いま、ヤクラは不可解なことに遭遇している。
「リーネ姫が発見されたと聞いたときはどうしたものかと思ったが、なんだ、リーネ姫は無事ではないか」
ヤクラはリーネ姫が無事そこにいたことを確認して、安堵のため息をついた。
「どうしたのですか、ヤクラ様。リーネ姫はずっとここにおられますよ」
「いまは大臣だ。大臣と呼べ」
「申し訳ありません」
ヤクラは使いの魔族にしっかりと言い聞かせた。ヤクラはあらゆるものに変化する力があるが、今はガルディア王国の法務大臣に化けていた。
「ビネガー様から託されたリーネ姫誘拐任務が台無しになるかと思った。じゃが、これで安心じゃ。がははははは」
ヤクラはひとまず、任務が順調なことを喜んだ。
対して、リーネは強い目でヤクラをにらんでいた。
リーネは魔族に囚われの身であったが、そんなときでも、ガルディア王家の王女としての強い意志を崩さなかった。
牢獄に閉じ込められても、泣き言1つ言わないどころか、より心が強くなっているようであった。
「なんだね、リーネ姫。何か言いたげではないか」
「あなた方はどうして平和的解決の道を選ぼうとしないのですか。魔族の民も決して豊かさを享受しているわけではないはず。私たちが争えば争うほど、互いに犠牲を増やすことになるだけ」
「ワシにそんな難しい話をされても困るな。ワシはただ出世したいだけなのでな。ビネガー様にリーネ姫を献上すれば、ついにワシもナンバー2の身。魔王様から勲章をいただけ、城に住める見となるのだ」
「わたしがいなくなれば、ガルディアの心はより一層燃え上がるでしょう。また不毛な戦いが続くことになります」
「ワシの知ったことか。ワシは金が儲かればそれでええんじゃ。うまい酒と豪華な寝室があればな」
ヤクラはさらに続けた。
「小遣いは女房に減額され、我がジュニアの養育費にワシの給料は持っていかれ、ワシはカツカツなんじゃ。それに、ワシはもっと美しい魔族のぴちぴちギャルがほしい! 汚い女房の尻に敷かれるのはもう嫌じゃ」
「ヤクラ様、我々にギャルのパンティーを下さるという約束、忘れないでくださいね」
「大臣と呼べ、大臣と」
「ギャ、ギャルのパンティーを。僕はそのために危険な橋を渡ったんだぞ」
「くれたやる。そんなものいくらでも。この任務が成功すればな」
「さすがはヤクラ様」
「大臣じゃ!」
ヤクラのチームはどこか締まりがなかった。
リーネはその様子を見て、彼らは人間と同じ心を持っているのだと確信した。ならば、人と魔族は平和的に共生できるはず。リーネの願いは魔族と人間の共存だった。
今回、ヤクラの誘拐を受けて、リーネは不幸中の幸いと考えていた。
こうして誘拐されたことで、魔族の最高峰に直接平和的解決を訴えるチャンスが生まれた。
これまでのリーネは政治の表舞台に出ることを禁じられていたから、自分の願いを届けるチャンスが一度もなかった。
しかし、自分が誘拐されたことで、ガルディア王国は揺れ動いていることだろう。
リーネは複雑な気持ちだった。
◇◇◇
クロノはすべての事情をガルディア城の国王に話した。
未来から来たこと。
マールディアという400年後のガルディア王女を助けに来たこと。
当然、そのようなことを言われても、誰もすぐに信用できるはずもない。
しかし、国王は半信半疑ながら、クロノの話を尊重した。
「クロノ殿の話をまとめると、つまりは今回発見されたのはワシの娘ではなく、400年後のガルディア王位を継承することになるマールディア王女である可能性があるというわけか」
「わかりません。ですが、面会させていただければ、すべてがわかります」
「うーむ……」
国王は跪くクロノを観察するように見つめた。
その所作の1つ1つが、しばらくの間ガルディア城の騎士団に所属していた「クロス」に似ていた。
ただ、目つきや目の色がクロスとは異なっている。クロノの目は正義の光を放っていた。邪悪な眼光を持っていたクロスとはその点で違っていた。
「国王、いけません。リーネ様を狙うテロリストの可能性が高いです。クロスの裏切りの件もあったばかりです」
「……」
国王は大臣の助言を受けてもなお、クロノをテロリストとは考えなかった。彼の放つオーラは少なくともそのようなものとは違っていた。
大臣に代わり、騎士団の隊長であるサイラスが歩み寄った。
サイラスは国王から最も信頼されている身であり、事実上の国のナンバーツーであった。
「国王、私がリーネ様を必ずお守りいたします。一度、クロノ殿をリーネ様のもとにお連れしてはいかがでしょうか。私には彼の話が作り話とは思えないのです」
「サイラスもそう思うか。ワシもそう考えておったところだ」
「もし、彼の話が本当ならば、リーネ様はまだ行方不明のまま。すぐに捜索を再開する必要があります」
「よし」
国王は重い腰を上げた。
「クロノ殿、そなたの話を信頼しよう。今からリーネのもとに案内する」
「ありがとうございます」
クロノは跪いて頭を下げた。
◇◇◇
クロノはサイラスとベテランの騎士に挟まれる形で、リーネの寝室への道を歩いた。
この道は何度か歩いたことがあった。現代も400年前も、この道を歩む感覚は同じだった。
あのときと違うのは、隣にサイラスがいることだった。現代は、同僚のウェッジと上司のビックスが隣り合わせだった。
クロノは改めてサイラスの横顔を見た。
肖像画でしか見ることのできないサイラスがたしかに目の前にいた。
肖像画のものよりも若く見えた。
背が高く、騎士たる風格は他の騎士に比べても突出したものがあった。
これがサイラスか。
クロノも剣の道を志していた身。剣の道を歩む者にとってサイラスは憧れだった。400年もの間、サイラスという名前が色あせることはなかった。
しかし、歴史が正しく進行すれば、このサイラスはまもなく命を落とすことになる。
魔王軍との戦いにて散る。
歴史書にははっきりとその事実が書かれていた。
もう1つクロノが気になったのが、伝説の剣である「グランドリオン」である。
剣の道を歩むクロノにとって、グランドリオンもまた憧れの剣である。
歴史によると、「英雄サイラスが操り、英雄グレンが引き継ぎ、グランドリオンの刃が魔王を討った」とされている。
その後、グランドリオンはその役目を終えたかのように崩れ去り、最後に一本の「赤いナイフ」だけが残ったとされる。
長らくそのナイフはガルディア城の宝物庫に保管されていたが、BC813年の「813事件」により失われた。
813事件とは、謎の盗賊団が城を襲撃し、宝物庫の宝をすべて奪い去ったという大事件である。
この事件の真相はまだ明らかになっていない。しかし、ある情報筋では、魔王軍の生き残りである者たちが画策したものであると言われている。
しかし、あの当時のガルディア城の警備は厳重であり、そうそう簡単に突破できるはずがないと考えられていた。
また、宝物庫の警備がある不可解な記録を残している。
「胸から火炎放射を放ち、フルメタルボディの剛腕が宝物庫の扉をぶち抜いた。あれは未来から来た兵器に違いないと思った」
「私が見たのは不可解なカエル。あのカエルはカエルを落としてきた。気が付くと、私はカエルの下敷きになっていたのです」
「私は恐竜を見ました。あれは間違いなく恐竜でした」
そんな不可解な事件により、グランドリオンは歴史の舞台から消え、BC1000につながった。
クロノはサイラスに彼に関する歴史を一切述べなかった。
クロノのもたらした情報により、未来が変わってしまっては取り返しのつかないことになる可能性がある。
サイラスもそのことを理解しているのか、クロノに未来に関することを聞き出そうとしなかった。
リーネの寝室は、ちょうど現代におけるマールディアの寝室と同じだった。
クロノはガルディア騎士団に所属しているときに、何度かこの場所に入ったことがある。
元来、一兵士であったクロノがこの場所に入ることは許されていないが、マールディアから何度か誘いがあったのである。
それが誤解を招き、クロノは騎士団を去ることになった。
あれからしばらく、クロノは「マール」という少女として、「マールディア王女」と再会することになった。
クロノは王女としてではなく「マール」として初めて出会った少女であると理解するつもりだった。
おそらくは、それがマールディア王女の希望でもある。
「リーネ様に面会させたい者がいる。開けてくれ」
「はい」
国王の一言で、手伝いの者たちによって寝室が開かれた。
クロノは自分の時代とは少し趣きの違うマールディア王女の寝室に足を踏み入れた。
クロノがこの場所に足を踏み入れた回数が1回増えた。
400年後、クロノが初めてマールディア王女の寝室に足を踏み入れたときは緊張したが、実はあれは2回目以降だったのかと思うと、不思議な思いだった。
クロノはベッドの上で眠っていた王女の寝顔を覗いた。
「間違いありません」
クロノはつぶやくように言った。
あの時と同じだった。
マールディア王女に呼び出され、ひそかに寝室に向かうと、マールディア王女はベッドの上で寝息を立てていた。
あのときと同じ姿がそこにあった。
「マールディア王女です」
クロノは国王に確信するように言った。
クロノはリーネと出会ったことがない。だから、正確に比較できたわけではない。しかし、そこにいるのはマールディアであって、他の誰でもなかった。
「リーネではなくマールディア王女であると。それは間違いないかね?」
「断言します。マールディア王女です」
クロノは探していた者を見つけることに成功した。
しかし、同時にそれはガルディア騎士団にとっては、探していた者をまだ見つけていなかったということでもあった。
「うーむ、ではリーネはまだ見つかっていないということになるのか」
国王はショックを受けた。しかし、クロノが錯覚しているという可能性もある。
だが、クロノはもう1つ重要な資料であるBC1000のガルディアのペンダントを持っていた。
それと合わせれば、一応クロノの話に合点がいくことになる。
クロノはペンダントを国王に差し出した。
「これがBC1000のガルディア王家に継承されたペンダントです」
「ふむ……」
国王はペンダントを手に取った。レプリカの可能性もあるが、国王が手に感じた魔力の感覚は偽物には見えなかった。
「クロノ殿、すべての話を信じよう。この娘はリーネではなくマールディア王女。そして、そなたは未来からマールディア王女を探してやってきた。それで間違いはないか?」
「はい」
そのとき、おそらくは歴史が大きく変化した。
未来人がこの時代にやってきたという事実は正規の歴史にはなかったはずだ。
クロノとマールの登場はこの時代に何かをもたらした。
それが闇か光かは誰にもわからなかった。
しかし、まだクロノの話が真実と決まったわけではない。どちらかというと、国王とサイラス以外の者はクロノの話を信じていなかった。
しかし、その話を信じるしかないことが起こる。
その後、マールディアの意識が戻ったのである。
すぐに、国王について、クロノとサイラスも再び寝室に向かった。
目を覚ました少女は間違いなくマールディア王女、いやマールであった。
「クロノ! クロノ、来てくれたのね?」
目を覚ましたマールはこの時代に動揺していたが、クロノを見つけると、明るい表情を作って、ベッドから飛び出した。
マールはクロノの両手を握り締めた。
その光景は身分の異なる禁断の触れあいとしてではなく、時代の異なる者たちの温かい再会として映った。
そして、それは発見された少女が、リーネではなくマールであることを証明する瞬間でもあった。
リーネはまだ発見されていない。