「はぁ?私が“料理”ですって? いよいよ頭がおかしくなったのかしら?」
アーミヤが新たな“任務”を告げると、いつものようにWが悪態をつく。苦笑いを浮かべながらアーミヤは事情を説明する。
「実は今、ドクターの手違いで食堂でいつも料理を作ってくれているオペレーターが任務で出払ってしまって……。 グムさんは今龍門で一部の離反したレユニオンたちの配給ですし、マッターホルンさんはなんでも私用でイェラグの方へ向かっています」
一応何人かお手伝いしてはくれているんですが、と付け足した。
「だからってなんでこの私が? 他にも料理できるやつなんていくらでもいるでしょう? 食材に毒を仕込んだり食料庫を爆破することだってできるのよ?」
アーミヤが少し躊躇したように口を開く。
「えっと……ドクターが『Wはロドスに居場所を作らないといけない。そのためにはいい機会なんじゃないか』って言い出して……」
「私なんかより、あいつの居場所の方がよっぽど無さそうなんだけど? 私ってそんなに惨めかしらね。 帰るところも、行くところもない私を見下してそうやって同情してるわけね。 本当にムカつくわね。 それに……」
(ぐぎゅるるぅぅ〜)と誰かの腹の虫の音が響き渡り、気まずい空気が二人を包み込んだ。
「……」
「……」
顔を少し赤らめたアーミヤが上目遣いでWを覗き込んで「えへへ」と恥ずかしそうに微笑んでみせた。
「……わかったわよ、やればいいんでしょ!やれば! その代わりに私がいなくなって餓死しても、毒を盛られて苦しんでも文句を言わないで頂戴ね。 ま、あんたたち全員の生殺与奪を私が握っているって考えれば、こういうことも悪くないと思えるわ」
「よかったぁ! じゃあこちらをお貸ししますね」
紙袋に入った荷物を手渡され、訝しげにWが中を覗き込む。
「これって……」
「はい! 三角巾とエプロンです!」
満面の笑みでアーミヤが答えた。
「さて、道具の場所を確認させてもらうわね。 ここにかかっているのが鍋、フライパン。 包丁もこんなに種類があるのね、半分くらいはどう違うのかわからないんだけど。 食材も色々と揃っているわね、本当にいいところね、ロドスは」
「ご、ごめんなさい!」
誰に向かって言ったわけでもなかったが、手伝いをしていたジェシカがいつもの調子で謝る。Wはジェシカには見向きもせずに一通りの料理の支度を終えた。エプロンの紐と三角巾を結び直し「さて」とどこか嬉しそうな表情を浮かべたW。
「コータスのポトス、それとも使えないフェリーンの耳のステーキかしら?」
「ひ、ひぃ!」とジェシカは三角巾の上から猫耳を押さえる。
「冗談よ」手元ではすでに手際良く野菜をカットしている。ざくっ、ざくっ、と慣れた手つきで細切りにし終えた。根菜を洗ってナイフを使って器用に皮を剥いたら、一口大の大きさにカットしていく。
「あ、あのぉ……伝統料理、とかなんですか?」ジェシカが恐る恐る尋ねる。
「ただの野菜スープよ。カズデルに伝統料理なんてものがあるのならお目にかかってみたいわね」慌ててジェシカは謝罪するが、Wは気にした様子もなく手を動かしながら話を続けた。
「ウルサスにいた時は、体が暖まるようにスパイスを多めに入れて作ったわ。たくさん入れたら汗をかき過ぎて逆に体温が下がるからほどほどに、ロドス艦内なら風味を感じる程度で。冷めても美味しく食べられるような味付けにして、生臭さを押さえるハーブも……」
ジェシカは感心したように話に聞き入っていたが、我に帰ったようにWは話を止めてしまった。
「そういえば、ロドスのオペレーターが作った魚団子があったわね、ついでに入れてみましょうか。さぁ、ロドスの皆さん、これで作り方はわかったわよね?」ジェイが毎度あり、と帳簿に売り上げを記入した。
「ふぅ……ロドスってこんなに人がいたのね、全くあのウサギちゃんはずいぶんな大仕事を私に押し付けたわね、まったく。ともあれこれで人数分の料理は完成。もう二度とこんな雑用はしたくないわね」並んだスープ用鍋を前のにして、少し上を向いて三角巾を外したW。そのまま厨房を黙って出て行ってしまった。
こうして食事時、普段は料理係が給仕もしていたのだがWは帰ってこずにジェシカと他数人のオペレーターたちが配給することとなった。ジェシカは食堂の席に座って周りをキョロキョロとしているWを見て、感想が気になっているのだと思ったら少し笑ってしまった。
「おいしいね〜」
「そうだな、料理係にアイツが指名されなくて本当に良かった」
「流石にハイビスが指名されることはないと思うよ……」
「美味しい!これはガヴィルさんの分も部屋に持っていってあげなきゃ」
「龍門の魚団子じゃないか、こいつはいい選択だな」
「そうですね、ウルサス産のハーブが香り付けに一役かっています」
「二人ともよくわかるわね」
「おっと、スワイヤーお嬢様のお口には合いませんでしたか?」
「そ、そうは言ってないでしょ!」
皆がそれぞれに料理の感想を語り、少しずつWの耳に入っていった。目を閉じて、少し口元が緩んだように見えた。突然、ガシャン!と食器がひっくり返る音と怒鳴り声を合図に食堂が静まり返。
「クソ!あいつが作った料理なんか食えるか!」怒号の主はロドスの男性オペレーターの一人であった。
「え、あ、あの……でも……」ジェシカはオドオドとなだめようとするが、蚊の鳴くような声しか出ない。
「あいつは……あいつは俺の相棒を殺したんだぞ!俺の目の前で!今も!今もあのタイマーの音が耳にこびりついて離れないんだ!」頭を抱えてうずくまって叫ぶ男。
すっとWは奥の席から立ち上がると、今まで食事をしていた人々の目線を集めてしまう。それに気が付いて全員がまた目線を逸らした。ゆっくりと歩き、男性オペレーターに近づいていく。
「じゃあこの場で私に復讐をする? 同じように爆破する? ナイフで滅多刺し? それともアーツでなぶり殺しかしら?」
男性オペレーターは何も言わずに地面を拳で叩く。
Wは5人分のスープをトレーに置くとそのまま食堂を後にした。
「ドクター、ケルシー先生も。Wさんがご飯を届けてくれましたよ! なんでもサプライズ付きだとか……」
「あぁ、ありがとう」
「どんなお味なんでしょう?」
アーミヤが魚団子を口に運ぶとガリッと硬いものが歯に当たる。するとみるみるうちにむせ返るような辛味が全身を包む。
「か、かりゃぁっ!」
同じようにケルシーも魚団子にねりこまれた辛味に当たったようだ。
「ふっ、サプライズか。 彼女らしい」
「や、やっぱりWさんは料理が苦手だったんですかね」
「いや、もしかしたらロドス1の腕前かもしれない」
「ケルシー先生は辛いの平気なんですね」
「あぁ、だいぶ慣れたよ」
小さな窓が一人のサルカズを照らした。
「あのレユニオンの指導者も檻に閉じ込められると無様ね」
「……」
「私が作った料理よ、一応見張りの許可ももらった差し入れ」
「……そうか」まるで何かに祈るように静かに天井をおあぐ。
「あんたのしたこと、犠牲になったもの、しっかりと噛み締めなさい」
「あぁ……」
サルカズの少女がゆっくりとスープを口に運んだ。
「私も」
Wは部屋で一人、サプライズ付きのスープを口にした。