姿以外にもあった。
マールディア王女は弓道の達人であると知られているが、マールもまた弓道に長けていた。
リーネ祭の催しに、弓で景品を射抜くというものがあった。
マールは得意げに弓を構えた。その構えは様になっていた。
「マール、弓が使えるのか?」
「まあね、ずっと小さいときからお母様に厳しく指導されたから」
「ますますマールディア王女様みたいだな。王女様も相当な腕だったからな」
「へ、へぇ、そうなんだ。それは偶然」
マールはごまかすように言うと、景品めがけて、鋭い矢を放った。
矢は寸分たがわず、目的物めがけて直進し、そのままきれいに射抜いてしまった。
「どう? すごいでしょ?」
「ほー、すごいな。おれには絶対できねえぜ」
「クロノは何か得意なことあるの?」
「あいにく無職プータローなんで何も」
クロノはそう言って笑った。
「嘘、何かあるでしょ。例えば、背中に持ってる剣とか」
マールはクロノの得意なことをすでに知っていたかのように指摘した。
「剣じゃねえぜ。ただの木刀だ」
「でも、そんなもの持ち歩いてるってことは剣が使えるんでしょ?」
「今のご時世、剣なんて使えたって何にもならねえからな」
クロノは木刀を引き抜いて軽く振るった。職を失っても、クロノの剣捌きはいまだ健在だった。
「そんなことないよ。剣が使えればいざというときに大切な人を助けられるもの」
「今更、困ったやつなんてどこにもいやしねえぜ」
クロノはそう言いながら、足元に何かぶつかったので、視線を落とした。
「なんだ、迷子か?」
クロノは足元にちょっかいを出していた猫を抱え上げた。
「迷子の子猫ちゃんだ。剣なんてまったく役に立たねえな」
「どこかに飼い主がいるのかな。探してあげましょう」
二人は子猫の飼い主を探し出して、無事子猫を届けた。平和なご時世では、困りごとはしょせんその程度で、剣を振るう機会などなかった。
◇◇◇
すっかり、剣術の必要性がなくなってしまった現代社会であるが、クロノは今でも剣をこよなく愛していた。
剣の話になると、いくらでも語ることができた。
クロノは剣についてのマニアックな話をマールにぶつけた。マールは面倒くさいなどと思うことなく、クロノの話を熱心に聞いた。
クロノはすごい鍛冶職人として、ボッシュの話をした。
ボッシュはガルディア城に武器を供給している有名な鍛冶職人だった。
彼はある日突然、鍛冶職人として注目されるようになったが、経歴は一切不明。どこで鍛冶を学んだのか、どこの家の生まれなのか、誰も知らなかった。
ボッシュは剣の作り方が独特で、原題の鍛冶理論では考えられない手法で剣を作った。それがガルディア城に認められ、今では世界最高の武器職人である。
ボッシュの話をしていると、ちょうどボッシュが屋台で武器の販売をしているところにたどり着いた。
「ボッシュさん」
クロノが話しかけると、ボッシュは懐かしいものを見るような顔つきになった。
「おー、誰かと思うといつぞやの赤髪の少年か」
ボッシュと会うのは約半年ぶり。しかし、ボッシュももっと懐かしがるような顔をした。
「こんな遥かな未来でも巡り合うとはこれも運命のめぐりあわせかのう」
「ボッシュさん、なんのことですか?」
「いやー、すまんすまん、こっちの話じゃ。おぬしとは半年ぶりじゃったかの。いまは何をしているんじゃ?」
ボッシュは改め直して、クロノに尋ねた。
「いまは無職です」
「ほー、ジール女王にに立ち向かった勇者も暇を持て余す時代か。いい時代になったものじゃ」
ボッシュは時折意味不明なことを話すことがあった。クロノは話半分に流した。
「ボッシュさんはどうしてこんなところでお店を? ボッシュさんならこんな店を出さなくても、騎士団がまとめて買ってくれるでしょう」
「ほほ、たまには趣味で作った武器を披露したくてな。何ならおぬしも買っていかぬか?」
「あいにく1ゴールドも持ってないんで」
「そこの娘は? この剣なんてワシの自信作じゃぞ。白銀剣じゃ。この時代の鉱物もなかなか捨てたものじゃない」
ボッシュはクロノの隣にいたマールに尋ねた。
「すごいきれいな剣ね」
「今なら特別価格4000ゴールドじゃ」
ボッシュはけっこうな高値をふっかけてきた。
しかし、マールは特に動じる様子がなかった。4000ゴールドはけっこうな大金である。
「クロノ、この剣ほしい?」
「え? そりゃあな。でも4000ゴールドだぜ。おれの1か月分の労働だ」
「いいよ、買ってあげるよ」
マールは笑顔で淡々とそう言った。
「いやいや、4000ゴールドだぜ」
「任せて」
マールはまるで王族の者かと思うほどの金銭感覚だった。もしかしたら、4000ゴールドがどれほどの大金かわかっていないのかもしれない。
「ボッシュさん、その剣くださいな」
「ほー、買ってくれるかね? さすがはジール王家の血を引き継ぐ者。4000ゴールドじゃ」
ボッシュはよくわからないことを言いながら、白銀剣を差し出した。マールも簡単に4000ゴールドを出した。
「はい、クロノ」
マールは4000ゴールドで購入した白銀剣をそのままクロノにプレゼントした。
「本当にいいのか? 返すあてはないぜ」
「いいよ。でも、もし私の身に何かあったときは助けに来てね」
マールはそう言って笑った。その笑顔はいつかのマールディアが見せた笑顔と完全に重なった。
クロノはマールの正体が気になって首を傾げた。本物のマールディアが変装しているようにも見えなくはなかった。
「クロノ、今度はあっちに行こ?」
クロノがあれこれ思案しているとマールが指さした。ちょうど、ルッカの展示会場のほうだった。
◇◇◇
ルッカの展示会場の前にはけっこうな人だかりができていた。
「天才発明家ルッカ様の最新発明をお見逃しなく」
展示会場の前には、大々的に看板が上がっていた。
「天才発明家ねぇ。出世したもんだぜ」
「ルッカってすごい発明家だよね。たしかクロノの幼馴染だって話だったよね」
「あれ、なんで知ってんの?」
「あ、えーっとね、さっきクロノが話してくれたよ」
「そうだったっけか?」
「うん、ともかくすごいね。ルッカ発明家」
「まあ、どうせろくでもないものなんだろうけどな」
クロノは期待せずに展示会場に向かった。長い階段を上がっていくと、人の喧騒が聞こえて来た。
ルッカの発明を一目見ようと、非常に多くの人が群がっていた。
クロノとマールは人の間を潜り抜けて、立ち入り禁止と書いてあるロープをまたいで、先に進んだ。
ロープの機械には重苦しい大きな機械が設置されていて、何人かの科学者が機械をいじっていた。
「こらこら、そこの人、勝手に入っちゃダメよ」
クロノがロープをまたいだところで、その先にいた聡明そうな少女が注意してきた。
「おれだよ、おれ」
「あら、誰かと思ったら無職ダメ人間のクロノじゃない」
「悪かったな。機械オタク」
クロノはそのまま目の前の少女に言葉を返した。
その少女こそが天才発明家ルッカだった。
ルッカはクロノの幼馴染であり、家も隣で、昔からの長い付き合いだった。
クロノはガルディア騎士団に入り、ルッカは飛び級でガルディア工科大学を卒業するなど、お互いに首尾よく出世していたが、クロノが不祥事で騎士団を出たあとは、ルッカだけが順調に出世道を歩み続けた。
「クロノ、今なら特別に私の助手にしてあげるけど、どう? 日給10ゴールドでこき使ってあげるわよ」
「丁重にお断りさせてもらうよ」
「いいのかしら? この天才発明家ルッカ様の助手になる最大のチャンスなのに」
「とんでもない発明の実験台にされちゃ命がいくつあっても足りねえんだよ」
クロノもルッカも遠慮なく言い合った。昔からこの調子だった。仲がいいと言えばいいが、そうでないと言えばそうでないとも言えた。
マールが間に入った。
「こんにちは、あなたがルッカさんですか?」
ルッカはマールのほうに顔を移すと、首を傾げた。
「はて、どこかで見たことあるような……」
「マールディア王女に似ているとはよく言われます」
「そうそう。マールディア王女。王女様ですか?」
ルッカはそう言うと、とっさにその場に跪いた。
「違うよ。似てるとは言われるけど、別人。全然別人だよ。私、マールっていうの。偶然、クロノに出会って、道案内をしてもらってたところ」
「はー……瓜二つだからてっきり本物かと」
ルッカはあっけにとられたようにマールの顔を見つめた。見れば見るほど、本物のマールディア王女に見えた。
それから、ルッカはクロノのほうに怪訝な目を向けた。
「ちょっとあんた」
「何だよ?」
「あんた無職のくせしてなにナンパなんてしてんのよ。バッカじゃないの?」
「ナンパなんてしてねえよ」
しかし、ルッカはクロノの手を引っ張って、マールに聞こえないように耳元で尋ねた。
「一応確認するけど、あの子、マールディア王女様じゃないの? どう見ても本物にしか見えないんだけど」
「いや、違うよ。本人がそう言ってるしよ」
「あんた、マールディア王女様にちょっかいだしてクビになったんでしょ。今度ちょっかいだしたら本気で死刑になるわよ」
「あれは誤解だ。おれは何にもしちゃいねえんだよ」
クロノは風評被害にうんざりしていた。世間は、クロノがマールディア王女にちょっかいを出したということで、クロノに厳しい目を向けたが、それは誤解だった。しかし、間違った認識はなかなか消えなかった。
「ともかく無職が女の子を追いかけまわすなんて、男として情けないと思うわ」
「お前には関係ねえだろ、おれの自由だ」
「こいつ……」
ルッカはどことなく嫉妬交じりの目をクロノに向けた。
「あのー、ルッカさん。発明ってあれですか?」
マールが謎の機械のほうを指さした。
「いかにも。これがルッカ様の世紀の大発明、テレポーテーション装置」
ルッカはマールの指摘を受けて、発明家の顔になった。
「物体を一瞬で移動させることができるの。場合によっては果てしなく遠い距離も一瞬でね」
ルッカは得意げに発明品について説明した。
テレポーテーションは、長らく夢の発明品とされていたが、この時代を持って、ついにルッカの手によって完成するに至った。
「物体を量子レベルまで分解して、量子からみの性質を利用して再構築するの。すでに人体実験も成功してて、安全性も確認されているわ」
ルッカは胸を張った。
「移動するってことは、こっちからこっちにってこと?」
「ええ、世界の反対側まででも移動できるのよ」
「すごーい。ねえ、私も移動できるの?」
マールは純粋に好奇心を示した。
「もちろん。誰であっても100%安全に移動できるわ。やってみる?」
「やってみたい」
「オッケー。じゃあ、第一号はマールで決定ね」
ルッカは自分の発明に自信を持っていた。だが、ルッカとの付き合いの長いクロノはルッカの発明には常に懐疑的だった。
「おい、マール。やめとけ。こいつは昔からあちこち爆発させて回る常習犯だ」
クロノは昔からルッカの発明品の実験台になり、何度もちばっちりを被ってきた。そのため、ルッカの自信が信用できないことをよくわかっていた。
「コラ、クロノ。私の発明家の名前に泥を塗らないでよ」
「お前のせいで、おれは何度も死にかけたんだぞ。わかってんのか?」
「あ、あれは未熟なころの私よ。その失敗から学び、大発明家ルッカ様は誕生したのよ」
ルッカはそう言って再び胸を張った。
「大丈夫だよ、クロノ」
マールはすでにテレポーテーションを経験したいという思いでいっぱいだった。
本人がやりたいと言うなら止める道理などないから、クロノはこれ以上引き留めなかった。
「えー、皆様、おまたせしました。今から大発明テレポーテーション装置を世界で初めて皆様の前で披露したいと思います。テレポーテーションに挑戦してくれるのはマールディア王女似のこちらの少女。ぜひ、ご注目ください」
ルッカはそう言って、大衆の目を惹き付けた。上昇志向の強いルッカは多くの観衆の前で自分の発明品を披露できるとあって胸を高鳴らせていた。
しかし、この披露会が世界の運命を大きく変えることになる。