仲間が増え、転弧と出会って1周年を迎えても特に千雨のヒーロー活動に変化はない。彼女は今日も今日とてヴィラン退治に奔走する。
『この所働き詰めでは?適度に休暇を取ることも立派なヒーローの務めですよ』
「休暇ならパーティーの前後に十分取ったよ。その分を取り戻したらまた週末は休むようにするからさ」
『無理だけはしないでくださいね。少しでも異常を感じたらすぐに仰ってください。人間いつ何があるかわかりませんから』
「心詠さんは心配性だなぁ。まだまだ若いし大丈夫だよ。よぼよぼのおばあちゃんじゃあるまいし」
『健康に自信がある人ほど不安なんです。昔母があるニュースを見て大層驚いていましたよ?確か…当時の蛇腔総合病院理事長だった殻木球大氏が脳卒中で亡くなったとか。無個性でありながらお歳の割に随分とお元気だったようで、診てもらった経験もあった母には相当ショッキングな出来事だったと…。
「……いや…知ってるよ。でもまあおじいちゃんだった訳だしね…。案外ボケてて周りが気付いてなかっただけかも、なんて」
『酷い言い草ですね…。まあ実際そんなものでしょうが。とにかく気をつけてくださいよ。ダストさんに何かあったら転弧くんも悲しみます』
「あれ?心詠さんは悲しんでくれないの?」
『…バカなこと言ってないで仕事に集中してください。では』
「ちょっとちょっと。さっきまでと言ってることが…あっ!切れちゃった…」
連絡ついでに行われた会話の中で、「原作」を知る者にとっては耳を疑わざるを得ない情報が飛び出し、ほんの僅かに千雨は動揺する。しかし、その理由は歴史に変化が生まれていることに驚いたからではない。己の秘密の一端を掠める内容が出てきたからだ。隠し通せていることに安堵しつつも、自身が行った最初の「改変」を思い出し、顔を顰めた。
「(びっくりした…ドクターの名前が出る度に心臓が止まりそうになるよ。あの人ちょっと有名すぎない?『原作』でよくあれだけ隠し通せたもんだよ…ほんとにさ)」
死後も無駄に自身を苛む悪党に辟易しつつも、千雨は思考を続ける。
「(個性が目覚めて記憶がはっきりして…最初にどうにかしないとって思ったのは脳無関係のあれこれだった。あの時ドクターの脳の血管に穴を開けてからは
そこまで考えて、自分が人気のない僻地まで飛んできてしまっていることに気付く。
「おっと…熟考しすぎたね。さっさと引き返そう…」
振り向いた彼女の目の前には、一人の男。
「…え?」
「お…うお…お…」
突然現れたことも、高高度を飛行していた千雨の前に同じように浮遊していることも、呻き声ばかりが漏れ出していることも。明らかに全てがおかしいこの男は、その眼光だけはギラギラと獰猛に輝き千雨を射抜いている。
「────ッ!!」
先手必勝。疑問を抱きながらも目の前の存在が何であるかを確信した千雨は、行動を起こされる前に事態を終わらせるべく切り離した左手を最高速度で突き出し…
「熱ッ!?」
驚異的な熱さに阻まれる。
「(指先が…固まった!?炭化してすぐに融けて固まったのか!信じられない程の高温だ…!)」
すぐさまスラグと化してしまった指先を切り落とし、塵化して痛覚を誤魔化す。しかしながら切り落とした分は既に「自分」とは認識されない程に変質してしまっており、その分だけ千雨を形作る塵は減ってしまった。
「やってくれるね…!自分の塵を補充するのは時間がかかるってのに!目的は何だい!?(一体何だ…この『障壁』は?『ヒートオーラ』…とか?いや…複数個性のシナジーが生み出したものだと考えるべきかな。何にせよ…相性は最悪だ。灰になるだけでも自分の身体じゃなくなるわけだが…指があんな風になったのは初めて見たよ)」
「う…おおおおおおッ!!!」
返事は咆哮で返された。遂に動き出した男には既に理性など残っていないらしい。そのことを確認しながら千雨は尚も考えを巡らせる。
自分の身体でなくなる…それは即ち、それで触れても相手を塵にすることができないということ。それが分かっていながら、千雨は救援を呼ぶつもりはなかった。
「(不確定要素が多すぎる!『原作』の数年前で確か6号だかNo.6だか言ってたはずだけど…目の前のこいつはどうなんだ?順当に考えれば1号か?そもそもドクターなしでも上手くいくもんなのか?…分からないことが多すぎて正直怖いけど…幸い誰にも見られない場所なんだ。向こうもそれを狙ってたに違いない。返り討ちにして…跡形もなく塵にする。考えるのは────その後だ)」
闇から出でし悪意の権化を…知られざるまま再び闇に葬り去る。千雨は久しく出していなかった本気を…今出せるだけの本気を出すことに決めた。
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「本当ならもう少し時間をかけてドクターと一緒に完成させていく予定だったんだけどね…まさか彼がやられてしまうとは思いもよらなかったよ。お陰で彼女に相性の良さそうな扱いづらい個性を詰め込めるだけ詰め込んであげたら壊れてしまった。No.1と呼ぶにも満たない…ただの『リサイクル』だね」
巨悪は静かに一人呟く。何処からか二人を眺め、尚も口を動かす。
「病院にあった複製のストックが綺麗さっぱり消えてしまっていたのも痛手だった。志村転弧くんを連れ出したときには彼女が全ての元凶かと勘繰ったものだが…冷静に考えれば当時5歳にも満たない幼児ができることじゃない。何より彼女の個性では僕に気付かれないよう全てを遂行するのは不可能だ。諦めるようで悔しいけれど、偶然想定外が重なったと見るべきだろうね」
彼は嗤う。
「とはいえ彼女は実に興味深い。個性はあまり魅力的じゃあないが…じっくり観察させて貰うとしよう。収穫間近だった大きな大きな一房を横取りしていった麗しい泥棒さん…君はどこまでやれるかな?」
Q.スラグってこんな風にできるもんなの?
A.多分出来ないです() 大事なのは勢いと説得力、これさえあれば大抵はどうにかなります(適当)
千雨がドクターを始末したときについては後々詳しく描写します
(追記)AFOがもう顔面潰れてることになってしまっていたので修正しました。あまりにもガバガバすぎる。