TS魔王は勇者に靡かない   作:しぇしぇしぇのしぇ

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1話

「畜生! まだだ!」

 

 古びた砦に、猛り声が響く。

 

「まだ終わるわけにはいかん! ワシは貴様ら王国に、何も復讐を果たしていない……っ」

「やかましい!」

 

 青白い肌、不健康な目つき。

 

 この世のすべてを憎悪している表情で、ソイツは金髪の剣士に掌を向けた。

 

「ワシらは間違っていない! 間違っているのは貴様らの方だ、何故それが分からん!」

「どちらが正しいか、間違ってるかなんてのは水掛け論にしかならねぇんだよ。ただ一つ言えるのは─────」

 

 やがてボロボロの男の掌から、苦し紛れに青白く眩い閃光が放たれた。

 

 四方八方、縦横無尽に広がっているその『閃光』は、廊下を焦がしながら剣士へと迫っていく。

 

 雷撃魔法。それは数ある魔法の中で最も早く、鋭く、恐ろしい最強の攻撃魔法だ。

 

 

 だが、

 

「お前みたいに、罪のない人間を殺しまくって目的を果たそうなんて奴が、正しい筈がないんだよ!」

 

 『勇者』の凄まじい耐性の前では、ただの静電気に過ぎない。

 

 

「これで終わりだ、魔王(・・)!」

 

 

 剣士の一閃が、雷撃魔術師の体躯を切り裂く。

 

 ぴしゃり、と水音。

 

 おびただしい血液が、血で錆びついた砦に振り撒かれた。

 

「……畜生、呪ってやる。貴様らに災い有れ!」

「あの世があるなら、お前が殺した連中に土下座で行脚するんだな」

 

 金髪の剣士は、肩で息をしながら魔王に唾棄した。

 

「許してもらえるとは思えねぇけどよ」

 

 そう吐き出すように呟いた彼の背後には、満身創痍の仲間達が血塗れで倒れこんでいた。

 

 彼の仲間はかろうじて息があるのは数名で、息をするのやっと。事切れているものも散見される。

 

 魔王と闘った『勇者パーティ』にも、それなりの被害が出ていたようだ。

 

「宣言しよう、貴様らの王国は直に滅ぶ! ワシの妄執が災禍となりて、国を滅ぼして─────」

「もういい、黙れ」

 

 金髪の剣士は、傷だらけの腕で剣を持ち。

 

 魔王の胸に、無慈悲に突き立てた。

 

 それきり、魔王は動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまぁ、こうして勇者様は王国を救って英雄となりました。そして姫と婚約し、幸せな日々を暮らしているそうです」

「わー!」

 

 そして私は、紙芝居の最後のページを捲った。

 

「悪は必ず滅ぼされ、最後に善が勝つのです。だからみんなも、悪いことをしてはいけませんよ」

「はーい!」

 

 私の目の前には、教会に遊びに来た子供たちが目を輝かせて座っている。

 

 今日は、教会のミサの日だ。修道女として、私は今日も子供に紙芝居を語って聞かせていた。

 

 娯楽に飢えた子供たちは、私の紙芝居を楽しみに詰めかけてくれる。

 

 そんな彼らを愛おしみながら、頭を撫でてやるのが私の至福の時間だった。

 

「リーシェお姉さん、次の紙芝居は何するの?」

「そうねぇ、またのお楽しみってことで」

「えー! 教えて教えて」

 

 ここは、王国郊外の町の小さな教会。

 

 小規模ながら平和なこの街で、私はつつましくも幸せな日々を送っていた。

 

 

 

 

「リーシェ君。買い出しを頼んでも良いかな」

「勿論です、神父」

 

 私の名はリーシェ。親に捨てられて孤児となった私は、この教会で育てられた。

 

 そんな私の親代わりであったのが、教会の神父のアーロン氏だ。彼はもう良い年で、腰も弱ってきている気の良いおじいちゃんだ。

 

「すまんねリーシェ君、儂の歳ではミルクの缶を持つのはもう厳しくてね」

「無理をなさらないで、養生して長生きしてくださいな」

 

 しかしその人生経験は、凄まじく豊富だ。何と、神父はあの勇者ルベルグと親交があったらしい。

 

 勇者ルベルグといえば、この王国の英雄で次期国王と名高い伝説の剣士。

 

 そんな彼と、昔は気軽に笑いあっていたという。もしかしたら、この町で一番の大物はアーロン氏なのかもしれない。

 

 そして私は、アーロン神父から伝え聞いた話を元に、紙芝居を作っては子供に語り聞かせていた。

 

 この世から少しでも、争いをなくすために。この世界が、ずっと平和であり続けますように、と願いを込めて。

 

 

 

 教会にはアーロン神父の他にも、数名の信徒が生活していた。

 

 私もその居候の一人で、自分の部屋を割り当ててもらっている。

 

 今日も一日、よく働いた。明日も、勤勉に敬虔に生きていこう。

 

 私は眠る前、毎日神に祈りをささげる癖があった。

 

 明日も、きっと素晴らしい一日でありますように。そんな願いを、欠かさず祈るのだ。

 

 そうすればきっと、いつまでもいつまでも幸せに暮らしていけるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ズキン、と頭が痛む。

 

「……?」

 

 いつものように祈りをささげた後、何故か今夜に限って─────

 

 とても、とてつもなく嫌な悪寒が走った。

 

「気のせいかしら?」

 

 しかしその痛みは、ほんの一瞬で。

 

 その悪寒の正体に、私は気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーシェ、聞いたかい。どうやら、都の辺りでえらく強いモンスターが現れたらしい」

 

 翌日、神父は私にそんな噂を教えてくれた。

 

「それは聞くに、物凄く大きな龍なのだとか」

「えっ、龍? そんな生物が実在したんですね」

「都は大慌て、急いで討伐部隊が組まれたらしい。無論、勇者ルベルグ君が先頭に立つみたいだ」

「おお、勇者様が。それなら、安心ですね」

 

 何でいきなりそんな恐ろしいモンスターが現れたか知らないけど、王国の首都には伝説の勇者様が住んでいるのだ。

 

 きっと、ほどなく討伐成功の報せが来るに違いない。

 

「ただ、龍が討伐されるまでは町の外に出ない方が良いだろう。となると商売が出来ず、食に困る者が出てくるはずだ」

「そうですね」

「だから明日から、炊き出しをしておこう。こう言う時のための教会だ」

 

 勇者は、その武勇で民の命を守る。

 

 ならば勇者様が龍をやっつけるまで、民の安寧を守るのが私達の職務だ。

 

「分かりました、アーロン神父。今日、町に告知しておきます」

 

 私は決意も新たに、街の皆を安心させるべく巡回に向けて準備を始めた。

 

 

 

 ─────ズキン。

 

 

 

 昨日から、頭痛が走る。

 

 これは話に聞く、片頭痛という奴なのだろうか。

 

「ん? どうかしたかね、リーシェ君」

「いえ、何も」

 

 とはいえ、症状は非常に軽い。無視できなくもない。

 

 今日は、放っておいていいだろう。そのうち消えるかもしれないし。

 

 ただずっと続くようであれば、街の癒術師(ヒーラー)に相談してもいいかもしれない。

 

「神父、行ってきます」

 

 私は何かを誤魔化すように、教会の扉を開いて街道へ向かった。

 

 

 

 

「ああ、炊き出しですか。ありがとうございます」

 

 私は大通りの掲示板に、炊き出しについての告知を張り出した。

 

『明日の昼から、パンとスープを無料で配ります。どなたでもお気軽にいらっしゃってください』

 

 炊き出しをすると、いつもたくさんの人が教会に並ぶ。

 

 きっと明日は大忙しだ。今日のうちに準備できることは、全てやっておかないと。

 

「……おや、どうかしたのかいリーシェさん。随分と、顔色が悪い様子だけど」

「え、そうでしょうか」

「うん、酷くやつれてる。今日は無理せず、早く帰った方がいいよ」

 

 そう指摘を受けて、私は町の噴水の水面に映った自分の顔を見た。

 

 

 

 ……なるほど。確かに、目が落ち窪んでやつれているように見える。

 

「実は昨日から、頭も痛くて」

「ああ、それは大変だ。病に違いないよリーシェさん」

 

 そうか、私は風邪をひいてしまっていたのか。

 

 それで昨日から、何度もズキズキ頭が痛むのか。

 

「癒者のところへ行った方がいい」

「はい、そう致します」

 

 私は待ちゆく人の勧めに従って、そのまま癒者の門をたたき。

 

 風邪だと思うからしばらく安静にしているように、との指示を受けた。

 

 

 

 

「うぅ、頭がズキズキします」

「そうか、それは仕方がない。明日はゆっくり休むといいさ」

 

 教会に帰って、私は神父に風邪をひいたことを告げた。

 

「誰かに風邪を移しても良くない。スープとパンを持って行ってあげるから、明日は自分の部屋でじっと寝ているように」

「ありがとうございます」

 

 明日は炊き出しで大変だというのに、私は一人部屋で安静にすることになった。

 

 他の信徒さんたちに申し訳がない。

 

「まあ、こればっかりはしょうがないさ。早く元気になるんだよ、リーシェ」

 

 ショボンと落ち込んだ俺の髪を、アーロン神父が優しく撫でてくれる。

 

 明日はしっかり休んで1日で良くなって、明後日からは炊き出しに参加しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────ズキン。

 

 ─────ズキン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何人がやられた?」

「分かりません……」

 

 金髪の剣士は能面のような表情になって、生き残った仲間に問うた。

 

「じゃあ質問を変える。……何人、生き残った」

「ルベルグ様を入れて、4人」

「それだけ、か」

 

 勇者は戦いに勝利した。

 

 しかし、その代償は凄まじく大きかった。

 

「アレだけ沢山仲間がいて、生き残ったのはたった4人か!」

「ルベルグ君、落ち着いて」

「……俺が、弱かったからだ。俺に力がなかったから!」

「それは違う。ルベルグ、君が居たから」

「慰めなんていらん!」

 

 決戦場となった砦には、敵味方合わせておびただしい数の死体が転がっていた。

 

「オオオオオオオオオオォォォォォォォォッ!!!」

「落ち着いて、ルベルグ様!」

 

 勇者は、魔王とソレに与する者の本拠地に攻め入った。無論、無傷で勝利できるとは思っていなかった。

 

 ただ、ここまでの─────大きすぎる被害が出るとは想像だにしていなかった。

 

「だが、君は勝ったんだ。今はそれを誇ろう」

「こんなに沢山の人が死んで、何を誇れっていうんだよ!」

「いや、誇るんだ。誇るべきだ。そうしないと、ここで死んだ者が浮かばれない」

 

 勇者の仲間の、青髪の青年魔術師────ファルコがルベルグをそう諭した。

 

「……そうですよ、ルベルグ様。貴方が、国を救ったのです」

 

 その言葉にルベルグは目を見開く。

 

 国を救った。だから、ルベルグにその成果を誇れという。

 

「う、うっ……」

 

 勇者はポロポロと泣きながら、近くに横たわっていた仲間の死体を抱き締めた。

 

「国なんて要らねぇ、ただお前に生きていて欲しがった」

 

 その死体は、何も答えない。

 

 それは魔王に命を奪われ、物言わぬ肉の塊となった『勇者の幼馴染』。

 

 

 

「────リーシェ。お前を失った俺が、何を誇れって言うんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 見たことのない景色が、鮮明に浮かんできた。

 

 それは、金髪の男が泣きながら女を抱きしめる光景。

 

 ルベルグと呼ばれたその金髪の剣士は、何処か見覚えがある。

 

 しかし、思い出せたのはそこまでだった。私の記憶に眠っている何かは、取り出せずに埋まったままである。

 

「今のは、一体」

 

 ただ、気になるのはルベルグと呼ばれた男に抱きしめられていた女性だ。

 

 その女性の顔は、いや姿は─────私にそっくりだったのだ。

 

 

 ……。

 

「変な夢を、見てしまいました」

 

 ルベルグ、といえば勇者の名前だ。

 

 自分は思ったより、ファンシーでミーハーな趣味をしているらしい。

 

 伝説の勇者様相手に、どんなラブロマンスを夢見ているのか。死に別れ、なんてそんな悲しい結末は好みじゃないし。

 

 ああ、風邪をひいてから色々と調子が悪い。はやく、体調が良くなってくれないだろうか。

 

「ああ、服がびしょびしょ」

 

 ふと気づけば、全身が汗で濡れていて。

 

 私は自分がどれだけ、体調が悪かったかを改めて思い知った。

 

「……着替えますか」

 

 ため息交じりに服を脱ぎ、新品の寝巻を取り出して着た。

 

 今頃みんな、炊き出しで大忙しだろう。衣類の洗濯くらいは、自分で何とかしよう。

 

 私はポゥとする頭に手を当てながら、脱いだ服を水溜場まで持っていった。

 

 信徒には殿方も居る。自分の下着の洗濯を任せるのは気が引ける。

 

「……?」

 

 少し町が騒がしい気がしたが、気にせずに洗濯を続けることにした。

 

 盗人でも出たのだろうか。だとしても、鍵をかけてある教会の中なら安全だろう。

 

 私は自らの衣類を干したあと、また自室に戻って微睡む事にした。

 

 出来れば、先程の夢の続きではなくもっと楽しい夢が見たいものだ。

 

 皆が笑って暮らせる世界。

 

 誰も彼もが、幸せな顔を出来る世界。

 

 

 …………そんな世界を、目指してみたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────だから。

 

 だから、私は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者が、女の死体に泣き付いた直後。

 

「おい待て。なんか変だぞ、コイツ」

 

 青髪の男が、突然に立ち上がって睨み付けた。

 

 ……たった今、勇者の剣に貫かれて動かなくなった死体────魔王の亡骸を。

 

「どうしたファルコ?」

「……これは。嘘だろ、あの野郎」

 

 青髪の魔術師の、声が震える。

 

 彼は気付いてしまったのだ。まだ、最悪の敵────魔王が滅びきってない事に。

 

「……魔王の魂が、魔術により楔を打たれている。これを放置しておけば、魔力を蓄えていつか人間に乗り移るぞ」

「……あ?」

「魔王の死に際のあの台詞は、ハッタリじゃなかったらしい。あの野郎、負けても復活出来るよう保険をかけてやがったんだ!」

 

 これは、彼が優秀であるが故に気付けた奇跡だった。

 

 魔王は聡かった。まだまだ自らが、小勢力である事を知っていた。

 

 故に各地に潜伏してゲリラ的に戦っていた。もし本腰入れて、敵の本隊に奇襲されれば敵わぬことも理解していた。

 

 

 ────だから殺された場合の、保険も練っていた。

 

 

 

 

「……これは強い、強すぎる魔王の妄執が魂を縛る楔になっている。彼の想いが消えない限り、この呪いを解除するのは難しいだろう」

「そんな。何とか出来ねぇのか? 魂を滅ぼす魔法とかねーのかよ!」

「そんなものは無い。……すまない、魔王の魔力が大きすぎて正攻法ではどうも厳しそうだ」

 

 青髪の魔術師は、すまなさそうに勇者を見た。

 

「……じゃあ、復活するのを指咥えて見てろってか?」

「そうは言ってない、手はある。……だがすまん、ルベルグ」

 

 青髪の魔術師は、既に解決法を思い至っているようだった。

 

 しかし、彼は……随分と辛い顔をしていた。

 

「何で謝るんだよ。手はあるんだろ?」

「……ああルベルグ。要は、魔王の妄執を消せば良いんだ。つまり」

 

 

 ……そこまで言うと、青髪の魔術師は。

 

 躊躇いながら少女の死体に目をやった。

 

 

「────巫女適正のある者に、魔王を憑依させよう。そして記憶を消して、魔力を封じ、一般市民として幸せに生きて死んでもらう」

「……」

「その魔王の魂を、復活させぬにはそれしかない」

 

 

 

 ……そこまで言うと青髪の青年は、勇者から幼馴染みの死体を奪った。

 

 

 

「何だそれ。何だそれ!」

「……恐らくそれ以外に、方法はない」

 

 ルベルグの呆然と震える声が、砦に木霊する。

 

「じゃあなんだ? こいつは……魔王は生き返るのか?」

「記憶も、魔力も、全て失ってな」

「そして幸せに一生過ごすってか!? リーシェの体を使って? それが、そんな事が許されるとでも思ってんのか!?」

「許す許さないじゃない。……もう、2度とこんな悲劇を繰り返さないための処置だ!」

 

 青髪の魔術師の胸を掴み、勇者は激昂した。

 

「やめろファルコ、返せ! その体は─────リーシェのモノだ!」

 

 怒りのまま、勇者は魔術師に剣を向ける。

 

 だが、魔術師は怯む様子すら見せなかった。

 

「ルベルグ、君が成し遂げたかったことはなんだ! 平和か、復讐か!」

「……何が言いたい!」

「魔王への憎しみに囚われて、大きな禍根を残すのか。それとも此処で、全てを断ち切るか!」

 

 冷たくも、激の籠った声で青年は勇者を諭した。

 

「選べ勇者ルベルグ! 君はどれだけの犠牲を払って、この偉業を成し遂げたか思い出せ。それを、君の復讐心で台無しにするのか?」

「でも。でも、リーシェの体をそんな────」

「……この体に入るのは、記憶も魔力も何もないか弱い魂だ。悪用されないよう、見張りもつけてやれば良い」

 

 その時、勇者はどんな顔をしただろうか。

 

 怨み、怒り、諦め、そんな様々な感情の混じり合った目で勇者は魔術師を睨み付けた。

 

 

 

「分かったなルベルグ。魔王を、リーシェに封じよう────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 動悸が、激しくて、汗が止まらない。

 

 その光景は、夢は、妙に鮮明で現実的だった。

 

 それは、まるで、自分自身がその目で確かめたことがあったかのように。

 

「あ、あ、ああ─────」

 

 吐き気がする。

 

 頭がカチ割れそうに痛く、胸が破裂しそうな程に昂っている。

 

 今のはなんだ? 今の光景は本当に夢なのか?

 

 リーシェ、は私だろう。私は勇者ルベルグなんて話したことないし。

 

 だがなぜ勇者は、私の体を抱えて慟哭していた?

 

 

 

 ピシリ、ピシリ。何かが、剥がれ落ちていく。

 

 私の中の大事な何かが、零れ落ちるように漏れ出ていく。

 

 何かを私は忘れている。何かを私は思い出せなきゃいけない。

 

 だって、私は誓ったのだ。

 

 ─────何かを誰かに誓ったのだ。

 

 絶対に叶えてみせると、約束を交わしたのだ。

 

 

 

「ああ、ああぁ、アッ!?」

 

 

 

 私はあの娘と、家族と、友人と、約束を交わしたのだ。

 

 万力で締め付けられるような頭痛に喘ぎながらも、私の瞼の裏に誰かの笑顔が浮かんでいる。

 

 その笑顔はどこか寂しげで、苦しそうで、胸が締め付けられる。

 

「あ、あ、あ、あ、あ、あぁ!!」

 

 思い出さなきゃいけない。この笑顔の主を。

 

 そう、彼女は私になぜこんな表情を向けたのか。

 

 どうして私は、今の今までこの娘の事を忘れていたのか─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 焼け落ちた集落。

 積み重なった死体の山。

 

「ああ、思い、出した」

 

 村が、終わってしまったその日。

 

 私は鉄がさび付いたような死の匂いと、鼻をつく肉の焦げる異臭でむせ返りそうになっていて。

 

 下卑た笑みを浮かべた貴族が、私の母の死体を踏みつけて一言『やれ』と命じた。

 

「私は、わたしは。いや、ワシは────」

 

 貴族の指揮した兵士達は残虐に、冷酷に村の皆を殺した。

 

 私の両親は、妹は、奴等の遊び半分に殺された。

 

 『余計なことを嗅ぎ回るのが悪い』と貴族は言った。

 

 その言葉には、思い当たる節があった。

 

 それは私が、村への重税を何とかしようと貴族に陳情を重ねていく最中。

 

 その貴族が、税を横領している事実に気付いてしまっていたからだ。

 

 

 だからワシらは、殺されたのか? その腐れ貴族の『不正を暴かれたくない』という利己的な理由で、皆が殺されたのか? 

 

 

 ワシは戦った。

 

 一人でも多くの村人を逃がそうと、兵士相手に必死で抵抗した。

 

 しかし無事に逃げ延びたのは、10人にも満たなかった。

 

 ワシの村は、腐った貴族により皆殺しにされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 税が重かった。

 

 そのせいでワシらは貧しかった。重い病人が出たら、見捨てる他ない程に金がなかった。

 

 たから陳情した。他の村と比べて税が重すぎる、と。

 

 

『どうしてお姉ちゃん、死んじゃったの?』

『薬を買う金がなかった』

 

 

 優しい妹の声が、耳にこびりついて離れない。

 

『どうしてお金がなかったの?』

『ワシらが貧しいからだ』

 

 彼女は、ワシの言葉を聞いてしゃっくり上げながら。

 

『もう、2度と。こんな悲しいことが起こらないと良いね』

 

 そう、呟いた。

 

 

 

 

 

 

 起こさせないとも。

 

 二度と、こんな悲劇を繰り返さないとも。

 

 ワシはそう誓って、四方へ走り回った。村の開発や税のシステムなどを学んで、村に還元しようとした。

 

 同時に貴族に陳情して、税率も改めて貰おうとした。

 

 また、農耕の改善案をいくつも提案した。生産額が増えれば、皆が豊かになると思ったから。

 

 

 

 その結果が、村の壊滅だった。

 

 突然に現れた兵士どもは、紙屑のようにワシらの命を奪い去った。

 

 

 そのわずかな生き残りであるワシらさえも、彼らは執拗に追い続けた。

 

 絶対に口封じをするという、固い決意を感じた。

 

 

 しかしその都度ワシは戦って戦って、勝ち続けた。

 

 ワシは国でも有数の、集団戦に強い雷擊魔術師だった。そしてワシと志を共にする、虐げられた民も沢山いた。

 

 そしてワシは仲間と力を合わせ、腐った王国への反乱軍を形成した。

 

 国中で、不満は溢れていた。毎日のように、ワシの旗印に民が集まった。

 

 いつしかワシらは国を滅ぼしかねない大勢力となり、ワシは人類に仇なす魔王と呼ばれるようになった。

 

 

 

 

 

 ……ただ、泣いてる子を見たくなかった。

 

 姉を失って血の涙を流す、あの娘のような者を2度と作り出したくなかった。

 

 民が皆、笑って暮らせる世界を作る。その為に、一度この王国を作り替える必要があった。

 

 あんな貴族どもが権力を握ったままでは、いつまで経っても何も変わらない。

 

 

 ────そんなワシの想い、は。

 

 勇者を名乗る謎の戦士により、打ち砕かれてしまったのであるが。

 

 

 

 

 

 

「……そうだ、ワシにはやるべき事が沢山あった」

 

 そして敵の魔法使いに、ワシが復活の下準備をしていたことを看破された。

 

 それを破るため少女の体躯にワシを憑依させ、記憶を消して魔法を封じ、今まで一般市民として生活させられていた。

 

 

 

 その記憶全てが、唐突に蘇った。

 

 

 

「……」

 

 それで、どうする。

 

 今のワシには、仲間はいない。皆、勇者と兵士に殺されてしまった。

 

 ……それに監視の目もある。神父アーロンとか言うのは、恐らく勇者と繋がっているのだろう。 

 

 まだ記憶を取り戻したことを、悟られるべきではない。

 

 

 体内の魔力を、コントロールしてみる。

 

 ……循環が悪い。これでは、ろくな魔法の行使は出来ないだろう。

 

 手から電撃を出すなどもってのほか。恐らく、敵に直接触っても感電すらさせられないだろう。

 

 せいぜい体内の電気信号を操作して、肉体を強化するのが関の山だ。

 

 

 次に身体能力を確かめてみる。

 

 あまりに、か弱い。この肉体は完全に少女のそれだ。

 

 こんな非力な少女の肉体を僅かに強化したところで、あの勇者に勝てる道理はない。

 

 

 まだ、雌伏が必要だ。この国を、あの腐った貴族や勇者どもに思い知らせてやるためには、ワシには力が足りなさすぎる。

 

 

 ニコニコと、水面に映った顔を見て作り笑顔を練習する。

 

 今までの通り、ワシはリーシェの皮を被って生きて行こう。

 

 そしていつか、あの連中に復讐を果たすのだ。

 

 ワシから仲間も家族も故郷も、何もかもを奪い去った連中に裁きを────

 

 

 

 

 

「リーシェ君! 居るかい!」

「……へっ! あ、えっと神父!?」

 

 そんな鬼気迫る表情をしていたワシの部屋に、ノックもなく入り込んでくる人間が居た。

 

 ……アーロン神父だ。

 

「ちょ、えっと、いきなり部屋に入られるとその!」

「すまない、非常事態だ! 今すぐ荷物をまとめたまえ」

「ど、どうされたんですか?」

「噂の巨大龍が、この街を襲いに来たのだ! 今は勇者ルベルグ君が時間を稼いでくれているが、このままでは……!」

 

 

 神父は全身を汗で濡らし、息も絶え絶えにそう告げると、

 

「町はもう半壊している! 皆が避難を始めた、君も早く逃げるんだ────」

 

 その言葉が言い終わるかどうかの間に、

 

「────っ!!」

 

 凄まじい豪音とともに、この教会が龍の息吹により吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 ……教会が崩れ落ちる最中。

 

 まず、部屋の壁に亀裂が走って石礫がまっすぐワシと神父の元へ飛んできた。

 

 どれか一つでも直撃したら、即死だっただろう。

 

 だから咄嗟にワシは肉体を強化して飛びつき、神父を庇い床に伏せた。

 

 

 次に教会の天井が崩れ、瓦礫が無数に上から降ってきた。

 

 少女の体躯ではそれをはねのける事は難しい。なので、神父ともども転がってベッドの下に潜り込み、致命傷は避けた。

 

 これは、ほんの数秒の出来事だ。我ながらよく反応したと思う、二人とも生き延びれたのは奇跡だ。

 

 

 部屋に、太陽光が差し込む。埃と瓦礫をかき分けて頭を出すと、そこには晴天が広がっていた。

 

 そしてワシはとうとう、街の状況がどうなっているかを見知った。

 

 

 これが、半壊だと? 

 

 遠目には龍が、思い切り尻尾を叩きつけて建築物を破壊しつくしている姿が見える。

 

 人が蟻ンコに見るほどの、恐ろしい大きさだ。

 

 その巨龍を止めようとして兵士が果敢に突撃し、血飛沫をあげて肉片に変わっていく。

 

 焼け野原の言い間違いじゃないか。半分も町が残っているように、ワシには見えなかった。

 

「無事か、神父」

「む、む。リー、シェ……?」

「……無理をするな。足に傷を負っている、それでは逃げれまい。物陰に隠れていろ」

 

 兵士の先頭には、金色に光る剣士が雄たけびと共に突っ込んでは吹き飛ばされていた。

 

 ワシはその剣士の姿をよくよく知っていた。

 

 

 前に見た時よりかは幾分か成長して背が伸びている。

 

 腹が立つほどに汚れ無く、お子様で激情家な顔つきの剣士。

 

 勇者という称号を名乗る、国で最強の『天才魔法剣士』。

 

 

 

 ワシの宿敵である勇者ルベルグが、巨大龍を相手に情けなくもボロボロにされていた。

 

 

 

 ああ、あの龍は本当に強いのだろう。

 

 

 勇者を名乗るだけあって、ルベルグの実力は本物だった。

 

 ワシが全力で魔法を使ってもロクにダメージが与えられず、接近戦を挑もうと凄まじい反応速度で対応され、アイツ一人にワシの仲間の腕利きの殆どが殺されていた。

 

 そんな勇者が、あそこまで苦戦するとは。流石は『龍』、伝説上の怪物と言ったところか。

 

 

 これは……好機、か?

 

 勇者を殺すことが出来れば、ワシの復讐は大きく前進する。

 

 奴さえいなければ、王国軍など烏合の衆。ワシの魔力さえ取り戻せれば、赤子の手を捻るより容易く王国を転覆させられるだろう。

 

 我ながら、素晴らしいタイミングで記憶を取り戻したものだ。しばらく物陰に隠れて、勇者と龍の戦いに決着が付くのを待つとしよう。

 

 龍が勝てば、それでよし。勇者が勝てば、勝利し気が抜けたところを暗殺すれば良い。

 

 そして、このドサクサに紛れて教会から逃げ出そう。この混乱の中だ、ワシの監視を続けるのは困難なはず。

 

 

 今度こそ、この国を滅ぼしてやる────

 

 

 

 

 そこまで考えて。

 

 

 

 ふと、ワシは路傍に目をやった。

 

 

 

 

 

「お母さん、お母さーん」

 

 子供が、母親の骸の傍で泣いていた。

 

「どうしてこんな事に! 勇者様は強いんじゃなかったのか!」

「いや、いやああ! あなたぁぁぁ!!」

「おお、燃える。俺の家族が、店が、夢が、何もかも無くなっていく……」

 

 道が潰れ逃げ場を失い、絶望の果てに居る民がそこにいた。

 

 まだ現実感がなく悲劇を受け入れきれぬまま、呆然と破壊されていく街並みを眺めるだけの人々がいた。

 

 

 このまま放っておけば龍の暴威に巻き込まれ、命を落とすだろう存在がそこにいた────

 

 

 

「助けて、助けて、誰か!」

「終わりだ、もう。勇者様が敵わないんじゃ、おしまいだ」

 

 

 

 ……そう言えば。ワシが、この国を変えようと決意した理由は。

 

 こんな連中を、救ってやるためではなかったっけか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その巨大龍は、鋼鉄より強固な鱗に覆われていた。

 

 勇者が持つこの国一番の鍛冶師が作った名刀でやっと、かすり傷が付く程度しかダメージを与えられないでいた。

 

「……こうなれば、俺が囮になる! みんなは街の住人の避難誘導を優先してくれ!」

「ルベルグ様!?」

「大丈夫、俺って結構頑丈なんだ」

 

 ルベルグは、この龍に勝つ方法を思いつけなかった。

 

 剣による斬撃はほとんど無意味。かといってルベルグの使える火焔魔法は、龍の鱗の前に掻き消えて効いていそうにない。

 

 タイミングの悪い事に、かつて彼の仲間だった者は地方に派遣されていて。首都からすぐさま龍に対応できたの元勇者パーティは、ルベルグ本人と青髪の魔術師ファルコだけであった。

 

 

 ただ、その国一番の魔術師ファルコは────龍に殆どダメージも与えられないまま、龍の息吹に巻き込まれ戦死してしまっていた。

 

 

 突然に現れた、かつての魔王より遥かに強力な力を持った巨大龍。

 

 自分よりずっと大きい敵と戦う想定なんてしていなかった兵士たちは、なす術もなく死んでいった。

 

 ルベルグだけはその圧倒的な才能と防御力で、何とか戦い続けることが出来ていたが。

 

 

「……ったく! 魔王は倒したってのに何だってんだ」

 

 

 こんな化け物の相手など、金輪際することはないと思っていた。

 

 ルベルグは既に自分の使命を終えた、役割のない英雄であるハズだからだ。

 

 

 ……勇者現れる時、魔王は復活する。これが、太古からの言い伝えであった。

 

 だから勇者ルベルグは国王に仕え、軍に協力して魔王を打ち払って国を救った。

 

 

「俺はもう、戦う役目なんてない筈だろ……っ!」

 

 

 そう。まだ、勇者ルベルグは知らないのだ。

 

 先に自分が打倒した『魔王』を名乗る魔術師は……単なる反乱勢力の首魁に過ぎなかったことに。

 

 国が勝手に反乱軍を『魔王軍』と呼称し、勇者を差し向けただけだということに。

 

 

 

 本当の魔族が、たった今初めて侵略を仕掛けてきたのだという事実に────

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒く硬い龍の爪が、跳躍する勇者の肉体を捕らえた。

 

 必死で龍の気を引こうと、敵の目前でピョンピョン飛び跳ねていたのがマズかったらしい。

 

 勇者の肉体は恐ろしい衝撃で地面にたたきつけられ、叩き落された羽虫の様に骨が砕けて血を噴出した。

 

 

 これで、勇者の敗北である。

 

 いや、人類の敗北である。

 

 巨大龍は火炎の息吹を吹きながら、確実に勇者の息の根を止めようと勇者に向けて自慢のしっぽを叩きつけて咆哮した。

 

 

 

 

「いやはや無様だな」

 

 

 

 

 

 しかし。

 

 龍は勇者を仕留めた歓喜に酔って、その直前に割って入っていた黒衣の影を見落としてしまった。

 

「貴様らに任せていたら、このザマだ勇者ルベルグ。町は半壊、死者多数。どう落とし前をつけるつもりだこの無能」

「……へ、あ、修道女?」

「たわけ、この顔を見忘れたか」

 

 勇者が叩き潰される直前。ボロボロの修道服を纏った少女が、間一髪で彼を庇って物陰にかくまったのだ。

 

 そして無表情に、胸元から薬瓶を出して勇者の口に突っ込んだ。

 

「飲め。ウチの教会で、もっとも強力な回復薬(ポーション)だ。5分もあれば骨も付く」

「あぎゃ!? お、お前何で足の骨を……ぎゃあああ」

「叫ぶな、感づかれる。骨が折れたら正しい形にしてくっつけるべきなんだよ」

 

 そのまま流れ作業で、修道女はへし折れた勇者の四肢をもとの形に「もう一度へし折った」。

 

 激痛で泡を吹きそうになった勇者ルベルグは、文句の一つ持たれようとして、修道女の顔を睨みつける。

 

 

「……え」

「は、気付いたか」

 

 

 その修道女は醜悪に笑った。

 

 彼女は憎悪を、妄執を、憤怒を隠そうともせずにルベルグの手足に回復薬を振りまいて。

 

 

「リ、リーシェなのか。いや、お前は……っ!」

「目を覚ませ、そのリーシェとやらはとっくに死んだのだろう? 寝ぼけているなら、わざわざ貴様を治療してやった意味がない」

 

 黒衣を纏ったソイツは、勇者を一瞥し巨大龍の方へ向きなおった。

 

「貴様は魔王、バロン────」

「時間を稼いでやる、死ぬ気で治すが良い」

 

 その修道女は、ほんの僅かな魔力を体内に巡らせて。

 

 嘲笑を浮かべたまま、勇者に語り掛けた。

 

「あの巨龍に、魔力を失ったワシ一人では心許ない。業腹だが民を救うため、役に立ってもらうぞルベルグ」

 

 そういうと、魔王バロンは少女の体のまま疾風のように、巨大龍に向かって駆けて行った。

 

 

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