すべては君のために   作:eNueMu

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万能な解決策

 

 「おおおおッ!!」

 「遅いよ」

 

 目を血走らせ、千雨に向かって突撃を繰り返す男。しかし彼女の塵の操作速度は秒速60メートルにも迫る。ただ考えなしにぶつかろうとした所でそう易々と捉えられるものではない。

 余裕を持って躱した千雨の姿は、一種異様なもの。頭部と両手のみを残し、その他は塵化させて己の頭上に浮かべている。まるで一昔前のRPGのラスボスの如きそのスタイルこそが、千雨にとって最も力を引き出すことができるものなのだ。

 

 「(熱耐性系は確実に持ってるとして、1番気をつけるべきなのは火炎系の個性だ。粉塵爆発…塵から塵に引火しちゃうとあっという間に致命傷だからね。久々にサポートアイテムを活用することになるかな)」

 

 そう考えた千雨の頭上の塵の嵐から、幾らかの塵が飛び出してくる。それらは寄り集まると無色透明のジェル状物質と化し、塵化した部分も含め彼女の全身を覆った。

 塵化…その効果は地球上に存在するほぼ全ての物質に及ぶ。塵化したものは以前の性質を備えたままなので、集めて固めれば塵化前と同じように利用することができる。水などの液体までもが塵化するというのは些かおかしいが、とにかくそういう個性だということになる。

 

 「さて…取り敢えず弱点を探そうか。まさかずっと熱の障壁を展開し続けられるなんてことはないだろう?」

 「があああ!!」

 

 まともな返事など端から期待していない。彼女が確かめたかったのは、自分の声が男に届いているかどうかだ。今のところ、彼女が何か喋るたびに男は多少の差異はあれど必ず反応しているらしい。

 

 「(意味を理解できてる訳じゃなさそうだけど…明らかに怒ってるように見えるね。ひょっとすると私が過去に捕らえたヴィランとか?一々顔は覚えちゃいないが彼の恨みを買ってるとしたら納得がいく)」

 「うぅあアァァ!」

 

 千雨の思考を遮る男の絶叫。ふと気付けば彼は両腕に炎を纏い、体格も一回り大きくなっている。

 

 「(!…火炎系も確認。増強系は扱いやすいのが多いからこんな使い方をするとは思わなかったけど…発動条件が厳しかったりするのか?いずれにせよあんまり強化されてもまずい。そろそろ攻勢に出た方が良さそうだ)」

 

 千雨の頭上の塵嵐から今度は黒い塵が飛び出す。幾多に分かれた塵はそれぞれが大きな刃を象り、獣の顎門にも見紛うその鋒を男に向けた。

 

 「耐熱版…『刃狼塵(じんろうじん)』。こうして必殺技を使うのもいつぶりかな…」

 「うおおおッ!!」

 

 千雨が操作した刃の群れは男を噛み砕かんとして…再び先程の指先のように一瞬で融けて消える。冷えてスラグと化し疎らに地上へと舞い落ちていく残骸を見ながら、千雨は目を丸くした。

 

 「あれ?」

 「オオッ!!」

 「ちょ、ちょっとタンマ!ズルだよズル!1000度ぐらいなら平気な特別性なのに!カッコつけたのがバカみたいじゃないかぁ!」

 「グオオオ!!」

 

 彼女の事情などお構いなしに燃え盛る腕を振るう男。千雨は「その炎いる?」と思いながらも距離を取りつつ次なる策を考える。

 

 「(思ってた3倍ぐらいは高温だったかもね…。本格的に私じゃどうしようもなくなってきたぞ。かくなる上は────)」

 

 そこで男がどこにもいないことに気付く。すぐさま頭上の塵嵐を拡散させ…そのまま背後に回した塵が操作できなくなったことから、咄嗟に全身を塵化しその場を離れる。直後、そこに男の両腕が振り下ろされた。改めて頭と両手を再集合させた千雨は驚愕しつつも得心する。

 

 「(ワープ!?レア個性のはずだろう!?残った個性のストックもそう多くはないだろうに随分と贅沢な使い方をしてくれるじゃ…いや、そうか。これも何かしら使いにくい理由があるのかもしれない。最初に現れた時も私の背後だったし…『1番記憶に残ってる相手の背後に移動する』とか?元の持ち主には悪いけど初恋拗らせたみたいな個性だな…)」

 

 千雨の出した結論を肯定するように再び姿を消し、またしても彼女の背を取る男。身構えていればどうということはないと千雨は悠々と回避し、男に向かって宣言する。

 

 「君がどんな人で、どうしてそうなったのかなんて私には分からない。私に何か恨みでもあるのかもしれないけど…残念ながらそんなのは私の知ったことじゃない。ただ…同情するよ。せめてここで終わらせてやるさ」

 「うがあああああァァ!!!」

 

 一際大きな怒号で応える男。さらに体格を増し、時には背後へのワープを織り交ぜながら今まで以上の勢いで千雨に襲いかかる。対して彼女は挑戦的な宣告とは裏腹に只管男の攻撃を躱し続けるのみで、反撃に転じる様子はない。

 次第に状況は傾いていき、いつしか戦いは止んでいた。一方は息を切らし、呼吸さえもままならない。一方は平然とした顔で、ただ相手を少し離れた位置から見つめるのみ。勝者は…

 

 「お疲れ様。ここが君の終着点だ」

 「…ぅ…ぁあ…」

 

 千雨。最早叫ぶ余力もない男に、千雨は種を明かす。

 

 「すっかり高い所まで登ってきてしまった。高度凡そ一万二千メートルって所か…常人ならあっという間に命を落とすような場所だ。ロクに空気も無い、君には分からないだろうが外気温だって極寒そのもの。私も長居は出来ないけど…君にはもっと猶予がない。息苦しいなんてもんじゃないだろう?」

 

 頭と両手を男に少し近づけて暖を取りつつ、千雨は言葉をつなぐ。

 

 「呼吸が必要ない生き物なんて居ないのさ。…私を除いてね。ズルにはズルを…個性に感けたこの勝ち方はあまり好きじゃないが、そうも言ってられなかったんだ。改めて同情するよ」

 

 塵嵐を一つの巨大な扇と成し、千雨は男から離れ彼の下に位置取った上でそれを構えるポーズを取る。一拍ののち、扇が高く掲げられ…

 

 「これが君に贈ることのできる最大限の救いだよ。…『千々塵風(ちぢじんぷう)』」

 

 振り抜かれる。本来なら相手を暴風で地面に縫いつけ、地盤ごと押し潰して気絶させることを目的とした街中での使用がご法度とされる必殺技。その破壊力の全てが宙に浮いた男に向けられ、彼は宇宙の彼方へと吹き飛んでいく。

 風が止み、既に男が事切れているらしいことを何とか確認した千雨は、星空へ旅立たせた左手を以って彼の骸を消し去った。

 

 「ふぅ…頭を上手く使うなんてことはやっぱり向いてないね。困ったら最悪こうすれば良いから思考が偏っちゃうよ」

 

 勝利したとはいえ、少々強引な解決方法をとってしまったことを省みる千雨。激痛の走る頭部と両手を含め極低温によりボロボロになってしまった全身を塵化させ、早急に地上へと降りていった。





余裕ありそうに見えますが、結構瀕死です。千雨は似たような勝ち方をした経験は何度かあれど、ここまで厳しい環境に飛び込んだのは初めてでした。
ヒロアカ作中で呼吸を必要としない個性は多分出てないと思います。AFOもマスクつけてたり呼吸器つけてたり、長い間生きていても呼吸を補助する、或いは必要としないような個性は得られなかったようですね。

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