TS魔王は勇者に靡かない   作:しぇしぇしぇのしぇ

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2話

 少女となった魔王は駆ける。

 

 その身に、微かな光を宿して。

 

 

 かつて魔王と呼ばれた男の戦闘は、常に青白い閃光に彩られていた。

 

 迅雷の導師バロン。それが、『魔王』とレッテルを張られる前の彼の通り名だ。

 

 

 彼は魔術師であり、戦士だった。

 

 バロンは単なる固定砲台ではない。自信の肉体の電気信号の操作を行う事で、超人的な身体能力を誇ったからだ。

 

 彼を討とうと近付けば雷撃に咎められ、逃げ出そうとしても彼の豪脚がそれを赦さない。

 

 雷を纏って突っ込んでくる、天下無双の戦士。有り体に言えば、魔王バロンは化け物であった。

 

 そんな彼を倒せる存在は、同じく人知を超えた化け物である「勇者」しかいなかっただろう。

 

 

 

 

 

「痩せ細った白い腕。柔らかな女子の肉。これがワシの体か」

 

 そんな無敵の雷擊魔術師も、今は見る影もない。

 

 彼はかつての魔力を失った。もう、その体に雷撃を纏うことはない。

 

 肉体は小柄で腕も脚も痩せ細り、邪魔な胸ばかりがふくよかだ。

 

 リーシェの肉体は、おおよそ戦闘に向いていなかった。

 

「……あー、不便じゃのう」

 

 彼は龍の前に立つと、溜め息を吐いて自らの両足に手を触れ、小さく呪文を唱えた。

 

「肉体強化をするのに、いちいち触れて詠唱が必要とは」

 

 今の彼の魔力は、微弱だった。無理矢理に絞り出して、やっと身体能力を僅かに強化できる程度だ。

 

 もっとも強化したところで、かなり貧弱ではあるが。

 

 

 

「おうい!」

 

 ……黒衣は、崩れた街でよく目立った。

 

 しかし、龍からすればその存在は矮小に過ぎる。

 

「聞こえんのか、デカブツ!」

 

 せっかくバロンが姿を見せたというのに、龍は無反応だ。

 

 ヤツからすれば、地面から蟻が沸いたようなものらしい。

 

 龍はバロンに気づいた様子すらなく、被害の少ない町並へとゆっくり移動し始めてしまった。

 

「……このお!」

 

 これ以上、被害を拡大させるわけにいかない。

 

 仕方なくバロンは、魔術で強化した脚で、思い切り石を龍に向けて蹴っ飛ばした。

 

 凄く、足先が痛かった。

 

 

 ────荒廃した街に、こん、と小気味よい音が響いた。

 

 

「……?」

「おう気づいたか」

 

 

 それなりの速度で龍の鱗に当たった石は、まったく龍に傷を負わせなかった。

 

 しかし龍が少女(リーシェ)の存在に気付くには、それで十分だったらしい。

 

 その獰猛な怪物は、街を壊すのを止めて少女を睨み付けた。

 

 

 ────ヴォオオ。

 

 

 まだ、生きている人間がいる。なら。潰さぬ道理はない。

 

 低い唸り声と共に、龍の暴威が少女の体躯に降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず、龍は自慢の爪を振りかざした。

 

 当たれば圧死、かすれば肉塊。何としても、魔王はその一撃を貰うわけにはいかない。

 

「……って、思ったより早ぁ!?」

 

 バロンはその爪を自分で受けて、悲鳴を上げた。

 

 勇者は龍の攻撃を楽々と避けていたように見えたが、それはバロンが遠めに見ていたからだ。

 

 接近し龍と相対すると、その凄まじい速さにバロンは顔を蒼褪めさせた。

 

「のわあああ!!」

 

 彼は無我夢中、咄嗟に両足を強化して跳躍し、龍の爪を避けた。

 

 そして生じた(ゴウ)という暴風に飛ばされ、バロンはつむじのように数メートルは空を舞った。

 

「なんて、暴威……っ」

 

 風圧で吹き飛ばされてしまったが、直撃を避けれたので上々。

 

 バロンはすかさず、虚空に投げ出され地面に着地をするまでに、回復薬を口に含んでおいた。

 

 それはもちろん、

 

「……いぎぃっ! っ痛ぅ……」

 

 か弱き少女の両脚は、着地と同時に軋み音を上げて、砕け散るからだ。

 

 かつての彼の肉体ならいざ知らず、今の脆弱な体が数メートルの跳躍に耐えうる筈もない。

 

 事前に回復薬を飲んでいなければ、即座に戦闘不能だっただろう。

 

 

「くぅぅ、ちと考えなしが過ぎたか?」

 

 

 龍の攻撃を避ける。それだけで、バロンは満身創痍の傷を負う。

 

 これが、彼我の戦力差というモノだ。

 

 

 

 ────ギャォオオオオ!!

 

 

 

 次に龍は、横凪ぎに尻尾を振るった。バロンに爪を避けられて、面倒臭くなったのだろう。

 

 巨大な龍は大きく体を捻り、バロンに背を向け尾ですり潰そうと考えたのだ。

 

 

 街が、繰り出された尻尾に圧壊される。

 

 瓦礫を吹き飛ばしながら、硬く重い尻尾がバロンへと迫り来る。

 

 

 その攻撃に逃げ場などない。

 

 上に跳躍して避けても、同時に飛んでくるだろう石礫の良い的になる。

 

 全てを避けられる程に高く跳躍する手段はないし、もし出来てもこの少女の身では着地で墜落死してしまうだろう。

 

「くそ、生き埋めは勘弁だぞ!」

 

 

 なのでバロンは、尻尾が通りすぎる前に井戸に飛び込んだ。

 

 井戸底への着地と同時に水音が響き、骨が鈍い音を立てた。

 

 不運にも、井戸の地下水はかなり少なかった。そのせいで、脚が完全に使い物にならなくなった。

 

 街が破壊されたせいで、どこかに水が漏れ出ていたのかもしれない。

 

 だが、問題はない。回復薬は、まだ数回分残っている。

 

「南無三……」

 

 そして彼は井戸の中で桶を被り、頭を守った。

 

 直後、凄まじい地響きや轟音と共に、井戸の上部が抉り取られた。

 

 街は、その凄まじい尻尾の掃撃でバターの様に抉り取られてしまった。

 

 

「……ふぅ」

 

 降ってきた瓦礫で肩と腕を負傷したが、幸いにもバロンは命をとりとめた。

 

 これだけ決死で時間を稼いで、龍から数秒の安寧を得る。この行動に、果たしてどれ程の意味があるか。

 

 回復薬の残も、心許なくなってきた。とっとと逃げ出した方がよほど賢いのではないか。

 

 

 しかし。

 

 泣いている民を見捨ててしまえば、それは彼が何より大切にしていた大義を棄てるのと同義である。

 

 

 国を変えるため、バロンは立ち上がったのだ。

 

 彼はまだ王国を滅ぼす気でいる。しかし、民を見捨ててまで王座を奪う気など無い。

 

 

「よし、傷も癒えた」

 

 

 バロンは再び、井戸を跳躍して抜け出した。

 

 そして再び、勝ち目のない戦いに身を投じる。

 

 

 民が逃げる時間を稼ぐため。そして、

 

 

「……は、やっと来たか」

「礼は言わんぞ」

 

 勇者ルベルグの、戦線復帰まで場を持たせるためだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 傷が癒えた金髪の剣士は、真っ直ぐに龍を睨み付けた。

 

 その龍の目前で、不敵に笑う魔王を無視するかのごとく。

 

「ワシに礼など要らん、ただ1つ答えろ勇者」

「……何だ?」

「貴様、あの龍を滅ぼす技を持っとるか」

 

 魔王は戻ってきたルベルグに、気だるげに問うた。

 

 ここまで龍にてこずっていた以上、彼はその答えにあまり期待してはいなかった。

 

「……俺の仲間が来れば、何とか出来る。それまで、時間を……」

「アホか。あの化け物相手にこれ以上どうやって時間を稼げというのだ」

「俺なら出来る」

「ほーう? さっきそこで、潰れた蚊みたいになっとった様じゃが?」

 

 やはり、勇者ルベルグに決め手はないらしい。

 

 勇者たる彼の取り柄は、圧倒的な耐性と頑丈さだ。

 

 裏を返せば、彼は特別な攻撃手段は持っていないのである。

 

「貴様が一撃であんなザマとは、笑いが止まらんかったわ」

「……油断しただけだ。次はない」

 

 龍が全力で地面に叩きつけてなお、即死せず戦線に復帰しているあたり彼の異常な硬さが伺える。

 

 以前の魔王バロン軍との戦いで、ルベルグは魔法も物理攻撃もまるで気にせず暴れまわった。

 

 人の形をした要塞。それが、勇者ルベルグなのだ。

 

「ならワシを担げ。そんで、龍の頭部まで連れていけ」

「なに?」

「これ以上、アレを暴れさせておくつもりか?」

 

 そんな勇者ルベルグを、唯一瀕死まで追い詰めた男がいた。

 

 仮にも国から魔王と呼称され、最大級の脅威として討伐された稀代の怪傑、その名もバロン。

 

「ワシとお前で、龍を仕留めるぞ」

 

 そんな男が、勇者と手を組んだ。

 

 それはこの国のどこを探しても見つからぬほどに、相性が悪いコンビだっただろう。

 

「出来るのか」

「無論。ワシが元の体なら、あれくらい一人で倒せていたが」

「は、大口を叩く」

 

 

 しかし。

 

 いくら相性が悪くとも、それは国で最強のコンビと言えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に何とかなるんだろうな」

「ならずんば、こんな提案せんよ」

 

 一時的にとはいえ共闘を選択した勇者は、背に魔王を乗せて走った。

 

 魔王(リーシェ)の体のことを、ルベルグはよく知っていた。それは弱く、運動音痴で貧弱な肉体だ。

 

 背負う以外の手段で、魔王バロンを龍の頭に届けることなどできないと判断した。

 

「おい魔王、最後はブン投げるぞ。構えておけ」

「あいよ」

 

 とはいえ、女を背負ったまま龍の攻撃を躱すのは困難を極めた。

 

 ルベルグと違い、少しでも衝撃が掛かるとリーシェは激しく負傷してしまう。

 

 金髪の勇者は息吹を避け、爪から逃れ、一進一退を繰り返し龍へ挑んだ。

 

「因みに勇者ルベルグよ。知っての通りワシは死後も魂となってこの世に留まる」

「……」

「つまり、ワシは別に死んでも良いのだ。失敗するでないぞルベルグ? 龍を仕留められず苦労するのは、貴様の方だ」

 

 カラカラと、背負った女が機嫌よく笑う。

 

 確かにその通りだ。どんな秘術を使ったかは知らないが、この魔王は半ば不死身の存在だ。

 

 コイツは自分の命を大して惜しんでいない。だからこそ、このように貧弱な肉体で龍の前に相対したのであろう。

 

「黙ってろ。舌嚙んで呪文詠唱できなかったら地獄見せてやるから」

「カカカカ!」

 

 その高笑いが忌々しい。

 

 バロンの顔は、声は、肉体は、あの優しく温かく朗らかだったリーシェのモノだ。

 

 その姿で醜悪な声を出すな。ルベルグの内心は、怒りでどうにかなりそうだった。

 

 

「ほら、好機だ。つっこむぞバロン!!」

「ひょ?」

 

 

 だが、今は耐え忍ぶしかない。

 

 魔王バロンが本当に龍をどうにか出来るのであれば、ルベルグはソレにすがるしかない。

 

 龍を止められぬ、自身の不甲斐なさが悪いのだ。

 

「しっかり捕まってろっ!!」

「ちょ、待って、酔うぅぅぅぅ!?」

 

 勇者ルベルグは一瞬のスキをついて、ピョンピョンと怪物の尻尾から頭上へ駆け上がった。

 

 ルベルグの背中の甲冑に、修道女の身体がビタンビタンと叩き付けられる。

 

「おご、ぐぇえ!?」

「そろそろ出番だぞバロン」

 

 勇者の背でバロンは目を回していたが、そんなことはお構い無し。

 

 ルベルグは龍の頭を踏みつけて、空高く跳躍してしまった。

 

「おいルベルグ、行き過ぎだ────」

「ほうら、行ってこい!!」

 

 そして、ニヤリと笑みを浮かべると。

 

 ルベルグは龍の顔面目掛けて、背の女(バロン)を全力で放り投げた。

 

 ……そう。顔面を、目掛けて。

 

「……ってアホかー!!」

「あっ」

 

 

 魔王バロンは、半泣きで絶叫する。

 

 せっかく背後から駆け上がったのに、どうして龍の頭を飛び越して顔に魔王を投げたのか。

 

 実は勇者ルベルグは正直、何も考えていなかった。

 

 

「ぎゃあああああああ!!」

「あ、あー……」

 

 響くバロンの断末魔。

 

 龍の目前、空中を落下しながらルベルグは頬を掻く。

 

 目の前に人間(エサ)を投げ込まれた動物は、果たしてどんな反応を示すだろうか?

 

 

「ルベルグゥゥゥゥ!! 貴様、よくも────」

 

 

 答えは簡単、パクーっと食うだけである。

 

 

 ルベルグが放り投げた魔王バロンは、そのままスッポリと開かれた龍の口へとおさまった。

 

 心なしか、龍は満足そうな笑みを浮かべていた。

 

 

 

「……。リーシェの体をよくも! 赦せんぞ邪悪な龍め!」

 

 

 勇者ルベルグは全てを忘れ、再び龍に向かって剣を構えた。

 

 うん、今さっき何もなかった。ただ、ムカつく奴がいたから龍の餌にしてやっただけだ。

 

 そうだ、当然だ。アイツはそうされても文句の言えぬ悪党だ。

 

 目の前の龍を片付けたら、再び魔王の復活対策を練る必要が出来てしまった。だが、今ソレは大した問題ではない。

 

「リーシェの仇の仇だ、うおおおおお!」

 

 勇者ルベルグはよくわからないことを言って、再び地面を蹴り龍へ肉薄して────

 

 

 

 

 

 ────直後、龍の体がビクンと震えた。

 

 

 

 

「え?」

 

 それも、一度だけではない。何度も何度も龍はのたうち回り、白目を剥いて小刻みに痙攣してしまう。

 

 苦しそうにバタバタと、巨体をのた打ちまわしながら痙攣は続き……。

 

 

「……死んだ?」

 

 

 やがて、龍はピクリとも動かなくなった。

 

「魔王を食って、腹でも下したか?」

 

 恐る恐る、ルベルグは龍へと近づいていく。

 

 ソレはもう、動き出す様子を見せない。

 

 完全に、活動を停止しているらしい。

 

 

「……ルベルグよ。色々言いたいことはあるが、まぁ後回しにしてやろう」

「あ、バロン」

 

 

 勇者がしばらく遠巻きに様子をうかがっていると、服がびしょびしょ髪までベトベトになった修道女が口から這い出してきた。

 

 ソイツは今にも射殺しそうな目で、ルベルグを睨んでいる。

 

「お前、何かやったのか?」

「喉元を起点に頭の電極を乱して、痙攣させた。まだ死んでおらん、とどめを刺せルベルグ」

「ほう」

 

 流石は、雷の魔術師。軽く脳の外側を触れただけで、龍を失神させられるとは。

 

 その能力のほとんどを封じられたとはいえ、腐っても「魔王」であるらしい。

 

「しばらく目を覚まさんが、あくまで気絶させただけ。早う殺せ」

「分かった」

 

 魔王の言葉に勇者は頷いて、ピシャリと剣を抜き払う。

 

 いかに巨大で恐ろしい龍と言えど、意識がなければ仕留めるのはたやすい。

 

「死ね」

 

 勇者は無防備に倒れ伏す龍の首筋を、一刀の下に引き裂いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ソコを動くな魔王バロン。次は貴様の番だ」

 

 龍の絶命を確認した後。

 

 見事に龍を退治した二人は、表情を変えぬまま向かい合った。

 

 

「記憶を取り戻しているな、魔王バロン。そこを動くな、拘束させてもらう」

「カカカ、言われずとも逃げたりはせんよ」

 

 彼らはお互いに、この世界で最も恨めしい怨敵だ。

 

 どちらも『誰より大切な人』を、互いのせいで失ったのだから。

 

「ワシとて今の好機を逃すつもりはない。勇者ルベルグ」

「……」

「周囲には応援もなく、たった一人。回復薬を使ったといえど、体も傷だらけ」

 

 憎しみを込めた目が、互いの体を射抜く。

 

 勇者ルベルグは、目の前の『魔王』バロンを逃がすわけにはいかない。記憶を取り戻した史上最悪の敵を、放置するなどありえない。

 

「貴様を殺すのに、これ以上のチャンスはそうは訪れまい!」

 

 また魔王からしても、こんな千載一遇の機会はない。勇者が満身創痍で、しかも一人で目の前にいるのだ。

 

 勇者さえ殺せれば、この王国は傾く。

 

 

「やれるもんならやってみろよテメェ」

「ああ、やらせてもらおう。ほえ面を掻くなよ」

 

 これが、この二人の関係だ。

 

 出会ったが最後、どちらかが死ぬまで殺しあうのをやめない。

 

 勇者だ、魔王だ、などという立場は関係がない。ただひたすらに、目の前で息をしているその生命体が憎くて仕方ないのだ。

 

 

 だから、

 

 

「「────殺す」」

 

 

 この展開は、龍を倒すため共闘したその瞬間から決まり切っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 だがしかし。

 

「それは困りますね」

 

 そんな二人の因縁に、割って入る無粋な声があった。

 

 一体、いつからそこにいたのだろう。

 

 勇者ルベルグと魔王バロン、その二人が向かい合う龍の遺骸の目の前にその女はいた。

 

 

「勇者ルベルグ殿。邪龍討伐の協力には感謝しますが、これ以上暴れられるのは不本意です」

「……貴族? 貴女の名を聞いてもよいか、お嬢さん」

 

 戦場に不釣り合いな黒髪を靡かせ、涼しげな顔で女は歩いてくる。

 

 背後に控える数多の衛兵を置いて、ただ一人。

 

 ルベルグとバロン、二人が睨みを利かし一触即発となっているその場所へ。

 

「申し遅れました。私はこの町の領主、デベロー家の当主をしておりますミュセル・デベローと申します」

「ああ、この地を収める貴族様か。なら、バロンが復活したといえば伝わるか?」

「いえ、伝わりませんね。この町はわが領土、これ以上の無駄な戦闘行為は控えていただきたい」

 

 その返答に、勇者ルベルグは目を剥いた。

 

 この地の領主であれば、魔王バロンを封じた少女の存在は耳に入っている筈である。

 

「おい君、本当に当主か!? そこの女はバロンの憑依体で────」

「はぁ、何のことやら。彼女は単なる流民の修道女としかお伺いしていませんが」

「……何の真似だ、女。ワシの復讐に邪魔立てするか?」

「いえいえ、修道女のリーシェさん。私は貴方と是非とも、話がしたいんですよ」

 

 だが見た感じ、彼女はバロンの正体を知らないわけではない。

 

「龍を倒し街を救った英雄を、労りたいのです。二人きりでお茶でも如何です、修道女リーシェ」

「……あん? 何で貴様なんぞと茶をしばかねばならん」

「おや? 貴方にとっても良い機会ではありませんこと?」

 

 クスクス。この地の領主を名乗った女は挑発的な声色を浮かべ、

 

「街を治める貴族と二人きりになれるチャンス、欲しくはないのですか?」

 

 そう、バロンを見下して笑った。

 

「……」

 

 ソレは、バロンの感情を逆なでするのに十分すぎる行動であった。

 

 

 魔王バロンの敵は、貴族だ。

 

 民を脅かし、私腹を肥やし、汚職に塗れた貴族どもを一掃することがバロンの本懐なのだ。

 

「ミュセル様!?」

「護衛は引き払わせます。正真正銘、私と二人きりのお茶会ですとも」

 

 その言葉の、意味をバロンは理解した。

 

 事もあろうにこの女は、バロンに「自分を暗殺するチャンスをくれてやる」と上から目線で言い切ったのである。

 

 

「……吠えたな小娘。よかろう、乗ってやる」

「バロン!? おい止めろ、君は今何を言ったかわかっているのか!」

「ええ、リスクは承知ですとも」

 

 ふざけた女だ。恐らく乗せられてしまっている、とバロンは感じた。

 

 だがしかし、ここでこの女を無視しても良いことはない。

 

 ここに王国側の兵士が来てしまった以上、ルベルグを仕留めきれる可能性はとても低くなった。

 

 ならば、おとなしく従う振りをして暗殺の機会を待つ方が堅実だとバロンは思った。

 

「ミュセルさん! 危ない危険だ、それ以上バロンに近寄っちゃだめだ」

「いいえルベルグ様。私が知ってるこの方の名前は、私の民であり修道女のリーシェ。バロンなんて名前は知りません」

「カカカ、いい度胸をしている」

 

 どういうつもりか、この貴族はバロンを害する意思を持っていないらしい。

 

 何らかに、彼女はバロンを利用する気の様だ。

 

「その度胸、裏目にならんと良いがなミュセル・デベロー」

「あらあら、何の事です?」

 

 こうしてバロンは先に矛を収め、勇者は必至でミュセルと名乗った少女を説得しようとして────

 

 

 

「ほわぁ!?」

 

 

 

 ミュセルは突然、町の瓦礫の隙間に吸い込まれるように落ちて消えた。

 

 

「え?」

「あっ、そこは確か井戸……」

 

 バロンは、すぐにその穴の正体に思い至った。つい先ほど、自分も入ったばかりの穴だからだ。

 

 それは龍の尻尾で入り口を削り取られ、瓦礫が乗ったせいで見えにくくなった井戸穴であった。

 

「痛ぁぁぁぁ!! いやあ、足折れてます! これ絶対折れてます!」

「おお、生きとるのう」

 

 井戸の底には、脚を押さえて号泣してる貴族の女性。

 

「痛ったぁぁぁあい!!」

 

 災害の現場においては、もし無傷であろうとも自分は「救助対象」であることを忘れてはならない。

 

 いつどこに、危険が潜んでいるか分からないからだ。

 

 やがて先程まで死ぬほど格好つけていたこの地の領主『ミュセル・デベロー』は、慌てた部下に半泣きで救助された。

 

「……あの。ルベルグ様とリーシェ様も、デベロー様の御屋敷にご案内してよろしいでしょうか」

「え、あ、はあ」

 

 そして彼の部下の案内のもと、ルベルグとバロンは郊外にあるデベロー家の別荘に連行される事になった。

 

 本邸はもう破壊されてしまったらしい。

 

「……ルベルグ。何じゃ、あの女?」

「俺が知るかよバロン」

 

 この出会いがバロンにとってもルベルグにとっても一つの大きな転機になる事を、まだ誰も知らなかった。

 

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