「この辺りはこんなもんかな…毎日毎日みんな飽きないねぇ」
本日数度目のヴィラン引き渡しを終えた千雨は彼らへの皮肉を口にする。オールマイトという平和の象徴がいてもなお、ヴィラン犯罪は1日たりとも止むことはない。自分なら大丈夫だという自信でもあるのか、はたまた道を踏み外さざるを得ない事情があるのか…いずれにせよ転弧の教育に集中したい千雨としては迷惑な話であった。
「(まあ他にもどうにかしてやりたい人たちはいるんだけどさ…。こないだエンデヴァーさんに聞いた感じだと車強盗の話は出てこなかったしホークスの父親はまだ捕まえてないみたい。とはいえそろそろ九州方面に向かう回数を増やした方がいいだろうね。今日は転弧くんと一緒だからあんまり遠くには行けないし夜中にでも見に行こう。ただでさえ
移動しながら千雨は思案する…上半身だけの姿で。
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「うわわっ!!」
「うーん…どうしても崩壊が伝播していっちゃうね…ここらで一旦休憩にしよう」
そしてここにももう一人。無人島で転弧の個性の制御に付き合う上半身だけの千雨だ。
「千雨さん…ヒーローのお仕事はいいの?」
「大丈夫さ、ちゃんと今もやってるからね。塵を二つに分ければ半身だけとはいえ私も二人分の活動ができるんだ。便利だろう?」
千雨の個性における長所の一つがその応用力だ。ある程度のイメージがあれば簡単な武器程度はすぐさま形成できる他、自分自身を擬似的に複製できる。とはいえ彼女が臓器や神経、脳構造を完璧に把握した空前絶後の天才というわけではなく、自分の身体を目的に合わせて動かすことが多くの人にとって無意識のうちに可能であるように、どのようにすれば自身の肉体を形作ることができるかが単に感覚として染み付いているというだけだ。
「どんな感覚なの…?自分が二人って」
「考えてるのは別々だからそこまで違和感はないよ。お互いなんとなく居場所はわかるけどね。ただくっつくと二人の記憶が共有されるからそれについてはちょっと不思議な気分になるかな」
「…想像つかないや」
「よく言われるよ」
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仕事と教育を終えて夜。転弧がすでに眠りに就く中、千雨は彼を起こしてしまわないよう塵化して家を出る。
「(それぞれの年齢から考えて近々動きがありそうなのはホークス・ステイン・トゥワイス辺りか…。ホークスは児童虐待が十分成立する。後の二人は事務所勧誘でもしてみるかな。ステインは厳しそうだけどトゥワイスは根が善寄りだ。問題なく引き入れられるはず)」
考え事をしているうちに千雨は九州までやってきていた。街には人っ子一人いないように見えるが、時たまヒーローとチンピラの追いかけっこが目に入る。
「(加勢は…しなくて良さそうだね。第一本物の悪党は夜だからってヒーローに通報されるほど派手に暴れたりしないもんだ。大方深夜にどんちゃん騒ぎでもしてたんだろう)」
超人社会もそんなものだと想像を巡らせつつ、彼女は都市の郊外を捜索する。そして…
「(あった…ようやく見つけたよ。こんな露骨な家…今まで見つけられなかったのが恥ずかしいぐらいだ)」
街が遠目に見える平地にぽつりと建つボロボロの家。彼女の目的の一つであるホークスが住む家だ。
「(今突っ込んでいってもしょうがないし…朝まで待つか)」
そう考えて千雨は起きたまま…実に8時間近くも一軒家の上空に漂い続けた。
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「…おや?出てきたね」
太陽が随分高くなった頃、ようやく状況に変化が現れる。
ホークスは転弧より2歳年上ですが、あの劣悪な環境で真っ当に発育するというのは考えにくいです。回想では外見の割に大人びた話し方をしていましたし、年齢に比して成長が遅かった可能性を鑑みてこのタイミングでの登場とします。あまり早くに助けに行ってもエンデヴァーとの繋がりがなくなってしまいますし。