クロノは酒屋を出ると、もう少しこの時代の情報を探るために、町を歩き回った。
「間違いねえ、ここは400年前のガルディア王国だ。ルッカのやつ、とんでもないものを発明しやがって」
幼馴染の大発明を褒めるべきか、けなすべきかわからなかった。
ここが400年前であるとすると、クロノが認識している歴史の転換期である。
このころ、魔王軍とガルディア軍が本格的に衝突することになる。
サイラス率いるガルディア軍が快進撃を進めるも、その戦の中で、サイラスが戦死。
その後は魔王軍の反撃が始まり、ガルディア王国の約半分が魔族の手に落ちる。
そんなとき、サイラスの魂を継承した騎士グレンがグランドリオンを構え、魔王を打ち破る。
結果、魔王軍は撤退。
後の交渉で、魔族は「メディーナ地方」として、ガルディア王国の一部となる。
当時の王女であったリーネの計らいで、魔族と人間の平等が実現し、それなりの対立もありながらも、平和なガルディア王国が長く続くことになる。
この歴史の転換期となったのがDC600年。この時代に、ガルディア王国は大きく動くのだ。
クロノは科学に詳しくない。自分という存在がこの時代に降り立ったことで歴史がどう動くのかはわからない。
しかし、自分が未来人であることはひた隠しにしたほうがいいだろうと考えた。
クロノはとある工場を見つけて立ち寄った。
工場では、男たちが大きな音を立てながら、金属を打っていた。一昔前の古い製法による作業だった。
クロノはしばらくその様子を見ていた。
「おんや、あんたクロスじゃねえか?」
クロノの背後から声をかける者があった。
振り返ると、そこには大きな金具を担いだ男の姿があった。
クロノは思わず尋ねた。
「タバンさん?」
「ああ? おれはバンタだぜ。勝手に人の名前を入れ替えるんじゃねえよ。それより、クロスだろ。どういうこった。いつ帰ってきてんだよ?」
男はバンタと名乗った。見た目は、ルッカの父親であるタバンそっくりだったが、名前違いだった。
もしかしたら、ルッカの先祖かもしれない。だとすると、あまり余計なことは言わない方がいいかもしれない。歴史が変わると、最悪ルッカが消えてしまうかもしれない。自分の存在が変わることも無きにしも非ずだ。
「おれはクロスじゃないですけど」
「人違いか。まあ、おかしな格好してるもんな。しっかし、似てるぜ。びっくりしたよ」
「あの、クロスとは?」
「おれの近所に住んでるとんでもないやつだよ。うちの娘の幼馴染なんだが、王国を裏切った不届きものよ」
バンタはクロスのことを思い出しながら、けしからんと言いたげな顔をした。
「何をしたのですか?」
「ああ、もともとサイラスも才能を認める騎士だったんだが、魔王軍に裏切ったのよ。今は魔王軍の一員さ。親不孝なやつだぜ。そのせいで、親は王国裁判にかけられて処刑されちまったんだから」
「その人がおれにそっくりと?」
「ああ、似てるってもんじゃねえ。言われなければクロスとしか思えねえよ。あの野郎、今頃どこでどうしてっかな」
「……」
クロスという人物に聞き覚えはなかった。クロノは自分の血筋を気にしたことなど一度もなかったが、少なくとも自分の血筋に、王国を裏切ったような人物はいないはずだ。
「まあでも、クロスの剣の腕前は一流。おまけに魔法も使いこなすんだ。優秀な遺伝子を授かったもんだな。おれも聡明な娘がほしいと思ったんだ。いまや発明家は時代の寵児だからな。しかし、頭はてんでダメ。いつかはおれの血筋から偉大な発明家が生まれることを願って、必死に娘らの学費を稼いでんだ」
バンタはそう言いながら、工場の先を指さした。
「いま王国から依頼を受けて、リーネの鐘を造ってるところさ。この物騒な時代、こんな小さな工場じゃ、ろくにやっていけねえが、王国が期待してくれてんだ、立派なものを造らねえとな」
クロノはいま打たれている金属がやがて「リーネの鐘」になることを知った。
あの美しい音色はここから始まったのかと思うと、不思議な思いだった。
「しかし、あんた。ずいぶんとおかしな格好をしてんな。けっこう高価な衣装と見えるがどこで手に入れたんだ?」
「いえ、安物ですよ」
「気をつけろよ、あんちゃん。いまはこのあたりも治安が悪いからな」
クロノは頭を下げると、ガルディア城がある方向を見上げた。
ともかく、マールを探すためには協力者がいる。協力者を集めるには、ガルディア城に赴くしかないと思った。
もとの時代に戻れるかはさておき、マールもこの時代に来ているなら、一刻も早く探し出す必要があった。
「最悪、もとの時代に戻れなくとも」
クロノはそれでもマールを探すことを最優先した。
◇◇◇
リーネ姫が無事に城に戻ってきたことで、リーネ姫の捜索隊がすべて城に戻ってきた。
「本当に良かった。リーネ様がいなくなれば、ガルディア王国は陥落していたところだからな」
兵士らはひとまずの朗報を喜んだ。
しかし、その先には本命の問題が待っていた。
「あとは魔王軍か。あくまでもガルディア王国の実効支配を目論んでいる。平和的解決には知らんぷり。剣で解決するほかなさそうだな」
「大丈夫だ。そうなっても、我々にはサイラス隊長がついている。魔王がやってきたって、グランドリオンが魔王をうち破ってくれるさ」
ガルディア王国はいま大変な状態にあるが、それでも彼らには希望があった。
一人の戦士に希望を託すのは残酷かもしれないが、彼らにとってはサイラスという大きな力だけが希望だった。
魔王軍もサイラスを目の上のたんこぶと認識していて、サイラスの討伐を最大の課題にしていた。
そんな矢先、ガルディア城を訪問する魔族の者があった。
ソイソーは部下数名を連れて、ガルディア城を訪問していた。
ソイソーは魔王軍傘下の強力な舞台を束ねる小隊長だが、サイラスとの戦に敗北すると、少し地位を下げていた。
サイラスとの敗北でソイソーの心も少し変わったようであった。
ソイソーはガルディア城を警備する門番の前に立った。
「ソイソー、何しに来た?」
「そんなに警戒しなくても良かろう。この通り、正式な外交手順を踏んで、入国した身だ。侵略に来たわけではない」
ソイソーは外交文書を提示した。
ガルディア城と魔王軍は戦争しているが、その間でも外交や貿易は行われており、ソイソーは正式な外交手順でガルディア城にやってきていた。
「何の用だ? いま、こちらは色々と忙しいのだ。会談の場を設けている暇はないのだ」
「会談など無用よ。おれはサイラスに剣の試合を申し込みに来ただけよ」
「試合だ? それこそ言語道断。いま、こちらは忙しいのだ」
「何がそれほど忙しい? 魔族大使館に住む人間たちはいつも暇そうにしているぞ」
「いまリーネ様の容態が優れないのだ。そのような状況では、剣の試合など受け付けられない。わかったか?」
「お前たちの姫君が行方不明になったという話は聞いている。見つかったのか?」
「ああ、まさかお前が誘拐したのではあるまいな?」
ソイソーは首を横に振った。
「バカなことを。このおれがそのような卑怯な手を使うはずがあるまい。私は法のもと、サイラスと剣を交え戦ったのだ。そして、私は敗北した。私は正々堂々とサイラスにリベンジを果たそうと修行をしてきたのだ」
「お前がそうでも、お前の上司のビネガーは卑劣なことばかりを目論んでいるではないか」
「たしかにな……ビネガーはおれも尊敬していない」
「しかし、リーネ様は発見された。魔族の手にかかっていたらと思うとゾッとするよ」
「そういえば……」
ソイソーは何かを思案した。
「ビネガーが話しているのを聞いたことがある。王国に部下のヤクラを送り込む計画があると。門兵よ、発見されたのは間違いなく姫君自身であったか?」
「当たり前であろう。みなでリーネ様の無事を確認した。間違いなくリーネ様自身であった」
「一応伝えておく。ビネガーの部下にヤクラという魔物がいる。やつは変化の魔術に長ける。その精度は一級品で、誰にでも化ける力がある。ビネガーはヤクラに極秘の任務を与えたと話していた。もしかすれば、姫君の融解計画だったのかもしれぬ」
「発見されたリーネ様が、そのヤクラが変身した姿の可能性があるということか?」
門兵はソイソーからもたらされた情報を重視した。
「おれも詳細な計画はわからない。だが、確認しておいたほうがいいかもしれぬぞ」
「ソイソーよ、そのような情報をわざわざ漏洩するとはどういうことだ? お前は魔族の身だろうに」
「ふっ。おれは剣の道を歩む身。卑怯な手口は嫌いなのでな。おれは正々堂々とサイラスと戦い、その首を獲るつもりだ」
ソイソーの言葉に裏があるようには見えなかった。
「わかった、信じよう。情報提供に感謝する。敵軍に感謝するというのもおかしな話だがな」
「ヤクラは化ける力はあるが、知識は並。いくつかの質問をすれば、もしヤクラならばボロを出すだろう」
「リーネ様は気を失っておられる。一応、その情報、国王に伝えておく」
「サイラスにも伝えておいてくれ。おれはもう以前のおれではないと。今なら、貴様の首を刈り取ることができるとな」
「ふっ、お前こそ、サイラス隊長に斬られる覚悟をしておくんだな」
◇◇◇
ソイソーは落ち着いたらまた来ると言って、去って行った。
それとは入れ違いで、今度は赤毛の少年がガルディア城を訪れた。
「貴様はまさかクロス?」
門兵はやってきた少年に武器を向けた。
「違う。おれはクロノだ。ただの町の少年だよ」
「ふん、驚いたな。クロスにそっくりだ」
門兵は警戒しながらも、一応武器を収めた。
「少年が城に何の用だ? いまは一般市民の立ち入りを断っているところだぞ。マーケットの新規参入なら、町の連絡所で手続きをやってくれ」
「そうではありません。もっと大事な用で参ったのです」
「大事な用だと?」
このとき、クロノはどこまで自分のことを話そうか迷った。
あまり未来のことを話すと、歴史に影響があるかもしれない。しかし、ある程度話さないと、重要人物と認識してもらえない。
城に相手にされなければ、マールを探すこともできない。
クロノはたとえ歴史が壊れても、マールを探すことを優先したかったので、自分が未来からやってきた身であることを告げることにした。
「実はおれ、今から400年後の未来からやってきた身なのです」
「未来って……おいおい、そんな茶番に付き合っていられるほど、我々は暇ではないのだぞ」
「本当です」
「少年、あまりふざけられては困る。いまリーネ様の体調がすぐれないのだ。さあ、ふざけていないで帰りなさい」
「ではこれを見てください」
クロノは示せる証拠として、ガルディア王家に伝わるペンダントを示した。
それを見た門兵たちは目を固めた。
「ガルディア王家のペンダントです。400年後の未来まで継承されています」
「ふん、レプリカだろう。ずいぶんとよくできているが、そんなものは証拠にはならん」
「では、これは?」
クロノは400年後の未来の最先端の剣である「白銀剣」を提示した。
「むむ、なんという美しい刃か。こんな剣は見たことがない。少年、これをどこで?」
剣に詳しい門兵が白銀剣に強い関心を示した。
「DC.1000年、今から400年後の鍛冶職人が作った剣です」
「……このような金属は見たことがない。ガルディア城と契約している鍛冶職人のすべての武器を知っているが、これほどの剣はなかった」
「待て、それだけで決められるものではなかろう」
門兵たちは次々色々な意見を述べたが、クロノが未来人という決定的証拠が揃ったわけではない。
しかし、クロノを重要人物と認識するに十分な状況だった。
「少年、本当に未来から来たと申すのか?」
「はい、DC.1000、今から400年後から来ました。間違いありません」
「むむ、どうする? 一応サイラス隊長に報告するか?」
「バカ、未来人なんているわけない。でっち上げだ。おおかた、城の財宝を狙う盗賊に違いねえ」
「少年よ、どうやって未来からこの時代にやってきた?」
門兵が核心に迫ることを尋ねた。
「とある発明家が造った装置の影響です。実験の途中でこの時代に流されてきたのです。実はもう一人、この時代に来ている者がいるはずなのです」
「もう一人とは?」
「マールディア姫。400年後のガルディア城の王位継承者です」
「なんと!」
門兵たちはクロノの話をおおむね信じたようであった。
とはいえ、未来から来たというのは滑稽な話である。
門兵らは一応その話をサイラスに伝えることにした。
「いいだろう。少年よ、その話、サイラス隊長に通そう。もし、本当ならば大事だからな」
クロノはうなずいた。これで、マール捜索への大きな一歩になった。