クロノが消え去った後、ルッカは今一度、テレポーテーション装置に異常がなかったか点検を始めた。
何かがエネルギーを増幅して、想定外の時空ゲートを作ってしまった。その原因を一刻も早く着き止めなければ、クロノとマールを助けることはできない。
「ん?」
ルッカはテレポーテーション装置の上に何かを見つけた。
それはマールとルッカが消えた場所ではなく、本来、マールが転送されてくるはずだったもう片方の装置の上に落ちていた。
ルッカはそれを拾い上げて見つめた。
緑色に輝く謎の石のかけらだった。
「こんな石見たことないわ……ドリストーンの亜種かしら……」
世界中の魔力石を研究していたルッカでも、見たことのない緑色の石だった。
◇◇◇
クロノは右も左もわからない渦の中でもがいていた。
何か大きな力に流されているが、体には何も感じない、不思議な中をさまよっていた。
やがて、流されるがままに、クロノはとある場所に叩き落された。
「いてて……」
クロノはゆっくりと立ち上がり、あたりを見渡した。
「トルース山か?」
クロノは見慣れた景色に、トルース山を連想した。しかし、それにしては少し違う気もした。
「この感じ、トルース山だ。間違いねえ」
クロノは少し歩いて、それを確信した。
さらに確信を深めるものも発見した。
滝だ。
トルースの滝。このあたりは最近は開発が計画されていたが、地元民の反対で昔のまま残されていた場所である。
「トルースの滝。間違いねえ。トルース山だ。ってことはたいして遠くに行ったわけじゃねえってことか。すると、マールもこの近くか」
クロノは声を張り上げてマールを呼んだ。
「おーい、マール。いるかー?」
しかし、やまびこが返ってくるだけで、マールの返事はなかった。
ともかくルッカの展示会場に戻ることにした。
「えーっと、滝のこちら側だから。こっちに回ればリーネ広場か」
クロノは昔このあたりで良くルッカと遊んでいたので地の利は十分だった。
だが、どうも様子がおかしい。
「あれ、このつり橋……こんなだったか?」
クロノは滝の向こう側に渡るつり橋に差し掛かったとき、違和感を覚えた。
ここにかけられていたつり橋は何度か作り直されており、最近は赤い立派なつり橋になっていたが、そこにかかっていたつり橋はオンボロだった。
クロノが足をかけると、ガタガタと揺れた。
「あれ、やっぱ場所を勘違いしてたかな……」
どう見ても、このあたりはトルース山だ。しかし、ところどころ記憶と食い違う光景が散在していた。
「うーん、ともかくリーネ広場に戻るか」
クロノは慌ててつり橋を渡った。明らかに不安定なつり橋であったが、何とか渡りきれた。
すると、その先にふもとの様子が見えて来た。
「おかしいな。賑やかさが全然ねえな」
いまリーネ広場では、千年祭が開かれている。世界中から人が集まっているはずだが、滝の音がどこまでもしっかりと聞こえてくるほど、あたりは静けさに包まれていた。
トルース山に間違いないが、いくつが違っているおかしな世界だった。
しばらく進むと、魔物たちが球蹴りをして遊んでいる光景が目に飛び込んできた。
「おっ、魔族。メディーナの連中か。話を聞いてみるか」
クロノは崖を降りて、魔族の少年たちに近づいた。
「おーい、そこの」
「ああ?」
メディーナの魔族の少年と思われる二人組はクロノのほうをにらみつけた。
魔族も最近はだいぶ丸くなってきていたが、ここの少年らの目つきは鋭かった。
「あのさ、リーネ広場に戻ろうと思うんだが、ここから降りられるか?」
「ふん、人間の分際で魔族に道を聞くなんざいい度胸じゃねえか」
少年らは威嚇するようにクロノをにらみつけた。
どうやら不良少年だったようだ。いつまでも、人間に対して良く思わない魔族は少なくない。彼らもその一種だろうと思われた。
「まあいい、ちょうどヤクラ様の使いで木の実拾いに来てたところだ。てめえ、おれらに代わってやれよ」
「悪いが、いま忙しいんだ」
「知るか。おれたち魔族の言うことが聞けねえってのか」
「すまんな。無職だから手伝ってやりてえが、いま人を探してんだよ」
「ククク、魔族の言うことが聞けねえってのか。ならばここから先に行かせねえよ」
魔族の少年はそう言うと、ボールを蹴り上げた。
鋭い弾道でクロノめがけて飛んだ。
しかし、もとガルディア兵士団のエースであったクロノは反射的にそれをかわした。
「おいおい、暴力は振るうもんじゃねえぞ」
「ふん、知るか。人間は魔族の奴隷だ」
今度は、ステップを踏んで拳を振るってきた。クロノはそれも華麗にかわすと、仕方なく剣を引き抜いた。
マールが買ってくれた白銀剣がきらめいた。
クロノはその白銀剣をひるがえして、魔族の一人にみねうちを加えた。
「うぐ……」
少年は一瞬で崩れ落ちた。
それを見たもうひとりの少年は、クロノのスピードと剣の腕の高さを知って体を震わせた。
「くそ、サイラスの仲間か。おい、ずらかるぞ」
「お、おい、待て。ちくしょー、覚えてろ。この恨み、ヤクラ様が晴らしてくれるからなー」
魔族の少年らはそう言って逃げ出して行った。
クロノは剣を収めた。
「サイラスって……何年前の話してんだか」
おかしな少年たちだったが、ともかくクロノはリーネ広場まで降りることにした。
◇◇◇
ふもとのほうまで降りてきて、クロノは首をかしげた。
「トルース山じゃなかったのか……?」
クロノは振り返って、先ほど降りて来た山を見上げた。
見上げた感じはトルース山だが、リーネ広場がごっそりとなくなっていた。そんなことあるわけないので、やはりこの山はトルース山ではない。
しかし、山道の前には標があり、「トルース山」と書かれていた。
「おかしくなっちまったのか。おれがおかしいのか、こっちがおかしいのか。ともかく誰かに話を聞いてみねえとな」
クロノはまだ混乱したままだった。この混乱を解くには、人を探して謎を突き止めるしかなかった。
山道を長く降りてくると、町が見えて来た。
どこか見覚えのある港町が広がっていたが、全体的にさびれているようにも見えた。
造りの古い建物が多い。
人の通りも見えなかった。
とある酒場を訪れてみた。
中には、数人の客がカウンターに座って、しんみりと酒を嗜んでいた。
「いらっしゃい。おや、未成年かね? ずいぶん変わった格好をなさってますな」
バーのマスターはそう言って挨拶した。
「すみません、少し話を聞きたいのですが」
「何でしょうか?」
「あそこの山はトルース山ですよね?」
「そうだよ。それが?」
「おかしいんです。リーネ広場がなくなってしまってたんです。たしかに山道を降りて来たんですが、どこにもなくて」
「山に行っていたのですか? いけませんよ。あそこはいまやビネガー大臣の所有地です。人が勝手に分け入ってはビネガーに処刑にされてしまいますよ」
「ビネガー? メディーナの村長のあのビネガーさんですか?」
「何のことですか? ビネガー大臣は魔王様に告ぐ魔族ナンバーツーの大臣ですよ。ビネガー大臣の機嫌を損ねると、我々も商売ができなくなってしまうのです。今のところ、うちの酒はビネガー大臣から評価をいただいているので、何とかやっていけているのですから」
「はあ、魔王様……」
いったい何年前の話をしているのだろう。クロノはますます混乱した。
すると、客の一人がクロノを見て尋ねて来た。
「あなた、ずいぶんと立派な剣を持っていますね。少し見せてもらってもよろしいですか?」
「え、はい」
クロノは剣を客に渡した。
「こんな立派な剣。もしや、あなたはガルディア騎士団の兵士ですか?」
「もとですけどね」
「やはりそうでしたか。いやあ、私も少し前まで騎士団にいたのです。サイラス隊長には厳しく剣の指導を受けました。まあ、裏切りがばれてクビになりましたけどね」
「あの、サイラスって?」
「サイラス隊長ですよ。隊長のことを忘れるほど、大変なことをしてしまったのですか? 私は魔族に武器の密輸をしているのをばれてしまったのです。あなたは何をしでかしたのですか? さては、リーネ姫の融解を目論んだ張本人とか?」
どんどん話がわからなくなってきた。サイラスは今から400年前に魔王軍の戦いで戦死した英雄だ。だが、彼らは今そこにサイラスがいるような様子で話した。
「リーネ姫が誘拐されたと聞いたときはびっくりしました。ですが、私にとってもはやガルディア王国がどうなろうとどうでもいい。魔族のもとで細々暮らせる算段がついたのです。ビネガー大臣からスパイにならないかと直々に声をかけられたのです。どうせ、ガルディアは魔王様の力の前に屈する。ならば、魔族のほうについたほうが賢明さ」
「あの、先ほどからまるで時代劇のような話ばかりされてますが、いまは何年ですか?」
「なんだい、今の年代さえも忘れるほどショッキングなことを経験したのかい? ほら、ここに最新のガルディアゴールドがあるから、あなたにあげますよ」
客が1ゴールドをくれた。
それを見たクロノはある驚愕の事実を思い知った。
そのゴールドには「DC.599」と書かれていた。
ここは401年前のガルディア王国であった。
クロノはしばらく愕然としたまま立ち直れなかった。